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リアルに銃を撃て。-社会人編-  作者: 金澤裕志
6/7

【もぶはな完結編】〜花咲の恋物語〜前編

今年も花が開き始めた。


この桜並木は毎年少し早めに咲き誇り、ピンクの淡い花びらが舞っていく姿をこうやって見れることが私の楽しみ。


充くんへの恋心に決着がついてから、もう4年。仕舞い込んだこの気持ちの向こうで待っていたのは、あの子へのライバル意識だった。




「ひかりちゃん、私ね、ひかりちゃんがこれからどうしたいのか、今悩んでいるその気持ち、多分解決できる自信がある」



さらに私は、こう続けた。



「もし、もしも、ひかりちゃんが今の自分の気持ちの正体に気付いたら、今度は本気でいくから!覚悟してね!」



こんなことを言うだなんて、私はちょっと気持ちに余裕が出来たみたい。


いつものように、私は午前中のお仕事に一区切りをつけ、大きな総合型施設へ向かう。

ここには美味しいご飯屋さんが沢山ある。仕事と仕事の合間のランチ休憩には最高の場所だ。

そして、そのランチの約束をしているのは、そんな宣戦布告をした、彼女。


「おまたせ、上崎さん。待ったか?」

「ううん、大丈夫だよ」


やっぱり、いつまでもこの子は凛としていてカッコよく、だけどほんのり笑うその優しさがたまらなく愛らしい。


蒼井ひかりちゃんは、私にとって、ずっと憧れの親友だ。





***************




口をもぐもぐし、飲み込んだ彼女は嬉しそうに笑う。

「でもよかった。君と時間を合わせることができて」

「うん!逆にいつも休憩時間合わせてもらっちゃってごめんね」

「別に構わない。ボクの職場は元より休憩時間を自分で定められる。君の要望には答えやすいから大丈夫だ」

「そっか!ありがと」

二人でゆっくり、仕事の話をする。あの後、私の上司、名潟澄香さんは、旦那さんと完全に決裂した。裏切られて、離婚して、でも今は元気になって吹っ切れた様子。

一方、その元旦那さんであり、ひかりちゃんの上司でもある名潟亮治さんは、澄香さんだけでなくひかりちゃんまでも振り回して、もう色んな女の人に手を出していたみたい。でもその後、社内での評判が悪くなったみたいで、結局美容師を辞めて転職したとのこと。吐き捨てるように話すひかりちゃんはスッキリした顔で、どこか嬉しそうだった。

パスタを口に頬張って、フーフーしなかったことにちょっと後悔する熱さでホクホクとさせてたら、クスッと彼女が笑った。

「上崎さんは、相変わらず可愛いな」

そう隠さずに言葉にしてくれるひかりちゃんは、本当に素敵な子。

「そうやって笑ってくれるひかりちゃんも可愛いよ」

「ボクの可愛さは着飾っていたものが剥がれた時にそれっぽく映るだけだ。天性のものではない」

「もうー、すぐ過小評価しちゃうんだから」

そう私が口を尖らせると、また優しく笑って彼女は氷をカランと音立てて空のグラスを回した。

「ボクは可愛げが無かったから、好かれなかったんだろうか」

そう彼女が呟いた。現在進行系ではない恋愛を指していた気がした。

「それだったら私もだよ。はじめから、あの眩しい3人を眺めてることしかできなかった」

「ああ。あの3人の隙間などなかったな」

私達が言う"3人"とは、あの子たち以外ない。どことなくフツメンだけどカッコよくて頼りがいがある男の子で、それに惹かれる超絶美少女がいて、その2人が大好きでしょーがない最高にキュートな女の子がいて。

私達は、その名の通り、3人の周りに飾るお花と、3人を照らす光だったのかもしれない。

そんな、ポエムチックなことまで考えた。

だから、やっぱり気になった。

「改めてなんだけどさ、もう、充くんのことはいいの?」

サラッと聞いたつもりだった。でも、心臓がバックバクだった。声が震えているのが自分でもわかった。

その言葉を受けて、どこか憂いを帯びた顔に、彼女はなる。

「ボクの根にある真意はわからない。だが、願望を押し付けていたのは確かだ。奴にせよ、名潟さんにせよだ」

「ふ、ふーん…」

「なんと言えば良いのだろうか。あの頃は確かに恋をしていた。きっとそれは嘘偽りない事実だ。しかし、時が経って、奴への感情は変化した気もする。言葉では表しにくいのだが、敬愛とか感謝とか恩情とか、そういう類の何かだ」

