最終話 兄は妹の幸せを切に願う
夕食後に食堂のソファーで落ち込んでいたリゼが、泣き出してしまい僕は凄く心配した。
翌日になってもリゼは元気の無いままで、朝食のおかわりも少なく皆が驚いたくらいだ。
大聖女は燃費が悪く、リゼは幼少期から二人分の食事を取るのが普通だったのだから。
現在は午前のティータイムで、食堂のテーブルにて皆で温かい紅茶を飲んでいる。
しかし、リゼが落ち込んでいる事に皆が気付いているため、会話が弾まない。
とても重苦しい雰囲気の中、僕は久しぶりに大賢者の恩恵である全知全能をオンにした。
(大賢者様、お久しぶりでございます。八か月近くも私を放置するなんて、酷いではありませんか)
知的で落ち着きのある、まるで老執事のようなバリトンボイスが、僕の脳内に響き渡る。
『ゴメンゴメン。常時オンにしていると、何でも正解を教えてしまうから、本当に困ったときにだけ相談しようと思ってね』
(そうでしたか。それは失礼いたしました。大賢者様は、ご自分で考えて正解に辿り着きたいタイプのようですね。であれば今後は、即答を求められない限り、ヒントをお伝えするようにいたします)
『そうしてもらえると助かるよ。それで相談したいのは、リゼの婚約相手の事なのだけど、最初から説明した方が良いのかな?』
(いいえ、その必要はございません。昨日の皇帝陛下のお話は、私も承知しております)
『それなら話は早いね。妹が誰と婚約すれば幸せになれるのか、そのヒントを教えて欲しい』
(承知いたしました。それでは、お伝えいたします。ファルケ帝国の法律である、帝国法第734条を確認することを進言いたします)
『帝国法の第734条?』
(はい、そこにヒントがございます)
『分かった。ありがとう全知全能!』
(いえいえ、どういたしまして。これからは、このようにヒントになることをお伝えして参りますので、常時オンにしておいて……)
あっ、全知全能をオフにしてしまったので、会話が途中で途切れてしまった。
まあ、次回呼び出したときに謝れば良いか。
それよりも帝国法第734条である。
僕は収納ボックスから帝国法の法律書を取り出すと、急いでページをめくった。
えーと、734条は……あった、これか……ん? どこかで見たことがあるような……
「そうか!」
僕は正解に辿り着き、歓喜して椅子から立ち上がった。
「「「「ビックリした」」」」
驚かせてしまったようで、皆が僕を見ている。
「ああ、ゴメンね。悩みが解決したもので、つい大声を出してしまったよ」
「お兄様、悩みとは何でしょうか」
「えーと、父上の執務室で話すから一緒に行こう」
「はい。でもお兄様、約束の時間には少し早いですよ」
「そうか、そうだったね……」
父上たちと昨日の婚約問題について、続きを話し合う予定なのだが、まだ少し時間が早い。
そのとき、迎賓館旧館の玄関でベルが鳴った。
「訪問者とは珍しいね。一体誰かな?」
僕が玄関まで移動して、ドアを開けると……そこには、黒髪ストレートロングの姫カット美少女がいた。
「クリス! 逢いたかったのじゃ!」
トリック独立国の第一王女レオナが、僕の胸に飛び込んできた。
「レオナ、久しぶりだね。帝都には、いつ?」
「昨日の夕方じゃ。先程、皇帝陛下にも挨拶を済ませてきた。そうしたらクリスたちが、迎賓館の旧館にいると聞いてな」
レオナの後ろには、お供の騎士が二人控えており、僕に頭を下げている。
「レオナ、僕の父上に何か言われた?」
「うーん、特に何も言われてないのじゃが、凄く歓迎してくれたのじゃ!」
ふむ、父上はレオナを正妃にするとは、まだ言っていないようだ。
「クリス、皇太子になれて良かったのじゃ。しかも大賢者とはのお、なぜ教えてくれなかったのじゃ?」
「ああ、レオナと出会った頃は、まだ大賢者になっていなかったからね」
「そうか、でもクリスが帝都に戻ったと聞いて、どうしても逢いたくなってしまい、父上にお願いしたのじゃ」
レオナが満面の笑みで僕を見つめている。
安心感を与えてくれる裏表のない無邪気な笑顔だ。
そして白く透き通る肌に、まるで黒曜石のように美しい瞳を見つめていると、奥へ奥へと吸い込まれそうになる。
「お兄様、誰が来ているのですか?」
