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8/11

第8話 降りしきる雨の中で

土曜日。

空は重たく曇っていて、天気予報どおりの雨が降りはじめていた。


放課後の約束なんてない。

学校は休みだし、部活もなし。

でも、今日は決めていた。


咲良に、ちゃんと伝えるって。


昨日、LINEで送った「俺の気持ちを伝えたい」って言葉。

既読はついた。でも、返信はなかった。

そのまま一晩が過ぎた。


たぶん、咲良はもう“終わり”にしてる。

気持ちが冷めたわけじゃなくて、「これ以上期待して傷つきたくない」って、心を閉じようとしてる。


でも俺は、諦めるつもりはない。

ここで動かなきゃ、一生後悔する。

 それだけは絶対にダメだ。


傘も持たずに、外に出た。


行き先は、咲良の家。


体が濡れるのも、靴の中に水がしみるのもどうでもよかった。

ただ会って、目を見て話したい。それだけだった。




 ******


 


咲良の家の前に着いたのは、昼すぎだった。

傘も差さずに立ってる俺を見た近所のおばさんが、ちょっと不審げな目を向けてきたが、気にしない。


インターホンは押さなかった。

咲良が外に出てくるまで、何時間でも待つつもりだった。


待ってる間、いろんなことを考えてた。

 それは今までの自分への戒めでもあるのか、自分でも分からなかったけどそういう気分だった。

 おかげでゆっくり自分の気持ちを整理することが出来た。


「俺は咲良のことが好きだ」って、簡単な言葉のはずなのに、なんでこんなに難しいんだろうって。


でも、難しいからこそ、本物なんだって思えた。


スマホはポケットにしまったまま。

もうメールでなんかじゃなくて、直接言う。

そう決めたんだ。


15分、1時間……時間がどれだけ経ったのかもわからなくなった頃。


玄関のドアが開いた。


「……直くん?」


咲良だった。


部屋着にパーカー姿。髪は無造作に結んでいて、片手にタオル。

俺を見るなり、目を見開いた。


「何してんの……傘もささないで、バカじゃないの!?」


「バカだよ」


「風邪引くよ……」


「いいよ、それでも。今日は、それくらいのバカになりたかったから」


咲良が一歩近づいてくる。

でも、その顔は怒っているというより、困ってるみたいだった。


「……なんで、来たの」


その問いに、迷わず答えた。


「話したいことがあるって言っただろ。だから来た」


「……返信しなかったのに?」


「既読はついてた」


「それだけで、来たの?」


「それだけで十分だった」


咲良は、何かを言いかけて口をつぐんだ。

その瞳が揺れているのがわかる。


「ほんとは、もう終わりにしようかと思ってた」


「……」


「待ってるの、疲れちゃってさ。“もう、これ以上何も望まなければ楽になれるかも”って思ったの。なのに、直くんはさ、最後の最後で、ちゃんと来るんだもん……ずるいよ」


「ずるいのは俺じゃない。お前だよ」


咲良が目を見開く。


「俺がどれだけお前のこと見てたと思ってんだ。言いたくて言えなくて、でもどっかで“待ってれば大丈夫”って甘えてた。でも、お前が前に進んでて、俺がその場に立ち止まってることに気づいて、……めちゃくちゃ怖くなった」


「……うん」


「でも、それでも。ちゃんと伝えたい。“好きだ”って言葉を、勝ち負けじゃなくて、俺の意志として伝えたい」


咲良は黙って聞いていた。


冷たい雨の中、濡れてるのも気にせずに、ただまっすぐ俺を見ていた。


その目を見て、ようやく言葉が形になった。


「咲良。俺は、お前を——」


「……待って」


小さな声だった。

でも、はっきりとした意志がこもっていた。


「今は、まだ聞きたくない」


「……なんで?」


「直くんがちゃんと“私を見て”くれてるのはわかってる。

でも、私……“好き”って言葉を、受け取る準備がまだできてない。……なんか、怖いの」


咲良は、少しだけ俯いて言葉を続けた。


「今日来てくれたの、すごく嬉しかった。でも、私の中でまだ整理できてない。だから……もう少しだけ時間が欲しい」


その声に、嘘はなかった。


今ここで無理やり伝えたら、たぶん壊れる。

俺の気持ちも、咲良の気持ちも。


だったら、待つよ。


「……わかった」


俺は静かに答えた。


「次、ちゃんと会ってくれる時。俺、全部言うから」


「……うん」


咲良が小さくうなずいた。

その目はさっきよりも、少しだけまっすぐだった。


「風邪ひくから、ほんとにもう帰って。ていうか、タオル持ってって」


「わかったよ」


タオルを受け取り、玄関を離れる。

背を向けた瞬間、胸がじんわり熱くなった。


ようやく“伝えるための場所”に、立てた気がした。




 ******


 


その日の夜。

スマホの通知がひとつだけ届いた。


咲良からだった。


「来週の土曜日、空いてる?」


たったそれだけのメッセージ。

だけど、すべてが詰まっていた。


俺の返事は、即答だった。


「ああ。行く」

 

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