第3講 形態変化入門
「どーしましょうかねー!」
襲撃から数日後、大学の食堂でランチを食べる蒲田と野富良。ファルコンの事件がなかったかのように、食堂内は学生でごった返している。
「どうするっていっても……これ以上何があるの……?」
「裏で糸を引いてるヒエロが絶対いるんです。それを始末しないと大変なことになりますよ!」
「大変なこと…?」
「ヒエロは何かを強く願うことで変身するんです。あなたの彼氏さんもそうだったんじゃないですか?」
彼女には心当たりがあった。それは自分を何としても守り抜くこと。その願いが歪み、あの凶行に及んだのだろう。
「何かを願う以上、目的を持って行動します。あなたを襲ったのも何かしらの目的があってのことでしょう。ところで、えーと佳織さんでしたっけ?あの人と連絡は取りました?」
「いえ全然……。繋がってはいるんですけど無視されてるみたいで……。」
「一番怪しいのはその人なんですけどねえ……。番号だけ教えてもらえます?」
「えーと、これで……。」
スマホの連絡帳を開き、番号を見せる。
「ありがとうございます。それじゃあ俺はこれで。」
食事を終え、お盆をカウンターに返しに行こうとした時だった。
「あの……こういっちゃなんですけど、あなたってあのヒエロ・ウォーターですよね?」
「まあそう呼ばれてますね。」
「世界を滅ぼしたいならヒエロに手を貸すんじゃないんですか?」
「滅ぼす?」
お盆をテーブルに置いて座りなおし、改めて蒲田と向き合った。
「よく誤解されるんですけどね!俺は世界を滅ぼしたいんじゃなくてすべてを消し去りたいんですよ!例えばですよ、地球がある日突然爆破したらこれは世界滅亡です。でも地球を構成していた岩石その他いろんなものは破片になっても残るし、何なら太陽系や宇宙も存続します。俺はそれも含めて全部消したいんです!ほかのヒエロのやり方は中途半端なんです!」
熱く答弁する野富良とそれに押される蒲田を、周りの学生が好奇の目で見つめる。
「わかった!わかったからそんな大声出さないで!」
「……失礼しました。それでは。」
席を立ち、カウンターにお盆を返すとそのまま出て行った。外の空気を吸いながら呟いた。
「やっぱり理解してもらえないか……。」
今日の講義がすべて終わった。蒲田は一人、薄暗くなった構内を歩いていた。
結局、友達から慰めの言葉はなかった。それどころか避けられてるようだった。自分がしたわけじゃないのに。やり場のない哀しさに、涙が出てきた。人目のつかない校舎裏に行くと、何かが崩れたかのようにどっと泣き崩れてしまった。
「ねえどうしたの恵子ちゃん?」
突然誰かが彼女に声をかける。振り返ると、同じゼミの先輩、船本だった。
「船本先輩……?」
「いやー皆ひどいよね。傷ついてるのになんも悪くない恵子ちゃんにあんな態度取ってさ。」
「あ、ありがとうございます……。」
「よかったらちょっと話を聞こうか?あっちでさ。」
「あの……大丈夫です……。」
「そんなこと言わずに……。」
「やめてくださいよ先輩。嫌がってるじゃないですか。」
蒲田に言い寄る船本を遮るように、誰かが間に割り込んできた。
それは、行方がわからなくなっていたはずの美作佳織だった。
「佳織ちゃん……?」
「なんだ君は?邪魔しないでもらえるかな。」
「今助けてあげるからね、恵子ちゃん。」
どこからともなくグリフペンを取り出し、腕に文字を書く。書かれた個所からひび割れして崩れ、ヒエ
ロ・ドールの姿があらわになった。布の塊をひもで縛って無理やり人の形にしたような容姿だ。
「佳織ちゃん!?なんで!?」
目の前でヒエロになったことに驚く蒲田とは対称的に、臆することなく殴り掛かる船本。しかし、簡単に受け流し、お返しのハイキックで彼の頭を粉砕した。
飛び散ったのは、木片だった。
「ひっ……!」
「やっと……やっとできた!襲われている友達を助けるシチュ!ねえ見た!?あたしかっこよかったでしょ!?」
歩み寄るドール。逃げようとしたが、足が釘付けになったように動かない。
「どうしてどっかにいこうとするの?あたし、あなたを助けたんだから友達でしょ?」
「……!」
叫びたくても口が動かない。全身が思うように動かない。
それは、自分も人形という認めがたい事実だった。
