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リアルに銃を撃て。-社会人編-  作者: 金澤裕志
7/7

【もぶはな完結編】〜花咲の恋物語〜後編

それからの、頂上から降る後半。

観覧車内の記憶はほとんどない。

とにかく、頭の中が真っ白で、顔が真っ赤っかで意識飛びそうになって、モブくんが必死に「上崎さん大丈夫!?」って呼びかけていたことだけがうっすら残っている。

観覧車を降りて、しばらく歩いて。

そして、桜木町駅へと向かう汽車道。

私は、並んで歩く彼に、ようやく声を出して言った。

「気にしないでいいよ」

「え…?」

「気にしないで。そういうことだけど。ほんと気にしないで」

「でも、それが上崎さんの気持ちなんでしょ…?そう想ってくれてたってこと…なんだよね…?」

「うん…私の思い上がりなんだ。モブくん振り回すの申し訳ないしね」

そう言いながら、横浜の潮を含んだ夜風に吹かれる。冷たいその風のせいなのか、綺麗でカラフルに変化するカラーライトの光を見ても、この魔法はもう解けているんだって、素直に現実を突きつけられたような気がした。

そして、想いを伝えてから今に至るまでのこの数分が、あまりにも長く感じて、もう彼の目を見ることはできない。

でも、静かに吐いた彼の息づかいから、今から彼が話そうとしてるんだってことは分かって、私はそれ以上のことは言わなかった。

「今日、僕を誘ってくれたのも、上崎さんのその気持ちから…?」

「…うん」

「そっか…ありがとね!めちゃめちゃ嬉しい!」

そんな明るい声が聞こえたから、彼をパッと見た。いつものにこぱっとした、煌光るような笑顔とはちょっと違う、頬を真っ赤にして、手を震わせて、ぎこちなくいつものように笑う彼の姿に、私まで震えてきた。

大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせて。言葉にしないと。気が持たない。

「私ね、結構勇気出したんだよ、これでも。デートに誘うのだって緊張したし、もう必死だったんだから」

「そ、そうだったんだ…」

LINEを打つ時も、『モブ、私とデートしてみない?』っていう風に強気でいくべきか、『モブ、よかったら休みの日に遊びに行かない?』とやんわり濁しながら普通に誘うか、ずっとベッドで夜中に考えて考えて、文面を消したり増やしたりしてようやく『一緒に遊ぼ!』という、すごい簡単な、ありふれた言葉を送れた。そこから先は彼がリードしてくれて、結果的に今日に繋がったんだけど。

そういう小さな苦労があって、今日があって。

舞い上がらずにはいられなかった。

「今日とかなんてさ、『上崎さんと一緒だから楽しい』とか、『可愛いね』とか、あんた無意識に連呼するんだもん。自覚無しでそういうことしちゃうあたりホントに女の子への配慮がないんだから!ふーんだ!」

なぜか思いの丈を吐いてたら私は怒り出しちゃった。むくれて私は一人でそそくさと歩き出す。

「急に情緒不安定!?待ってよ上崎さん!」

追いかけてきてるのが分かる。でも振り向かない。振り向いたら何だか泣いちゃいそうだから。理由はわからない。でも、君と一緒にいたら私はおかしくなっちゃう。

そして、彼はパッと、私の手を掴んだ。

「待って!行かないで、上崎さん」

震える私の手を掴んだ彼の手も、震えていて、とても冷たかった。

「一緒に歩こ。今日は上崎さんとのデートなんだから」

「そうやって無自覚にあんたが言うその言葉で、女の子は誤解を生んじゃうでしょ!」

「無自覚なんかじゃない…!」

「え…?」


「上崎さんと一緒だから楽しいっていう気持ちも、めちゃめちゃ可愛いって思ってることも、上崎さんのことを好きだってことも、適当に言うわけないじゃないか!」


え…!?


「全部めっちゃめちゃ緊張しながら伝えてるよ!僕の好きって気持ちが伝わってほしくて言ってたんだ!僕ね、今日のデートの日が来るまで毎日ドキドキだったんだ!上崎さんと二人きりで、いつもの僕でいられるかずーっと心配だったの!」


