仲直りさせてやろう!
「魔族め……! 殺してやる!」
「くすくす。やれるもんならやってみなよ!」
記念すべき初登校から一夜明け。
我が輩は第二回目の登校を果たした。
我が輩が教室の扉を開くと、コレールとボースハイトが睨み合っていた。
二人は今日も懲りずに喧嘩をしているらしい。
だが、昨日と違うことがある。
コレールが包帯だらけであることだ。
「何があったのだ?」
二人の喧嘩を見ていたであろうグロルに尋ねる。
グロルは祈るように手を組んで、二人の喧嘩が終わるのを待っているようだった。
「戦士寮に魔法使いが襲撃したそうです」
勇者学院ブレイヴは全寮制の学校だ。
寮は戦士寮、魔法使い寮、僧侶寮にわかれていて、三つの科が統合された今もそれは変わっていない。
そして、我が輩は思い出した。
我が輩を入学させるために入学志願者全員を学院に入学させたことを。
当然、新入生の数に対して寮の部屋の数が全く足りず、新入生は寮から溢れることとなった。
溢れた新入生達は自宅から通うことを余儀なくされ、それが出来ない者は入学を辞退するしかなかった。
ちなみに、我が輩も溢れた者の一人。
勇者学院と魔王城の距離はかなり遠いが、転移魔法を使えば一瞬で到着するので問題はない。
故に、我が輩は昨日、寮で起きた出来事を何も知らなかった。
「襲撃した魔法使いがボースハイト様ではないかと、コレール様がおっしゃって……。ああ、なんて嘆かわしいことでしょう……」
グロルはそう言って心を痛めている演技をした。
そうしている間にも、二人の言い合いは続いている。
「なんで僕がやったって決めつけるの? 僕がそんな酷いことする人間だとでも? 傷ついたな。ああ、凄く傷ついた」
「ぬ、抜かせよ。闇討ちなんて、お前が、一番やりそうなことだ。悪名高い魔法使い!」
コレールはボースハイトをびっと指差した。
「お、俺達を襲った奴は、詠唱せずに魔法を使ってた。お、お前は昨日、授業で、無詠唱魔法を習ったそうじゃないか!」
「魔法使いみんな習ったけど? それだけで犯人扱いはないんじゃない?」
「も、もう一つある。氷魔法を、使ってきた。昨日お前が、俺に使った魔法だ。間違いない!」
ほんの一瞬、ボースハイトは面倒臭そうな顔をした。
しかし、直ぐにいつも通りのにやけ顔に戻る。
「そうだよ。僕がやった。全部、僕の仕業だよ」
「やっぱり……!」
「無詠唱魔法を使ったときのお前達の顔。傑作だったよ。今まで散々魔法使いを馬鹿にして、お前達はさぞ良い気分だったろうねえ? でも、これからは違う」
ボースハイトはコレールに勢いよく顔を近づける。
それにコレールが少しだけ怯んだ。
「ねえ、どんな気分? 詠唱中に楽々倒せた奴に、倒される気分はさあ?」
ボースハイトは不気味に笑う。
コレールは奥歯をギッと噛み締めて、ボースハイトの目を睨みつける。
力では勝てなくとも心は負けないというコレールの意思表示だろう。
「全く、昨日も今日も小競り合いをして飽きない奴らだ」
我が輩はそう言って、二人に歩み寄る。
ボースハイトがそれに気づいてこちらを見た。
「何、お前。止めに来たの? 聖人ぶっちゃってさあ? 邪魔するなよ」
「貴様の邪魔する気はない。ただ……発端が、自分は無関係だって顔しているのが許せないだけだ」
「何が言いたいの?」
「貴様もわかっているだろう。《《何故犯人をかばう》》?」
ボースハイトは舌打ちをして、視線を逸らした。
「僕が他人をかばう? 冗談じゃない。金積まれてもしないよ。馬鹿馬鹿しい」
「では、何故?」
我が輩は首を傾げて尋ねる。
ボースハイトは頭を掻き、長いため息をついた。
「こいつらとって、僕が犯人かそうじゃないかはどうでも良いんだよ。犯人が一番似合う奴に犯人になって貰えればそれで良いの。似合わない奴が犯人だと困るから」