「わかるよ、その気持ち。充くんがいたから、今の私がある。私もそんな感じだから」

「ああ。だからボクは、きっと。もう次を歩んでいるのだと思う」

その言葉が怖かった。でも、その本音を知りたかったから、今日わざわざ待ち合わせた。

「次…って…?新しい恋だよね?」

「ああ。多分、上崎さんはびっくりするだろうな」

「びっくり…?」

「少なくとも…猿ではない…と言えば分かりやすいか」

「え…!?」

その言葉に、衝撃を受けた。

でも、私の勘は、ちゃんと当たっていた。

だって、ひかりちゃんは、あのお猿さんのことを想ったその瞬間に、何だか嬉しそうだったから。

「ボクも気付いたんだ。多分、恐らくだが、上崎さんと同じ気持ちだ。そうだろう?」

そう言われて、さっきまで私のほうが探り手だったはずなのに、反射的につい、頬が熱くなった。

「え、まあ、うん、そうかもです…」

「顔赤いぞ、上崎さん。また君と同じ人間を恋うことが出来たのは非常に嬉しかった。でも…」

「でも…?」

「今回は君に譲る…なんて言ったら君は怒るか」

「ええ…どういうこと?」

「だって上崎さん、可愛すぎるんだ。恋する乙女って感じで」

「そ、そうなの…かな…?」

「ああ。この気持ちに気付いたとき、また君とライバルになれると思うと、ワクワクもしたし胸が痛くもなった。でも、簡単に身を引くことができると思った」

「…というと?」

「きっとあの猿も、充と同じだからだ。奴がいるからボクがいる。ボクを心配してくれるのはたまらなく嬉しかった」

モブくんのことを話すひかりちゃんはとっても幸せそうで、普段冷たくあしらっているとは思えないくらい、愛情に溢れていた。

「でも同時に思ったのだ。ボクの心配をしてる暇があるなら上崎さんの傍にいてやれと。どちらにも愛想振りまいて、まったく、我々の気も知らないで、つくづくアイツはお節介な奴だ」

ひかりちゃんは、私の宣戦布告を受けて、きっと感じたんだ。自分が彼を意識していたことも、その意識を実らせる気がそもそもなかったことも。

……やっぱりこの子は、ど直球に見えて、相手の気持ちを考えてくれる。

それって何だか、羨ましい。

「いいの?私、せっかくライバルになれたんだから、本気でひかりちゃんに勝つ気満々だったんだよ?」

「はははっ。知っているさ。だからこそだ。君の恋を叶えたい。星野さんに似た感情なのかもしれないな」

そんなことを言われたら、つい意地悪なことを言いたくなってしまう。

「とかなんとか言って、実はその誰かさんみたいに段々応援してる間にその人のことを好きになっちゃうんじゃないのー?」

すると澄ました顔で彼女は涼しげに答える。

「まあ、そうかもな」

「もー!」

「ははっ、冗談だよ。実はちゃんと、気になってる人はいる」

「え!?そうなの!?」

そうか、どーりで余裕あるなって思ったら、ちゃんとモブくんとの気持ちの整理はついていたのか。

「え、美容師仲間さんとか?」

「いや、違う。うーん、多分そうだな…昔から諦めていたけれど、恋焦がれていた人、と言えばいいのだろうか」

「え!?だれだれ」

「変な誤解を生みたくないのだが…」

そこで彼女はゴニョゴニョと教えてくれた。

その人は、彼女の生き方すべてに影響を与えたといっても過言じゃない。

そしてその人は、あまりにも彼女にとって身近で、恋愛に当てはめれば遠すぎる目標の人だった。

「え、じゃあ…アタックするの…?」

「それが正解か否かは不明だ。だが…」

そして彼女は顔真っ赤にして言葉にしてくれた。

「彼と…ずっと…一緒にいたい…」

「え、やば、かわいい」

「だって…好きなのだから仕方ない…」

色んな事情で、その人とは共に長く過ごせなかったという。でも確かに彼女の初恋の相手で、やっぱりその人は、充くんとも、名潟さんとも、モブくんとも違うんだと思う。

「今度会ってみなよ。そしたらぎゅーしてもらいな!」

「ほぼ近親相姦だ…まあ血が繋がってないから関係ないといえばそうなのだが…」

そう言って、彼女は癖なのか、またカランとグラスを傾けて氷の音を立て、穏やかに笑った。

「だからボクのことは気にしなくていい。所詮モブキャラのアイツも、モブキャラであるが故の愛らしさがある。それに対し、幾年経った今もこうやって奴に心を踊らす君のことも愛らしく思うよ」