そう言われて、私はハッとした。


「モブ…じゃあ…、私がごはん屋さん選びのときに『男の人と一緒にいるときはそれなりにドキドキしたいでしょ』っていう言葉に、わざわざ確認してきたのも…」

「うん…上崎さんは僕と一緒にいてドキドキしたいのか気になったからだし…」

そうだったのか…。

え、まさかだけど、この子…。

「私の気持ち…思い上がりなんかじゃ…」

「そりゃそうだよ!あの憧れのスーパー美少女上崎さんからの気持ちだよ!?こんなに嬉しくて嬉しくて幸せなことないよ!!」

「ということは、モブ…」

「うん…」

「あなた…」


「そう。僕も同じだよ。まさか好きって思ってもらえてたなんて、僕は世界一の幸せものだね」


そしてまた彼は、とびっきりのスマイルで言う。


「ありがと!大好きだよ、上崎さん!」


その素直な言葉が、私の心をめちゃめちゃにする。

顔が赤くなって、手がガクガクして、夜景綺麗すぎて、実は夢だったんじゃないのかとかすら思い始めて。

嬉しいのか、何なのか分からなくて、お互いの気持ちが通じ合って、私は色々ハッキリとわかったことが多すぎて…気付けば…

「上崎さん…!何で泣いてるの!?」


「だって…だって…。私、初めて両想いになれたんだもん…!」


そしてもうそこからは涙が止まらなくなった。

モブはすぐ、汽車道の端影にある、人がそれほどいないベンチへと私を連れてくれた。

「泣かないで!ほら、笑って!上崎さん!」

「うるさい!あんたのせいだ!」

ぽかぽか殴る。力が強くなって彼の顔がぺしゃんこになる。

「いらい…いらいよ、上崎しゃん…」


お互いが両想いと知って、涙を流すということ。


世の中の人達って、こんなことじゃ泣かないのかな。


でも私は。


ある恋をして、自分は脇役だと知って。

眩しすぎる同じ部活の美少女と、その私の想い人との成就を願って。

その二人の影で隠れて想いを伝えられないもう一人の女の子の背中を押して。

結局その想い人におんぶしてもらって想いを告げて。

でも、何も恋は動きもしないし実りもしなくて。

そんなズルズル引きずるダメダメな私を大切に大切に想ってくれた人と、こうして一緒に気持ちを分かち合えることって、どんなに嬉しいことか。

この人に想ってもらえるその嬉しさが、世の中の誰にも分からない、私だけの幸せだ。

涙は止まらない。


私は辛かったんだ。ずっと辛かったんだ。

ここまで来るのに、もう疲れたんだ。


しばらく私が泣きじゃくるもんだから、彼はそっと背中を撫でてくれていた。目が腫れた姿を見せたくなくて顔を背ける。

「ねぇ、こっち向いてよ上崎さん」

「うるさいばか」

「ひどい!」

「ひかりちゃんにもしっぽ振っちゃってさ、何気に気にしてたんだからね?」

「ごめん…ひかりちゃん、名潟さんのことがあってから気持ち沈んじゃってたから…」

「わかってるよ、べつに大丈夫。それで正解なの。ひかりちゃんのために何度も美容院通ってあげてたんだよね?」

「うん」

スラスラと話せている自分がいた。少し安心した。

それからしばらくみなとみらいのカラフルな夜を眺めて、ゆったり落ち着いてお話をして。

そして私は、ようやく少し冷静になって、夜風を浴びながら、彼にあのことを伝えることにした。

「モブ、私ね…」

「う、うん」

「来週、お見合いするの」

「え!?そうなの!?」

「まあ家が芸能一家だからさ。俳優さん達と来週お見合いすることになってね。だから…」

「だから…?」

こんなこと言うのは正直、自分でも嫌だ。

せっかく通じ合えたんだ。こんなの絶対に絶対に嫌だ。

でも魔法は解けたんだ。たとえ本当に今の自分が幸運でも。

彼のために。彼が彼の存在そのもので傷つけられる前に。

「私はあなたを諦めなきゃいけないの」

せっかく実った恋心。これは置き去りにしていかなきゃいけない。

普通ならお父さんを説得すればいいじゃんってなると思う。でもその理由を彼はすぐに察してくれた。

「やっぱり、上崎さんのお父さんは僕たちのことをよく思ってないんだよね」

「まあ、すごく申し訳ないけど、実際たぶんそうなんだと思う…」

「そっかぁ…。でもまあ僕、それもあったから、ちゃんと告白しようっていうことが出来なかったんだよね。きっと僕が上崎さんに告白しちゃったらさ、上崎さん苦しめちゃうだけだから」

そして、自分の運命を受け入れるように彼はまた穏やかに笑った。

「上崎さんは気にしないでって言ったけど、僕の気持ちこそ、気にしないでね。僕のこの気持ちは、そっと閉まっておこうって、初めからちょっと思ってたりしたんだ」

あなたがそういう気遣いができてしまうことを、私はよく知ってる。

「お見合いで俳優さんが相手でしょ?最高じゃん!きっとその俳優さん達、カッコいいんでしょ?」

やめて…。それ以上言わないで…。

「その人たちの中でもし良い人が見つかったら、きっと、上崎さんも幸せになれるんじゃないかな!」

何でそんなふうに私を守るの…。私はあなたが好き。そしてあなたも私が好き。

私達のストーリーで、私達だけの世界だ。

なんで、あなたはいつもそんなに優しいの。

そうやってあなたがまた優しい嘘を付けば、あなたはあなたを傷つけることになるのよ…。

「この救世主モブぼさーるが、上崎さんのこれからの人生を…おう…えん…」

そして彼は言葉を詰まらせた。

分かってるよ。

言いたくないんだよね。自分に嘘をつきたくないんだよね。

私は言葉が出てこない彼を抱きしめた。

「無理しないで。モブ、あなたはいつも良い子だね」

いつだってモブキャラになり切ろうとする彼は、自分の恋の在り方を知らない。


また前に進んで。元に戻っちゃう。


傍にいる。こんなにありふれたことがそう簡単に叶わないことを知って震える彼は、静かに泣いていた。





✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽





1週間経った。

そして私は、運命の日を迎えた。

午後1時。

お父さんは、資料を広げ、得意げに話をする。

「彼はすごく優秀な声優さんなんだ。この間も『うさぎのサキちゃん』に出演してくれたしな。お前のことも気に入ってくれるに違いないぞ」

そして家のインターホンが鳴る。

ピーンポーン。

駆け出してお母さんが彼を家にあげる。

「こんにちは。お邪魔します」

資料の通りのイケメンだった。すごく清潔感に溢れていて、見た目はすごく好印象。

「じゃあ、軽く雑談でもしていてくれ」

お父さんはそう言って、1時間後に呼ぶ予定の人に連絡をしている。お見合いは3件。要するに3時間。結構大変だ…。心から乗り気になって今日を迎えたわけじゃない。でも、ここまで来たなら踏ん切りをつけて、涙を飲んで、この時間をやり過ごすしかない。

私は今日この日は使命感だけでやってるようなもの。でも一応こうなってしまった手前、あの娘に連絡だけは取っておこうと思って、今日の午前中に電話した。




『もしもし、どうかしたか?』

「あ、あのね、ひかりちゃん…」

そしてこの間起こったことをちゃんと説明した。私達はちゃんと想いを通じ合わせることができたという幸せと、これから現れた試練について。

半ば諦めながら、私は彼女に話した。

そして彼女は一通り聞いて、ため息をついた。

『はぁ…。らしくもないぞ上崎さん』

「そ、そっかな…」

『ボクから奴を奪い去るのではなかったのか。君のその想いや情熱は、たった1週間で冷ませて、たった3時間で別の男へ気を委ねる事などできるのか?』

「…できないと思います」

『ならば何を躊躇っている。他の男を数分ちょっと話して見定められるのか?そもそも前から言っているがボクは男など反吐が出るほど嫌いだ。偉そうに任せろだの何だの言って導いたふりして肝心な時には裏切ったり逃げ出したりするような生き物だ』

「でも…!それはひかりちゃんが出会った男の人でしょ?私が好きになった人は…!」

そう私が反論しようとしたその瞬間、通話越しで、彼女の優しげな笑いが聞こえた。

「はははっ。そうだろう?君が好きになった男は、ちゃんと信頼できるだろう?」

「う、うん…」

「まあ、その見合いの席とやらをバックレろとまでは言わない。その男どもも時間を割いて来ているのだからそこへの礼儀はとりあえず示しておけばそれでいいさ。あとは適当に時間を過ごしてお父様へ自身の想いの丈を明かせばいいと、ボクは思うけどね」

彼女の真っ直ぐな言葉に、何も返せなかった。

そりゃそうだもん。だって、私はこんなことしたいんじゃないんだから。

私がお嫁さんに行くと決めた相手は、もういるんだから。

…ちょっと気が早いか!