玄関が賑やかになったので、リゼが様子を見に来たようだ。
「リゼ! 逢いたかったのじゃ!」
レオナが勢いよくリゼに抱きついた。
「レオナ! 久しぶりですね。少し背が伸びましたか?」
「うむ、伸びたのじゃ。それだけではないぞ、胸もリゼと同じAカップになったのじゃ!」
レオナがリゼとの抱擁を解くと、自分の胸を前に突き出して、両手を腰にあてている。
「あれから毎日牛乳を飲んで、鳥の胸肉も沢山食べたのじゃ!」
「頑張りましたね、レオナ」
「うむ、妾頑張ったのじゃ」
リゼがレオナの頭をイイコイイコすると、レオナは気持ち良さそうにして笑みを零した。
こうして見ていると、リゼの方が少しだけ背も高いので、一つ年上のレオナが年下に見えてしまう。
「ん?」
レオナが小首を傾げてリゼを見ている。
「レオナ、どうしました?」
「リゼの胸が以前より大きくなっているような気がしての」
レオナが右手で、リゼの左胸を揉んでいる。
「ふお! リゼの胸、妾のよりも大きいではないか!」
レオナが雷に打たれたように動きを止めると、そのまま膝から崩れ落ちた。
「レ、レオナ大丈夫ですよ。このまま成長すれば、いずれ私を超える日もやってくるはず」
「ふえ……ほんとに?」
「本当ですよ。ね、お兄様」
「へ? ああ、うんうん。レオナは今、成長期だからね」
「そうじゃった! 妾もいつかエルのように、きっと大きくなるのじゃ!」
瞳をキラキラとさせて、レオナがエルのHカップを羨ましそうに見つめている。
「そうじゃリゼ、筆頭聖女おめでとうなのじゃ」
「ありがとう、レオナ」
リゼに笑みが零れている。
それにしてもレオナがいるだけで、その場の雰囲気がパッと明るくなるから不思議だ。
リゼがとても落ち込んでいただけに、良いタイミングで訪問してくれた事に感謝したい。
「しかしリゼが大聖女だったとはのう。いつ頃大聖女になったのじゃ?」
「うーん、レオナとお別れした少し後ですね」
「そうか、頑張ったのじゃな」
今度はレオナが、リゼの頭をイイコイイコしている。
二人とも仲が良く、まるで姉妹のようだ。
「そうじゃクリス、妾の父上から婚約の申し込みが届いていると思うのじゃが」
「うん、一番最初に届いたと聞いているよ」
「一番最初? ということは、やはり王国や公国などの諸外国からも、婚約の申し込みが来ているのじゃな」
「そうなんだよね」
僕が苦笑すると、レオナが目を閉じて何かを考えているようだ。
「クリス、王国や公国に比べ我が国は小国ゆえ、妾は側妃で構わぬ。これは父上が申していた事でもある。じゃから妾と婚約して欲しいのじゃ」
レオナが真っすぐに僕の目を見つめている。
「分かった。本当に正妃じゃなくて、側妃で良いのかな?」
「うむ、父上は妾の幸せを一番に考えてくれておる。国の威信をかけて正妃争いをするよりも、確実に側妃になる方が良いと」
さすが親子で知力が高いだけはある。
とても堅実な戦略だ。
「これから父上のところへ行くから、レオナも一緒に来てくれる?」
レオナがコクリと頷いた。
「リゼ、丁度良い時間になったし、父上のところへ行こう」
「はい、お兄様」
「エル、クラウ、カルラも一緒に来てくれる?」
エルとクラウが黙って頷いた。
「ちょっ、待ってクリスっち……じゃなくて、お待ちください殿下。平民は私だけですので、畏れ多いことかと」
カルラがレオナの騎士たちが見ているのに気付いて、慌てて猫を被った。
「大丈夫だよ、何度も父上に会っているじゃないか。それに機密事項を話し合うから、父上の執務室にはメイドがいなくてね。カルラには、美味しい紅茶を皆に入れて欲しいのだけど」
「承知いたしました」
こうして僕たちは、迎賓館の旧館から帝城内にある父上の執務室へ移動した。
「父上、入ってよろしいでしょうか?」
僕が執務室のドアをノックすると、中から師匠が開けてくれた。
僕たち六人がゾロゾロと中に入っていくと、父上が驚いたようにこちらを見ている。
「どうした? こんなに大勢で」
「突然に申し訳ありません。今日の話し合いに必要なものでして、何卒お許し頂きたく」
「ふむ……分かった。アレクシス、足りない分の椅子を手配してくれ」
「はっ」
