表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/11

第7話 距離を取るのは優しさじゃない




「――明日からさ、登校、別々にしよっか」


放課後、校門を出てすぐのところで、咲良が唐突にそう言った。


足が止まった。

その声には笑いも照れもなかった。ただ、真っ直ぐで、静かで。


「……え?」


「ちょっとだけ、距離置いた方がいいかなって思って。いろいろ、ごちゃごちゃしてるし」


「“ごちゃごちゃ”って、俺、なんかした?」


「そういうのじゃない。……ただ、少しだけひとりになりたいの」


怒ってるわけでも、嫌ってるわけでもない。

でもその穏やかさが、逆に突き放されたように感じた。


それでも俺は、感情でぶつかるのをやめた。


「……わかった」


無理に追いすがるより、彼女の言葉を受け止めるほうが、今の俺には正しいと思えたから。


だけど——怖かった。

このまま、本当に“終わる”かもしれないって予感が、ずっと胸の奥で警鐘を鳴らしていた。




 ******



 


次の日。


咲良はいなかった。

家を出て、通学路を歩いて、角を曲がっても、あの“いつもの後ろ姿”はどこにもなかった。


当然だ。自分で了承してしまったのだから。


でも、あまりにも空気が違った。

たった1人いないだけで、こんなに世界が変わるのかと、歩きながら思った。


通学路の右側、咲良がいつも歩く位置。

誰もいないのに、無意識にスペースを空けて歩いていた自分が、少し情けなかった。


教室に入っても、咲良はいつも通り席に座っていた。

ノートを読みながら、落ち着いた顔をしている。

でも俺が来ても、目を上げることはなかった。


(……本気で、距離を置こうとしてるんだな)


目に見えない一枚の壁。

手を伸ばせば届く距離にいても、越えられない距離が確かにあった。




 ******



 

昼休み。


席に座って、弁当の包みを広げようとしたが、無意識に咲良の方を見てしまった。

彼女は女子のグループに囲まれて、笑いながら話していた。


でも、こっちには一度も目を向けなかった。


わざとだってことは、すぐにわかった。


(……気づいてるのに、気づかないふりか)


今までは、ゲームだった。

ふざけてたし、笑ってたし、軽口も言えた。


でも、もうそれだけじゃ済まない。

“好き”は本気の感情で、それをお互いに自覚してしまった今——

黙っているだけで、相手を傷つける。


そういう段階まで来てるってことだ。


俺は弁当を閉じて、無言のまま立ち上がった。

食欲なんて、なかった。






 ******



 


放課後。


靴を履いていると、竹中が横に来た。


「……咲良ちゃん、先に帰ったぞ」


「ああ、見てた」


「で、話したのか?」


「まだだ」


「……お前さ」


竹中が珍しく真面目な顔をして、俺のほうをじっと見た。


「言っとくけど、“言わないまま守ろうとする優しさ”って、場合によっちゃ最悪の裏切りになるぞ」


「……それ、どっかで聞いたことあるセリフか?」


「アニメだ。けどな、今のお前にはちょうどいい」


こいつ、普段ふざけたことしか言わないくせに、たまに妙に刺さることを言う。


でも、俺はもう決めてる。


「わかってる。言うよ。ちゃんと、俺の言葉で」


言葉にした瞬間、自分の中でひとつ踏み込んだ感覚があった。


怖い? そりゃ怖い。

でも、怖さから逃げるのが一番ダサいってことも、今ならちゃんとわかる。


その夜、スマホを握りながら咲良の名前をタップする。

メールの文の入力画面を開いて、指が止まる。


「明日、少しだけ時間もらっていいか。話したいことがある」


そう打って、しばらく画面を見つめたあと、そっと送信を押した。


もう、逃げない。

明日、咲良にちゃんと話す。


“好き”って言葉を。

この関係を、次に進めるために。


ゲームじゃない。勝ち負けでもない。


これは、俺の本気の気持ちだ。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