詠唱癖を直してやろう!
朝のホームルームを終えた。
次の授業開始前、我が輩はバレットを廊下へと呼び出した。
「我が輩を生徒として学校に入れたのに自分は教師として入るなんてズルいぞ、バレット」
呼び出して早々にそう文句を垂れる。
それに対してバレットはあっけらかんと答えた。
「魔王様は教員免許を持ってないでしょう」
「いつの間に教員免許なんか取ったのだ。我が輩は聞いてないぞ」
「言ってませんからな」
バレットは「何か問題でも?」と言うように首を傾げた。
問題多ありだ。
我が輩の配下ならば、我が輩への報告、連絡、相談は徹底しろ。
「ということで、魔王様のことはこれからウィナくんと呼ばせて頂きますな」
「当然だ。呼び方で魔王だとバレては元も子もない」
「そして、私のことはバレット先生とお呼び下さいな」
「バレット」
「あれれ? 話聞いてなかったですかな?」
話は聞いていたとも。
その上で無視をしたのだ。
「我が輩がバレットを先生と呼ばなくとも、我が輩が魔王だとバレる心配は何処にもあるまい。バレットが我が輩に先生と呼ばせたいだけだろう」
「バレましたか」
バレットは「てへ」と舌を出し、戯けて見せる。
「そろそろ授業が始まります。ウィナくんも授業に遅れないようにするのですな」
「ほほう。教師っぽいセリフだな」
「教師ですからな」
「では、我が輩は生徒っぽく、教師の言うことに従うことにしよう」
我が輩とバレットは反対方向に歩き出し、各々の授業へと向かった。
□
次の授業は校庭で行われる。
そう聞いていたのだが、校庭には防具を着た者達だけが集まっていた。
魔法使いの帽子と僧侶の法衣が一切見当たらない。
始めての授業からボイコットだろうか。
仲が悪いからってそこまでするのか?
「お、おい」
コレールがおどおどしながら話しかけてきた。
「ま、魔族が、戦士の授業を、受けに来るなよ」
「校庭で授業だと聞いたんだが」
「こ、校庭は、戦士が使うんだ。ま、魔法使いは、演習場で授業だ。そっちに行け」
「なんと、職業で授業をする場所が分かれているのか」
バレットめ、ちゃんと説明しておけ。
「朝のホームルームのときに説明しましたな」とバレットの声で空耳が聞こえてきたが、我が輩が聞いてないと言ったら聞いていないのだ。
「情報提供感謝する、コレールよ」
我が輩が言い終わる前に、コレールはそっぽを向いて離れて行った。
やれやれ、と我が輩は首を振り、演習場へと向かった。
□
演習場につくと、既に授業が始まっていた。
生徒達は立てられた的に向かって火や水の魔法を放っている。
どうやら的当ての練習をしているらしい。
どれ、我が輩も指導してやろう。
「貴方は今生徒ですよ」と再びバレットの声の空耳が聞こえてきたが、知らないふりをした。
「……《水の精霊達よ、天を見上げ、我と結びを交わせ》──《氷柱》」
ボースハイトの放った《氷柱》が的の真ん中を射貫く。
ボースハイトとは入学試験のときに名乗り合った仲だ。
これも何かの縁だろう。
最初に指導するのはこいつに決めた。
「命中したな」
我が輩はパチパチと拍手して、ボースハイトに歩み寄る。
「別に。それくらい普通でしょ」
「そうか? 他の者は結構外している」
我が輩は隣にいる生徒をちらりと見る。
その生徒が放った火は的から外れ、奥の壁に当たった。
「ほらな?」とボースハイトを見やると、ボースハイトはフンッと鼻を鳴らした。
「そいつらと同じにしないでよ」
そもそも、動いていない的への命中率は当てにならない。
しかし、動いてない的に当たらないのは話にならない。
ボースハイトは他の人間と比べて魔法のセンスがありそうだ。
まあ、いくら命中率が高くても、詠唱中に攻撃されたら当たるも何もない。
まずはそこから教えていこう。
「ボースハイト、教室でコレールと小競り合いをしたろう」
「そんなこともあったかな」
「あのとき、どうしたらコレールのタックルを受けずに済んだと思う?」
「は? そりゃ……防御魔法をかけておくとか?」
「もっと簡単な方法がある」
我が輩は人差し指を立てる。
「詠唱しないで魔法を使うのだ」
どうだ?
今の人間の常識からは考えつかない、目から鱗な発想であろう?
そう思った我が輩の期待虚しく、ボースハイトは呆れた顔をした。
「……馬鹿? 魔法を使うには詠唱しないといけない。馬鹿なの?」
「いやいや」
我が輩は首を横に振る。
「本来、魔法の発動に詠唱など必要ない。ほれ、魔族は詠唱せずに魔法を使うだろう」
「しないけど。人間と魔族は違う」
「それはそうなんだが……」
元々、人間が使う魔法は魔族の使う魔法を人間が使いやすいように手を加えたものである。
そうしたのは人間が我が輩と渡り合えるようにするためであるから、使いにくくなるようにはしてない。
ましてや、詠唱が必要になるようには。
でも、これを言ったら魔王だと明かすようなもの。
なんと言ったら詠唱が必要ないと理解して貰えるのだろうか?
「まあ、騙されたと思ってやってみよ」
考えるよりやらせた方が早いな。
あとで何か聞かれたら適当にはぐらかそう。
ボースハイトは不服そうな顔をして、手を前に出す。
そして、すう、と大きく息を吸った。
「おい、こら。言ってる傍から」
我が輩は手でボースハイトの口を塞いだ。
「声を出そうとするな」
「つい癖で」
まずは、詠唱癖を矯正する必要がありそうだ。
我が輩はパッと口から手を離す。
「どれ、我が輩が介助してやろう」
我が輩は両手をボースハイトの肩に添えた。
「良いか、ボースハイトよ。魔法発動に必要なものは詠唱ではなく魔力の流れだ。魔力の流れを覚えろ。口は開くなよ」
ボースハイトは言われた通りにムッと口を噤んだ。
「良い子だ」
我が輩は肩に触れている手からボースハイトの魔力の流れを掴む。
そして、魔力を誘導してやる。
「ん……? な、何これ」
「口を開くなと言ってる」
「いや、ちょ、待っ──」
ボースハイトの手から《氷柱》の魔法が放たれる。
放たれた氷柱は的から大きく外れ、空に向かって飛んでいった。
「ふはは。生意気言った割に貴様もノーコンではないか」
そう言ってボースハイトの顔を見る。
言い訳の一つや二つするかと思ったが、ボースハイトは左右の違う色の目を見開き、口をポカンと開けて呆けていた。
「本当に……無詠唱で……」
無詠唱で魔法を使えたことに驚いているらしい。
その反応は無詠唱を言い出したときにして欲しかったものだ。
「今の感覚を忘れるなよ。あとは自分で反復練習をしろ。我が輩は他の者にも教えてくるからな」
「待って」
ボースハイトは開いた口を閉じ、悪いことを思いついたような、いやらしい笑いを浮かべた。
「……ねえ、ウィナ。今の無詠唱魔法の感覚、魔法使いの先生に教えたらどう? そしたら、ウィナが他の人にも教える手間が省けるよ?」
天才的な発想だった。
確かに、教える立場にある人間に教えたら、我が輩の手間が省ける且つ効率も上がる。
「良いこと言うではないか、ボースハイト。今から行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ボースハイトに見送られ、我が輩はルンルンで教師の元へと走り出した。
「……くすくす。ありがとうね、ウィナ」
ボースハイトがそう呟いているのが微かに聞こえた。