第11話 好きって言ったら勝ち
最終話になります!最後までよろしくお願いします!
月曜日の朝。
制服を着て、いつもの時間に玄関を出る。
いつもと同じはずなのに、胸の奥がやたらと落ち着かない。
そこには咲良がいた。
「……おはよ、直くん」
「……お、おはよう」
気まずいわけじゃないのに、なんとなく視線が合わない。
距離感も、どこに立てばいいかちょっと迷う。
こんなの、今まで一度もなかった。
「昨日、手つないで帰ったのに、今日なんかめっちゃ気まずいのなんで?」
咲良が小声で笑いながら言った。
「知らねぇよ。お前だって目そらしてんじゃん」
「そっちだって顔ちょっと赤いし」
「お前もな」
そんなふうに、少しずつ“いつもの会話”に戻りながら、
俺たちは並んで歩き出した。
何かが決定的に変わった。
でも、全部が変わったわけじゃない。
咲良は相変わらず俺の右側を歩いてるし、
信号が赤になれば、俺が先に立ち止まって咲良がちょっと遅れて止まる。
でも、ひとつだけはっきり違うのは——
俺たちが、“恋人”になったってこと。
それを意識するたび、歩幅がうまく合わなくなった。
******
教室に入ると、すでに何人かの視線がこちらを向いた。
いや、正確には“俺たち”を見た。
誰も何も言わないけど、何人かは確実に気づいてる。
昼休み、竹中がニヤけた顔で話しかけてきた。
「おっ、空気変わったな。ついに告ったのか?」
「……まあな」
「マジで? うわ、ついにこの日が来たかー。いや、時間かけすぎだろ」
「うるせぇよ」
咲良の方を見ると、こっちも女子に囲まれてて、なんかワチャワチャしてた。
たぶん同じように突っ込まれてる。
正直、少し気恥ずかしい。
でも不思議と、イヤじゃなかった。
******
放課後。
ふたりで帰るのも、付き合って初めての“放課後デート”……と呼べるのか?
「ねえ、今日どっか寄ってく?」
「え、どこ行きたいんだよ」
「うーん……特にないけど、なんか……“付き合ってるっぽいこと”したくない?」
「付き合ってるっぽいこと?」
「そう。カフェでお茶するとか、プリクラ撮るとか、ベンチで並んでパン食べるとか……」
「マンガの読みすぎだろ」
「だって、初日だよ? ちゃんと彼氏彼女やりたいじゃん」
その言葉に、ちょっとだけ圧倒された。
たしかに“好き”って伝え合ったけど、じゃあ“恋人”って何をすればいいんだろう。
手をつなぐ? 呼び方を変える? 毎日連絡する?
正直、俺にはよくわからなかった。
「……って顔してるよ、直くん」
なんだそれは……。思わず俺は、
「うるせえ」
「じゃあ、ひとまずさ。今日だけ、お試しで“恋人っぽい日”やってみようよ」
「恋人っぽい日?」
「そう。ふだんと違うことを、あえてちょっとずつやってみる日!」
「……お前、そういうのほんと得意だよな」
「得意って言うな。妄想の賜物だよ」
そう言って咲良が得意げに笑った顔を見て、
俺は少しずつ、肩の力が抜けていくのを感じた。
こいつは、俺と付き合ったからって“別人”になったわけじゃない。
相変わらず、お調子者で、茶化し屋で、よく笑って、たまにズルくて、
でも、俺がいちばん安心できる“咲良”だった。
「……よし。じゃあ、ひとまず手ぇつなぐか」
「え、今?」
「“恋人っぽい日”なんだろ?」
「お、おう……!」
俺が差し出した手を、咲良が戸惑いながら握ってくる。
前よりもぎこちなくて、前よりも照れてて、
でも前よりも、ずっとちゃんと“つながってる”感覚があった。
指先が熱い。
掌が少しだけ汗ばんでる。
でも、それさえも愛しく思えた。
「……じゃあ、次は?」
「えっ、次?」
「“恋人っぽい日”なんだろ。次、何すんだよ」
「え、じゃあさ、今日だけ“呼び方”変えてみない?」
