ミステリーツアー
「ガオ!」
「タァ~マ、こっちだ」
ここに来るまでに車じゃなくて久し振りに地下鉄を利用したから、外へ出てからの徒歩移動で木枯らしが顔に当たってちょっと痛かったので、建物の中に入れてほっとした。
ガオはキャメル色のコートから臙脂のマフラーがちょぴり覗いているイケオジに見える。
私はブルーのフェルト生地で襟にファーが付いている去年の誕生日にガオがプレゼントしてくれたコートだ。発色の鮮やかさで有名な国で作られたブランド品で、この辺りではあまり見かけない色なのでちょっとだけ周りの目を引いてしまうのが難点だ。
ただ、この国とファッションで有名なその国では太陽光線の加減のせいか、若干発色が違って見えるので、かの国で着るよりはおとなし目に見えるのが救いだ。
今夜は子供抜きで夫婦でデートの日。
私たち夫婦は1~2週間に1度の割合で、夫婦デートをするのだ。
親子3人でのファミリーサービスは更に頻繁だけどね。
もちろん全ての発案者はガオだよ。
大抵ガオの仕事が終る頃に事務所へ行って、ちょっとおしゃれなレストランで食事をして、時には映画、時には夜のスケート、時には夜の博物館ツアー何て言うのに参加したりもする。
今回は何とホテル主催のミステリーツアーに参加する事になっているのだ。
もちろんお泊りになるので、ガルはおじいちゃんたちの所に預けてあるよ。
久し振りのおじいちゃんの家だと言ってガルは大喜びだし、ザ・おじいちゃんズも孫に会えるのは嬉しいらしく「何なら一週間、いや二週間くらい預かってもいいんだぞ」と言ってくる始末。
ガルは学校があるから、月曜の朝までには首都に帰って来ないといけないので、当然ザ・おじいちゃんズの意見は却下!
今回はホテルでの企画と言うこともあり、先にガオの会社に寄ったりせず、ホテルのロビーで待ち合わせだったのだ。
ガオが「まぁ、まずは何か一杯飲んだら?」なんて進めて来るので、広々としたラウンジへ行き皮張りのゆったりとしたソファーに座ってフレッシュマンゴージュースを頼んだ。温かい飲み物にするか真剣に悩んだけれど、ホテルの中は暖かかったので、結局ジュースにしてみた。
高級ホテルのフレッシュジュースって美味しいのね!
ただフルーツを絞っているだけのはずなのに、この美味しさはどうやったら出るの???
ジュースを堪能して、フロント前のツアー参加デスクで登録を済ませ、それと同時に差し出されたルームキーを貰って今夜止まる部屋へ。
結構な広さの部屋で調度品がすごく素敵。
ウェルカムドリンクが載っているコーヒーテーブルの上に、『本日18:30、鳳凰の間へお越し下さい。本ツアー参加メンバーの皆さんとの懇親会がございます。ツアーの説明もございますので、必ずご参加下さい』と書いてある綺麗な紙があった。
「ほほう。夕食時に事件が起きそうだね」なんて、ガオはもうイベントを楽しむ気満々で、そんなガオに触発されてどんな事件かなとか二人でおしゃべりをしていたらアッと言う間に懇親会の時間になった。
ブッフェ形式の懇親会で、参加人数は私たち二人を入れて8人だ。
この人数が多いのか少ないのか分からないけれど、他の参加者たちもワクワクしているのが見て取れて、何となく良い雰囲気。
円卓が3卓用意されていて、内2卓に参加者が座る席にはネームタグが置かれていた。
各卓にはスタッフが1名づつ着席していて、舞台には進行役のスタッフが2名。
真ん中の円卓にはスタッフと言う名の俳優たちが私たちと同じ様に座って会話をしている。
「では皆さま、まずはお互いを知る事から始めて下さい。お料理は好きな物をご自分でお席まで。飲み物は後ろに控えておりますボーイたちに御申しつけ下さい。各テーブルにはスタッフが1名座っております。今回のイベントについて、そして参加者について、色々知っている者たちです。参加者同士で親交を深めつつ、これらスタッフからどれだけ情報を引き出せるかにも謎解きの成功率を上げる仕組みですので、ふるって質問して下さいね。後、真ん中の卓に座っている方たちをご紹介します。まず最初に立っているのがトマ様でご職業は・・・・」と、舞台上のスタッフが俳優たちの役を紹介しはじめた。
このツアーは独りでも参加できるのだけれど、今回は全員ペアでの参加だった。
夫婦とか恋人とかだけではなく、母娘とか女性の友達同士とか、年齢も様々だ。
でもどのペアもイベントを全力で楽しむ気満々なのは共通していた。
私たちのテーブルには婚約破棄をされたばかりの令嬢役の女優さんがスタッフとして座っていた。
何時誰と婚約し、どうして婚約破棄に至ったのか。
二人の内、どちら側が破棄したのか?その時揉めたのかとか、元婚約者と関係のある人がこの会場に居るかとか、そりゃあもう、たくさん質問しちゃったよ。
私たちと同席のもう一つのペアも全然遠慮せず、あれこれと質問していたけれど、俳優たちが全部正直に答えてくれるとは限らない。
でもそれがスリリングで楽しいのよね。
食事も終わり掛けの時に、鳳凰の間の電気がパっと消えた。
「ぎゃーーーー!」
女性の叫び声がして食器等が割れる音がした後、「誰か電気を!」とか、スタッフであろう人たちの走る音がして、程なくしてから電気が点いた。
料理が並べられていたテーブルの一角が崩れ、そこに死体役の俳優が血糊まみれで横たわっていた。
舞台上のスタッフが「さぁ、みなさん!ここから推理が始まります。ご自分たちで事件解決に向けて色々と捜査を初めて下さい。メモを取っても良いですし、尋問をされてもOKです。犯人が分かった方は、各テーブルに置いてある用紙に犯人の名前と、犯行の手口、そして犯行の動機、ご自身のペア名を書いて、ロビー階にあるイベントデスクの上の箱に明日の15:00までに投函して下さい。投函出来るのは1回きりですのでお気をつけ下さい。一番早く正解に辿りついたペアには記念品を贈呈致しますので、頑張ってくださいね~」と、目の前で殺人事件が起こったとするには明るすぎる声で説明をし、舞台から降りて行った。
鳳凰の間に居た俳優たちに尋問をしながら、現場を確認して行くと、どうやらここには居ないスタッフたちにまで尋問をしなければならない仕様になっている様だ。
しばらくすると鳳凰の間は閉め切られ、舞台は翌朝の朝食会場、その後には事務所に居る俳優など、ホテル内をあっちこっち歩かされて、謎解きをする様になっていた。
私達?ガオが居るんだよ。
勿論1番で正解を出したよ。
記念品はこのホテルの無料宿泊券と今回のミステリーツアーのペアTシャツだったよ。
こうやってガオは、ガルと一緒の時も、夫婦だけの時も、楽しい時間を持つ事が出来る様に、様々な家庭サービスをしてくれる。
ガルが一緒の時は遊園地や映画、プールだけじゃなくて、スポーツ観戦やキャンプ、親子なんちゃら教室とか、そりゃもうレパートリーが多く、ガオが「今度の週末、〇〇しないか?」って言うと、ガルはすぐに「参加する!」とガオに飛びついている。
それがあるからかガルはガオが大好きで、私が躾の為に怒ると反抗する時もあるのだけれど、ガオが諭す様に躾けると、比較的素直に言う事を聞く、そんな子に育ってしまった。
んもう!美味しいとこ取りはダメだよ、ガオ!