まあ、そんなことを思いながらも、いざこうしてわざわざ私のために来てもらったとなると、失礼のないようにはしたい。

「娘さん、お綺麗ですね!お名前は?」

「あ…、波奈って言います…。波に、奈良の奈です」

「素敵なお名前ですね!」

するとお母さんが出てくる。

「良い名前でしょ〜!私がつけたんです。海でうねる波、そして奈という字は実りある木という意味があるので、波のように活発で、樹木のように実りある、常に自然体な人生を送ってほしいという意味があるんです!」

「もう〜!お母さん!出てこないで!」

私が怒ってお母さんを追い返していると、彼は笑った。

「素敵なお名前じゃないですか!実際にとても明るくて僕はいいなと思いましたよ」

そうやって言ってくれる彼の顔は素直にカッコよかった。声優もやりながら俳優もこなす。そしてきっとこの笑顔に魅了されているファンの方もいるんだろう。

……でも。カッコいいだけだ。

彼とはしばらくお話をして、連絡先を交換する流れになった。何だかそれがすごく嫌だったけど、今回のこの席は確実に次のステップへ踏むための足場なので、交換しないわけにもいかない空気にさせられる。

そして彼は爽やかに帰っていった。

息つく間もなく、次の方が来る。

さっきの人よりかは少しワイルドな感じで、高級そうな指輪をつけていて、オシャレな服を着こなしている。

お父さんが説明した。

「彼は普段、監督もしていてな。収入も安定しているんだ」

「いやぁ、初めは上崎さんに助監督として頼まれたんだけどね、そっから色んなこと教えてもらったおかげで俺も監督業やらせてもらえてるわけよ。波奈ちゃんに今度俺の作品見せてあげるよ」

何この人!べつに見せてもらわなくたっていいし!てか何で最初からタメ口!?いやたしかにこの人33だし、私より9個上だから全然いいんだけど、初対面でこういう席ではちょっと失礼じゃん!てゆーか波奈ちゃんって呼ばないで!私は"あの子"に呼ばれたいんだから!まだ呼ばれてないし未だに"さん"付けだけど!

収入はたしかに安定してるみたいだけど、それだけしか魅力に感じなかった。

立て続いたから少し休憩。次の人が来るまで15分くらいは落ち着ける。

お父さんがルンルンで私に聞いてくる。

「どうだ?あの二人とも良かっただろ?」

「まあ別に悪い人たちでは無さそう。お父さんが信頼してるだけあって、頼りがいはありそうね。でも…」

目をキリリとさせて、私ははっきり伝えた。

「結婚どころか、彼氏としてもあり得ない」

その言葉に、お父さんはびっくりする。

「何でだ?悪くないんだろう?父さんはお前のためにあの子たちをセッティングしてるんだぞ!?」

「お父さんが私のために動いてくれてるのは分かるけど、こんな数分で好きになりましたなんてなるわけない!」

「だからこその今日の場なんじゃないか!次回に円滑に進めるための今日だろう!」

お父さんはこの場でセッティングすることが正しいことだと信じてる。だから融通が利かない。そんな風に揉めていれば、3人目がインターホンを鳴らした。

「はい、どうぞ」

お母さんが通す。次で最後。ここを難なくやり過ごせば良い話。

その人がやってきて、私と顔を合わせる。そして私はその人の顔を見て固まった。客間にやってきたのは、私が想像もしていなかった、"あの人"だった…。





✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽






ぼくの名前はもぶぼさーる。

世界を救う、救世主なのです。


ですが、とんでもない大事件が先週起こって、僕の頭は真っ白になりました。

その先週の大事件は日曜日に上崎さんとデートに行ったときのことだったのですが、その前日も前日で、ぼくは大慌てだったのです。

ということで、先週の土曜日にタイムスリップします。


うぃーん!どーん!


「充くん!スターくん!」

「なんだよモブ。お前から俺ら誘ってくるとは珍しいな」

充くんがダルそうに語ります。そうなのです。ぼくは上崎さんから急にお誘いのLINEをもらい、約束を取り付けたは良いもののテンパりすぎて、彼女持ちりあじゅーは爆発だうぇぇい連合会長である充くんと、副会長のスターくんに、このことについてお話をするべく『ヤッパリダ』に来てもらったのです!

「んで?上崎からの誘いだろ?ラッキーじゃん」

「もー!スターくんサラッと言わないでよ!ぼく、めちゃめちゃ焦ってるんだから!」

「だってお前ずっと上崎のこと好きだったんだろ?」

スターくんはコーラ飲みながら、ダルそうに聞いています。

二人ともダルいなんてひどいよぉ!

「いやまあずっとっていうか…大学卒業して、二人でドライブして送ったりしてたら…なんか段々…」

そして充くんが嬉しそうに返します。

「つまり3年弱片想いか!意気地なしだな!」

「ちょっと!スーパーポンコツピュアバカップルヘタレ変態充くんには言われたくないよ!」

「ふははは!何を言われようが俺はもう彼女いるのだ!俺の勝ちだガハハ」

「お願いだからばくはつしてくれー!」

どーしょーもない充くんのことは放っておこうとしたのですが、充くんは急に真面目な顔になります。

「ま、俺、波奈には悪いことしちまったからさ。フラフラしてた。責任感もなかった。みんなを大切に想う気持ちは、特に相手を傷付けるんだって」

そして彼は、食べていたジェラートの手を止めました。

「俺はそれを、ひかりにもしていた」

それを言われて、ぼくはドキッとします。

分かっています。今、充くんはわざとひかりちゃんの名前を出したのです。

これは、警告なのです。

それを察したかのように、スターくんが間に入ります。

「まあ充、お前の一人反省会はぶっちゃけ主題じゃないから程々にしとけ。モブだってそこら辺は分かっているはずだ」

「うん…まあね…。それで何でぼくは…上崎さんに誘われたのかな?」

すると充くんはなぜか涙を流しながら、

「モブ。お前の人生には常に南極のような四季のない人生だと常々思っていたが…ついにお前にも春が訪れたんだな…父さん嬉しいよ!」

「そうなの!?ぼく、ついに春が来たの!?南極からだっしゅつできるの!?やったぁ!!」

ぼくが大喜びしていると、スターくんは冷ややかなお目めで見てきます。

「舞い上がってんじゃねぇよ…。もし上崎が普通にお前のこと頼りがいがあると思って誘ってくれたんならシンプルに友達として遊びたいっていうだけかもしれねぇだろ」

たしかに一理あります。春と見せかけて、実はまだストーブしまわないほうが良かったとあとで後悔しちゃう、4月あるあるってことですね!