「……は?」
「直“くん”じゃなくて、“直”って呼んでみる」
「それ、俺だけ得しないじゃん。お前も変えろよ」
「えー……じゃあ、“咲良”って呼んで」
「……咲良」
「……やば、ちょっと今ので心臓もたない」
「呼ばせといてそれかよ……!」
でも、嬉しそうに笑ってる顔を見て、
“ああ、今俺、ちゃんと恋人やってるな”って思った。
******
その日の夜、スマホにはいつものようにメールが届いた。
「今日はありがと。“彼氏”初日、合格点だよ♡」
俺は少し悩んで、短く返した。
「明日からも、よろしくな。“彼女”」
既読がすぐについたあと、しばらく返信はなかった。
たぶん、あいつも照れてんだろうな。
なんか想像できて、ニヤけた。
付き合ったって、何もかもスムーズにはいかない。
戸惑うし、照れるし、ぎこちない。
でもそれが——今の俺たちの“ちゃんとした恋”なんだと思う。
こんな時期がいつまで続くかは分からない。
でも今は"ソレ"を大切にしたい、そう思った。
******
〜咲良視点〜
直くんのことを、最初に好きになったのは、小学三年生の時。
理由なんて、もう忘れちゃった。
でも、たぶん——風邪で学校を休んだ日に、会えなかっただけで一日中落ち着かなかったからだと思う。
次の日、顔を真っ赤にして「元気になったぞ」って笑ってきた直くんを見て、胸の奥がぎゅーっとなったのを、今でも覚えてる。
「あ、好きなんだ」って、あのとき思った。
でもそれと同時に、思ったの。
(こんなこと、ぜったい言えない)
だって、その頃にはもう「好きって言ったら負けゲーム」が始まってたから。
本当にバカみたいなゲームだった。
毎朝「好きじゃない」って言い合って、誰かに聞かれるたびに「ただの幼なじみです」って強調して、
バレンタインは“義理”、誕生日は“ついで”、LINEは“暇つぶし”。
でもね、私は本気だった。
本気で、ずっと、直くんのことが好きだった。
小学校も、中学校も、高校に入っても——
ずっと、好きでいた。
だけど、直くんは何も言ってくれなかった。
どれだけ見つめても、どれだけ近くにいても、
“好き”の言葉は聞こえてこなかった。
「ゲームだから」って、自分に言い聞かせた。
“負けたら終わる”って、信じてた。
でも本当は、
負けるのが怖かったんじゃなくて、
好きって言っても、返ってこないのが怖かった。
だからずっと、言えなかった。
……でもね。
それでも私、言ったんだ。
あの日、「好きだよ」って。
あの言葉は、私の全力だった。
心臓が痛くなるくらいドキドキして、息ができないくらい緊張して、
でも、それでも——ちゃんと伝えたかった。
負けてもいいって、思えたから。
そして、直くんは逃げなかった。
少しずつ、ゆっくり、でも確かに。
私に追いつこうとしてくれた。
頭に絡まった花びらを取ってくれたときも、手を握ってくれたときも、ふざけながら弁当を分け合ったときも、
あの人の全部が、少しずつ私に向いていくのがわかった。
そして、あの日。
「好きだ」って言ってくれた。
あれは、勝ちでも負けでもなかった。
でも——やっと、ふたりで“同じ場所”に立てたって思った。
私は、もう待ってない。
これからは、歩く。
直くんと、同じ歩幅で。
時々また、ゲームみたいなことを始めてしまうかもしれない。
また「言ったら負けね」って笑い合ってるかもしれない。
でも、もう怖くない。
“好きって言ったら負け”じゃなくて——
好きって言ったら、始まるって、もう今の私は知ってるから。
これにて終わりです!ここまで読んでいただきありがとうございました!
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