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四、運営事務局問い合わせ係、阿部 後半

「あのコメントは、あいつが嘘をついているからです」


 なんだかよくわからないが、ここは差し障りない程度正直に話すことにした。


「あいつは結婚していて、あの男は元カレだ。不倫だよ。だから告発したつもりだった」


「お知り合いなんですね」


 夫だと言いたくなくて、口ごもるしかなかった。


「その事実はご確認したのですか?」


「いや、でも、そうだろう」


「不倫相手との日常を投稿するのも利用規約で禁止行為に当たりますので。見る人によって不快な感情を与えるものには視聴制限がかけられます。投稿によっては削除、退会、罰金などの処置をらせていただきますので。しかし、事実と違う可能性もあります。その場合は相手から訴えられることもございますので、ご承知おき下さい」


 妻から訴えられる。

 それは考えられない。でも万が一……。

 達哉の混乱が止まらないが、問い合わせ係は構わず話を進めていく。


「それでは本題ですが、あなたは嘘を許せなくてコメントしたということでよろしいですか?」


 確認されると何だか腹が立った。


「そうだよ。あんなの嘘に決まってるんだよ。だって、あいつリッチでオシャレな生活なんかしてないんだから」


「動画内容が嘘だといいたいのですか?」


「そうだよ!」


 彼女の朝ごはんのベーグルなんて見たことない。ラップで包んだ昨夜の残りご飯にふりかけをかけて貪っていたじゃないか。

 部屋はいつもゴチャゴチャだ。

 帰ってきて、そのまま床に置いた鞄。子どもが工作に使ったダンボール。脱ぎ散らかしたパジャマ。カウンターの上だって中途半端に残ったお菓子とか、近所のスーパーのチラシとかが置きっぱなしだ。いつも散らかっていて汚いじゃないか。

 あんなキッチン、あんな部屋、嘘だ。大嘘だ。


「虚勢を張って。嘘つきの見栄っ張り。そのうえ元カレと不倫。恥ずかしい」


 問い合わせ係はしばらく黙った。それから、急に柔らかな声が耳に入ってきた。


「お可哀そうに」


 それは言葉で殴られた瞬間だった。


(可哀そう? 俺が?)


 その発言はあまりに達哉を見下している。


「嘘をついているのはあなたの方なのですね」


 女は続けた。


「叫びたいことはそこじゃないでしょう?」


 言い返す言葉を、黙らせる一撃を、達哉は心の底から探していた。しかし、それも終わる。


「彼女が元カレと一緒にいるのが許せないだけでは?」


 腹の底がカッと熱くなった。

 そのとおりだ。

 あまりに当然のことだ。

 夫なんだから当たり前だ。

 俺に黙って裏で元カレと会っているなんて。 怒るに決まっているじゃないか。


 なめ腐った態度の問い合わせ係に、思い切り汚い言葉を浴びせてやりたかった。 しかし。本音を見抜かれた上に、録音されていること思い出して、達哉は奥歯をぎりぎりと噛み締めて暴れ出す感情を飲み込んだ。


「一緒にいるのは本当に元カレなのですか? 顔は映っているのですか?」


 問い合わせ係は、そんな達哉に冷たく問いかける。


「それは、多分……」


 はっきりと答えられないことに焦りを隠せない。達哉は妻の元カレの顔なんてほとんど覚えていない。

 一度写真で見たきりだ。

 ユーザー名で勝手に思い込んだのか? 思い込みでコメントしてしまったのか? でも、この際元カレかどうかなんてどうでもよくないか? 既婚の女が、夫ではない男と二人で会っているんだから。


「影でコソコソ撮影して、絶対にやましいじゃないか。しかも嘘ばっかりの動画」


「いいじゃないですか。嘘は誰もがつくものですから」


 電話の向こうで乾いた声が答えた。


「何が悪いのでしょう」


「惨めに見えるんだよ。承認欲求が満たされない子どもみたいで」


「惨めでいいのです。人は認められたい。特別でありたい。嫌われたくない。 そのために、人は嘘をつくものです。このサイト上にある嘘は、人に迷惑をかけません。あなたがコメントして示したかった真実のほうが、沢山の人を傷つけるのではないでしょうか」


 言い返したいのに言葉が見つからない。


「なにか問題がございましたら、問い合わせのページよりメールにて受け付けますが、再び違反行為を認められたときは強制的に退会となりますのでご承知おきください」


 問い合わせ係は淡々とあくまで事務的に言った。


「ーーわかりました。もうしません」


 そう答える以外できなかった。


「お話しいただきありがとうございました。物語として保存させていただきます」


「待ってください」


 なんとかして声を出す。聞きたいことがあった。


「物語ってなんなんですか」


 また、一瞬間が空いた。


「利用規約はちゃんと読んでいただきましたか?」


 問い合わせ係の声は呆れを含んでいた。


「物語とは、このサイトを巡って起こる事柄全てですよ」


「全て?」


「動画を商業利用する権利は全てサイト運営会社にあります。

 投稿した時点でそれを承認したものとすると、きちんと書いてあります。

 我々はお客様の動画を自由に使い、捨てることができます。

 だから、このサイトにどんな人気動画を投稿しても、ユーザーは1円も稼ぐことはできないでしょう。

 それでも投稿する。してしまう。その心理を使わせていただいています」


 ランキングは向上心への煽りか。 

 褒めちぎりの羅列は運営による仕掛けか。 俺のコメントも、嫉妬男の情けない叫びの物語として笑われていたのか。


「意味がわからない。そんなことをしてどうするんだよ」


「動画、感想欄、その他の出来事も、総じて利用価値があるのですよ」


「だから。そんなもん何に使うんだよ」


「買いたいという方に売っているとだけ言わせていただきます」


 じゃあ、妻の動画も誰かが買っている可能性があるのか? 何のために?


「世の中には色んな方がいますから。この素人っぽさも大事かと」


 電話の向こうで女が微笑むのが見えるようで、達哉は顔をしかめた。もちろん、相手には見えない。伝わらない。


「サイトの楽しみ方は色々。純粋に動画登録を楽しむ方も多数いるでしょうけど、それは他人の好奇にさらされます。 鼻で笑われている可能性だって高いです。コメントも含め。今は、あなたの嫉妬に苦しむ姿が何よりの物語です。その時、人は何をするか。何を口に出すのか」 


 動画そのものより、そこで生身の人間がライブで巻き起こすやり取りのほうが、よっぽど面白いと言いたいのか。


「ご理解いただけたでしょうか」


 もう、疲れた。


「わかりました」


 達哉は答えていた。


「物語は搾取された運営事務局問い合わせ係、阿部が担当いたしました。それでは、失礼致します」


 最後まで聞いて、達哉は電話を切った。



 バカにされたと確かに感じたのに、もう怒りは湧いてこなかった。

 明らかにされたくない本音を見透かされたというのに。

 相手が大きすぎたのかもしれない。


 運営会社と、ユーザーと。


 どれだけを敵に回すかわからない。妻が不倫をしていたとして、達哉のやってきたことを暴かれたとしたら、同情は妻へと流れていくだろう。


(削除されたのか)


 あのコメントのせいでShimasaki Jにブロックされたかもしれない。達哉はサイトを開いた。さっさと退会しようと思ったのだ。

 トップページに新着とおすすめの動画が並んでいる。Shimasaki Jの新しい動画が目に留まった。 それは会員登録しないと見られない動画だ。


(ブロックされていない!)


 自分のコメントが消されたかを確認することなんて忘れ、達哉は再生ボタンを押していた。


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