そんな経験を死ぬほどしてきたのか、充くんは冷静になって、涙を拭って、ぼくに言ってくれます。

「まあ実際にそうかもしれないな。それにこんなことを俺が言うのはホントにどーしょーもない話なんだが…」

充くんはとても申し訳なさそうに、ぼくもよく分かっていたことをあらためて言ってくれます。

「波奈の父さん…俺を許してないかもしれないし、なんならお前のことに対しても、もしかしたらあんま良い印象を持ってない可能性もある…」

ぼくも、乗り越えなきゃいけない自分の壁をちゃんと知っています。

「わかってるよ、ありがとね、充くん。そこは正直あるよ。それがあるからためらっちゃってるんだ。でも充くん、自分を責めないでね。ぼくはやりたくて上崎さんのお父さんに歯向かったんだし」

「あ、ああ…」

ぼくの恋をやりにくくさせてるのは自分のせいなんじゃないかって考えちゃうあたり、充くんらしいね。

それでも、優しいぼくの師匠は、そっと背中を押してくれます。

「でもな、モブ。気持ちを伝えにくい状況になってしまってるのにこんなことを言うのは野暮かもしれないが、好きって気持ちは、いつかは伝えたほうがいいと俺は思う。実る実らない別にしてもな。恋心を伝えたところで、成功にしても失敗にしても、波奈はお前のことをあからさまに距離をおいたりするようなやつじゃない。だからどーんといけ。じゃないと何も言わないで波奈が誰かと結ばれてたら、お前苦しすぎるだろ?」

「う、うん…」

そしてスターくんも笑います。

「まあ結果が良けりゃいいんじゃねーの。ただ押し付けにはならないように工夫することなんじゃねぇかな」

サラッと彼はアドバイスしてきます。そしてぼくはジト目を向けます。

「自分は平賀さんとヨリを戻すことを全面的に充くんに助けてもらったのに、よく言いますねスターくん」

「べ、別にそれとこれとは話が違うだろ…。てか、俺のことはどうでもいいんだよ」

慌てるスターくんは顔を赤くしています。やりました!静かにスマートに反論してる風ですけど、スターくんに一撃をくらわすことができました!モブパンチさくれつです!

そして充くんは、言ってくれました。


「波奈のこと、大事にしてあげてな。どいつが言ってんだよって話だけどさ、あいつに寂しい思い、たくさんさせちゃったから。お前を必要としてるのはきっと確かなんだよ」


そう言われて、ぼくは何があっても、翌日は上崎さんの必要となる男になろうと頑張りました。ときどきぼくの気持ちを知ってほしくて、好きを匂わせることを何個か言ってみたり、ちょーせんはしていきました!

とか何とかしていたら、まさかのまさかの観覧車で大事件が起こってしまいまして。

そのあと結局抑えきれず、ぼくの気持ちを勢いで伝えてしまいまして。

もうこんなこと初めて過ぎたのでテンパりまくって、一週間経ち、今日をむかえています。

その今日こそ、上崎さんがお見合いをするという、またまたこれも大事件な日なのです!

このままではぼくの大切な大切な上崎さんが妖怪イケメン俳優たちのえじきになってしまいます!それは何としてでも、救世主としては阻止しなければならないのです!

でも、ぼくにはどうすることもできなくて、午前中に、あの娘の美容院へと向かいました。

そこで、その娘へぼくの意思表示をちゃんとしておこうと、そう思ったからなのです。




✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽




「美容室に頻繁に来るとは暇人だな」

「だってひかりちゃんに会いたいんだもん」

ぼくはそう、いつものように素直な思いを伝えます。ただ、彼女がそれを恋愛感情としては受け止めないと分かっていたからです。もしこれがひかりちゃんではなく、別の人に当たり前のように言ってしまうのは、その人を傷つけてしまうかもしれないと思うのです。

「貴様のような小猿は分かりやすいな。貴様はボクのことが好きなのか?」

「うん!ひかりちゃん大好き!充くんも星野さんも坂下さんも上崎さんも!」

「ふっ。不埒男め」

このように彼女はぼくの冗談に、こうして乗ってくれる優しい人なのです。

「前から思っていたが、なぜ故ボクにだけ"ちゃん"付けなのだ…」

「ひかりちゃんが一番女の子として魅力的なそしつがあるんだよ!たぶん!」

「何を偉そうに…そんな愛想を振り撒いて、もし仮にボクが貴様に惚れたらどうする」

その口調から、ぼくは分かったのです。

ひかりちゃんの中で、ぼくを想うことは、きっとないんだって。

もし、奇跡的にぼくがラッキーボーイでひかりちゃんに好きって思ってもらえるような大事件があったとしても、それは考えなくていいお話で、何でかといえば、ひかりちゃんのお顔は涼しそうだったからです。

だからぼくはこう返しました。


「ぼくはひかりちゃんが幸せなら、笑顔でいてくれたらそれだけで嬉しいよ!」


するとひかりちゃんは、ほこらしげに返しました。

「安心しろ。天地がひっくり返ってもボクが貴様を好きになることはない」

「そうなの?何だかそれも寂しい…」

「上崎さんが貴様に好意を寄せていることを知ったのだろう?そろそろ世のため人のためではなく、己のために多少で構わんから時間を費やせ。貴様はボクからしてみればモブキャラだが、貴様にとっての自分の人生はモブキャラではない」

どうやら上崎さんは、ひかりちゃんにこの間のことを話したようでした。ぼくのことを大切に思ってくれる、ひかりちゃんならではのお返事です。

「1年ほど前。上崎さんから自分の気持ちに気付いたら覚悟してねと言われた。ライバル宣言だろう。しかしながら、己の気持ちの本質は、別にあった」

「え…?」

「ボクは貴様のことなど塵と同種としか思わないが、感謝はしている」

「塵に感謝って…ぼくの扱いが酷すぎる!」

ひかりちゃんは、なんだか新しい恋を始めているようでした。

そして、それは充くんともまた違う、ひかりちゃんの和やかな心の芽生えだったようなのです。

「だから、貴様を通して、ボクという生き物への終点、いやこれから始まる未来への始点が、やっと見えた」

未来への視点、とは果たして誰のことを指しているのか、ぼくにはわからずじまいでした。

「迷える事は強き証だ。失恋を重ねたボクだから行き着いた境地がある。だから…」

そしてひかりちゃんは、こう続けました。


「『理想じゃなくたって、お前はお前のままがいい。それがお前の魅力だ』」


「え…その言葉って…」

ぼくには、ひかりちゃんにそういう言葉を投げかけるような男の子を一人知っています。

「ああ。貴様が想像する通り、そのとあるヘタレ不埒男からだ。奴から貰った言葉を、貴様に放り投げただけだ」

その言葉をぼくにくれるひかりちゃんは、やっぱり本当に素敵な女の子です。

これで吹っ切れました。ぼくは、ぼくらしくがんばります。

「さあ、髪型はこんなもんで良いだろう。男前にしてやったぞ。さあ、上崎さんを変態豪族どもから奪い返せ」

「うん!わかった!」

美容院のお会計を済ませると、ひかりちゃんにある人から着信がきていたようでした。彼女が折り返します。

「もしもし柊か。ああ。今、コヤツの髪のセッティングが終わった。え?今、店の外にいるのか?」

どうやら電話の相手は、スーパーイケメンクールメガネくんでぼくの忠実な部下、スターくんのようでした!

