懐かしい人
「ご愁傷様です」
「お力落としの無い様に・・・・」
ガオは46歳の時、何時もの様に風邪をひき、そして今回は重症化して帰らぬ人となった。
「タァ~マ、来世でも僕と一緒にいてくれる?」
顔色の悪い中、真剣な目でこちらを心配そうにじっと見て来るガオ。
私が無言で頷くとニッコリ笑ってそのまま逝ってしまった。
「はぁ~、ガオは徹底しているな。まずタマちゃんなんだな」とは、ガオパパの感想だ。
ガオパパは悲しそうに笑って、後ろを向いて目の辺りを手で拭っていた。
本当にねぇ。最後くらいはもう成人したとはいえ私達の子供の事をまず優先して欲しかったなぁとは思ったけれど、それをガオに望むのは無理と言うものだ。
近所でも鴛鴦夫婦として有名な私たちは、ガルさえも「パパとママはラブラブだから」とガオのタァ~マ主義を受け入れてたものね。
あ、タァ~マ主義と言うのは何かある度に「僕はタァ~マ主義だから、ママが何より優先なんだよ」とガルが幼い頃からずっと言い聞かせてたからウチで定着した造語だ。
本当に子供相手に何を言ってるのか・・・・。
ビジネスの世界でも名を馳せたガオを悼んで、お葬式には各界の著名人も多く参列してくれたが、まだ一人参列してくれていない人物が居る。
そう、ナルだ。もうすぐ葬儀も終わるのに・・・・。
ミソが亡くなってガオが私と常に一緒に居る様になってから全然顔を見た事が無い。
あれから何年経っただろう?
ガオパパからはあっちこっちに支店を出して手広くやっていると聞いている。
彼のジムの名前は私でも知ってる国内有数のジムとなっている。
そして結婚したとは聞いていないから、結婚はしていないかもしれないけれど、最近では内縁の妻というのも珍しくないから誰かと一緒に居るのかもしれない。もしかしたら子供もいるかも?
どっちにしてもここ数年のナルについて、私は全く知らないのだ。
私に対して怒っているとしてもガオの最後を見送って欲しいと思った。
だって二人は義理とは言え兄弟なんだから・・・・。
今回私はミソの時の様に茫然自失にはならなかった。
それは息子のガルがいるからっていうのが大きいと思う。
それに結婚して本当に数年で事故によりある意味力づくで私の元から召されていったミソに比べ、ガオとはそれなりの年月一緒に居られた事と、病気で徐々に弱って行ったのでお互いに別れ別れになる準備を積み重ねて来たって言うのもあると思う。
息子のガルは既に大学を卒業して、ガオの会社に勤めている。新入社員に毛が生えた様なものだけどね。
もう大人ではある。私から見たらまだまだ子供なんだけどね。
でも年はとっていても、私自身がまだ二十歳頃の精神年齢からあんまり成長していないのに、肉体だけは年を取っている自覚があるので、私自身も子供の様なものなんだと思うよ。
これからガルはガオの会社を受け継いで、パリさんの協力を得ながら会社を動かしていかなくてはならないのだ。
それにしても早すぎるよ、ガオ。
逝くのが早すぎるってば。
あれ程私の傍に居る事に執着したのに、私を置いて行くとは何事かっ!
そんな事を思っていたら、ガオパパがバッと動いた。
動いた先に見覚えのある顔が立っていた。
ナルだ!
ナルが来てくれた。
ちゃんとガオに挨拶しに来てくれた。
ガオ、良かったね。ナルだよ。
気づかなかったけれど、私はそれを声に出していたらしい。
「母さん、ナルって、あの人がナル叔父さんなの?」
ガルがガオパパの方へ、いや、ナルの方へ近づいて行った。
「お焼香に・・・・」
「ああ、ああ、そうだね」とガオパパはナルの肩に腕を回し、ガオが入った棺の方の前まで連れて行った。
無言で私に挨拶をし、お焼香をするナル。
うん、年をとったね。
最近の中年はあまり皺が無いし、髪だって染めたりして白髪を隠すから、一見若く見えるのだけれど、良く見るとやっぱり年は取っている。
スポーツジムのオーナーだから体を鍛えているのだろう。ピシっと引き締まったスタイルなんだけれど、なんとなく顔の線が昔よりは重力に負けてる気がする。
自分より若く見えそうなナルに反発してそんな粗探しをしながらお焼香をするナルを見つめた。
「この度は・・・・」
ナルの他人行儀な挨拶に心を抉られる。
「ナル・・・・」
呼びかけてもナルは無言で頷いて、出て行こうとしたけれど、「ナル。お前、こんな時なんだ。家族を支えてくれないか?」とガルパパに言われて、雷に打たれた様な顔をし、ゆっくりと親族が立つところに来て並び、何も言わず残ってくれた。
「ナル叔父さん。僕、ガルって言います。父さんのガオと叔父さんのナルの最初と最後の文字を取って付けてもらった名前なんですよ」と、何時もの人懐っこい笑みでするっとガルがナルの横に立った。
「ガル君かぁ」
「はいっ」
「お父さんにそっくりだな」
「はいっ。良く言われます」とにこっりほほ笑むガル。
父親が亡くなってさっきまでシュンとしていたのだけれど、ナルに会えたのが嬉しかったのだろう。
さっきまでは見られなかった微笑みが大量生産されている。もちろん微笑んでいても悲しみで陰ってはいるけれど、ガルなりにナルに気を使ってくれているのだとも思う。
「父さんからナル叔父さんの事は良く聞いています。父が亡くなったら、母の事をナル叔父さんに頼む様にって重々言い聞かされてますからね」といたずらっぽい笑みを浮かべた。
「そうか・・・・」
結局、ナルは焼き場にも来てくれて、葬儀が終ってお父さんやガオパパが首都の私たちの家に来てくれた時も一緒だった。
告別式に参列してくれた人たちは焼き場から各自帰宅して行っていったので、今家には私たち親子3代とガオパパとナルしかいない。
式場で参列者に配ったのと同じ精進料理を持って帰ったので、ガルがコーヒーテーブルを片付け、革張りソファーを端に寄せ、奥から大きな座卓を出してくれた。皆で座って食べ始めた。
「タマ、葬儀も終わったし、父さんたちは明日、礫里地区に帰るけど、お前たちはどうする?」
お父さんが心配そうな顔をしつつも、首都に長居をするつもりはなさそうだ。
ガオパパの方を見ても、無言で頷いているので二人とも明日帰るのはもう決まりなんだろう。
「ガルは仕事があるので、私もこっちに残ります」
そう言うとガルは落ち着くまで礫里地区へ行っていてもいいんだよと言ってくれるけれど、ガオがいなくなって寂しいのはお父さん子のガルも一緒なのだ。
こっちに一緒に居て、この子の食事の面倒とかもみたいし、何より、ガルが寂しくない様、そして健康で居てくれる様、横でしっかり支えたいのだ。
「また、四十九日の時は二人で来るよ。ガル、母さんを大切にな」
「はい、お爺ちゃん」
お父さんがガルの頭を撫でた。
ガルはもう大人なんだけれど、大人しく撫でられるに任せていた。優しい子に育ってくれたと思う。
ガオパパは所在なさげにウチの居間に居るナルに近寄り、「ナル、タマちゃんやガルを頼んだぞ」と肩を叩き、精進落としの料理が詰められていた空になった折箱を重ね始めた。
ガルが人懐っこくナルへ近づいて行くのを横目に、私もガオパパと一緒に後片付けをしに空の折箱を重ねて台所へ行った。




