表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

そこには恋のこの字もなくて

本文中に画像が出ます。不要のかたは、お手数ですが画像を非表示に切り替えてください。


 青井美羽(あおいみう)脚立(きゃたつ)を支えていた。高校生が学校ですることにしては、ちょっと珍しい。

 5段の高いところから、生徒会長が伸びあがっている。

 すらりと長い脚。横に広げられた両腕。均整が取れすぎていて、教会に掲げられた十字架を裏返したように見える。


「背中、デカっ……」


 美羽は眩しいワイシャツに見惚れながらつぶやいていた。

 全校女子生徒の憧れの的の生徒会長と、がらんとした講堂でふたりきり。


 彼氏持ち女子でも「目の保養」と言い訳してつい眺めてしまう会長、渡辺一海(わたなべいちか)

 だが、言い直そう、憧れているのは恐らく美羽以外の女子生徒全員だ。



 生徒会長は講堂の緞帳(どんちょう)に、在校生からの「新入生歓迎の言葉」をぶら下げようとしていた。

 明日は入学式だから。

 掛け軸は毎年恒例で、3学期に文言を募集、書道部が毛筆をふるい、春休み中に表装されている。


 ちょっと前まで「もっと右」「左肩下がりになった」とか、ステージ下から指示を出していた副会長・佐藤莉奈(さとうりな)は、「じゃ、後はよろしくね」と先に帰ってしまった。


「莉奈は最後の最後まで、勝手だな」

 美羽の頭の上から、明るめのバリトン・ボイスが降ってくる。会長の機嫌は悪くなさそうだ。


 この入学式準備で生徒会役員の任期は終わる。

 午前中あった始業式の最後に壇上に上がり、会長が退任の挨拶、美羽も頭を下げた。

 高3になってしまったというちょっとした焦りの気持ちとともに。


 クラスの顔合わせやHRの後、作業がずれ込んで午後1時。

 はしご下で美羽はあらぬことを考えていた。

「背中、白いから大きく見えるのかな……? お父さん、普段白着ないから……」


 ブレザーを脱いで頭上にいる会長は、身長180センチ越え、肩幅もある。

 雑用を率先してこなすデキる男に見惚れたならいい。

 美羽の場合は……。


「ヨーク、あのヨークのせいだね。逆三に見える。2枚合わせでしっかりした接着芯入り、あ、生地が厚いのか、オックスフォードかな、それにしてはしなやかに体包んでる……」


 シャツに惚れたらしい。


「何ぶつぶつ言ってんだ?」

 降りてきた声と同時に、脚立が見えていたはずの美羽の視界は、その真っ白なシャツに遮られていた。


「うそ、これ、ロイヤルオックス……?」

 美羽は渡辺一海の腕の中に納まるかのように、ぐっと上半身を寄せた。


「おい、そんなに近づくと抱きしめるぞ?」

「ほぇ?」


「自覚、なしかよ……」

 全校きってのイケメンだと言われる顔が、20センチ身長差の向こうから困ったように笑いかけていた。


「はしご片付けてくるから待ってろ。駅まで送るよ」

「いいよ、こんな真っ昼間に……」

 美羽は慌てて断ってはみたものの、イケメンは譲りそうにない。


「会長が生徒会長でなくなれば、もう話すチャンスもない……今日は莉奈さんとは別行動みたいだし、駅までくらいなら借りてもいいか」


 一海(いちか)は副会長の佐藤莉奈と付き合っていると専らの噂だ。才色兼備のお似合いカップル、英語の成績ではいつもトップ争いをしているらしい。

 会長の凄いところは理系文系問わず成績がよく、高2最後の模試では全国レベルだったとか。


「余裕なんだろな、人生何でも……」

 数学にどんどんついていけなくなっている美羽はため息を吐いた。


 壇上に無造作に投げてあった会長の制服が美羽の目につく。

 埃をかぶっていた。

 ステージは他の生徒会役員、総務と会計の子たちが掃除済み。なら、緞帳から落ちてきた汚れだろうか?


 美羽はエチケットブラシを鞄に入れてなかったことを思い出し、大きなブレザーを左手にぶら下げ、エンブレムの辺りを右手の甲でパシパシとはたいた。


「痛ぇ、そんなに叩くと痛いんだが?」

 会長は、ステージのソデから戻ってくると胸元を押さえた。もちろん、美羽がはたいていたのは制服の胸辺りで、会長が押さえたのはワイシャツの。

 身を捩って痛がる一海の姿に美羽は吹き出して笑った。相手も笑っている。


 生徒会役員の任期は一年近くあったのに、書記の美羽は会長と雑談した記憶はあまりない。

 打ち合わせ中は議事録を取っていたし、イベント前となると誰に言われるともなく、必要だと思われる下準備を始めていた。


『裁縫オタク』『前世はお針子』と友人に言われるだけあって、美羽は段取り立てて物事に当たる性格。

 しつけがズレればどれ程うまくミシンをかけても出来上がりは悲惨だと身に沁みている。


 まず何をしなくちゃならないか考えた美羽が動き始め、それを会長たちが手伝う、といった作業パターンでこの役員任期を乗り切ったといってもいい。


「最後まで、ありがとな?」

 会長に面と向かってお礼を言われた。

「それはお互い様で……」


「いや、オレや莉奈は立候補して役員になったが、青井は違うだろう? 書記は先生に頼まれてだって」


 赤面しそうになってうつむいたまま、美羽はブレザーを持ち主に向かって突き出した。袖を通す音がしている。


 例年、生徒会会長選挙に勝った者が会長、次点が副会長。それ以外は自薦、他薦、内申書狙いだったり、美羽のように先生に懇願されたりして役員組織はできあがる。

 会長と書記の立場はとことん違う。


 数分後、最寄り駅に向かってふたり歩いていた。


山之上 舞花さまが、生徒会副会長佐藤莉奈視点の二次創作サイドストーリーを書いてくださいました。

下のバナーから飛べますので、是非ご覧になってください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あぁ、そうですよ。 これ、途中にやたらと、シャツの描写が出てくるじゃないですか。 オックスフォード、ロイヤルオックス……。 ここで気が付くべきだったのです! 後から読みなおしてみて、今更な…
[一言] (反省文)予想を見事に外したので、真っ白な頭と心で陸ワールドについて学び直します。
[一言] 甘酸っぺえ~( ˘ω˘ ) こんな青春が送りたかった( ˘ω˘ )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