外に出ると、スターくんだけでなく、なんと平賀さんに花蕾さんも来ていました。

「なんでみんな来てくれたの?」

すると爽やかスマイルをスターくんがかましてきます。

「お前の応援団ってわけだ」

「ほら、モブ。こっちのジャケットに着替えなさい。じゃないと波奈に釣り合わないでしょ」

「もうー!のぞみんったら、モブくんのためにめちゃめちゃコーデ考えちゃって大変だったんだからー!」

「恋鳥!あんた余計なこと言わないでよ恥ずかしい!」

平賀さん…ぼくのために…。

「はい!これ、私から!昨日手に入れたミニトートバッグ!波奈ちゃんの大好きな『うさぎのサキちゃん』バージョンになってるの!景品交換するためにスタンプラリー全部集めてきたんだから!」

花蕾さんまで…。ぼくのためにこんなにがんばってくれたんだ…。

目がウルウルしてきました。すると、クールなスターくんがキリッとした顔で彼の車へと向かいます。

「とりあえず乗れ。上崎がピンチだ」

「ピ、ピンチ?」

「ああ。おそらく3人の見合い相手のうち、一人はとんでもなく厄介な奴だ…。上崎の家に向かうぞ」

「や、厄介…!?」

想像もつきません。それはもうひかりちゃんは分かっていたようで、コーヒー飲んだときのような苦い顔をしていました。

「どうせ奴が絡んでいるんだろう…そうだろ?柊」

「ああ。モブをありがとな、蒼井」

クールな二人の会話は素敵です。でも厄介な人とは一体誰なんでしょう。

ぼくがこてこて首をかしげていると、ひかりちゃんにほっぺをつねられました。

「いれれ…なにふんの、ひかりひゃん…」

「シャキッとしろ。上崎さんに並ぶには貴様など勿体ない。せめて立ち振る舞いだけでも真の紳士らしくあれ」

「う、うん」

すると、ひかりちゃんは、ときどきしか見せてくれない最高に可愛らしい笑顔を向けてくれました。


「ボクの大切な上崎さんを悲しませたら許さないぞ」


きっと。

ひかりちゃんには、ひかりちゃんなりに思うことがいろいろあったんだと思います。

男のぼくには想像のつかないくらい、いろんな思いをしてきて、今のこの笑顔があるんだと思います。

その深くは分かってあげられないけれど。

分かってあげちゃったら、それはあまりにも失礼だから。

だから、ぼくは同じくらいスマイルで返します。


「うん!わかった!ありがとね!ひかりちゃん!」


そしてスターくんの運転する車に乗り込みます。

カーナビはどうやら、神奈川方面へとくだっていきます。それを見て、ぼくはどうしてもしたいことをスターくんに伝えます。

「スターくん!すぐに用を済ませるから、横浜まで行ける?」

「横浜だと?間に合なくねぇか…?」

「どーしても!寄りたいところがあるんだ!」

それを聞いて、本当にイケメンなスターくんは勝ち気な笑い方で、

「わーったよ。花蕾!ジェラート小僧に連絡頼む!」

「おーけー!任せといて!私も仲沢くんもジェラート仲間!ここで同盟が発揮されるなんて!」

助手席の花蕾さんはなぜか充くんに連絡をとっています。

何だかみんなルンルンで協力してくれます。

正直びっくりです。

そんなぼくの反応を見抜いていたかのように、ぼくの横に座っている平賀さんは、ぼくの頭にぽんと手を乗せてくれます。

「今日は私達があんたのモブキャラになってあげる。感謝してよね」

平賀さんも、花蕾さんも、スターくんも、優しすぎます。

ぼくの恋を、みんなが応援してくれるのです。

ほんとにありがたくて。嬉しくて。

そんなぼくを乗せた車は、高速道路を飛ばしながら、横浜へと進んでいきました。




✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽




私の前に現れた、その人。

その人は陽気なテンションで、私達の家の客間へと上がり込んでくる。

「久しぶりだねぇ上崎さん!こんなところで運命の再会ができちゃうなんて!本当に俺は幸運な男だよ!」

そして私が彼を睨みつけていると、お父さんが得意げに説明した。

「彼は小堺悠馬くん。まあ、紹介するまでもないよな。前に高校が一緒だったんだよな?北海道での新プロジェクトを担当してもらう予定だった駆け出しの新人俳優だ。性格もとにかく人当たりがよくて、優しい男だ。しかもいま人気なんだぞ?」

「お父さん」

「ん?どうした?」

「このケダモノを追い出して」

「追い出す?なんでだ?知り合いなんだろ?」

すると、それにあわせるように小堺くんは煽ってくる。

「そうだよ上崎さん?俺では物足りない?それとも、俺と話をするのに緊張してるのかな?」

ヘラヘラしてるから、とりあえずビンタ。

「いってぇ!!!」

「お父さん、この人はこういう人なの!人をすぐ上から見てくるような最低な人!騙されてるわ!」

「そ、そうなのか…?」

さすがに私がヒートアップしてる姿を見て、お父さんも焦り始める。

「相変わらず、上崎さんの愛の平手打ちは最高だねぇ。俺も、君に釣り合うための器がまだまだのようだ。でもさ、これからお互いのことを理解し合えば、ちゃんとわかりあえるんじゃない?これから仲良くしていこうよ上崎さん」

手を差し伸べてくる。

私は、彼を許してなんかいない。

スターくんを傷つけて、のぞみんを傷つけて、充くんを傷つけて。

そしてほたるを傷つけて。

分かり合うとかどうこうとかじゃない。謝ったって許してあげない。

それくらい見たくない相手だ。

今もこうして、私の前に平気な顔して現れる彼が大嫌いだ。それに、そんなダメダメな彼に惑わされてるお父さんも…なんか嫌だ。

「私…こんなことしたくない…」

身体が震えてくる。

私は、ただ一人の男の子を大切に想いたいだけなんだ。

何で、こんなわけのわかんないことに巻き込まれなきゃいけないの。

「上崎さん?とりあえず落ち着こ?俺と最高のディナーでも楽しも?高級フレンチとか?」

私はもうすでに泣いていた。

べつに小堺のことなんか、なんだっていい。

でも、モブのことをお父さんとお母さんにちゃんと知ってもらいたいんだ。

こんな人より、数億倍信用できる、大好きな人だ。

イケメンも、経済力も、人気もいらない。

私は…私は…


「お父さん!お母さん!私は!猿と結婚します!」


「は?」

「え?」


お父さんも、お母さんも、呆然とした。


「結婚しちゃダメでも!お見合い相手じゃなくても!私は、あの猿と結ばれない人生なんて絶対に嫌なの!分かってもらえるまで、私は絶対に絶対に、ぜーったいに諦めないから!」


