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子供

 結婚して3年経っても、5年経っても私たちの間に子供は出来なかった。

 でも、夫婦仲はすこぶる良かった。

 そりゃぁもちろん喧嘩する事もあるけれど、でもいつでも直ぐに仲直りしていたし、極たまに直ぐに仲直りできないくらい大きな喧嘩をした時はお互いに良く話し合って乗り越えて来た。


 ミソは「仕事を続けてもいいよ」と言ってくれたから、結婚後も仕事を続けていたけれど、温かい家庭を渇望しているミソの心の底は、私に専業主婦をして欲しいんだと思った。

 だから私は結婚後2年で仕事を辞めてしまい、専業主婦となった。

 ワル先輩はどうして辞めるのかと何度も引き留められたけれど、ミソが幸せな事の方が自分のキャリアより大切なのだ。

 ミソの過去や家族があんな感じではなく、温かい家庭でぬくぬくと育ったのなら、私も自分のキャリアの方を優先したかもしれないけれど、子供時代が厳しかっただけに、ミソには温かい家庭の味を知って欲しいのだ。


 料理はあまり得意ではないので料理教室に通ったりとそれなりに外に出る事も多いが、ミソに健康的な食事をしてもらいたいので、お弁当も作ったりしていると結構忙しかったりする。

 お弁当を手渡す度にミソが幸せそうな表情を浮かべるので、はりきってお弁当作りをしているのだが、お弁当って品数が多いので結構時間と手間が掛かるのだよ。


 それにミソの所のNGOが保護した子供たちの世話を時々は手伝ったりもしていたので、はっと気づくとNGOのメンバーとも仲良くなっていた。

 なので普段からNGOのメンバーとの食事会にも夫婦そろって参加する事も多いし、保護され成人した子供たちからのお食事の誘いなんかもあったりするので、結構夫婦で出かける機会も多い。


 ガオはソノマ国へ行ったきり、一度も国には戻って来ていない。

 ガオパパはそれをとても嘆いているが、手紙や電話は時々来ているみたいだ。

 ミソの所にも私の所にもガオからは連絡は無い。


 お正月に瓦礫里地区に顔を出した私たちに会ったナルやパフもやっぱりガオから連絡は来ていない様だった。

 ナルはサンマルにあったスポーツ会社を離職し、首都にスポーツジムを立ち上げた。

 結婚はしていない。

 何でもスポーツジム立ち上げで忙しかったので、恋愛なんてしてる暇が無かったとのこと。


「あの会社に勤めていたお陰で人脈が出来、スポーツジムを立ち上げる事が出来たけれど、会員をより多く得て、経営を安定させるためにはまだまだなんだ。だから今は恋愛とか結婚については考えられないよ。父さんの様に見合いはどうかとか言うのはやめてくれよ。今、本当にそれどころじゃないんだ」と言っていた。


 ナルは私たちの家がある首都に住んでいるくせに、食事に誘っても4度に1度の割合でしか受け入れてくれない。

 言い訳はやっぱり仕事が忙しいと言うものなのだが、「お前ん家は愛の巣って感じで行っても居心地が悪い」と言われたり、それじゃあどこか外で一緒に食べようと誘っても、「夫婦もんと一緒に1人で食事に行くと数が合わん」とか、最近は言い訳も色んなバージョンが増えて来た。

 お姉さんは何かとっても寂しいよ。

 折角弟が同じ町に住んでいるのに会う機会が少なすぎるよ。


 まぁ、確かにウチは子供が居ないのもあって、ラブラブ夫婦の家って感じの内装だしね、独りもんにはちょっと居心地は悪いかもね。

 最近では子供が出来ないから養子縁組も考え始めた私たちだけど、まだそこまでは踏み切れていない。

 私としては家族を渇望しているミソに、彼の子供を早くつくってあげたいんだけれど、こればっかりは神様の領域だもんね。

 ミソは虐待されている子供たちの保護を仕事としているので、養子縁組しようと思えば結構な数の候補者がいるのだが、赤ちゃんじゃなく小中高生が主なので養子縁組しても私たちが本物の親でない事を子供たちも知っている状態で育てるって言うのがちょっとだけネックになっているんだよね。

 それに職員でもあるミソが、保護された子供の内から一人だけを養子にするとなると、選ばれなかった子たちはどう思うだろうか・・・・。

 だからおいそれと養子縁組とか出来ずにいるっていうのも一つの理由なんだよね。


 子供は欲しいけど、最近ではその事を口に出すのもお互いに何となく遠慮している感じで、子供や養子の話をしない為に、結構な頻度でナルが犠牲になっている。

「見合いは嫌だ、誰も紹介して欲しくない。紹介するなら新会員をよろしく!と言って憚らないナルが結婚するのはまだまだ先になりそうだね」なんて夫婦で良く話しているんだけれどね、肝心のナルに全く結婚願望が見て取れないんだなぁ~これが。


 そんな呑気な事を考えていたある日、ミソのNGOから電話が入った。

「タマさん。驚かないで下さい。あのですね・・・・今日新しい子を保護しに行った先で、虐待をしていた父親が急遽家に戻って来て、ミソさんを・・・・そのぉ、ミソさんを刃物で刺したんです」

「!」

「市立病院に運ばれましたので、急いでそちらへ行って下さい。病院にはウチのスタッフが先に行っておりますのでっ」


 刺された?

 え?どういうこと?

 市民病院?

 私はガタガタと震えが止まらず、どうしたら良いのか咄嗟に何も浮かばなかった。


 どういうこと? 

 市民病院へ行かなくちゃ。

 どうやって?


 タクシーで行けば良いものを、その時は何にも考えられなかった。

 私のしたことと言えば、ナルのスポーツジムに電話をしただけだった。


「タマ!兎に角今から俺がタクシーに電話するから、家の前でタクシーを待って、市民病院へ行け。俺も今から病院へ行くから」とナルに言われ、バッグすら持たず家の前に立っていると、すぐにタクシーが来たので乗った。


 なんで?

 どうすればいいの?


 一度にたくさん考え事をして、それなのに実は何にも考えられておらず、気付いたらタクシーは市民病院の前に停まっていた。

 私は行先さえ伝えてなかったので、ナルが電話で予約する際に行先も言っておいてくれたのだろう。

 タクシー降り場で待っていてくれたナルがタクシーに料金を払い、私を手術室の前まで連れて行ってくれた。


 どこかで見た風景だ。

 どこだったっけ・・・・?

 あ、そうだ。お母さんとミルの事故の時だ。


 あの時の光景がよみがえり、私はパニックになってしまった。

 慌てて私に近寄るNGOのスタッフを跳ね除け、ナルがぎゅっと私を抱えてくれる。


「タマ、大丈夫だ。ここは首都であの時とは違うんだ」

 後になって思えば、ナルもあの時の光景を思い浮かべたのだろうと思う。

 でもその時は何か縋る物が必要で、私はぎゅっとナルの腕にしがみ付いた。

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