第5話 好きポイント
「今日の目標、5ポイントね!」
朝から咲良が妙なテンションだった。
いや、もはや慣れつつある。
咲良いわく、俺の“行動でキュンとした瞬間”を「好きポイント」としてカウントしてるらしい。今のとこ通算3ポイント。
「ちなみに今日の今のところは?」
「ゼロ」
「即答かよ……」
「でも、今のツッコミはちょっと惜しかった! ギリ加点ならず〜」
「どんな基準だよ……」
そう言いながらも、俺は今日こそ少しでも稼ごうと静かに燃えていた。
咲良の“好き”に追いつくって決めたんだ。ポイントのひとつやふたつでビビってられない。
教室に入ると、いつもの席。俺の後ろが咲良。
席に座った瞬間、ふと咲良の髪に何かがくっついてるのが見えた。
「……ん」
自然に手が動いて、そっとそれを摘まんで取った。
「え?」
咲良が振り返ると、俺は指先の“異物”を差し出した。
「髪に、なんかついてた。桜の花びら……かな」
「……あ、ありがと」
咲良の声が、ちょっとだけ震えた。
(お、これは来たんじゃね?)
「……はい、1ポイント」
「キターーーッ!」
思わずガッツポーズが出る。
が、同時に教室中の何人かの視線が突き刺さり、あわてて手を引っ込めた。
「……マジで付き合ってるの隠す気ないでしょ、お前ら」
前の席の友達である竹中が小声でツッコんできた。
「違ぇよ! まだ言ってねぇからセーフだ!」
「“まだ”言ってねぇ、って言っちゃってる時点でアウトだろバカ」
ちくしょう、だんだん逃げ道がなくなってきた。
でも——それでいい。
もう逃げたくない。
この関係を守るために「ゲーム」に縛られるくらいなら、全部壊してでも“好きだ”って言いたい。
その覚悟が、ちょっとずつできてきている。
******
昼休み。
今日の弁当はいつも通り、母ちゃん製のから揚げ。
向かいの席に咲良が座り、当然のように俺の弁当の中身をチェックしてくる。
「直くん、それ一個ちょうだい」
「なんで当然の顔して取ろうとしてんだよ」
「ほら、1ポイントのチャンス!」
「くっ……!」
悔しいが、ここはくれてやる。
「……ほらよ。これ食っとけ」
「ありがと〜♡ あ、はい、交換!」
咲良は自分の弁当から卵焼きを差し出してきた。俺の好物だ。
「く……こういうとこだぞ……!」
「え、何?」
「お前のこういうとこが、ズルいんだよ!」
「ふふっ、じゃあ、今ので2ポイント目ね?」
ちくしょう、こっちは命がけだってのに、完全に楽しんでやがる……!
でも、不思議とイヤじゃなかった。
むしろ、“ポイントを稼ぐ”という行為を通して、俺は少しずつ、自分の「好き」を形にできている気がした。
******
放課後。
今日は部活もなくて、咲良と並んで歩く帰り道。
桜並木の下を通りながら、咲良がぽつりと呟いた。
「あと、もう1ポイントで目標達成だね」
「……そんなにキュンキュンしてたのか?」
「してたよ。めちゃくちゃしてた」
咲良はふっと笑って、空を見上げた。
「でもね、直くんが頑張ってくれてるの、すっごく嬉しいの。なんかね、やっと“こっち”に来てくれた気がするんだ」
「……」
俺は立ち止まって、少しだけ咲良を見つめた。
「お前、ずっと……俺の前を走ってたよな」
「え?」
「俺、たぶんまだスタートラインに立ったばっかで、お前はゴールの一歩手前くらいにいる。ずっと追いつけなかった」
「ううん、私……ずっと同じ場所にいたよ。立ち止まって、直くんが来てくれるの待ってただけ」
その言葉に、心がぎゅっと締めつけられる。
こんなにずっと、俺のこと想っててくれたんだ。
“好き”って、軽く言える言葉じゃない。
でも、それでも——言いたいって、思った。
「なあ、咲良」
「ん?」
「あと1ポイントって言ってたよな。……それ、ここで稼がせてくんね?」
「え?」
「手、出して」
咲良が戸惑いながらも、そっと手を差し出す。
その手を、俺はぎこちなく、でもしっかりと握った。
「……今日、帰り道これでいこうぜ」
「……っ!」
咲良の耳が一気に真っ赤になっていく。
そのまま顔を背けて、小声でぽつり。
「5ポイント……いや、10くらい入ったわ……バカ……」
咲良の手はあたたかくて、指先が少し震えてて、でも離そうとはしなかった。
この感覚を、忘れたくない。
いや、もっとこれから先、増やしていきたい。
咲良との「好き」を、もっともっと積み重ねていきたい。
「なあ咲良。あとで、ちゃんと話してもいいか? 俺のこと」
「うん。……待ってる」
その言葉が、今の俺にとって何よりも勇気をくれた。
“好き”って言葉は、思ってたよりずっと重くて、ずっと尊い。
でも、だからこそ——ちゃんと伝えたい。
本気で、咲良に。