「犯人かそうじゃないかがどうでも良いだと? 人間は正しいことが好きなはずだ。正しい犯人を知りたくはないのか?」
「ちょ、ちょっと待て」
コレールが我が輩達の間に慌てて割って入る。
「ど、どういうことだ。お、俺を襲ったのは、ボースハイトじゃないのか?」
「ああ。貴様を襲った犯人はボースハイトではない」
《思考傍受》をすれば直ぐにわかる。
つまり、《思考傍受》が使えるボースハイトにも犯人がわかっているはずだ。
なのに、何も言わずに罪を被った。
それは何故かと我が輩は尋ねているんだが……。
「犯人は僕だけど?」
ボースハイトはニッコリと微笑む。
自分の口から犯人を言うつもりはないらしい。
仕方あるまい。
我が輩は犯人の元へ行き、犯人の首根っこを掴む。
抵抗する犯人をずるずると引きずって、コレールの前に放り出した。
「こいつが犯人だ」
犯人の顔を見てコレールは目を見開き、首を横に振った。
「そ、そんなはずはない。か、彼は僧侶だ。そ、僧侶は無詠唱を、習ってない」
「我が輩が教えた。──なあ、グロル」
コレール達を襲った犯人──グロルは涼しい顔で言う。
「何のことでしょう」
「よくも恥ずかしげもなく言えたものだ、この悪辣が」
コレールが口を挟む。
「そ、そうだ。僧侶が、魔族に教えを受けるはずがない」
「そうだろうか? 有用であれば使うだろう。貴様は魔族が言葉や火を使っていたら使わぬのか?」
「で、でも……」
コレールは自分の足を見た。
その足は昨日、ボースハイトに凍らされ、グロルに癒して貰った足だ。
……なるほど。
ボースハイトが言っていたのはこういうことか。
『犯人が似合わない奴が、犯人だと困る』……。
コレールは昨日、グロルに足を癒して貰ったことに、少なからず恩を感じていたらしい。
だから、グロルが犯人だと信じたくない。
「り、理由が、ない。俺達を襲う理由」
「理由ならある。昨日、グロルの手を振り払ったろう」
コレールの足が凍らされたのをグロルが治そうと手を翳したとき、コレールは一度、グロルの手を振り払った。
善意を無碍にされた《《恨み》》をグロルは忘れていない。
グロルにとって、昨日は恨みを晴らす絶好のチャンスだった。
無詠唱魔法でコレールを襲えば、前日に無詠唱魔法を習った且つ、コレールと衝突していたボースハイトのせいに出来る。
無詠唱魔法を習っていないはずで、コレールを気遣ってみせたグロルが疑われることはない。
グロルはそれをわかっていて、しらを切り通せると踏んでいたのだろう──我が輩が引き摺り出すまでは。
「そ、それだけで?」
「くすくす! 散々魔族扱いしておいて恨まれてないとでも思ってるの? 冗談でしょ」
コレールは苦い顔をして俯き、何も言わなくなってしまった。
我が輩はやれやれと首を横に振った。
「ここまで我が輩がお膳立てしてやったのだ。謝るが良い」
コレールはグロルの手を払ったことと、ボースハイトを犯人と決めつけたことを。
ボースハイトはグロルが犯人だと知っていたのに何も言わなかったことを。
グロルはコレール達を襲ったこと、それをボースハイトになすりつけようとしたことを。
「仲良くするのはそれからだ」
「仲良く? もう無理だろ。お前はさあ、なんでそんなに仲良くしたい訳?」
「魔王を討つという同じ目的を持つ同士なのだ。これ以上の仲良くする理由はなかろう」
そう言うと、三人は目をぱちくりさせて目を見合わせた。
そして、ふいっと目を逸らした。
「だ、誰が魔族なんかと……」
「魔族を扱いする輩なんかと……」
「穢れた者達なんかと……」
我が輩はただただ呆れるしかなかった。
結局、誰一人として謝ることはなく、今日の授業が始まった。