師匠が廊下に待機している近衛騎士に指示を出すと、すぐに椅子が届けられ、会場の準備は整った。
全員が着席したのを確認すると、僕は手を挙げて父上をジッと見つめる。
「クリストハルトよ、どうした? 意見があるなら申してみよ」
僕は椅子から立ち上がると、父上を真っすぐに見つめた。
「父上、昨日の話の続きですが、リゼットの婚約相手について提案があります」
「ほう、申してみよ」
「はい、これから御覧に入れるものが答えとなります。少々お時間を頂いても、よろしいでしょうか?」
「構わぬ、見せてみよ」
僕は父上に一礼した後、リゼの前に移動して片膝をついた。
「リゼ、大好きだよ。僕と結婚して正妃になって欲しい」
僕がジッと見つめると、リゼは大きく目を見開いて固まっている。
あっ、断られることもあるのか。
勢いで求婚してしまったが、こんな大勢の前で振られたら、滅茶苦茶カッコ悪いじゃないか。
でも、リゼを幸せにできるのは王国の第一王子ではない、勿論公国の皇太子でもない、僕だけだ。
結婚してもリゼが僕の左隣で熟睡できる方法は、僕と結婚することなのである。
ただし、リゼが僕の事を好きである場合に限られるが……。
僕がドキドキしながら返事を待っていると、リゼが椅子から立ち上がり僕を見つめた。
「あ、あの、お兄様、兄妹では結婚できないと思うのですが……」
そうだよね! それは僕も知っている。
でもリゼが僕の事を兄としてではなく、男としてどう思っているのか、リゼの本当の気持ちが知りたいのだ。
僕はリゼに真剣な眼差しを向けた。
「リゼ、愛している。僕と結婚して正妃になって欲しい」
僕がもう一度求婚すると、リゼも僕に何か考えがあるのだと気付いてくれたようで、優しく微笑んでくれる。
そして僕に抱きついてきた。
「はい、不束者ですが、よろしくお願いします」
リゼが瞳に涙を浮かべて、僕に微笑んでいる。
「ちょっ、ちょっと待て! 兄妹は結婚できんぞ!」
父上が慌てて僕とリゼを見ている。
「父上、帝国法の第734条を確認して頂きたいのですが」
「帝国法の第734条?」
父上が呟いた後、師匠が急いで本棚に移動すると、帝国法の法律書を抱えて戻り父上の机の上に置いた。
そして、しばらくペラペラとページをめくっていたが、ピタリとその手が止まる。
「陛下、こちらが帝国法の第734条になります」
「うむ……こ、これは!」
父上も僕の考えが理解できたようで、目を見開いて驚嘆しているようだ。
帝国法の第734条の条文には、こう書いてある。
第734条【近親者間の婚姻の禁止】直系血族又は三親等内の傍系血族の間では、婚姻をすることができない。ただし、養子と養方の傍系血族との間では、この限りでない。
つまり本当の兄妹は二親等であるため婚姻できないが、リゼは元々僕のいとこである。
いとこは四親等であり、血が濃すぎるという事はギリギリないのだ。
前世の記憶の中に、同じような条文を読んだ記憶が残っており、大変驚いたけれど。
「父上、僕とリゼットは元々いとこです。いとこは婚姻が可能ですよね?」
「うむ、そうであるな」
「ですが、兄妹のまま婚姻となると誤解を生む可能性もありますので、一旦リゼットを帝国の高位貴族家へ養子に出し、一定の期間を置いてから婚姻すれば良いかと」
「ふむ、でかしたぞクリストハルトよ! これで帝国から大聖女を失わずに済む!」
父上が興奮して椅子から立ち上がった。
「陛下、リゼット殿下を養子に出す際は、我がリートベルク侯爵家をお使いください」
「うむ、よろしく頼むぞ」
父上と師匠がガッチリと握手をしている。
「父上、リゼットが正妃で良いですよね?」
「ああ、勿論だ。大賢者の正妃が大聖女など、歴史上初めての事であろうからな」
僕は一旦リゼを椅子に座らせると、父上の方へ向き直った。
「父上、側妃にしたい者が二人おりますので、もう少しお時間を頂けますか?」
「うむ、構わぬぞ」
僕は父上に一礼した後、レオナの前に移動して片膝をつき、彼女をジッと見つめた。
「レオナ嬢、あなたの明るく裏表の無い性格を好ましく思っています。僕と結婚して側妃になって欲しい」
「はい、末永く愛して欲しいのじゃ」
レオナが破顔して僕に抱きついてきた。
「レオナ嬢、確認したいことがあるのだが」