突如、美作から軽快な音楽が鳴り響く。手元からその音源、スマートフォンを取り出した。
「またこの番号……。」
画面を一瞥すると、すぐに戻した。
「恵子ちゃん、あいつに番号教えたでしょ?友達なら、私の言うこと聞いてくれるよね?」
首を無理やり縦に動かされる。やっぱり、と勝手に合点される。
「ありがと。話を聞かないオリジナルとは大違いね。」
「……!?」
「あれ覚えてないの?新歓の帰り際にカラオケ誘ったけど断ったじゃん?むかついたから殺して人形にしたんだけど」
そんなことは彼女の記憶になかった。いわれて気が付いたが、新歓の後の記憶が彼と帰ったこと以外かなりおぼろげなことに気が付いた。
「それをさ、あの稲見ってやつが見て、突然ヒエロになってあんたをさらっていったんだよ。あの彼氏独占力強くない?別れて正解だったよ。」
蒲田は驚愕した。自分が殺されたこと、稲見が本当に自分を守るために行動していたこと、初めから、自分の学生生活は詰んでいたこと。
「ま、今回はそんな邪魔は入らないよ。あいつが水面を介してワープするのはわかってる。ここはそんなものないからね。」
「別に場所さえわかればそのまま向かえばいいじゃないですか。」
「大丈夫。特定されないようにはして……!?」
いつの間にか、後ろにヒエロ・ウォーターがいた。驚いた猫のように飛び上がり、一瞬で距離を取る。
「な、どうしてここが!?」
「簡単に言えばハッキングですね。」
「は、ハッキング!?」
「今見せますね。」
野富良は箱から水色のグリフペンを取り出し、代わりに黄色のグリフペンを差し込んだ。すると箱の淵から電気がバチバチと放電し、やがて光の球になって全身を覆った。全身水色だった怪人の姿は、今度は黄色に染まっていた。
雷の能力、サンダーだ。
「これは電気を操る能力があって、これでスマホを操ってハックして……。」
説明してるところを狙ってドールが距離を詰め、飛び蹴りをお見舞いする。が、簡単に足首を掴まれてしまった。
「電話が受信されるだけで場所を特定できるようにしました。思ったより時間食っちゃったけど。」
掴まれたところから、ジジジと耳障りな音が鳴り響く。焦げ付くにおいと煙まで出てきた。慌てて振り払おうとするが、放してくれない。
「さすがに無機物系相手に電撃はあんまり効かないですね。」
ウォーターはドールの足首を両手で持つと、砲丸投げの要領で振り回し、投げ飛ばした。そこにバトルホーキが突撃し、地面にたたきつけた。
「焼き尽くしましょう。」
抑えつけるのをやめ、主の手元に飛ぶホーキ。野富良はそれを掴むと、挿入されている橙色のグリフペンを抜き、もう一度挿す。するとホーキの噴出口から大量の火花が放出し、野富良に降りかかる。
火花の雨が止むと、そこには全く姿の違うヒエロがいた。全身オレンジ色でトンガリ帽子に腰マント、魔法使いのような見た目になっていた。
花火の力を使う、ファイアワークの能力だ。
「またボッチには戻りたくない……。あたしの……あたしの友情の邪魔は誰にもさせない!」
「友情も不仲も、すべて消してやる!」
新たな姿の怪人の背後から、何者かがとびかかる。野富良は持っていたユニットを放り捨て、回し蹴りで粉砕する。
「友達が恵子ちゃんだけかと思った?」
すると、物陰からぞろぞろと人……いや人形が姿を現すその数はざっと見ても数十はいそうだ。
「私を助けてくれる友達がこんなにたくさん。あなたはあたしたちの友情を引き裂こうっていうの?」
「いや操ってるだけじゃないですか。」
「図星すぎて的外れなことしか言えないのね。かわいそうに。」
再び襲い掛かってくる人形たち。足技で次々と破壊していくが、多勢に無勢で少しずつ押されていく。とうとう後ろから羽交い締めにされ、人形たちにミツバチの蜂球のごとく群がられる。
が、突如人形たちが燃え始めた。それらはあっという間に一つの炭の山になり、大量の火花とともに爆ぜた。
その中心には、平然と突っ立っている野富良がいた。
「な……何!?」
困惑するドールのもとに、橙色の怪人が走り寄りその勢いのまま横蹴りをお見舞いする。彼女は何とか腕で防御する。が、ここで初めて気が付いた。足先に何らかの噴出口がある。それを認識した時には、そこから放出される火花の奔流に飲み込まれていた。