「えへへ、そうなのかな」

私がバカっぽく笑うと、彼女はまたほんのり笑って天を仰いだ。と言ってもお店の天井を眺めてるだけだけど。

「ボクの恋が実るかは分からないな。ある意味無謀とも言える。相手がどう思っているのかも分からんものだ。だから…」

彼女の言葉の続きを、私はすぐに汲み取った。

「うん、分かってる。ちゃんと、あの子の気持ちも大切にするよ。押し付けは嫌だからね」

私の言い方に、ちゃんと自信が現れてるってことが彼女にも伝わったみたいで、黙って彼女は頷いてくれた。

お昼休憩の終わりが近づき、彼女は優しく小さく手を振って、「また明日」と言ってくれた。私達にとって、確かに一歩を踏み出せて、しかもそれをお互いに理解し合える"明日"があることが、嬉しくてたまらなかった。



✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽



土曜日。

あの子は飼育員さんとして動物園で勤務しているからか、今日も出勤みたい。でもシフト制でちょこちょこ日曜日が休みになるらしくて、明日は予定を合わせられるとのこと。

えぇ…待ってどうしよう…。充くんとの映画デートの時もめちゃめちゃドキドキしたけど、何であのお猿さんに私そんなトキメいてるの!?落ち着いて私。相手はお猿。相手はお猿。大丈夫、大丈夫…。

…って前日に念じてる時点で意識しすぎだよね…。てゆーか私、今年24歳なのにお付き合いした人ゼロ!え、ほんと私の人生大丈夫かなぁ…。友達の中でもちょろちょろ結婚報告とか出だす時期だよぅ…。心配…。

はぁ…結婚か…。って!私、まだあの子と付き合ってるわけじゃないし!あの子が誰のこと好きかもわからないじゃん!何で一人で舞い上がっちゃってるの私!

「おーい、波奈」

「へ!?あ!なに、お父さん」

「何じゃないだろ、一緒にこれ運ぶの手伝ってくれよ」

「あ、あー、そうだったそうだった」

私のお父さん、上崎司。一応、今まで数多くの話題作を世に送り出してきた映画監督。表の名前は桜木司。結構忙しい中でも、いつまでも実家暮らしな私のことを気にかけてくれている。

その気にかけてくれる内容は、まあ私の仕事面とか、家での家事とか、そういうことが大半なんだけど、時々そろそろ良い人いないのかーとか何とか突っ込んでくる。

そして今日も、何やら私のためとか言って、家の第2リビングの方を小綺麗にして机と椅子を並べている。

多分、自分から言うのもなんだけど、相当豪華なおうちに住んでるなとは思う。またまた今月も来客者さんがいるみたいで、何の用かは知らない。

「ねーねー、お父さん、これ何の準備なの?」

「まあ後で説明する。それ、そっちまで運んでくれ」

「はーい」

一通り家具を並べて、来客者さん用のお部屋セッティングが出来上がった。

ぐでーと疲れている私に、冷たいコーヒーをお父さんは出してくれる。

「はいよ」

「ありがと」

二人でコーヒーをしばらく飲んで、私は本題に入った。

「で、お父さん、結局これは何なの?」

「え、お見合い」

「えー!?お見合い!?」

転げ落ちそうになった!え、どゆこと!?

「え、誰の?」

「いや、お前だよ」

「えー!?私!?」

私が驚いていると、奥からお母さん…上崎美実花が出てきた。

「そりゃそうよ。だってあなた、24でまだ彼氏の一人も出来たことないんでしょ?お父さんと私揃って心配にもなるわよ〜」

「いやいや別に2人ともそんなこと気にしなくていいから!」

そう私が振り切っても、お父さんは首を振る。

「いいや、とりあえず見合いをしてみろ。学歴の高い、品のある優秀な家庭で育てられた俳優を父さんは何人か知ってるから、その人の中からまずは選ぶんだ。そうやって接点を持たないと、お前は人当たり良いように見えて意外とモジモジしがちなんだから、動くきっかけが必要だ」

「そうよ。ママもね、パパとはお見合いで知ったんだから。悪くないものよ。そういうのも大きな出会いなんだから」

「まあ…そうかもしれないけどさ…」

そう私が嫌そうな顔をしていると、お父さんは核心を突くようなことを言ってくる。

「仲沢充くん…彼には恋人がいるんだろう?」

「うん…麗ちゃん…」

「彼が星野の娘ではなく、別の女の子を選ぶとは、父さんとしては少し意外だったけどな。北海道にまで来て、あれだけ情熱持って星野の娘を助けようとしたわけだしな」

「充くんは誰にでもあーやって優しいの。私にだってそうだし。諦めたからいいの」

「まあ、結局あの充くんやその仲間たちが絡んだことによって星野と立てていた新プロジェクトは潰れた。波奈を攻めるわけではないが、あの連中とは程々にしておけよ。仲良くすることを悪しき事とはしない。しかし、私にも、星野にも、家庭があり生活がある。それを今後はなるべく介入しないで頂きたい」

