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第6講 資金調達実習

「あー頭痛い……」


 完全抹消会の部室、会長は床に寝転がって伸びていた。


「珍しいね会長が二日酔いなんて」

「ビール飲んでも頭痛直んないー……」

「迎え酒は意味ないって。今日は飲まないほうがいい」

「うう……」


 野富良は空き缶をゴミ袋に詰めている。これで3袋目だ。


「あ、そうそう、結局会の宣伝どうしようと思ってて」

「あー……それならいいよ。この前のお祭りで戦ってたでしょ?あれを撮ってた人がアップしたみたいでさ、すんごいバズったのよ。」


 掃除の手を止め、スマホで調べてみる。すると『超間近!ヒエロⅴsヒエロ』と銘打たれた動画がヒットした。ヒエロ・メタンフェタミンとの交戦の一部始終を収めた動画で、昨日投稿されたばかりにも関わらず100万再生を突破していた。


「だから宣伝はとりあえず済ませたことにしていいよ……。それよりも会費。そろそろ集めなきゃなんだけど……」


 掌を皿にし、ここに置けと言わんばかりに腕を伸ばす。


「それなんだけど……実は今余裕なくて払えないんだよね」

「え?」

「バイト探してる途中で、だから仕事見つけて給料振り込まれるまで待ってほしいっていうか」

「……マジ?」

「マジ。だから当面禁酒してほしい。確か会費のほとんどはビール代になってるでしょ」


 伸ばした腕を戻し、野富良に背を向けるよう寝返りを打つ。


「……わかった」

「すぐに稼いでくるからちょっとの間我慢してね」


 彼はそう言うと、ゴミ袋をサンタのように背負い、部室を後にした。部屋は缶一つ転がっていない奇麗な部屋になっていた。


「……自分で働けたらな……」



 神京大学内にある購買、その入り口にバイト紹介雑誌『タウンジョブ』が置いてある。野富良は一冊手に取り、手ごろな仕事がないか調べていた。


「これはちょっと遠すぎるし、こっちはフルタイムだけだな……」


 紹介されているものに学生向けの物はほとんどなかった。それらしいのはすでにほかの学生が取ったのだろう。

 夢中になって読んでいる野富良の背後に、いつのまにか、何者かが彼の背後に立っていた。


「のふらんなにやってんのー!?」

「うわ!?だから後ろからいきなり声かけないでくださいよ矢切さん!?」

「ごめんごめん」


 舌を出し、わざとらしく謝る矢切。あれ以来交流する人数が減ったのか、その分彼に突っかかることが増えていた。


「ちょっとバイト探し中で良い感じのを探してるんですけど、どうも条件に合うのがなくて……」

「大変~闇バイトとか引っかかんないようにね」

「そのつもりで……」


 ふと視線を外すと、おかしな集団が目についた。誰かが紙をばらまき、それを周りの学生が必死になって拾っている。

 紙の正体は、紙幣だった。


「ほらほら拾えー!まだまだいっぱいあるぞー!」


 中央にいるのは、理学部3年生の沢倉健斗(さわくらけんと)だ。


「健斗!ほんとにこんなことしていいのか!?」

「いいぞー。なんたってバイトのおかげでガッポガッポでさあ。こんなのはした金よ」

「健斗くんすごい!なんてバイトで稼いだの?」

「それは秘密。でもその代わりいくらでもおごってやるぞ!はっはっは!」


 取り巻きたちによる、健斗コール。矢切や通行人は冷めた目でその熱狂を見ていた。


「いやー、なんだろうねあれは……」

「……え?そうですね」

「そろそろ時間だしもう行こっか!講義遅れちゃう!」


 足早に講義室へ向かう彼女とは対照的に、野富良は興味ありげにその集団を見続けていた。



 時刻は夕刻。太陽はまだ地平に届かない。沢倉は友人たちと一緒に居酒屋へ向かおうとしているところだった。


「ねえほんとに大丈夫?こんなにお金使って」

「大丈夫大丈夫、また稼げばいいから」

「あ、水たまりある。気を付けて」


 取り巻きの一人が進路上に小さな水たまりがあることに気が付いた。今日は一日中快晴だったためできているのは不自然だが、みんな特に気にすることもなく避けていった。沢倉も、ひょいっと飛び越えようとしたその時だった。