「はい、陛下」
「そなたの父は、側妃で納得するのであろうか?」
「はい、我が国は小国ゆえ、父も最初から側妃で構わぬと申しておりました」
「そうか、それを聞いて安心したぞ」
レオナが父上にペコリと頭を下げた。
僕はレオナを椅子に座らせると、次にクラウの前に移動して片膝をつき、彼女をジッと見つめた。
「クラウディア嬢、武勇に秀で、優しく真っすぐなあなたを好ましく思っています。僕と結婚して側妃になって欲しい」
「はい殿下、沢山愛して頂けると嬉しいです」
クラウの美しい紫眼から涙が零れている。
僕はクラウの右手を取り、手の甲へキスを落とした。
するとクラウが、左手の指で涙を拭いながら、嬉しそうに微笑んだ。
「クリストハルト殿下、娘をよろしくお願いいたします」
僕に一礼した剣聖様の目が潤んでいる。
「はい、お任せください」
何とか三人への求婚を終えて僕がホッとしていると、レオナが近づいてきて僕に耳打ちした。
「クリス、エルとカルラには求婚せんのか?」
「へ? カルラには、好意を寄せている幼馴染みがいるからね」
「そうか。じゃあ、エルは?」
「エルは僕の事を、弟のようにしか見ていないよ」
「ふむ……」
レオナが何やら考え込んでいる。
「エルネスタ嬢、妾たちがクリストハルト殿下と結婚した後、そなたは一人になってしまうが良いのか? クラウディア嬢とも、離れ離れになってしまうのじゃ」
「うっ、それは……」
「そこで妾から提案があるのじゃ。エルネスタ嬢もクリストハルト殿下と結婚すれば良いのじゃ。そうすればクラウディア嬢と、皆とずっと一緒にいられるのじゃ」
「で、ですが、クリストハルト殿下は私のことなど、何とも思っていないかと」
エルが苦笑してレオナを見ている。
「僕はエルのこと好きだよ。家庭教師としても適任だったし、尊敬している」
「殿下、ありがとうございます」
エルが僕に頭を下げている。
「エルネスタ嬢は、クリストハルト殿下が嫌いなのかや?」
「い、いえ。とても尊敬しておりますし、家族以外の男性では一番好きです」
いつも冷静なエルの顔が少し赤い……。
あれ? もしかして脈ありなのでは!?
賢者であるエルが側妃になってくれれば、帝国にとって大きなプラスとなる。
そしてエルは、大好きなクラウとずっと一緒にいることができるのだ。
ここは僕が勇気を出して、頑張るところだろう。
僕はエルの前に移動して片膝をつき、彼女をジッと見つめた。
「エルネスタ嬢、知力に秀で、広い見識を持ち、努力家のあなたを好ましく思っています。僕と結婚して側妃になり、帝国を支えて欲しい」
エルが驚いたように目を見開いている。
そして父親である師匠の方をチラリと見た。
僕からは師匠が見えないので、師匠がどんな表情をしているのか分からない。
エルが視線を僕に戻し……優しく微笑んだ。
「はい、微力ながら殿下をお支えいたします」
エルが微笑みながら僕を真っすぐに見つめている。
僕はエルの右手を取り、手の甲へキスを落とした。
するとエルが頬を赤く染めて、嬉しそうに笑みを零している。
「クリストハルト殿下、娘をよろしくお願いいたします」
師匠が僕に頭を下げた後、イケメンスマイルで僕を見ている。
「はい、お任せください」
ふう、ようやく一息つける……。
「ようやった、クリストハルトよ」
「父上、ありがとうございます」
「さあ、丁度昼食の時間である。皆で食べながら、祝おうではないか」
皆で皇帝専用の食堂へ移動し、即席の祝賀会が始まり、僕たちは宮廷料理を堪能した。
料理担当はカルラの父である宮廷料理長、カルラの兄弟子である料理長補佐の二人だ。
カルラが好意を寄せる兄弟子はデニスという名で、なかなかのイケメンである。
少し話してみたが、穏やかな性格で研究熱心な人だった。
カルラがインフィニティのメンバーになり、世界中を巡り異国の料理に触れた経験を羨ましく思っており、チャンスがあれば外国へ行ってみたいそうだ。
それからレオナがインフィニティに入りたいと言ってきたので、快く了承した。
そして祝賀会の終盤に父上から言われたのだが、とりあえずリゼ、レオナ、エル、クラウの四人は僕の婚約者とするらしい。