お父さんは充くんをはじめとしたみんなのことをめちゃめちゃ悪く思ってるわけではないけど、確実なのは良く思ってるわけではないこと。北海道の一件で、印象はそれなりに悪い方に傾いている。

もちろん、モブくんの印象も…。

「でも…」

モブくんのこと、一瞬言おうと口が勝手に動いた。でもその先は言えない。

だって、今抱いているのは叶うか分からない恋だから。私がただ好きなだけ。モブくんが私のことをどう思っているかなんて、まだよく分からない。それなのに、あの子のことを好きって断言して、この状況から逃れて、結果結ばれませんでした、って結末、何だか情けなく感じちゃう。


…きっとこういうところ。私のダメなとこ。


結ばれなくたっていいじゃない…。もしフラれたってお見合いするよりかは自分の気持ちに正直に動くんだから、それでいいじゃない…。


なのに何で…何でこんなにフラれるのが怖いんだろう…。


「ううん…何でもない…」

私が力なくそう言うと、お父さんは顔を明るくした。

「じゃあ決まりだな。少なくとも向こうはお前に良い印象を持ってくれるはずだぞ。父さんを信頼してくれている俳優たちだからな。その娘とあらば大事にしてくれる。父さんも彼らを信頼しているんだ」

そしてお母さんも続けて言う。

「大丈夫よ、波奈。好きな人の候補がいないなら、これからその人たちと会って考えてみればいいじゃない!あなたにぴったりの人が見つかったら、それほど嬉しいことはないでしょ?」

そう言われて、断るに断りにくくなってきた…。

モブくんのことを好きだとこの2人に言って、その恋を2人は応援してくれるのか。

お見合い相手の人たちは、みんなお父さんの知り合い。普段仲良くしている人たちで交流もある、お父さんとしてもやりやすい相手。かたやモブくんは、お父さんの考えた北海道での新プロジェクト計画をみんなで白紙にした一人。当然印象はあまり良くない。

その彼の名前をこの場であげるのも、気が引けてしまった。

お見合いして、この恋心を仕舞うべきなのかな…。

頭でそう考えて、心が絶対に嫌だと拒絶してる。

私は、反論もろくにできないまま、来週のお見合いの約束を立ててしまった…。



✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽




翌日。横浜駅。

「で、モブ、何で横浜?」

「もうー!普通に会話に戻ってるじゃん!上崎さんったらー!」

10分遅刻して、しかもお腹すいたとか言ってたから、黙れモブキャラ!でぶっ飛ばしちゃった。宙を舞って落ちてきた彼は顔をぺしゃんこにしながら、話の本題に戻る私にふくれっ面を向けてくる。

「で、何で?」

「何でって、上崎さん前に言ってたでしょ、僕の働いてる動物園に行きたいって」

「あー、ズーロッパ!」

「そうー!ってか、先週ズーロッパ行くって話してたよ!」

「あら、そうだっけ。私ったら忘れんぼさん」

完全に昨日の事件のせいで内容がすっ飛んじゃってた…。そうだそうだ、この子の職場を見に行く予定だったんだ!

「上崎さん平気?なんか疲れてない?」

「え!?あ、ううん、大丈夫だよ」

「そっか!ならよかった!」

ちょっと疲れた顔を見せてしまったのは昨日の件のことを咄嗟に思い出してしまったからなんだけど、すぐに私の顔色を見抜いてきちゃうあたり、この子やっぱり人の観察が得意なんだな。