そして私は部屋を飛び出した。


「ちょっと波奈!」

「待て波奈!」


お母さんとお父さんは優しい。

私の気持ちをすぐに分かってくれない二人だけど。

でも24年育ててきてくれた大切な二人だ。

だからもう私は振り向かない。

決めたんだ。


「私、家にあの人を連れてくる。小堺は追い出しといて。お見合い、4席目始めるから」


「まさか…波奈…」


"猿"という言葉で驚いて。"あの人"という言葉で人であると認識してくれて。

お父さんは、当てはまるその人を思い出して、私に返す。

「猿とは彼のことなんだな?そうなんだな?そういうことなんだな波奈?」

少し怖いお父さんの声だけど。

たしかに私の気持ちを汲み取ってくれたのが分かる。

私は。どんな壁が待ち構えていても負けない。

だから、靴を履いて、家の扉を開く。


「うん。行ってきます」




✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽




扉を開けると、びっくりする人物が家の前にいた。

「ようやく出てきたわね。波奈」

「ユミ先輩…!?何でこんなところに!?」

袖ヶ浦弓さん。私の高校の時の部活の先輩だ。

「モブくんに会いに行くんでしょ?タクシー家の前にとめてずっと待ってたの」

そしてタクシーに乗り込む。

「運転手さん、横浜まで飛ばして」

「はーい」

動き出したタクシー。私は状況を飲み込めていない。

「何で私がお見合いしてるって…?モブくんのことも…それに横浜…?」

「ま、とりあえず言えることはここまでのことは全部知ってるわ。横浜へ向かってる理由はモブくんが横浜に今いるらしいから」

「そ、そうなんですか…でもどうやって知ったんですか…?」

「まあこれまでのことを私が知ったのはついさっき。充くんから連絡が来たわ」

「え!?充くんから!?何で…?」

そしてユミ先輩は話をしてくれた。どうやらユミ先輩のもとへ充くんからの電話が会ったみたい。




充くんから、ユミ先輩へ向けての電話。話が来たのは、午前中とのこと。

『どうしても弓さんにお願いしたいことがあるんです』

「なーに、突然。お姉さん、日曜日とは言えそんなに暇じゃないのよー?」

『弓さんじゃないとダメなんです!どうしても。弓さんに何とかしてほしくて』

「へーえ。何かしら」

そして充くんは私がお見合いになり、モブくんが私に会いたがっているというお話をしてくれた。そして…

『さっき花蕾さんから連絡がありました。お見合いが終わったらすぐに家から波奈を連れ出してタクシーに乗せ、横浜駅まで走らせてほしいんです。なぜならこれ、小堺くんのTwitterです。『かつての快活美少女と再び会えるとは!しかもお見合い!』とかなんとか投稿しています。以前の北海道の桜木司監督作品にアイツは役者として絡んでいるので、これは明らかに波奈とのお見合い候補の一人として現れるはずです。きっとそれを波奈は拒むので、そのタイミングがベストです』

「ふーん。でもなんで私?君たちのお友達の誰かがやればいいんじゃないの?」

『弓さん、前に仰っていましたよね。波奈に釣り合う男が誰なのかって』

「うん。波奈は大事な後輩だからね」

『茂武歩猿が、その釣り合う男って奴に適任なのか見てほしいんです。アイツはドジでポンコツでどーしょーもない奴だけど、俺なんかより数百倍良い奴なんです。だから弓さんに、アイツが良い奴だって証明したいんです。だから…協力お願いします』

「あなた…波奈が好きな人、気付いてたの?」

『まあ、長い付き合いですから。二人から話をある程度聞いてたら、そりゃあ結ばれてほしいって思います』

「お節介もいいとこね。実際にモブくんのこと好きって君に波奈が言ったわけではないんでしょ?」

『まあそうですね。でも、二人で仲良く過ごしていて、楽しそうにお互いについて話し合う二人が最高に幸せそうなんです』

「ソースがそれだけなのによく断定できるわね。女の子ってそんな簡単じゃないのよ?」

『大丈夫ですよ。決めつけとかじゃないです。俺も、嫌というほど痛感しましたから。女の子に寄り添うことの難しさを、ホントに、嫌というほど』





このやり取りから、充くんは何とかして私と今日、モブと私が会う場をセッティングしてくれたんだと思う。きっと私がこうして家にいる間、彼は色々動いて、私のためにできることを考えてくれたんだろうな。

やっぱ充くん…良い人だな…。

その話をしてるユミ先輩もユミ先輩で、穏やかに笑っていた。

「北海道から帰ってきてすぐにさ、私、充くんに言われたのよ。『俺と麗はお似合いです』って」

思わず吹き出しちゃった。

「え…!なんですかそれ!わざわざユミ先輩に連絡したんですか?」

「いや?それ以上の事してきたのよ。麗ちゃんと二人でわざわざカフェで私と待ち合わせして、二人揃って『私達はお似合いです!』とか真面目な顔して言ってくるんだもん」

「やば…!なにそれ…!てか何でユミ先輩に?」

「んー?まあ、心当たりがあるとするなら、私が前に彼に言った『充くんと麗ちゃんはお似合いじゃないと思うな〜』っていう発言かな?」

「絶対それだ…もう!またユミ先輩、余計なこと言って…!」

「だって…。充くんと波奈の方がお似合いだと思ったから邪魔したくなったんだもん」

「充くん…どうしてもそれが納得いかなかったのね…。そこに麗ちゃんも一緒に物申しに来ちゃうあたり、あの二人、やっぱかわいい」

そこらへんも全部ユミ先輩は分かってくれていたみたいで、

「まあ。別に何でもいいのよ私は。波奈に合う人が見つかればそれでいいの。それがどっかのモブキャラでもね。お節介な充くんの姿見て、私も何だか過保護だったのかなーって改めて思ったわけよ」

見守ってくれたユミ先輩が、私を認めてくれたのか、もしかしたら見放したのか。どちらにしても、きっとこれはユミ先輩にとっても私にとっても、肩の荷が降ろせた瞬間だったのかもって思った。

すると、タクシーの運転手が話しかけてきた。

「あの…上崎さん」

「は、はい!」

「モブのこと…よろしくね」

よくよく彼の後ろ姿を見て、さらにドライバーの名前に目をやれば、そこに書かれていたお名前は、私のよく知る人物だった。

「え!?まーちゃん!?まーちゃんなの!?」

「え、うん」

「全然気付かなかった…」

前にステージに上がらせてもらった、劇団!三角関数、演出リーダーのまーちゃんさんだった。

彼は、ステージに上がる前も、モブくんの衣装を着てたりして。モブくんとコミュニケーションを取っていた。

とにかくモブくんのことを大切に大切にしてくれていて、ずっと、彼を見守ってくれた人物の一人。

「モブ…たぶんあのままだとずっとモブキャラじゃん。拾ってあげられる良いチャンスだから」

淡白な返しに見えて、愛情に溢れていた。

この方は、そういう優しい人だ。

リーダーのゆーじくんも、まーちゃんに絶大な信頼を預けていて。

そんな彼の劇団とは別の姿が、タクシー運転手で。

私を全面的に救けてくれるこの人達の気持ちに応えたい。


「はい!モブくんは私に任せて!」


私とユミ先輩を乗せたタクシーは、横浜へと加速していく。






✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽







私が桜木町駅に到着した時には、もう夕暮れ時だった。

早く会いたい。

でも、あのおさる、LINE既読しないのですよ。

もー!なんでこういう時に連絡取れないのー!ふーんだ!

