告白の断り方
「なあ、オレ腹減ったんだけど、どっか寄ってかない?」
一海は悪友たちをラーメン屋に誘うような軽さで訊いた。
「あ、私、お昼持ってきちゃってて……だから……」
お断りのつもりで口にした美羽の言葉はなぜか一海を喜ばせた。
「じゃ、オレ、何か買ってくる。駅横の公園で食べよ?」
会長は美羽の返事も聞かず、通りの先に見えていたコンビニに向けて駆けていってしまった。
公園に一本だけあるソメイヨシノはもう散り、その代わりに、ポセイドンの三叉戟を思わせる赤い枝のハナミズキに花が開いていた。
近くのベンチに、美羽は座った。
春の日差しが思ったより暑い。戻ってきた一海はブレザーを脱いで腰掛けた。
美羽はお弁当箱を開く。もし作業が長引くようだったら必要かも、と用意した小さなおむすびが四つ並んでいるだけだ。
一海はコンビニ弁当。
美羽が食べ終わるころ、一海はレジ袋の中身を空け始めた。
紅茶と緑茶、小さなアップルパイ、モンブラン、白玉クリームぜんざい、ティラミスにみるくプリン。
人気コンビニスイーツのオンパレードだ。
「お世話になったお返し。好きなの食べて?」
美羽は目を丸くした。『恩返しイベント』だったらしい。
「食べてくれないと、いくらオレでも完食はムリ」
会長は優し気に微笑む。
一般女子は会長を、凛々しい、クール、カッコいいというけれど、美羽は思いのほか表情豊かで気配りのできる人だと知っている。
強引とか押しつけがましいとか思えればよかったのだが、美羽の健康的な胃袋は、デザートは別腹、「いや~ん、食べた~い」と思ってしまっていた。
まんまと会長の思惑に乗せられた。
紅茶とぜんざいという組み合わせを手にした美羽に、みるくプリンを食べ始めた一海が尋ねる。
「青井は大学、行かないのか?」
「うん、専学。早くから決めてたから、それで先生に生徒会押し付けられた……」
「偉いな」
「何が?」
美羽は困惑した。
私立進学校に入学しておいて、1年過ぎる頃には大学には行かないと決めた。それを褒められたことなど今までに一度もない。
「やりたいことがわかってるってことだろ? 何系の専門学校?」
「服飾……」
モードとかファッションとかいう言葉は恥ずかし過ぎる。
隣にいるモデルでもできそうな男は、
「ファッションデザイナーになりたいとか?」
と結構突っ込んで訊いてきた。
美羽は首を横に振った。
「ううん。パタンナーがいい」
「それ、何する人?」
一海には初耳の職業らしい。
「型紙作る人。デザイナーでもパターン引けたほうがいいけど、最悪、こんな服が欲しいってデザイン画だけ描ければいいのね。それを実際に服にするためには、こんな形の布とこんなのをこう縫い合わせないとダメですよって」
「服の設計図作る人か?」
「ま、そんなもんかな……」
美羽は母親が手作りしてくれる服の着心地良さを知っている。
既成の型紙から補正して作ってくれるのだけれど、よく「パターンが悪い、何このカット! シルエット出せてないじゃない!」と悪態を吐いている。
美羽は会長にもう少し説明を加えようと思った。
「女の子ってね、決まったサイズの服に自分を合わせようとして悲しくなったりするのよ。みんなそれぞれでいいのに。ちっぱいを大きく見せたい人もいれば見事なのを隠したい人もいる。周期によっては下半身デブになる日もあるし……」
「それ以上言うな……」
隣でイケメンは耳を赤くして固まっていた。
「ご、ごめん」
美羽は口を押えて俯いた。男の子に言うことじゃなかった。
「もう一つ何か食べろ」
静かに発音された語気に押されて美羽はモンブランを手にする。一海はアップルパイを選んだ。
「その学校、どこにあるんだ?」
「東京に出ようと思ってる……」
「東京か、そりゃあいい」
「どうして?」
「大学が数限りなくある」
モンブランに付いてきたプラスチックのスプーンを咥えた美羽の頭の上には、クエスチョンマークが並んだ。
一海は一度手に取ったアップルパイを開けずにベンチの上に戻すと、体を心持ち美羽のほうにずらす。
「オレは自分が何になりたいのかわかっていない。どこの大学に行きたいのかも選べないでいる。1学期中には決めたいと思ってるんだが」
「それは偏差値が良すぎて選択肢があり過ぎるせい……」
「でも今、東京にある大学にするって決めた……」
「そ、それってどういう意味……?」
「オレを見ていてくれないか? 1年間支えてくれたように、これからも」
美羽の顔はハナミズキの花よりも熟れたピンクに染まった。
「自分でもどんな男になれるのかわからない。医者になるのか弁護士になるのかって周囲には言われるが、自分の心に響かない。ひとつだけわかっていることは、青井、おまえが好きだ……」
美羽は「告白……?! 呑気にお菓子につられてる場合じゃなかった……想像もつかなかった、だって……」とぼうっとする頭を何とか巡らせた。
「会長、副会長と付き合ってるって……」
「それはただの噂だ。塾の授業重なってるのが多くて家も近いし、遅くなる時は送ることにしてただけで……」
「でも莉奈って名前呼び……」
「アイツが『佐藤さんなんてありきたり過ぎて私に似合わない、莉奈って呼んで』って言いやがって。渡辺だって珍しい名前じゃないから気持ちはわかるし」
美羽は、食べかけのモンブランのカップを握りしめていたことに気づいてベンチに下ろした。そしてあの言葉を言わなくてはときゅっと両こぶしに力を入れる。
小六で初めて告られた時驚いて一言も返せず、その男子に「怖い顔で睨むことないだろっ!」と怒鳴られ走り去られた。
家へ帰って母親の前で泣き崩れ、母は口下手な娘に「これだけ言えるようになりなさい」と時間稼ぎの言葉を授けたのだ。
それ以来告られるたびに口にしてきた、美羽の伝家の宝刀。
「好きとか付き合うってこと自体が、私にはよくわからない……」
「ああ、全く意識されてないことは自覚してる。嫌われてるのかどうかがわからない」
美羽がおそるおそる見上げると、会長は見たことないほど真剣に、少し寂しそうに見つめていた。