「でもいいの?普通に来場者として入園するとは言っても、毎日来てる職場でしょ?」

「いいのいいの!上崎さんに僕の働いてる場所見てほしいから!」

ルンルンで今日のデートを楽しみにしてくれている。いや、デートって勝手に思っているのは私だけなのかも。幸せそうに笑う彼が、何だか眩しく見えた。

ホントに、ドキドキする。

「じゃあ、行こー!」

彼が駅西口にある動物園行のバス乗り場に向けて歩き始めると、小さなお店を見つけた。

そこには大きく『ふわふわメロンパン専門店 花咲屋』と書かれていた。

「うわぁ!すごい!こんなところ会ったんだね!」

私が喜ぶと、彼は毎日通勤で使うこのお店を見て嬉しそうに返す。

「そう!横浜駅の良いところはね、原宿とか渋谷とかに負けないくらい、たくさんオシャレで素敵なお店がいっぱい駅にあるんだ!」

「へぇー!いいね!横浜!」

私の頬が緩んじゃうくらいテンション上げ上げで見ていたら、彼が聞いてくる。

「上崎さん、パン好きなの?」

「パン自体はまあ、普通に好きくらいだけど、メロンパンだけは特別なの!ふわふわでさ、しかも丁度いい甘さで、気持ちがとろけちゃうくらい美味しくて!もう大大大好き!」

「そうだったのー!知らなかった!勉強になります!」

わざわざメモ帳出して彼はメモり出す。もう…なによ…そんなことされたら嬉しくなっちゃうじゃない…。

「じゃあさ、あのメロンパン食べよ!買ってきてあげる!」

気前よく彼はお店に走っていったが、すぐに立ち止まった。その理由は私にもわかって、彼のそばまで私も行く。

「めちゃめちゃ行列だね」

看板には『30分待ち』と書かれていた。そして受付のすぐそばには、『あの大人気番組で紹介!』と大きく書かれていた。

「どーりで並んでるわけだね…私達、お昼もまだだし、動物園閉まっちゃうから行こうか」

「うん…すごい残念…」

「あらなに?モブさん、そんなにメロンパン食べたかったの?」

「ううん、違うよ。上崎さんに食べさせてあげたかったの」

ドクン。

また胸が高鳴る。

普通の会話。ちょっと気遣ってくれた彼の何気ない優しさ。この子に深い意味はない…。

ええ…何でこんなにドキドキしちゃうの…。

「まあ、今度いつか食べさせてよ。また来よ!」

「うん!上崎さんのお願いならば、このモブぼさーる、何でも叶えます!」

「え!?ホントに!?じゃあ家買って!」

「何でも叶えますが、予算の範囲内です…」

「あらー、じゃあまだ救世主名乗っちゃいけません」

「えー!ひどい!上崎さんのおケチ!」

「怪人ぼさーるに認定です」

「怪人はコトーリだから花蕾さんだよ」

「みんな変な称号付けられてる…」

とか何だかんだ話しながら、動物園行のバスに乗り込む。ICカードの残高4円のモブくん。ちゃんとチャージしときなさい…。

15分くらい乗って到着した。初めて来た。

ズーロッパ。たまにテレビで見たことのある、日本国内で飼われている珍しい外国の動物を、他の動物園よりたくさん種類を展示してる動物園ならしい。元々動物は好きだから、どんなところか楽しみ。

入園のチケット受付で、スタッフさんがぼさーるに声をかけてくれた。

「あらー!茂武くんじゃない!明日出勤なのに今日はお客さんとして来たの?」

「そうです!獅子ヶ谷さん!」

その獅子ヶ谷さんという美人の、たぶん10個以上上のお姉さんとモブくんは楽しそうに話す。この子は、前からだけど人当たりがよくて、人に好かれる性格なんだなって改めて思った。

「茂武くん、社員割引でも安いんだけどさ、カップル割引にしたら、さらに安くなるよ?どうする?」

カ、カップル!?え!?私達が!?

いやいやいやまだ早いし!てか、まだって何だし!カップルになるかもわからないし!ちょっと獅子ヶ谷さん!決め付けちゃだめー!私の心臓壊れちゃう…。

そう言われて、モブはうーんと悩んで答えた。


「いや、大丈夫です!カップル割、安くなると言っても僕だけですよね?だったら不公平ですし、大丈夫です!」


そっか、値段が平等じゃないからって、気を遣ってくれたんだ。

優しいな。


…と心で思いながら別の気持ちが邪魔してくる。

私達はカップルじゃない。当たり前。そんなのわかりきってること。

でも何でだろう。カップルじゃなくて大丈夫です、って言われたのが、なぜだかわからないけど寂しかった。

悪気もなくて、むしろ優しさで言ってくれたのに、私はこういう見方をついついしてしまう。

つい少し前は、こんなに一個一個の言葉に敏感じゃなかったし、いちいち深い意味を考えることもなかったのに。

屈託のないその優しい晴れ晴れとした笑みは、私にとっては最高の幸せで、どんどん遠ざかっていくものに見えた。

本気で行くから、と決意して。私は怖いんだ。

来週、私は人生を動かされるかもしれない。いやもちろんどの男の人もお見合いでお断りすればいい。

でも、参加して会話をすること自体、何だか自分に嘘ついてるみたいだ。

君には言えないよ。君を想えば想うほど、私は色んなことが下手っぴになっちゃう…。




✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽




入園ゲートをくぐると、嬉しそうにモブくんはガイドマップを手にする。

このズーロッパはどうやら、世界全土のあらゆる動物を飼育している、わりと最近できた動物園みたい。なんでもモブくんが言うには、このズーロッパは、名前の通りヨーロッパとズー(zoo)を混ぜ合わせた造語みたいで、ヨーロッパ州に広く分布する動物とか、寒帯、亜寒帯の地域のレア動物達をたくさん見れるらしい。

まあ、私も昔家にワンちゃん飼ってたから生き物は大好き。まあその子は私が中2の時に死んじゃったんだけど、やっぱり動物って、言葉が通じなくても心で通じ合える不思議な感覚が時々あるから、私は結構動物園は好き。

その動物園で働いてるモブガイドさんは、いきなりゲートのそばにいたお猿さんと会話していた。

「ウキャキャッ!」

「そうだよね!今日晴れて良かったよね!ウキー!」

「ウギャァ!」

「うん!確かに言われてみれば午後から雨になる雲行きだね!ウキー!」

今までそんなに気にしないで普通にスルーしてたんだけど、やっぱり改めてこうやってみると何なのこの子!当たり前のように会話できてるのはなぜ!?本当に人間!?というか何でお猿さん側が天気の移り変わり分かってるの!?