ユミ先輩から聞いたところ、充くん以外にもみんなが関わってくれていたみたいで、そのうちの一人の、のぞみんに電話する。

「あ、もしもしのぞみん?」

『あ、波奈?事情は諸々知ってるでしょ?』

「うん!のぞみんもことりんも、スターくんもありがとね」

『今、横浜着いた?』

「うん、着いた。モブは?」

『いるよ!大丈夫』

ドキンッ。

ただいるだけ。なのになぜか緊張してきた…。

別に今から会うだけなのに、今までにない緊張感だ…コクったりしたからだ…って!そんなことで気持ちUターンするわけないじゃない!私の意気地なし!もう振り返らないって決めたんだから!

「で、どこにいるの?」

すると、のぞみんから衝撃の言葉。

『えっとね、今、スカイビルの前!』

「え!?」

スカイビルって横浜駅じゃん!私、てっきり横浜だからみなとみらいだと思ってた!普通に間違えた!

「やばい、今間違えてみなとみらいのワールドポーターズに来ちゃった」

『あ、じゃあ桜木町近くなの?いいよ!タクシーでこっちおいで…ってモブ!?あんた待ちなさい!』

「え!?もしもしのぞみん!?どうしたの?モブがなんかしたの!?」

『モブが…!桜木町にちょくで走っていくって言い出して、今そっちへ行っちゃった!!』

「マジ!?な、なんで!?」

『一分一秒でも早く上崎さんに会いたいんだー!って言って走ってっちゃいました…。波奈、あんた幸せものね…。ランドマークタワーへ向かってるはず!急いで!』

そう言われて。

またほろりとし出してしまった。

気付けば、私の足も動き出していた。

それをユミ先輩が呼び止める。

「波奈!タクシー乗っていけば?」

「大丈夫です!タクシー乗ってたらすぐにハグできないんで!」

とにかく足が止まらない。

今から彼に、会える。

こんなに簡単なことで、こんなにワクワクするなんて。

充くん、私ね、後悔してないよ。

君に地下で告白しちゃったあの日があって、今の私があるんだ。

君が今日もこうやってどこかでレールを敷いてくれて、私はこうやって走り出せてるんだ。

だから、もう一度言うね。後悔してないよ!もう私のことは気にしないでね。もう、迷惑かけないで済むくらい、心の底から大丈夫って言えるから…!

ワールドポーターズから、先週彼と歩いた汽車道を全力で走る。上にはゴンドラがゆらゆらと揺れていて、満開の桜が笑うように咲いている。

カップルがみんな楽しそうに家路へと桜並木を眺めながら帰っている。

ずっと憧れていた。あんな風に、大好きな人と、素敵な時間を過ごすってこと。

その人たちを追い抜いて、私は息を切らしながら、桜木町駅へと走る。

少しずつコレットマーレが近づいてきた。私は桜木町駅へは向かわず、右手のランドマークタワーへと走っていく。

エスカレーターの横、階段をダッシュで駆け上がり、動く歩道の脇を走って、3階、タワーの中へ入っていく。

そのままタワー内をくだって、2階へ。このタワーと隣のビル、クインズスクエアを結ぶ大きなオブジェを何度か見たことがある。ここなら、見晴らしがいい。どっちの方面から来ても、分かるはず。

急がなきゃ。日が暮れる前に。今日じゃなきゃ、意味がない気がする。きっとそんなことない。これからもずっと、私は変わらずにこの気持ちを胸に抱えながら生きていくんだと思う。それでも。そうと分かっていても。絶対に今日会いたいんだ!

ランドマークタワーの外へ。そしてクインズスクエアへと向かう道のど真ん中、不思議な形のオブジェがある。すでに私の体力は限界。結構な距離を走った。どこ?どこにいるの…?

陽が沈む。淡いピンクの桜並木も、少しずつオレンジに変わる。今日が、終わっていく合図。

私は、はあはあと息を切らしながら、ふと、彼と乗ったコスモクロックに目をやった。これからの夜のムードを作るために、また彩られたそのカラフルな光が、みなとみらいを照らし始める。

私の気持ちが、そこで彼に届いたんだ。

ずっと、あの観覧車と、あの景色は、忘れない。

忘れたくない。


だから…お願い…来て…。



「かーみざーきさーん!!!」



聞こえた。遠くから。たしかに聞こえた。


「モブ!?どこ!?」

声のする方へ目を配る。どこ!?どこだ!?

「上崎さん!!ここ!ここだよー!」

その声。私のいるオブジェのところのすぐ下、大きな広場のところから、彼は叫ぶ。

「ぼくはここだよー!」

もう汗だくになりながら、目一杯の笑顔で、彼が手を振っている。

彼はもうフラフラ、でも一生懸命、こちらへ向かってくる。

横浜駅からランドマークタワーまで、そこそこの距離。それをこの短時間で、彼は全力ダッシュで来てくれた。

階段でズッコケて、顔を打って、「いったぁい!」って言いながら。それでも。確実に、私の方へと向かってくる。

階段を、彼は、一段、一段、懸命にあがってくる。きっとここに来るまでに、何回転んだんだろう。擦りむいた痛そうな傷跡や、ぼこぼこの顔を引きつらせながら、それでも嬉しそうに駆け寄ってくる。

私は自然と動かなくなった限界の足に力を入れて、彼の方へと少しずつ歩み寄っていく。


一段、また一段。


そしてついに。


「上崎さん!やっと会えたね!」


その飾り気のない、純粋な笑顔に。

私は何度心を掴まれたのかな。

今日もこうして。

この笑顔を当たり前に見られるんだ。

その当たり前がどんなに手にするのが大変かって。

もう二度と感じたくないくらい、今日まで感じてきたんだ。

だから私は、息を切らしながらも当たり前のように返す。

「あなたね…LINE見なさいよ…。あなたが普通にLINE見てたら…私が乗ってたタクシーと…スターくんの車が合流できたでしょ…。そんなボロボロになることなんて…べつになかったのに…」

