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第5講 麻薬の世界

「あなた!弘毅!しっかりして!」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「んんーーー!んんーーーー!」


 ハイテンションで大笑いする人々と彼らに必死に声をかける人々。地獄絵図を繰り広げたヒエロはどこかにいる。が、それらしい姿は見当たらない。

 ここで野富良は気が付いた。屋台にいる人間は狂っている人間が少ない。もしやと思い、たい焼き屋の男に尋ねた。


「すいません、今日お祭り中にご飯か何か食べました?」

「え?いやまだ……」


 綿あめ屋、射的、たこ焼き屋、焼きそば屋、次々聞いていってもまだ食事はとってないという。お面屋は店主がおかしくなっていたが、その傍らには食べかけの焼きそばが転がっていた。ただ、焼きそばに何かあるだけではこれほどの人数に異常を及ぼすとは考えられない。


「料理です!料理に何か仕込まれています!皆さん食べないでください!」


 野富良の叫びで、大慌てで手に持っていた食事を手放す群衆。地面があっという間に食べ残しで汚染されていく。

 屋台持ちの人の被害が少ないのは、お昼時で食事のタイミングがずれていたからだ。それでもいるのは早弁にしたからだろう。


 もう一度焼きそば屋の店主に尋ねる。


「誰か怪しい人を見かけませんでした?」

「そんなこと言われても、いろんなお客が来るからわかんないすよ……。覚えてるのなんてすごい買い込んでた人がいたぐらいで」

「買い込んでた人?」

「なんでもイベントに出てる人たちに差し入れだって」



 広場のど真ん中に設けられた仮説ステージ、神京大学のダンスサークルの演目が始まった。伝統舞踊と現代ダンスを合わせたというその踊りは、学生たちの一糸乱れぬ動きで巧みに表現されている。観客は歓声を送ったり、スマホで動画を撮ったり、思い思いに楽しんでいた。

 矢切は、観客の中にいた。


(みんな楽しんでくれてる……これでいいんだ……)


 ステージで踊る仲間を直視できなかった。ずっとうつむいたままだった。ステージを見たら、どうしてもあの場にいたかもしれない自分を想像してしまうから。

 涙が、彼女のスニーカーに落ちた。


 そんな彼女の後ろを、一人の男が通り過ぎた。満杯の白いビニール袋を両手に下げながら、楽屋裏へ向かっていた。


 その前に、野富良が立ちふさがった。


「こんにちは、そのご飯ってどこで買いました?」

「どこって、屋台だけど」

「今それで大騒ぎになってるんです。それを渡してくれませんか?」

「これはみんなへの差し入れだよ。君みたいな部外者のためのものじゃない。奪おうってなら……」


 袋を地面に落とし、どこからともなくグリフペンを取り出した。


「排除する」


 掌に文字を書き、握りしめるとそこから全身が砕け散り、中からヒエロの姿が現れた。注射器が無数に刺さった鬼のような姿、ヒエロ・メタンフェタミン。その一本を引き抜くと巨大化し、レイピアのように構えた。野富良もニコーズにペンを差し込み、変身する。

 演者の一人、笠原温子(かさはらあつこ)が2体のヒエロの出現に気づき、踊りをやめて大声で叫ぶ。


「ヒエロ!」


 その声にほかの演者も気づいて逃げ出そうとする。が、そんな様子を見ても観客の大半は逃げようとしない。それどころか一層熱狂している。指笛まで吹く始末だ。


「これは……」

「すでに屋台の食材すべてに仕込んである。ここはもうみんな食べてくれたみたいだねえ。君ももうなにか食べたかな?」

「たこ焼き1パックいただきました」

「……?まあそのうち効いてくるだろう」


 メタンフェタミンが猛突進をしかけ、連続突きを繰り出す。ウォーターはそれらを躱し、ある一突きを脇腹に抱え封じた。だが、すぐさま別の注射器を抜き、大きくなる勢いを利用しそのまま刺しにかかる。野富良は抑えていた方を離し、紙一重で回避する。