まあ、そんなこんなで楽しい彼の職場探検。

思いっきりダイビングするホッキョクグマは迫力満点。その隣で可愛くお手てを広げて、よちよち歩くペンギンさん。

屋外でのほほんと日向ぼっこしてるペンギンを見て、なんとなく思った。

「モブ、ペンギンって南極に住んでるんでしょ?この子たち、こんな屋外で展示されて大丈夫なの?」

「へーきへーき!この子たちはね、ケープペンギンっていうの!チリとかの温帯に住んでる子たちだから、逆に寒さに弱いんだ!たぶん上崎さんが想像してるのはコウテイペンギンとかじゃないかな!」

「そうそう!それそれ!あれでしょ!赤ちゃんめっちゃ可愛いやつ!」

「ぴんぽんぴんぽん!大正解!」

コウテイペンギンは、よくわかんないけど何となく知ってる。小学校低学年だったころ、お母さんに自由帳を買ってもらう時は必ず南極にいるあのペンギンと、グレーのもこもこした可愛い赤ちゃんが一緒に映った表紙のものを買ってもらってた!

「このズーロッパではね、コウテイペンギンは飼ってないけど、見た目が似てて色がとってもキレイなキングペンギンっていうペンギンさんもいるの!」

「お!それも名前だけ聞いたことがある!」

そんな話を聞いて、ケープペンギンの少し先にある、キングペンギンのゾーンに来た。

「あ、見てみて上崎さん!コウテイペンギンの赤ちゃんは見られない代わりに、キングペンギンの赤ちゃんがいるよ!」

「え!?マジ!?どれどれ!」

私が赤ちゃんと聞いてルンルンで目先を向けると、そこには信じられないキングペンギンのヒナがいた。

「え…なに…え!?」

私が唖然としてたら、ふふんと嬉しそうにモブくんは胸を張った。

「これがキングペンギンの赤ちゃんです!本当にたまにしかお目にかかれないからラッキーだよ!」

…と言われて見たキングペンギンの赤ちゃんは、まさかの親ペンギンとサイズが全く一緒で、しかも全身が真っ茶色の、超巨大たわしみたいだった…!

え、コウテイペンギンの赤ちゃんめっちゃ可愛いのに、言葉悪いけどキングペンギンはめちゃめちゃぶちゃいく!?ブサカワ!?何あれ!?とにかく変!

「なんかすごいね…。え、でもさ、いま大人と同じ大きさじゃん、どうやってあの見た目になるの!?」

「ふっふっふっ。それがね、キングペンギンの赤ちゃんのあのもふもふの茶色い毛はね、一気にバッサーって抜け落ちて、急に大人の姿に変わるの!」

「えー!?怖っ!?」

私がドン引きしてると、モブが優しく笑った。

「まあまあ、そう言わないで!よく見てよ!ほら!可愛いでしょ!」

嬉しそうに言うけど、コウテイペンギンの赤ちゃんがすごい可愛いのを知ってただけに、すごい衝撃的だった…。

でも、モブにそう言われてまじまじと見てみると、たしかに毛がもふもふしてて、茶色いのもまた何だかふわふわで、キョトンとした顔がだんだん可愛く見えてきた。まだ上手に歩くこともできないし、泳ぐこともできない。だからお母さんが一生懸命面倒を見てくれている。

「コウテイペンギンの赤ちゃんが可愛くて人気が出るのは僕もよく分かるんだ。ほんとに可愛いしね!しかもペンギンの中では一番大きいし大人気!でも僕は、コウテイペンギンより体がちょっと小さくて、赤ちゃんも何だかちょっとヘンテコなキングペンギンの方が、たまんなく好きなんだ!」

人気者ランキングから、おいていかれちゃったこの子たちを、モブくんは優しく応援してくれる。

キングって名前なのに、ペンギンの世界では2番目なキングペンギン。

圧倒的な人気者には勝てないけど、だからこそか弱く見えたこの子たちを応援したい。逆に愛らしくて。

その気持ちが、今、身に染みて感じちゃったな。

麗はビジュアルナンバーワンのコウテイペンギンだ。ずっとそう。ソフテニ部の時からも、みんなから好かれていて。そしてその見た目だけじゃなくとっても優しくて可愛くて、そもそも私があの子のことが大好きだった。