 水たまりから腕が伸び、彼の足首を掴んだ。何が起きたか誰も理解できないまま、腕は一瞬で水たまりへ引き込んでしまった。


「健斗!?」

「健斗君!?」


 あっという間に中心を失った学生たちは大慌てになった。水面に手を突っ込もうとする者もいたが、ただの水たまり以上の深さはなかった。



「……あれ?ここは?」


 沢倉は完全抹消会の部室に立っていた。決して広いとは言えないこの部屋にいたのは彼と……


「どうも」


 ヒエロ・ウォーターだけだった。


「うわあああああ!!!」


 怪人の正体に気づいた沢倉は尻もちをつき、そのまま後ずさる。すぐに部屋の壁にぶつかり、逃げ道はなくなった。


「ああ、そこまで驚かなくてもいいですよ。ちょっと頼みごとがありまして」

「ななななんだ!?金か!?それならそれならいくらでやるから許して……」

「いや別に集ろうってわけじゃないんですよ。ただあなたがしたっていうアルバイトに興味がありまして」

「へ?」

「よかったらどんなのか紹介してくださいません?あ、変なのだったら遠慮しますよ」


 沢倉は少し迷ったが、意を決して答えた。


「……わかった。教えるから俺のことは見逃してくれるよな?」

「もちろんです。それで内容は?」

「なんていうか、バイトというより投資なんだ。“先生”にお金を預けるとすぐに何倍にも増やしてくれるんだ」

「投資?」

「詳しくは21時にサークルB棟の402号室に行けばわかる……」



 21時、完全に消灯し誰もいないはずのサークル棟の中で、402号室だけに人が集まっている。神京大学の学生だけでなく、大勢の大人でひしめき合っている。

 その一室に、新入りが入る。その男は室内を見回すと、沢倉を見つけ近寄った。


「お待たせしました」

「ああ、まだ始まってないから大丈……」


 そこにいたのは、沢倉と瓜二つの男だった。


「……え!?」

「ああこれはウォーターの変形能力を活かした変装です。あの後に来る人なんてヒエロに決まってますからね。あなたに通報されないようにです。何か言われたら兄弟ということにしましょう」


 よく見ると本人よりも少しだけ背が高い。何か皮をかぶっているように体全体が大きい。


「そ、そうか」

「そろそろ始めましょう」


 壇上から何者かが一声を発すると、室内は一斉に静まり返った。声の主はスーツ姿にオールバックと、いかにも利発そうなサラリーマンだった。彼が“先生”なのは野富良にもなんとなく察せられた。


「それではみなさん、いつも通り封筒を回しますので、その中に皆様のお気持ちを入れていただきます。額はいくらでも構いません」


 そういうと、手前の中年の女にA4サイズの茶封筒を渡した。その女はかなり厚みのある札束を封筒の中に入れた。


「……投資ですよね?」

「今にわかる」


 その後も次々と多額のお金を封筒に入れていく人々。野富良の番になったが、いまいち信用しきれない彼は100円だけ入れることにした。野富良に封筒を渡された沢倉は、財布の中身をすべて詰め込んでしまった。

 参加者からお金を集め終え、封筒は壇上に戻る。


「それでは、いまからこのお金を増幅いたします」


 封筒を机の上に置き、その上に手をかざした時だった。


「……ヒエロの反応がする」

「え?」


 会長の声だ。この近くにヒエロがいるらしい。

 その力は、まさに野富良の前で発せられていた。封筒がどんどん膨らんでいき、口から硬貨や紙幣があふれ出てくる。ついには封筒が増幅されたお金に耐え切れず破れ、爆発するかのようにはじけた。周囲から一斉に歓声が上がる。


「これは……!」

「では皆さんいつも通りつかみ取り……と言いたいところですが、どうやら一匹ネズミがまぎれこんでいるようです」


 男は通貨の山から500円玉を取り出すと、親指ではじき上げた。打ち上げられたコインは、野富良を一直線上に捕らえると、何かを発射した。


「ぐっ!?」


 それはもう一枚の500円玉だった。7グラム程度であるはずのその貨幣は、被弾した野富良を窓の外へ追い出した。


 割れたガラス片とともに地面へ落ちる野富良。痛がりつつも起き上がる彼の前にヒエロが現れた。

 束ねた銭をスカートのように腰に下げた、紙幣のような刺青が全身を覆う怪人、ヒエロ・バンク。


「わかるんですよね、別のヒエロが近くにいるのは。さて……見られたからには消えてもらいますよ。お好きでしょう?消えるのは」

「まず他のものを全部消してからですね!」


 変装を解き、元の掃除屋の姿に戻る。走り寄って接近戦を試みるウォーターだが、当のバンクは踵を返して逃げ出した。


「待ちなさい!」


 逃げるバンクが、またコインを弾き飛ばした。放たれた通貨が再び野富良を襲うが、攻撃パターンを見切った彼は簡単にかわして見せた。


「そのまま距離をとって攻撃を仕掛けるつもりですね。させません!」


 バトルホーキが召喚され、野富良の手元に飛来する。彼はそれを掴むと、装填されているファイアワークのグリフペンをサンダーに差し替えた。

 噴射口から雷が降り注ぎ、黄色の魔法使いの姿に変わった。足に微弱な電気を送ることで強制的に高速で動かし、一気に距離を詰める。その勢いのまま回し飛び蹴りを相手の後頭部へ叩き込んだ。


「ぐあ!?」

「まだまだ!」


 そのまま回し蹴りを何度も喰らわせ、蹴りと電撃の2重のダメージで追い込んでいく。


「ま、まずい!一旦引かなくては!」


 キックをわざと受けて大きく吹き飛び、忍ばせてあった紙幣を増やして紙吹雪を展開した。あっという間に一帯を覆い、晴れたころには消え失せていた。


「ああもう!逃げられた!」


 増えた紙幣は、夜風に吹かれてどこかに飛んで行った。


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