結婚式はリゼが十五歳になる約二年後に、まとめて同時に行うそうだ。
それまでは父上の仕事を手伝ったり、皇太子としての教育を受けたり、冒険者ギルドの難しい依頼を受けたりして過ごすことになる。
結局祝賀会は夜まで続き、父上と師匠と剣聖様の三人は、午後の仕事を全てキャンセルしたそうだ。
自分の娘たちの婚約が決まった記念すべき日に仕事なんてしてられるかと、三人で仲良く飲み始めてしまい、夕方頃にはすっかり出来上がっていた。
夜になり御開きになるとエル、クラウ、カルラの三人は父親と一緒に帰宅することにしたそうだ。
レオナを迎賓館の新館に送り届け、僕とリゼは迎賓館の旧館へ戻った。
「ふう、疲れました」
「本当にね。でも、皆すごく楽しそうだったよね」
「はい、私も幸せな気持ちでいっぱいです」
リビングのソファーに座るリゼが、右隣に座る僕に体重を預けてきた。
僕の左腕にリゼの温もりが伝わってくる。
疲れていた為、取り敢えず室内照明用の魔道具を一つ点けて、ソファーに座り込んだので部屋は薄暗い。
しかし窓から青白い月の光が差し込んでくると、部屋全体が淡く照らされて幻想的な雰囲気に変化した。
「これからお互いに忙しくなるね」
「そうですね、覚えることが沢山あって大変です」
「僕もだよ。取り敢えず一つずつ片付けていくしかないよね。それとレオナがインフィニティに加わったので、先日の冒険者ギルドからの依頼を受けようと思うのだけど」
「良いですね。ずっと帝城にいると、息が詰まりそうになるので」
リゼが苦笑して僕を見ている。
「それならカルラの兄弟子のデニスさんも連れて行こう。祝賀会で彼と話したのだけど、異国の料理に興味があるようで、外国へ行ってみたいそうだ」
「賛成です。きっとカルラも喜びますよ。私たちでカルラの恋を応援しましょう」
リゼが嬉しそうに笑みを零している。
「ねえ、お兄様。覚えていますか? 六歳だった私と、ここで暮らし始めたときの事を」
「うん、鮮明に覚えているよ」
「あのとき私以外の家族が全員亡くなって、帝城で呪われた子と呼ばれ絶望していた私を、お兄様だけは見捨てなかった。そしてお兄様は、何があっても私の味方だと言ってくれました。あの言葉のお陰で、私は生きる希望が持てたのです。今日だって私が、王国か公国へ嫁ぐのを、お兄様が救ってくれました。本当にありがとうございます。私はお兄様に、どのような恩返しをしたら良いのか……」
リゼが自分の足元を見つめて、思い悩んでいるようだ。
「リゼだって僕に沢山のことをしてくれたよ。リゼのお陰で、妹がこんなにも可愛いものだと、知ることができた。魔物討伐ではリゼの結界があるから僕は攻撃だけに専念できたし、リュディガーとの闘いでも、失った僕の右足を再生してくれた。リゼがいなかったら、今の僕は存在しないと思っている。ありがとう、本当に感謝しているよ」
リゼが瞳を潤ませて、僕を見つめた。
絹のように滑らかな銀髪が、月明かりに反射して美しい光沢を放っている。
「私は正妃となり、いずれ皇帝になるお兄様を側で支えてみせます」
「僕もリゼが大聖女としての活動を思う存分できるように、全力で支援するね」
リゼが微笑むと、まるでブルーダイヤモンドのような青い瞳が、月明かりに照らさせて淡く輝いている。
「お兄様、大好きです」
微笑んでいたリゼが、そっと目を閉じた。
そして艶のある桜色の唇が、少しだけ上を向く。
「僕もリゼが大好きだよ」
僕は生まれて初めて、リゼの唇に自分の唇を重ねた。
【完】
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
無事に完走できたのは、読んでくださり、応援してくださった皆さんの御蔭です。
もしかすると後日譚を書く事も、あるかもしれませんが……。
今後については、色々考えた結果、まずは短編を書く事にしました。
その後に連載版を書ければと考えています。
よろしければ、お気に入りユーザに登録して頂くと、新作を投稿したときに気付きやすいようです。
それでは皆様、最後までおつきあい頂き、本当にありがとうございました。
※(2025年2月3日追記)
短編『メイド服を着た侯爵令嬢は隣国の王子様を飼いならす』を投稿しております。
愛輝磨生