弓さんは部活内トップレベルの実力を持つコウテイペンギンだった。サーブから何から彼女はどんなことも華麗にやってのけてしまう。みんなの注目の的で、後輩達の憧れの存在だったし、そもそも私があの人のことを尊敬していた。

そして、私の腕前はいつだって2番手だった。

需要がなくて、メインで輝いている存在たちをずっと眺めてることしかできなくても。

華やいだ魅力も実力も、私には特別ないけれど。

きっとこうやって、誰かが知ってくれて、大切に想ってくれる。

だから精一杯輝いて、それをちゃんと認めてもらえるようなキングペンギンになりたいなって、この茶色い赤ちゃんを見て思った。





✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽





夕暮れが近付いて、二人でご飯を食べに行く。

鼻歌を歌いながらご機嫌なモブくん。

「あら、ずいぶん楽しそうね」

「うん!だって動物さんたち沢山見れたし!」

「毎日見てるのに?」

「そりゃそうだよ!だってさ、」

彼は私の顔を見て、にぱっと笑った。

「上崎さんと一緒だもん!」

ドクンッ!

心臓がやばい…。

いやいやいや、いつもこの子はこんなこと言ってるでしょ!大丈夫大丈夫!

「上崎さん?」

「え!?あー!何でもないよ!私もモブと一緒にいれて楽しかったよ!」

「そう?なら嬉しいな!やっぱ上崎さんはそうやって喜んでくれるし可愛いね!」

ドクンッ!

もうやめて!え!?なにこの子!?天性の小悪魔!?何で何気なくさり気なく可愛いとか言えちゃうの!?

じゃあ私も言ってやる!

「そーやって褒めてくれるモブくんも可愛いね」

「なにそれー!やっぱ好きだな上崎さん!」

ドクンッ!

待って待って待ってー!好きって言葉はべつに好きじゃない子に言うのはちょっと!待って!だめ!え!?だめ、最高、死ぬ、嬉しい、だめ、え!?、やばい!

「上崎さんと一緒だもん」と「可愛いね」はまだいいですよ!「好きだな」はだめでしょ!色んな意味でだめでしょ!何この子やばっ!

「上崎さん?」

「黙れモブキャラ!」

「ウッキッキー!」

あー、お星さまになっちゃった。


え、私…来週、君のこと諦めなきゃいけないんだよ、たぶん…。

もう…好きだよ…。とめられないよ…。

天に輝くモブ座流星群を私は、ただ眺めていた。


モブが落ちてきて、そのまま一緒に歩いていると、ワールドポーターズでご飯を食べる流れになった。

日曜日で話題の映画がやっているからか、この建物の中はかなり混んでいて、4階のレストラン街もそこそこ人はいる。そして素敵なお店が満載。

「ワールドポーターズ、美味しいオシャレなお店たくさんあるから、モブさんセレクト楽しみだわ」

私がそう試すように言うと、モブは見覚えのある緑の看板の前に立ち止まる。

「ここはどう?」

まさかのサイゼ!?出ました女心を1ミリも分からないチョイス!

「却下!やり直し!」

「えー美味しいのに」

「だーめ!女の子とデートするときはちゃんと考えるんだよー?」

「そんなもんかなぁ」

「そんなもんなの!女の子だってサイゼは好きだよ。でも、男の人と一緒にいるときはそれなりにドキドキしたいでしょ」

そう言うと、彼はキョトンとしていた。

「え、なに?どしたのよモブ」

「あ、いやー、えっと…上崎さんって僕とドキドキしたいの?」

ど直球で尋ねられた。

この子はいつだって、ちょっと気の利いた言い回しをしてくる。

それこそ、モブキャラとしての役割を徹して、メインの子たちを輝かせてる。

でも。自分ごとになると、こうも鈍感だ。こう躊躇いもなく言ってくる。

きっと、私の気持ちには気づいていないんだろうな。

「べつにモブとドキドキしたいわけじゃないよ。私が言ったのは一般論!あなたも誰かとお付き合いとかした時に、オシャレなお店の1つでも知っておいたほうがいいの」

「そっかあ…。じゃあ、『ヤッパリダ』はどう?ファーストフード店の中ではお高めだよ!」

「そういうことじゃないから!」

あーだこーだ言いながら、私達は、夜景の見える素敵なお店を選んだ。

そこは大きなガラスが一面にはられていて、みなとみらいの夜景を一望できる。モブはスッと自分がその景色と背中越しになるように座り、私に夜景を楽しめる側の席に座るよう促してくれる。え、何でこういうさり気ない立ち振る舞いは完璧にできちゃうの!?

