自称おばさん
ナルの親戚と言うおばさんが来た。
そう、ウチの食堂に。
「ナルはウチのナミの唯一の息子ですよね?」
ナルママと同じ様にサラサラの黒髪をおかっぱにカットしたおばさんだ。
お父さんはとても困惑している事がその表情に浮かんでいる。
「ナミさんがどこのナミさんかは知りませんが、ヤマさんの奥さんのナミさんの子かと言われればそうですね。ナルはナミさんのお子さんです」
「育ての親のヤマさんとナルは今、どこにいますか?」
なんかその言葉に棘を感じる。
「育ての親って・・・・。ヤマさんはナルの父親です」
「でも、血は繋がっていないですよね?私はナミの姉です。だから血が繋がっています。ところであなたは?」
「ヤマさんたちの家の下に住んでいます。毎日一緒に生活をしているので家族の様なものです」
「家族ってあなた」と薄笑いを浮かべた暫定ナルおばさん。
お父さんはちょっとむっとした顔をしている。
「血も繋がっていない赤の他人が家族の様なモノって、異常な家族ですね」
お父さんは完全に怒った顔になった。
ここは私が間に入ろう!
「違います。ウチは異色な家族なだけです!」
私が胸を張ってそう言うと、お父さんが噴き出した。
「そうだな。そうそう巷では見られない様な異色な家族だな」
食堂の中にはまだ数人客が居た。
客の殆どは団地の人か、団地周りの工場や店舗、事務所に勤めてる人たちで、そろそろランチの時間が終りかけなので、12時ちょっと過ぎに比べると人数は少な目だ。
みんながウチの事情を知っているので聞き耳を立てている。
「まぁ、異常だろうが異色だろうがどちらでもいいのですが、今日はナルを引き取りに来ました。ナルに会わせて。ついでに育ての親にも」
なんですとぉぉ!
お父さんもそう思ったみたいで、何か言いたそうにしているけれど、実際にはナルと血が繋がっていないので、言葉を発する前に少し考え込んだみたいだ。
「私ではあなたが本当にナルの伯母なのかどうかも分からないし、あなたの言う育ての親の許可も取っていないので、ナルに会わせて良いかどうかも分からないんです。なので折角ウチの店まで足を運んでもらって悪いのですが、直にヤマさんに問い合わせて下さい」
お父さんはそう言いながら私に目配せをした。
この自称ナル伯母さんはガオパパの勤め先も知らないみたいだし、ナルの顔を知らないみたい。
今、ナルとガオはお父さんのお使いで11号館でお米とか野菜などの重たい物を買いに行ってくれている。
あのお父さんの目配せは、今は店に帰って来ない様に伝えろと言う事だと思ったので、私は店のお勝手口から11号館へ向かった。
「何で今お店に帰っちゃだめなの?」
「なんでも!」
「えええ?」
「兎に角お父さんがダメだって言えって」
「タァ~マパパがそう言ったんなら従った方がいいね」
ガオはいつでも落ち着いているから、ガオの言う事に従う癖が付いている私やナルはそのまましばらく食料品店に居座る事にした。
お米は重たいから一旦床に置かせてもらって、3人で食べる棒付きキャンデーを買って、それを舐めて口の中が空になるまで居座った。
「ちょっと様子を見て来る!」と食料品店を出ようとしたら、お父さんの方が迎えに来た。
「もう店に帰って来ても良いけど、できたら今日は家の方で遊びなさい」
重たいお米はお父さんが持って、丸々とした白菜は力持ちのナルが、ネギとかゴボウとかの長めの野菜はガオが運んだ。
私?私はおやつのスナック菓子を2袋ちゃんと運んだよ。
私ん家の居間で3人で遊んでいたら、いつまで経っても遊びに来ない私たちを心配したパフとミソもウチに来たので勉強カードで遊ぶ事にした。
お父さんがいつもキャラメルを隠しているお父さんの部屋の引き出しを開けたら4箱も入っていた。
ニヤリと笑った私は4箱全部をがっと両手で持って居間に帰ると、ガオが心配そうな顔をした。
「タァ~マパパに怒られるんじゃないの?」
「大丈夫!人数が多いからみんなで平等に分けたって言ったら怒らないよ」と、全然確証の無い事をさも確証がある様に言った。
「いやぁ、あれはたくさん食べちゃいけないと言うよりも、タァ~マパパは夕食が入らなくなるんじゃないかって事を心配してるんだと思うよ」
まぁまぁ、とガオを宥め、私はさっさと4箱全部のシールを剥がして中身を残らずテーブルの上にぶちまけた。
こうなるとキャラメルを食べたくない奴なんていないから、みんなで白熱しながら勉強カードで遊びまくった。
そして案の定夕食の量が極端に減って、お父さんに怒られた・・・・。
翌日、今度は私達3人が揃って居る時に自称ナル伯母さんが店に来た。
噂スズメのおばさんが「ヤマさんを呼んで来てあげるよ」とつっかけのまま瓦工場の方へ早足で消えて行った。
「どっちがナルなの?」
叔母さんはナルとガオを見て、どっちが自分の甥か分からないみたい。
ナミおばさんが黒髪だったので、茶髪のナルではなく黒髪のガオが甥だと思ったみたい。
ガオの方へ手を伸ばしたけれど、ガオは素早く一歩後ろに引いた。
戸惑った顔をした伯母さんは、今度はナルの方へ手を伸ばして「あなたがナル?」と聞いて来たけれど、ナルも素早く一歩後ろに引いて答えなかった。
ウチの食堂の中はシーンと静まり返って、食器の音も麺を啜る音も一切の音と言う音がパタっと消えた。
ガオもナルも何の動きも見せない事に業を煮やしたのか、伯母さんは私の方を見て同じ事を聞いた。
「ナルはウチの子だから、渡さない!」
私はそう言ってガオとナルの手を両手に握って、居住スペースの方へ走って逃げて、玄関のドアに鍵をかけた。
私の記憶の中で、私がこの玄関の鍵を閉めたのはこの時が初めてだった。
「オレはタマん所の子なのか?」
ナルがとっても真剣な目で聞いて来た。
「もちろん!ナルもガオもウチの子!」と言うと、二人とも満足気な笑みを浮かべた。
その夜の夕食時、ガオパパがナルに「伯母さんに会いたいか?」と聞いた所、ナルは無言で首を横に振った。
その後、大人の間でどう話が付いたのかは知らないけれど、伯母さんは姿を現さなくなった。