 彼は攻めあぐねていた。攻撃をしかけるには周りに人が多すぎて巻き込みかねない。みんなこちらに野次を飛ばしたり、撮影したりで逃げる気配がない。


「ほらみんな下がってください!死にたいんですか!」

「うっせー!お前が死ね水野郎!」

「あーもうどうしよ……」


 二刀流になった刺突でさらに追い込んでくるメタンフェタミン。なんとか周りに被害が及ばないようにいなすが、打開手段がない。少しずつ押されていた。


 そのころ、矢切は熱狂する群衆をかき分け、逃げようとしていた。彼女は何も食べていなかったのでハイになっていなかった。

 人の波に揉まれ、行くべき方角もわからぬままとにかく進んだ。ようやく抜け出した先は、2体のヒエロが交戦している最前線だった。


 空振った一突きが、彼女にせまる。


「えっ……」

「危ない!」


 注射器の先端は、文字通り彼女の目の前で止まった。野富良が身を挺し、二の腕に刺されることで庇ったのだった。水色の腕が、にじむ血の色で赤黒く染まっていく。

 連撃が止まった一瞬の隙を狙い、注射器を持つ腕に向かってハイキックを浴びせ、相手の腕を折った。悲鳴とともに、メタンフェタミンは得物を離して後退する。


「矢切さん大丈夫ですか!?」

「……え」

「ここは危険です!早く逃げてください!」

「は、はい」


 もう一度人の海の中に入り、反対方向へ向かった。それを見届けると、腕に刺さった注射器を引き抜き、今の状況を整理した。

左腕は負傷し、使い物にならない。敵はすでに新しい武器を取り出し、二刀流に戻っている。そして相変わらず、逃げようとしない群衆たち。どうしようか思案している時だった。


「あっはっはっは!!野富良くぅーん!できたよ新しい武器!」


 手の甲の箱から、やかましいばかりの呼び声がする。


「……会長なんかテンションおかしくない?」

「ひゃははははそんなことないって!とにかく送るから適当に水面作って!」


 辺りを見回すと、誰かが落としたであろう電球ソーダが転がっていた。攻撃をかわしながらそこまで向かい、プラスチックでできたその瓶を踏みつぶした。すると、あふれ出たソーダから勢いよく何かが飛び出してきた。野富良はそれを空中でつかむと、その使い方を理解しようとまじまじと眺めた。


「……何これ?スプレー?」

「ノズル口にペンを入れてトリガーを引いてね!今はサンダーが良いかも!」


 いわれた通りサンダーのグリフペンを装填し、トリガーを引いた。すると噴射口から雷雲が出て、ウォーターの全身を包んだ。雲が晴れると、その姿は変わっていた。全身黄色に一変し、作業着のつなぎのようないで立ちになっていた。


 襲い掛かってくるメタンフェタミンに向かって照準を合わせ、もう一度引き金を引く。するとノズルから稲妻が走り、相手の右手に命中。持っていた注射器を弾き飛ばした。


「ぐあっ!?」

「なるほど、そういう形の銃ね。」


 すぐさま新しいのを取り出そうとしたが、野富良はそれを見逃さなかった。連射し、メタンフェタミンに刺さっている注射器をすべて落とした。立て続けに電撃を喰らい、崩れ落ちるがまだ観念していなかった。


「まだだ!このお祭りは絶対に成功させるんだ!」

「お祭りも日常も、すべて消してやる!」

「縺薙l縺檎ァ√?譛?蠕後?莉穂コ九↑繧薙□?√←縺?°縺ソ繧薙↑縺ョ險俶?縺ォ縺壹▲縺ィ谿九k繧、繝吶Φ繝医↓縺ェ縺」縺ヲ縺上l?∽ク?逕溷ソ?↓谿九j邯壹¢繧九♀逾ュ繧翫↓?」


〈コンクルージョン メタンフェタミン〉


 注射器が刺さっていた個所から無数のパイプが生えてくると、そこから白い煙が吹き出す。見るからに吸ってはいけないものだ。


「会長!これはどうやって必殺技出せばいいの!?」

「うくく、ノズルの方を持って逆方向にトリガーを引けば出るよ」

「こう?」


 スプレーを持ち替え、ボトルの底を銃口に見立てて構え、トリガーを逆に引く。すると、先端にプラズマの球がシャボン玉のように膨らんでいく。バスケットボール大の大きさになると発射され、何度も軌道を曲げながら標的に当たった。電撃で体が激しく痙攣している。