「いいの?私、こっちの席で。モブ、全然景色見られないよ」

「いいのいいの!今日は僕の働いてる職場見てもらったんだし、忙しいのにお休み僕に合わせてくれたんだから!せっかくだからそのお礼!」

「そっか。ありがと!」

今日、何回この子に意表を突かれたか。

きっとこの子と過ごす毎日は、とっても刺激的なんだろうなって、想像が膨らんじゃう。

この子を…ほんとに諦めるべきなのかな…。

でもお父さん、モブくんのこと許してないだろうな。

ほたるを取り戻すためとは言っても、ほたるのお父さんのビジネス計画に傷をつけたのは、私とモブが一緒に味わった辛さだった。

だったらきっと。信頼できる人を私にマッチさせたいはず。

ほたるっていう守りたい友情があったから私は守った。

でも、その分、別のなにかが認められないという溝は深まった。

だったらその溝を飛び越えていけばいい。

お父さんを説得すればいい。

私って…意気地なしだ…。

「上崎さん、大丈夫…?」

「え…!?いや?全然平気だよ!」

来週のことを考えてると、また顔は沈んでる。

「ホントにー?今日、ちょくちょく上崎さん、深刻そうな顔してため息ついてる。疲れてるの?無理しないで帰る?」

「そうー?ピンピンしてるよ!」

疑いの目で彼は眺めてくる。心の本音は見抜かれてないだろうけど、明らかに何かで動揺してるんじゃないかってことは伝わってると思う。

二人で、美味しいステーキを食べながら、ちらっと景色に目をやった。

「うわぁぁ…」

思わず声が出るほどに観覧車が綺麗だった。『ダイヤと花の大観覧車』は、葛西臨海公園にあるから何回か行ったことがあるけど、この観覧車も観光地にしっかりと煌めいていて、カラフルで、とても幻想的だった。

「綺麗…」

改めて声にした私の言葉に彼は反応してほんのり笑ってくれた。

「そうそう。僕は上崎さんのその顔が見たかったんだ」

「え!?」

「上崎さん。やっぱり笑うと素敵だね!」

突然言われて顔が真っ赤になった。

ゆっくりと流れていく観覧車が、色を変えながら、モブを照らしていて、私の胸の高鳴りはとまらなかった。

「ねぇ、モブ」

「どしたの?」

こてと首を傾げた。あどけない顔で。

本気になるって決めたのにな。胸の内に仕舞うことにしちゃうのか。ひかりちゃんにカッコつかないや。

どうせ叶わないんだったら。この想いを伝えたら後々トラブルになるんだったら。

この想いを隠してでも、あと少しだけ、一緒にいよう。


「一緒に、観覧車乗ろ!」




✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽✽





順番待ちが終わって、観覧車『コスモクロック』に乗り込む。

ぐらぐらと揺れながら、機体は上へと動いていく。

「ひぃぃぃ!怖い!落ちる!」

「大丈夫だって。ほんとモブったら怖がりさんなんだから!」

「上崎さんスゴすぎ!こんなの耐えられないよ!」

モブは悲鳴を上げながら、機内にある手すりみたいなものに捕まってる。

よーし、写真撮っちゃお。

「えい!」

「ちょっと上崎さん!撮らないで!」

「充くんに送っちゃおー!」

「充くんに送ったらバカにされちゃう!」

「えー、じゃあスターくんにしようかなー?」

「スターくんに送ったらもっとバカにされる!」

そんなやり取りを最初の5分くらいずっとして、少しずつ機体はぐらぐらしながら上っていく。


前へ進んでいるように見えて。

最終的には元の位置に戻る。


きっと、私の思いは、この二人きりの空間の魔法が解けて、元の乗り場に到着したときに終わる。

それが心の底から怖くて寂しくて、かえって明るく振る舞った。

「ほらほら、もうすぐ頂上だよー?」

「怖いよぉ!上崎さん意地悪だよぉ!僕もう無理だよぉ!」


ほぼ半泣きの彼を見るのがおかしくて。


景色に目をやれば、最近できたらしいゴンドラが光っていて。


ランドマークタワーは優しげな灯りを灯していて。


インターコンチネンタルホテルはとってもオシャレでロマンチックで。


真下のコスモワールドは、みんな楽しそうにジェットコースターに乗っていて。


目の前の彼はやっぱり変わらず怖がっていて。


彼は、怖くなって私の手を掴んで。


私達を乗せた機体はてっぺんまで来て。



彼が怖がって私の手を引き寄せて。


そのまま私は彼へと身を委ねて。



ギュッと彼を抱きしめて耳元へ伝えた。










「好き。」









つづく。

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