「ぎゃあああ!!」
炎を上げながら吹っ飛ばされ、地面を転がる。しかし燃やされていたのはドールではなく、その手下の人形だった。
「なるほど、あの時も人形を盾に防御してたから無事だったんですね。ならなくなるまで破壊すればいいまで!」
「そんなことはさせない!蜿矩#?托シ撰シ蝉ココ縺倥c雜ウ繧翫↑縺?シ√b縺」縺ィ繧ゅ▲縺ィ縲?シ托シ撰シ撰シ舌↓繧薙〒繧ゑシ托シ撰シ撰シ撰シ蝉ココ縺ァ繧ゅ≠縺溘@縺ョ縺?≧縺薙→繧定◇縺?※縺上l繧句暑驕斐′谺イ縺励>?」
<コンクルージョン ドール>
人形たちがさっきと同じようにどんどん彼女のもとへ集まる。蒲田もだ。やがて人形の塊は一つの巨大な人型になった。建物一つを跨げるぐらいのサイズはある。
「でっか……。」
ヒエロ出現が確認され、大学構内にサイレンが鳴り響く。逃げ惑う人々の絶叫が聞こえる。
「避難が終わったらアレやりますか。」
巨大人形が野富良に向かって拳を振り下ろす。それを避けるとパンチは地面にめり込み、巨大なクレーターができあがる。
「これは食らったらひとたまりもないな……。」
今度は踏みつぶさんばかりに地団太を仕掛けてきた。何度も躱し、避難までの時間を稼ごうとしていた時だった。
「ああもうイライラする!代わりに死ね!」
突如、攻撃の矛先を変えてきた。踏みつぶそうとしたのは、のんびりと歩いている壮年の男だった。
「危ない!」
投げ捨てたホーキを拾いなおして急いで駆け付け、つっかえ棒にして踏みつけを防いだ。
「あれ、どうしたの?」
「早く逃げてください!ほら走って!」
「……?なんのこと?」
「さっさと大学から出ないとぶん殴りますよ!」
「わ……わかった。」
そういいながら、駆け足で男は去っていった。
「お願い……このまま私を殺して……。」
ふと、上の方から声がした。その方をみると、合体に巻き込まれた蒲田がいた。
「私のことはどうなってもいい。だから早くこいつを倒して……。」
「最初からそのつもりです。」
「え?」
「あなたがヒエロの手先の時点で消える運命なんです。ヒエロが生み出したものは、敗北すると一緒に消滅します。だから俺がどうこうできるものではありません。」
「ほ……本当に助からないの?」
「はい。」
唖然とする蒲田。少しずつ、足裏と地面の距離が狭まりつつある。
「だからごめんなさい。守れなくて。」
「な……なんで謝るの?守りたいのか消したいのかどっちなの?」
「言ったじゃないですか!ほかの奴のやり方は中途半端だって!たとえ殺したって死体は残ります!それに……。」
棒の半分長が地面にめり込む。もうしゃがむぐらいの隙間しかない。
「誰か死んだら悲しいじゃないですか!そんな感情も消したいんです!」
完全に踏み込まれた。すり潰すように念入りに足を擦る。
「これでもうあたしを邪魔する人はいない……。」
勝ち誇っていた時だった。足の甲を、巨大な火柱が貫く。
「な!?」
本体があっけにとられている隙に、地面の下を潜行した野富良が地表に抜け出す。
「もう避難も終わりましたね。」
ホーキの先を煉瓦でできた歩道に突き刺し、ついているレバーを起こす。すると噴出口から、特大ドールの身長に及ばんばかりの火柱が噴き上がりだした。
「ま……まずい!」
慌てて殴り掛かったが、手遅れだった。地面を掘り上げ、デコピンの原理で勢いよくユニットを振り回す。巨大な火柱は人形の塊に叩きつけられ、燃え上がる暇もなく消し炭になった。
「そ、そんな……あたしの友達が……。」
崩れ落ちる黒色の巨象のてっぺんで、敗北したヒエロが爆発した。
変身解除し、破壊されたグリフペンの破片を拾い上げる野富良。あたりには気絶して倒れている美作しかいない。パトカーのサイレンが聞こえてきたため、少し黙祷するとその場を去ることにした。
「うぇ~い、お疲れ~。」
変身に使う箱、ニコーズから声がした。
「あ、会長。ハッキングのやり方教えてくれてありがとう。」
「いいのいいの。ひっく。それより明日の定例会は忘れっずにねえ~。」
「はーい。」
水筒から水をこぼし、その中へ吸い込まれていった。
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