第2話 あっちのペースに飲まれて
朝、目が覚めた瞬間、昨日の記憶が襲ってきた。
咲良が言った。
『私、直くんのこと、好きだよ』
それで、この8年間続けた“好きって言ったら負けゲーム”が終わった。
終わった、らしい。
「……なんだよそれ」
枕に顔を埋めながら、何度目かわからない自問自答を繰り返す。
俺は昨日、何も言えなかった。
咲良に告白されたのに、気の利いたセリフも言えなかった。
「……俺も」って言えばよかった?
いや、言ったら完全敗北だ。
でも、負けたくない理由って、まだあるのか?
わかんねぇ。
……いや、ほんと、マジでわかんねぇ。
******
玄関を開けると咲良はいつも通り家の前で待っていた。
制服のリボンをいじりながら、俺を見上げてにっこり。
「おはよう、直くん。今日は“好きじゃない”って言わなくていいから、ちょっと楽だね」
……いきなりそんな爆弾投下してくる!?!?
「……う、うん」
まともに顔が見れない。
咲良は全然普通そうに見えるけど、明らかに“勝者の余裕”をかましてきてる。
「そういえば今日、英語の小テストあるよね。対策、一緒に見る?」
「お、おう」
普通の会話の中にも、妙に距離が近くなったような気配を感じる。
手が一瞬触れた。咲良は平然としているのに、俺は鼓動が跳ね上がる。
ヤバい。いつもの“日常”が、ちょっとずつバグってる。
このままじゃ咲良のペースに全部飲まれる。
ていうか、もう既に完全に飲まれてる。
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昼休み。
弁当を広げながら、咲良が言う。
「そういえばさ。今まで“義理チョコ”とか“ただのプレゼント”とか言ってたけどさ。あれ、全部好きのやつだったよ?」
「し、知ってるわ!」
「ほんとにー?あ、でも一回だけ本当に義理のがあった」
「マジかよ、どれ!?」
「秘密~」
ちくしょう。
このやりとり、なんだ。
完全に“付き合ってる前提”じゃねえか。
でも、俺はまだ言えてない。
「好きだ」って言葉を。
この状況で言ったら、敗北宣言になりそうで……俺はこの石を守り切らなければならない。そう思ったのだが……。
でも同時に、自分が何を守ろうとしてるのかも、よくわからなくなってきた。
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放課後。
下駄箱で靴を履いてると、咲良が突然振り返って言った。
「ねえ直くん。まだ言わないの?」
「な、なにを……?」
「“好き”って言葉」
くっ……直球きた。
「……いや、まぁ、タイミングとかあるだろ。いろいろ」
「ふーん、じゃあ待ってるね。今日言わなくても、明日でも、明後日でも」
咲良は微笑んで、いつものように俺の横を歩く。
変わらないようで、確実に何かが変わってる。
このままじゃ咲良に全部持っていかれる。
でも、それでも。
俺の中には、まだほんの少しだけ「意地」が残ってた。
好きって言いたい。
でも、今は言いたくない。
いや、違うな。
“言うなら、ちゃんと俺の言葉で、俺のタイミングで言いたい”。
そう思ったんだ俺は。
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その日の夜、咲良からメールが来た。
「今日も好きだよー! おやすみ!」
可愛すぎて死にそう。
俺はスマホを握りしめながら、震える指で返信した。
「おやすみ。今日もまぁ、元気でよかったわ」
クソ!
何この負け戦みたいな返信!
でも、
でも明日は少しだけ、勇気出してみようと思う。
このまま“好き”を飲み込んだままじゃ、俺はずっと“ゲームの敗者”のままだ。
次は、俺のターンだ。