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そして事件は起こった 

 その日はいつもと同じ様な日だった。

 幼稚園から帰宅し、私は店の奥の自宅部分に園バックなどを置くと、両親の居る店の方へ移動する。

 そして店の入り口横のガタの来ている木枠に嵌められた曇った窓ガラスから外を見る。

 もう少ししたらガオが降りて来るはずだ。


 でもその日、ガオは降りてこなかった。


「お母さん、ガオがまだ来ないよ?」

「そうねぇ。どうしたのかしら」

 ガオの幼稚園の送り迎えは、ウチのお母さんがしている。

 今日の帰宅の時もガオと2人、ミルをおんぶした母さんに手をつないでもらって帰宅した。

 だからお母さんもガオが2階に居るのは知っているのだ。


 普段ならガオはそっと音を立てない様にアパートに戻り、園バックなどを自分の部屋に置いたら、何はさておきウチに来るはずなんだけれど、30分経っても1時間経っても降りて来ない。


 そうこうしている内に雨が降り出した。

 ここら辺の道は大通りではないので、どこもアスファルトとかコンクリートで舗装されていない。

 すぐに水たまりが出来、外を歩くと靴が泥んこになる事間違い無しだ。

 それなのに普段は外にあまり出て来ないガオママが大きなカバンを手に降りて来た。

 服と同じで靴を綺麗に保つ事に神経を使いそうなおばさんが態々どろんこになる事間違いなしの雨の日に外へ出て来るのはとても変だ。

 

 私は何で声を掛けようと思ったのか後になって思えば分からなかったのだけれど、その時は声を掛けるのが普通だと思った。

 で、店の入り口まで行き、「おばさん、どこへ行くの?ガオは?」と声を掛けたら、「そんな子は知らないわよっ!」と噛み付く様に言われ、ガオママはそのまま足早にバス停のある方へ行った。

 何か変だ。

 子供心にそう思った。


 私は雨に濡れるのも構わず、一旦店の外に出て、建物の左側の階段を登った。

 普通なら店の中を横切り、居住区の玄関ドアから左階段へ行くのだが、その時は何か予感がしたのだ。

 急げ、急げと。


 玄関のドアは閉まっていたけれど、取っ手を回して引くとすぐに開いた。


「ガオ?ガオ?いるの?」

 返事は無い。

「ガオ?ガオ?」


 靴を脱いで家の中に入った。

 台所すぐ横の居間にあったダイニングテーブル。

 その足元にガオは仰向けに横になっていた。

 そして、頭から血が流れ出ていて、小さな赤い水たまりが出来ていた。


「ガオ!ガオ!」

 激しく揺すってもガオはうんともすんとも言わない。

 怖くなった私はガオの傍に座り込んで大きな声で泣く事しかできなかった。

 ガオの着ていたシャツの裾をしっかりと握りしめて・・・・。


 私の泣き声に気付いた近所の人が入って来た。

「タマちゃん、どうしたの?」

 3階に住む新婚さんの奥さんだ。


 心配して中に入って来てくれた彼女の目には仰向けに横になっているガオと、彼の頭から出て溜まっている血と、その血がスカートについたまま座り込んで泣く私が映ったことだろう。


「!」

 奥さんはすぐにガオの鼻の下へ指を持って行った。

 後で聞いたらガオが息をしているかどうか確かめたらしい。


 ありがたい事にガオは息をしていた。

 奥さんはすぐに1階の家の両親を呼んでくれ、すぐに医者が呼ばれる事になった。

 救急車というシステムの無い時代だ。

 こういう場合に呼べるのは訪問医だけだった。


 頭の傷はそこまで大きな物ではなかったが、その割に血の量がすごかった。

 医者によると頭の怪我はその大きさに比べ出血が多いのだそうだ。

 物を投げてガオに怪我をさせたガオママは、自分がガオを殺したとでも思ったのだろう、大慌てで荷物をまとめた様に箪笥の引き出しがあっちこっち無造作に開けてあり、そこからいろんな服が出かかっていた。

 彼女はその日以来この家に帰って来る事はなかった。


 ガオパパは相当焦燥感を感じた様で、毎日仕事へは行っていたが、ガオの事がおろそかになりがちだった。

 まだ小さなガオ、しかも今は頭に傷があるので安静にさせておかなければいけないのだが、そこまで気が回らない様だった。

 食事すら何をガオに与えて良いのか分からない様で、ウチの店に聞きに来ていた。


「いいですよ。家で面倒を見るから、ヤマさんも夜は家でご飯食べて行ったらいいよ。ガオちゃんはタマの部屋で寝させるからね」と家のお母さんが言うと、涙を流して喜び、「申し訳ない。ちゃんと生活費は入れるので、ガオが回復するまで面倒をみて欲しい」とウチのお母さんに頭を下げていた。

 これって今までとどこが違うんだろう?と思ったけど、ああ、寝るのがウチの家になった事が違うなって納得した。


 ガオの怪我は1週間もすると普通に生活できるまでに回復したが、お医者さんからは後1週間くらいは気を付けて様子見してくれと言われ、継続してウチで生活することになった。

 ガオパパはそれを聞いてほっとした顔をしていた。

 恐らくだけれど、ガオの面倒をウチのお母さんに頼めるからだ。

 ウチの両親もガオパパの表情を見て私と同じ様に感じたのか、「男手一つで子供を育てるのは大変だから、ガオちゃんが治っても日中はウチで面倒を見ますよ」って、ガオは回復してからもウチの子のままだ。


 相変わらずお姉ちゃんとは呼んでくれないけれど、私の中でガオは弟になった。 

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