第10話 ずっと待ってた
公園に着いたとき、咲良はもうベンチに座っていた。
制服じゃなくて、ラフなパーカーにスカート。
あの子にしては、少しだけ気合いが入ってるような服装。
俺の姿に気づくと、立ち上がって、ぎこちなく笑った。
「……こんにちは」
「おう。早かったな」
「うん。なんか……落ち着かなくて」
「同じだ」
照れ隠しに笑い合うけど、心臓はバクバクだった。
俺はベンチの隣に腰を下ろした。
ちょっと距離をあけて。だけど、いつでも埋められるくらいの間に。
沈黙が流れる。
でもその静けさは、不安じゃなかった。
咲良が、ちゃんと俺の言葉を待ってくれている。
その空気が、肌に伝わってきた。
俺は、深呼吸して、ゆっくりと口を開いた。
「咲良」
「……うん」
「まず……ごめん」
咲良が、少しだけ首をかしげる。
「俺、ずっと逃げてた。お前の“好き”からも、自分の気持ちからも。ゲームだって言い訳して、本当はずっと、怖がってた」
「……」
「好きって言って、もしそれが違ったらとか。言葉にして、空気が壊れたらどうしようとか。そんなことばっかり考えてた。でも——それ、全部俺の都合だった」
咲良は、何も言わずに聞いていた。
「お前は、ずっと俺の隣にいてくれたのに。それを、俺は当たり前だと思って、向き合わなかった。勝ち負けとか、照れとか、全部盾にして……お前の“好き”をちゃんと受け取らなかった」
言葉が喉につまる。
でも、止めたら終わる気がして、必死で続けた。
「だから、今ここで言わせてほしい。もう逃げないって決めたから。ちゃんと、自分の言葉で」
咲良が、静かにこちらを見ていた。
その目が、すこし潤んでいるのがわかった。
俺は、しっかりと目を見て言った。
「咲良、俺は——お前のことが好きだ」
声に出した瞬間、胸が軽くなった。
ずっと抱えてた想いが、ようやく口を突いて出た。
これは、勝ち負けじゃない。
ただ、俺の“全部”だった。
「……好きだ。何年も前から、きっとずっと。ただ、それに気づくのが遅かった。気づいても、言うのが遅かった」
咲良は、少しの間うつむいたあと、そっと言った。
「……言ってくれるの、ずっと夢見てた」
「……うん」
「“好き”って、言われたら泣いちゃうかなって思ってたけど、意外と……ちゃんと聞けた」
「泣いてもいいぞ」
「泣かない」
咲良が顔を上げる。
その目は、涙こらえてるくせに、ちゃんと笑っていた。
「私も、好きだよ。ずっと好きだったよ。たぶん……小三のときから。初恋で、ずっと続いてて、いまだに更新中」
「更新中?」
「うん。今日もまた、好きが増えた」
不意打ちだった。
この期に及んで、俺が赤面するとは思わなかった。
「……反則」
「そっちこそ。なんでそんなちゃんと好きって言えるようになってんの。ズルい」
「成長したんだよ」
「ふふ……よかった」
咲良が、そっと手を伸ばしてくる。
俺もその手を取った。
初めての、ちゃんとした手つなぎ。
指を絡めて、しっかりと。
「……じゃあ、これで正式に?」
「正式に」
「“好きって言ったら負けゲーム”は?」
「終わり」
「勝敗は?」
「引き分け、でいいだろ」
「うん、引き分けがいい」
俺たちは、もう“ゲーム”の中にはいない。
ちゃんと恋をして、ちゃんと想い合って、
ようやく、恋人になった。
******
帰り道。
ずっと手をつないだままだった。
人に見られたら恥ずかしい、とか、もうどうでもいい。
こんなふうに歩けるようになるまで、8年かかったんだ。
これくらい堂々としなきゃ、バカみたいだ。
「なあ」
「なに?」
「これからも、こうして歩いていきたい」
「……うん」
「どこまで行けるか、わかんないけど。でも、ちゃんとお前を選び続けたい」
「……私も、選ばれ続けたい」
その言葉が、どんなプレゼントより嬉しかった。