第4講 基礎ダンス学
『ヒエロ撃破 孤独が招いた凶行』
『ウォーター再度犯行声明 その真意は』
『いまだ明かされないウォーターの正体 元ヒエロ対策本部捜査官のプロファイリング』
ドール撃破の翌日、新聞やテレビ、ネットニュースに至るまで同じ話題で持ちきりだった。当の野富良もスマホでニュースを眺めるが、自分が知ってる以上の事はなかった。
「イエーイのふらん元気!!?」
「おわ!?」
誰もいない空き教室で“定例会”の時間を待っていたから、まさか話しかけられると思っていなかった。声の主は、野富良と同じゼミ生の矢切寧。ピアスからネイルまで全身をきらびやかに彩っている。
「びっくりした……。なんですか一体……。」
「いたから声かけただけ―。んふふ。」
「さ、さいですか……。」
「何見てんの?」
「ヒエロのニュースですよ。今回立て続けに2件ですからね、なんかあるんじゃないかと。」
「のふらん意識高―い。」
「矢切さんはもっとまじめにやりましょうよ……。」
「まじめだもん!もうレポート全部終わらせたし!」
内心、野富良はショックだった。ここ最近ヒエロの出没が多発してるせいで講義に出席できていないし、疲れて課題にも手を付けられていない。学生生活をエンジョイしてそうな彼女に進捗で負けていたのは正直悔しかった。
「そ……そすか……。ってそろそろ時間だ。それじゃ俺は用事あるんでこれで。」
「いてらー。あ!そうそう、よかったらこれ!」
カバンから取り出し、渡してきたのはチラシだった。内容は近くの駅前で行われる春祭りのチラシだった。
「ウチのダンスサークルがここに出るの!よかったら見に来て!」
「行けたら行きます。」
野富良はそそくさと教室を後にした。
「……あ、のふらん!やっぱり今の忘れて……あれ?」
すぐに後を追ったが、そこには誰もいなかった。代わりに、廊下の床に水たまりが広がっていた。
野富良はある部屋に立っていた。デスクトップパソコンと丸テーブルと冷蔵庫、あとは空のビール缶が所狭しと散らかっている部屋だ。その丸テーブルに、女が缶片手に突っ伏している。
「会長起きてるー?」
会長と呼ぶ誰かの背中を揺らす。すると目を覚まし、反射的に上体を起こした。
「あれぇ?もう定例会の時間?」
「うん。」
ぼさぼさで伸びっぱなしの黒髪、丈のあってない黒のジャンパー、とても会長と呼ぶには似つかわしくない風体だった。目覚めのいっぱいと言わんばかりに残ったビールを流し込むと、ゴミの山に投げ捨てた。
「はい、それじゃ第…29回?“完全抹消会”定例会始めましょっか。ういっく。」
「いよっ。」
野富良の拍手だけが響く。彼と会長以外、部屋には誰もいない。
「まずはヒエロの撃破報告!前回の定例会から今日までにヒエロを何体倒しましたか?」
「えっと、この前のドールとファルコンで2体、あとほかに8体倒したからちょうど10体だね。」
「いいねいいね。新規メンバーは?」
「全然。」
「ダメか―。」
新しい缶ビールを開けた。Lサイズ缶を喉を鳴らしながら一気に飲み干す。プハーっと息をつくとまた缶を投げ捨てた。
「……ところでその紙何?」
「ああ、これなんかお祭りがあるみたいで。」
会長はチラシを渡され、一通り内容を確認すると、紙を野富良に返した。
「よし、それじゃあこのイベントで宣伝してくるように。」
「え?ヒエロで出たらみんな逃げるよ?」
「そこは野富良くんに任せるね。最悪正体がばれても手はあるから大丈夫。それじゃ頑張って。」
そういうと力尽きたようにまたテーブルに突っ伏した。
「……え~。」
「社長!準備が全部終わりました!」
「これをこうして見るのも今年で最後か……。」
桜並木に吊るされた提灯、屋台が並ぶ道を眺めながら歩くのは、イベント会社社長の白葉圭一とその部下だ。
「これが任期最後の事業になりますもんね。明日は我々従業員一同も全力で盛り上げますよ!」
「ははは、ありがとうね。」
社長は視察中ずっと、ズボンのポケットに手を突っ込んでいた。
「……みんな、楽しんでほしいねえ」
結局、野富良は宣伝方法が思いつかないまま祭りに来てしまった。いつもは車が走る道路も歩行者天国になって人でごった返している。
「どうしようか……、ここで変身してもみんな逃げだしちゃうよな。」
屋台で買ったたこ焼きをほおばりながら、どう勧誘しようか思いを巡らす。食べ終わった頃、人の海の中に矢切を見つけた。
彼にはそれが妙だった。ステージでのダンスパフォーマンスが間もなく始まる。それなのにこんなとこにいて大丈夫なのだろうか。こちらに気づいていないようなので、人込みをかき分け声をかけた。
「矢切さん矢切さん。」
「あ、のふらん。来てくれたんだ。」
その声色には、普段の元気がなかった。
「どうしましたこんなところで、ダンス出るんじゃないんです?」
「ああ、それなんだけど、ウチは出ないんだ。」
「え、そうなんですか?なんで?」
「それは……。」
『ちょっと褒められたぐらいで調子乗ってんじゃないよ下手くそ!』
『今日はずっと残って練習しな。あんたの実力ならわかってるよね?』
『あ、あんた今度のイベント出れないから。残念!』
「……ウチの実力不足だね。」
「へえ、そんな厳しいところなんですね。すいません変に詮索して。」
「いいのいいの。よかったら見てってね。」
そういうと、足早にどこかへ去ってしまった。
「……大変なんですねえ。」
「野富良くん、近くにヒエロの反応があるよ。気を付けて。」
会長の声が聞こえる。変身デバイス、ニコーズからだ。
「本当に?その割には悲鳴はないけど……いや、あっちがなんか騒がしいな。」
現在地から北東あたり、イベントステージとは違う方向が何やらやかましい。人々の喧騒とも、祭りの熱狂とも違う。やたら高笑いが聞こえてくるのだ。
急いで駆け付けると、そこには異様な光景が広がっていた。老若男女問わず、人々が服を脱ぎながら踊り狂ったり、街路樹に頭を打ち付けたり、奇行を繰り広げていた。その中には、取り締まるべきはずである警察官も含まれていた。
「何がどうなってるんだ……?」
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