「あばばばばば」

「……必殺技の割にあんまり効いてないような……ん?」


 突如、暗雲が立ち込める。帯電するメタンフェタミンに、落雷が命中した。


「あ、そんな感じ……」

「ぐあああ!」


 ヒエロの身体が黒焦げになり、そのまま爆発。イベント会社社長、白葉の姿に戻って倒れた。すると盛り上がっていた観客たちは一転、苦しみながら地面に倒れていった。


「うう……頭痛い……」

「オエーッ!」

「麻薬が抜けたことによる離脱症状ですかね。ヒエロの影響はなくなったはずだから、これ以上はお医者さんに任せるしかないですね。」


 砕けたペンを拾っていると、頭に何か当たった。それはドリンクの紙コップだった。飛んできた方向を振り向くと、そこには怒り心頭のダンサー、笠原がいた。


「なに私たちの邪魔してるの?」

「はい?」

「あんたのせいでお祭りがめちゃくちゃじゃない!」

「ああ、それは申し訳なかったです。」

「申し訳ない?世界を滅ぼしたがってるあんたになにがわかるのよ!私たちは今日のために一生懸命練習して、お客さんも私たちの踊りを楽しみにしてた。そんな気持ちのないあなたになにもわかるわけないでしょ!」

「そうだそうだ!」


 ほかの演者も加わり、一斉に野富良を非難する。ついには落ちていたゴミを彼に向って投げ飛ばしていた。野富良はただ、黙ってそれを受け止めていた。


「みんなやめて!」


 その間に、矢切が割り込んだ。逃げてる途中、後ろから雷鳴がして振り返ったことで、遠巻きに決着がついた瞬間を見ていたのだった。


「この人はウチらを守ったんだよ?なんでそんなことするの?」

「ダンスに真剣じゃなかったあなたにはわからないでしょうね。私たちには命よりも大事なものがあるの。それとも何?あんたもヒエロなの?」

「違……そうじゃ……」

「このクズ!」


 矢切に向かって、水の入ったペットボトルが投げられた。彼女はとっさに目をつむった。

 パシッと、受け止める音がした。目を開くと、ヒエロ・ウォーターがそれを片手で受け止めていた。


「えー、ダンスが命よりも大事なのはわかりました。それで?」

「何よ」

「いや、かかってこないのかなって」

「は?」

「だから、ヒエロになって俺のこと攻撃しないのかなって」

「はあ?」


 少しずつ、ダンサーたちに歩み寄る野富良。誰も足を進めず、後退する。


「ヒエロになるには条件があります。それは強い願い。それさえあれば誰もが“勝手に”ヒエロに覚醒します。そこに転がってる方も、もしかしたらヒエロになる意図はなかったのかもしれません。逆にならない条件もあって、それはたいして強い想いじゃないか、あるいは願いをあきらめたか。まあ、あなたは人生謳歌してそうですし後者ではないでしょう」

「なにが言いたいの?」


 軽く一笑すると、野富良は答えた。


「ヒエロじゃないやつに何言われても響かないってことですよ!本当に悔しかったらねえ!今すぐヒエロになって殴りかかってきなさい!」


 両腕を広げ、さらに歩みを進める。少しずつ近づいてくる怪人に、一人、また一人と逃げ出し、とうとう誰もいなくなった。


「いや本当にいないんかい」


 振り返ると、矢切はまだ残っていた。


「俺のことは庇わなくていいですからね!あなたも抹消対象ですし!」

「は、はい……」

「でもありがとうございます!うれしかったですよ!では!」


 そう言い残すと、ペットボトルも中の水を頭からかぶり、溶けるようにいなくなった。あとには、矢切と副作用に苦しむ人々だけが残されていた。


 月曜になり、大学が始まった。登校する野富良の後ろから誰かが声をかけた。

「のふらーん!おはよー!」

「おわ!?だから急に声かけないでくださいよ!」

「ごめんごめーん」

 いつになく上機嫌な様子だった。

「…なにか良いことありました?」

「良いことっていうか……サークル辞めた!」

「あれ辞めちゃったんですか?」

「もっとウチがやりたいこと探したいからしばらくどこにも入らないつもりー。なんか良いところ知ってたら教えてね!」

「はーい。」

「……変なこと聞くけどさ、腕をまくって見せてもらってもいい?そっちの腕」

「腕ですか?はい」

 左腕の袖をまくり、彼女に見せる。至って何もない、細身の腕だった。

「……ありがと!ちょっと見たかっただけ!あんま筋肉ないね!」

「ほんとですか?鍛えたほうがいいですかね……」


 桜の花が散り、青々とした葉に切り替わろうとする樹々の下を歩き、教室に向かっていた。


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