「だって…上崎さんに…上崎さんに…」

「だって…なーに…?」


「上崎さんに…ぼくは…会いたかったんだ…!」


「会いたかったって…先週も会ったでしょ…」


「先週会ったけど…今日も会いたかったんだ!今日だけじゃなくて、明日も明後日もずーっと!ついでにほんとは昨日もずーっと!一緒にいたかったんだ!ぼくは…ぼくは…上崎さんといたいんだ!」


ぜぇぜぇ言ってる彼は、手に持っていたトートバッグを私に渡してきた。

「はい…これ…受け取って…!」

「こ、これって…」

「『うさぎのサキちゃん』のトートバッグ!上崎さん好きでしょ?花蕾さんがわざわざゲットしてきてくれたんだ!この髪型もねひかりちゃんがセットしてくれて、この服は平賀さんが選んでくれて、ここまで来れたのはスターくんの運転で、上崎さんと会えたのは充くんのおかげで…ぼく、全然自分の力じゃないや。これじゃあ宇宙を守る救世主にはまだまだ遠いのかもしれないね」

私は、そのトートバッグを受け取った。でもそのバッグは空じゃなくて、ちゃんと中身が入っていた。

「でもね上崎さん、これだけはね、これだけはぼくがどうしても上崎さんにプレゼントしたかったの」

そのトートバッグの中を見た。


そして、私は、涙が溢れてきた。





✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽





数分前。


ぼくは、横浜駅に到着しました。

「着いた…やっと着いた…」

ぼくがダッシュで駆け付けると、ちょうどそのお店は、閉店しようとしているさなかでした。

「すみません…!メロンパン!ひとつ下さい!」

「おっと!お客さんギリギリですねぇ。これが最後の1つですよ!ラッキーでしたね!」

そう言って、顔をあげると…

「あなたは…!」


「そうです!さきです!久しぶり!モブくん!」


「さきちゃん…!」


さきちゃんは、劇団!三角関数サポートメンバーの女の子です。前にステージに出演したとき、お世話になりました!彼女はそれこそ、上崎さんと仲が良いのです。

そんなさきちゃんが、このメロンパン屋さん『花咲屋』の店長さんだったなんて!知りませんでした!

「ここでお店、やってたの!?」

「うん!あ、そうだそうだ、先週モブくん、お店の前あたりに来てたでしょ。波奈と一緒に。仕事で忙しかったからチラッとしか分からなかったけど、二人を目撃しましたよ〜!」

「おー!気付いてたのー!?そうそう!先週ね、上崎さんとデートしてたの!でも混んでてここのメロンパン手に入らなくて…」

「なるほど!それで今日このメロンパンを、波奈に届けたいってことなのかな?」

「そう!そういうこと!」

「おっけい!甘くてとろけそうなほどうちのメロンパンは美味しいから!ぜひ届けてあげて!波奈、私と同じくらい、メロンパンのこと大好きだから!きっと、モブくんから貰えたってなったら波奈、泣いて喜ぶと思うよ!」

「そ、そうかな?ぼくにそんな力はないよ〜。でも、上崎さんが喜んでくれるなら嬉しいな!」

「モブくん、私ね、モブくんの大ファンだからお願いするよ」

「は、はい!何でしょう」


「波奈のこと、よろしくね!幸せにしてあげて!」



さきちゃんにそう言われてしまっては、ぼくは任せてと言うほかありません!

だって、さきちゃんは僕たちと関わってから、ずっと僕たちのことを大切に大切に想ってくれていたのです。

だから、そのさきちゃんが大事にしてる上崎さんを、ぼくは大事にしたいのです。


この救世主もぶぼさーる!メロンパン片手に行ってまいります!





✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽





そんな感じで、モブくんは私にこのメロンパンを届けてくれた。

「か、上崎さん!?ほんとに泣いてる!?さきちゃんの言うとおりになっちゃった!?」

「さき…ありがと…」

劇団!三角関数のライブに出させてもらったときも、何も知らない私に心を重ねて、さきは優しく一緒にステージに上がってくれた。本当に、私は色んな人に助けてもらってきたんだ。

今さら分かったこと。ひとりじゃないんだ。

諦めなくて、良かったんだ。

「上崎さん!ほら!ハンカチ!」

「波奈ちゃんって呼んでよ…」

「え…!?」

「ひかりちゃんと、さきにだけ、ちゃん付け。ずるーい」

「え、あ、じゃあ、えっと…、は、はなちゃん…」

照れながら彼は言っている。

その姿が面白おかしいはずなのに。

やっぱり涙はとまらない。

私には、たったひとつ、心を通わせるということ、たったこれだけのことに、本当に時間がかかったんだ。

目の前でこんな風に素敵に笑う彼と、ずっとそばにいたい。

高級フレンチなんかいらない。

私には、このメロンパンが人生最高のプレゼントだ。

優しい人だ。本当に、本当に大好きだ。

恋する幸せ。今は求めてる。


気付けば、彼をギュッと抱きしめていた。

そして、そのままキスをした。


顔を真っ赤にした彼を見るのがおかしくて。

幸せというものを、ちゃんと知って。


桜満開の横浜で。

私も彼に共鳴するように。

自然と笑顔になり、心の底から伝えた。







「好いちょるよ!モブくん♪」







完。

はなー!おめでとう!!

この子は作者として本当に申し訳ないくらい、痛い思いを重ねながら、それでも目の前の人を大切にしようと頑張っていたと思います。それをしっかり分かってくれていたモブと幸せになれたこと、本編完結から二十歳編を経て、いつかは形にしたいと思っていたことが実現し、本当に嬉しく思います。

今回の作品に『まーちゃん』『さきちゃん』が登場しますが、モブと波奈の演者であることは、劇団!三角関数の公演やボイスドラマを楽しんで下さっている方なら知っているかと思います。今回は演者二人がぜひもぶはなの恋のキューピッドになってほしくて、前作につづき登場してくれました(もちろん本人たちの許可は取っています!)。

特に今回の波奈の恋心への決着は、さきさん無くては叶わなかったと言っても過言ではないくらい、彼女のお陰だと思っています。ひかりが美容師で働くシーンも、モブが波奈を大切に想う気持ちも、方言の出し方も、彼女がこの作品を、特にもぶはなを、大切に大切にして下さったからこそ、彼女が望んでくれたり、汲み取ってくれたりした要素が含まれたシーンも多く登場しております。

もちろん他のメンバーも共に歩みながら紡いでいった作品ではあるのですが、このもぶはなに関しては、モブファンクラブの会長として作品に寄り添い続けて下さった彼女の言葉を私は大切に受け取って、波奈の長かった「伝わらない想い」に決着をさせることができたのです。さきさん、本当にありがとう。

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