多目のおやつ、いいなぁ
ガオん所の夫婦喧嘩はもうこの辺りでは名物と言って良い。
だって毎晩だもの。
そしてガオパパは仕事が終っても中々家へ戻って来ず、夜中とかに帰る時もあったみたい。
それでも毎晩、どんなに遅くなろうともウチにガオを迎えに来た。
頻繁にウチの食堂で夕食を食べ、遅くまで晩酌をして一向に家に帰ろうとしないガオパパ。
見かねたのだろう、ウチのお父さんが、「ヤマさん、家に帰らなくていいのかい?」と聞いたら、「僕の顔を見ると狂暴になるので、なるべく顔を合わさず、喧嘩を避けたいんです」と答えていた。
主語が無くても誰の事かはみんなが分かった。
でも、ガオパパがいない時、ウチの常連さんたちが、「ありゃ、あれ程ヒステリーな女房がいたら、家に帰りたくもなくなるだろうよ」とも言っていた。
子供って一生懸命遊びに集中している様に見えて、しっかり大人の会話を聞いているもんなんだよ。にひひひ。
大人って自分も子供の頃があったはずなのに、大人になるとうっかりそういう事を忘れるみたい。
ウチの食堂って色んな噂話が聞けて面白いんだよ。
だけど常連さんが言ってた事って、ガオママに暴力を振るわれているガオを見放している様に私には見えたんだよね。
私にとって大人って絶対的な力があって、子供を守ってくれるモノだと自然に思っていた。
だけど、ガオ一家が引っ越して来た時から、私がそう思えていたのはウチの両親がその様に私をずっと愛し守ってくれていたからなんだと知る事が出来た。
「タァ~マ」
ガオは毎日家に来る。
来る時は私の名前を呼ぶ。
でも私は知っている。
奴の関心は私ではなくウチの食べ物なのだ。
「こんにちは」とか「おじゃまします」って言う長い文を言いたくないから私の名前を呼んでいる疑惑があるぞ!
それに、私には立派なタマという名前があるのに、奴が私を呼ぶ時はタァ~マとちょっと間延びした呼び方をしてくる。
何か気に入らないっ。
私の方が一つ年上なのだからお姉ちゃんと呼べとキツク何度も言っているんだけれど、私の事をお姉ちゃんと呼んだ事は一度も無い。
というか、元々ガオはめったに口を開かない子だったから最初はなかなか私の名前も呼んでくれず、一月あまり毎日幼稚園の後ウチに来る様になって少しずつ話す様になって来たのだ。
それまでは私がどんなに話しかけてもガン無視だったくせに・・・・。
でも、一月経ったくらいからちょっとずつ私に話しけたり、私の問に答えたりし始めたのだ。
恐らくそれはウチのお父さんが作ってくれる美味しい夕飯と、お母さんが毎日手作りしてくれるおやつで餌付け出来たお陰だと思う。
前から薄々思っていたのだが、奴は食いしん坊だ。
スラっとしているのに、美味しいものには目が無く、好きなものは毎日でも繰り返し食べたがるんだよね。
これって何て言うのかな?あっ!常連さんが言っていた『一種の執着』と言うやつかな?
「ガオちゃん。今、ハチミツ入りのあんみつを作った所なのよ。食べる?」
家の母さんはガオの事が大好きで、ガオが2階から降りてくる前だと私がどれだけ空腹だろうと決しておやつは出してくれずにガオが家に来るのを待ってから出して来る。
まぁ、毎日ガオは家に来るから問題はないんだけれどね。
「うん。タァ~マママ、ありがとう」
ガオは余所行の笑顔をウチの母さんに向けて、ちゃっかり私や父さんよりも多めにあんみつをゲットした。
そうなのだ。齢4歳にしてガオはイケメンなのがはっきり分かる顔つきをしているのだ。
それも、母親のせいか、都会臭がプンプンする様な、決してお金持ちの家の子ではないのに、分限者の家に生まれた子の様な、そんなハイソな感じがすでに醸し出されているのだ。
ウチの父さんがハンサムなので分かる通り、ウチのお母さんは面食いだ。
だからガオには滅茶苦茶甘い。
ムムム。
おやつを食べると私たちは店の中で遊ぶか、ウチの居住スペースにある居間や私の部屋、或いは私のお気に入りのブランコで遊ぶのだが、ブランコの所にいるとマリちゃんやハナちゃんがいつも寄って来る。
私一人だと寄り付きもしないから、何が目当てかはすぐ分かるけどね。
そうして一通り遊んだら、ウチのお風呂に入って、夕食だ。
もちろんガオも一緒だよ。
だってガオママはガオを殴る時はガチ殴りしてくるし、その頻度は結構高いらしい。
らしいと言うのは、ガオ一家がこの灰色の町に引っ越して来てからは、日中ウチがガオを預かっているので叩かれる事が少なくなったらしい。
だから最近お風呂場でガオを見ても痣はほとんど無くなった。
前はガオの体を見ると痛々しくて可哀そうだったんだけど、今は痣もなくてスラっとしたスタイルに目が行くだけだから恰好良さが前面に出ているんだよね。
顔が良いだけじゃなく手足まで長いからお母さんが「ガオは大きくなったら俳優さんになるといいかもね」なんて言ってた。
「タァ~マ、また明日ね」
ガオの言葉遣いは短いけれど柔らかい。
たくさんしゃべらないのは、普段からおばさんに叩かれたりしない様に音をたてたりしゃべったりしない様にしているからだろう。
「いつもすみません。ほら、ガオ。帰るぞ」とガオパパはいつもの様に頭を下げ、ガオを2階へと連れて行く。
ガオパパとガオが家に入ると、「ガチャーン」と言う陶器が割れる音がした。
いつもの喧嘩が始まった様だ。
もうそろそろ寝る時間なのにね・・・・。
ご近所さんも慣れちゃって誰も今更驚かないよ。
「子供に当たったら危ないだろうっ」とおじさんが大きな声でガオママに言っているのが聞こえるが、ガオママが何を言っているのかは分からない。
キーキーと高い声で何か叫んでるのは分かるんだけれどね。
ガオが階段をパタパタと降りて来る音がした。
私は居住スペース横の階段へと続く玄関ドアを開け、外階段を駆け下りて来たガオをウチに入れてあげた。
ガオは青い顔のまま無言で私の首に齧りついて来る。
背中をポンポンと叩いて安心する様に促す。
そのまま二人で私の部屋へ行き、ベッドに入って布団を被る。
綿の詰まった布団シェルターの中で、少しだけ上の階の喧騒が遠のく。
しばらくすると安心したのか、ガオから寝息が聞こえて来たので、私もほっとして寝る。
ガオと私の幼少期はこんな感じだった。