第3話 告白練習会
「――ねえ直くん、今日ヒマ?」
放課後、机にカバンを突っ込んでいた俺に、咲良が声をかけてきた。
普段なら「おう」で済むところだけど、今はちょっと警戒してしまう。
「……ヒマだけど、なんかあるのか?」
「じゃあ、寄り道しよっか。ちょっと付き合ってほしいことがあってさ」
咲良の顔はいつも通りの笑顔。だけどその裏に“何かを企んでる感”がすごい。
(こないだ告白してきたやつの顔とは思えねぇ……)
まるで何事もなかったかのように日常に溶け込むその態度に、俺の方が妙に意識してしまう。
とはいえ断る理由もなく、そのまま咲良と歩くことになった。
行き先は、近くの小さな公園。俺たちが小学生の頃、しょっちゅう来てた場所だ。
ブランコはサビてて、ベンチもペンキが剥げかけてる。でも、その風景は変わっていなかった。
「ここでさ、練習しよう」
「……練習?」
「うん。“好きって言う練習”」
心臓が跳ねた。
不意打ちすぎて、反応に困る。
「な、なんでだよ!? 練習って……」
「だって、直くん、言えないでしょ? だから、練習させてあげようかなって」
まるで家庭教師が問題児に補習を課すようなノリで、咲良は言ってくる。
その余裕の笑みがちょっとムカつく。
「は? 俺、別にそんな……」
「じゃあやってみてよ。ほら、“咲良、好きだ”って」
「いや無理に決まってんだろ!?」
「やっぱりねー」
うわあ……。
完全に手のひらで転がされてる!
これは罠だ。そうに違いない。
言わせた瞬間、「じゃあ私の勝ちだね」って勝利宣言かますつもりなんだ!
「お前なぁ……そういうの反則だろ……」
「だって、直くんの“好き”聞きたいもん」
その一言に、背中がゾワッとする。
今まで何度も聞いてきた“お前なんか好きじゃねーよ”の応酬とはまるで違う。
咲良の言葉には、今は本物の感情が乗ってる。
「ほら、練習だよ? 本番じゃないんだからさ」
そう言いながら、咲良は俺の前に立ち、まっすぐ見つめてきた。
こんな近くで見つめられるの、何年ぶりだろう。
いや、小学生のときからずっと近くにいたけど……今の“距離”は、ぜんぜん違う。
「練習……だからな?」
「うん。練習」
息を飲む。喉が渇く。
なぜだろう、心臓の音がうるさくて、咲良に聞こえてるんじゃないかと思うほどだ。
「さ、咲良……」
「……うん」
「お、俺は……」
言いかけて、つっかえた。
何だこの重さ。たった三文字なのに。
毎日ふざけて「好きじゃない」って言ってきたくせに、いざ逆のことを言おうとすると、言葉が喉に引っかかる。
咲良は笑わない。茶化さない。
じっと、俺の目を見て、待ってる。
もう逃げられない。
逃げたら、次はないかもしれない。
「俺は、お前のことが……」
「……」
「――ちょっと、好きかもしれない」
「は?」
しまった。
“かもしれない”は逃げだろ……。
自分で言っておいて、思わず頭を抱える。
「え!かもしれないってなに!?練習なんだから、はっきり言ってくれていいでしょ?」
「だ、だっていきなり本気で言えるかよ! 初心者にはハードル高ぇよ!」
「じゃあ、もう一回練習ね」
「マジかよ!?」
そこから、まさかの三本勝負が始まった。
一本目:「咲良の顔がまぶしすぎて目をそらす」→失敗。
二本目:「照れ笑いでごまかす」→失敗。
三本目:「声が裏返る」→爆死。
咲良はそのたびに笑ってた。
「もう、直くんほんとダメダメ〜」って、楽しそうに、優しく、でもちょっとだけ本気で期待してる目で。
日が落ちかけた頃、ベンチに並んで座って、俺はポツリと呟いた。
「なあ、咲良」
「ん?」
「お前、ずるいな」
「なにが?」
「こうやって、俺が言えないの分かってて、揺さぶってくるとこ」
咲良はちょっとだけ驚いた顔をして、それからふっと笑った。
「ごめん。でも、直くんがちゃんと私に向いてくれるの、嬉しいんだよ」
その言葉に、不意打ちを食らった。
ふざけてない。本気の声だった。
もしかして、この“練習”は俺のためじゃなくて、咲良自身が踏ん切りをつけるためだったのかもしれない。
その夜、メールが来た。
「今日は練習付き合ってくれてありがとう。楽しかった。でも、次は本番だからね?」
そう書かれていたメッセージに、俺はしばらく返信できなかった。
スマホの画面を見つめながら、胸の奥がじんわり熱くなる。
“本番”。
俺が「好きだ」と言う、その瞬間。
それが、ただの敗北宣言じゃなくて、
ちゃんと俺の言葉として、咲良に届くように。
準備は、まだ必要だ。
でも、少しだけ。あと少しで、言えそうな気がする。