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第六話 人目

通勤途中に地下鉄に乗っている時、ネットニュースに「植田絢、豊胸か?ライブで豊満バストを見せつけ」という下賎なタイトルの記事を見つけた。自分の妻にこのようなことが書かれていても、私は何ひとつとして不快な気持ちを感じなかった。第一に、このような記事を書かれたのは今までに何度もあった。しかしながらそのような事とは無関係に、私が感じたのは、この美を作ろうと決めたのはこの私なのだという誇らしい自負の念であった。美術館に自分の絵が並んでいるような気持ちだった。作者である私の意図するところを何も知らないまま、あぁだこうだという議論がなされる。彼らには絵を語ることは出来ても、絵を通して私が語った美については、語ることが出来ない。この美を生み出したのは私であり、その真の価値を認識しているのは私だけなのだから。

コメント欄には、整形についての批判的な意見や、コンサートの一部を切り取った扇情的な写真(ダンスのワンシーンを撮影し、胸の谷間がはっきりと映っていた。)に対する意見が見られた。記事についたコメントは、20件に満たない程の数であり、私はその全てを読み、全てにおいて納得し共感した。それらはおそらく、私がまだファンであったなら、同じことを考えたり書き込んだりしていただろうものだったからだ。

そして、あの完璧な裸体を思い返した。乳房の膨らみから陰毛に至るまで、その全てを鮮明に思い出すことが出来た。そのイメージは、モナリザと言われれば誰もが完璧にダヴィンチの絵をイメージできるのと同様のもので、疑いようのないものだった。ホクロの位置や、汗が流れる場所。それらの全ての認識に確信を持つことが出来た。

 私に突かれて声を上げた時の乳房の動きまでも、正確に再生することが出来た。乳房は上下に揺れるだけではなく、各々が円を描くように揺れた。

コメントを書いている彼らは、多少なりとも妻に性的な魅力を覚えているのだろう。妻の裸体を彼らに見せるとどうなるのか、私は想像した。

 その場面は、コンサートの会場でいきなり全裸になったり、ヘアヌード写真集を発売したり、ファンとの交流イベントで全裸になるという場面だった。コンサートが始まり、会場の照明が落ちる。ステージの照明がつき、客席がペンライトで染まる。ビートが流れ、観客席が湧く。熱狂がピークに達し、ステージ前で花火が上がり、妻が全裸で登場する。歓声とも悲鳴とも呼べる叫びが響く。

それらは全くの現実性を持っていなかったが、いずれの場面の想像においても、ファンの彼らは妻の裸体に欲情し勃起するものの、彼女を犯すという攻撃性を帯びるものはいなかった。彼らは皆、目に焼きつけるように彼女を見つめ、片手で股間を抑えていた。性器を露出させている者はおろか、ズボンの上から握っている者すらいなかった。彼らは、妻の持つ美しさに犯されていた。神経を奪われて締められた魚のように、彼らは動くこともできず、勃起した股間に手を当てていた。彼らは妻の美しさに太刀打ちできていなかった。動くことがままならないほどに、美しさに服従していた。

そして私はほくそ笑んだ。笑いを誤魔化すため鼻をすすり、携帯をシャツの胸ポケットに入れて、親指と人差し指で鼻の頭を上下に挟むようにして掻いた。笑いが収まるまでは時間がかかった。左右のドアが一回ずつ開き、その度にいくつかの吊り革を移動して、鼻の頭を掻き続けた。

 盗撮だと思ったのか、目の前に座っている女が怪訝な顔をした。女は酷く醜い顔をして、酷く太っていた。セーラー服を着ていて、首が見えず、足の脂肪が電車の振動で揺れていた。頬が膨らんでいて、ブルドッグのようなほうれい線があった。髪の毛が脂ぎっていて、頭頂部には白い粉をかけられたようにフケが浮かんでいた。この女を美しくするには、家を売らないといけないだろうと私は思った。


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