仲良くしてやろう!
勇者学院ブレイヴ、入学初日。
我が輩は下ろし立ての制服に袖を通し、勇者学院の廊下を闊歩する。
人間共の服装は三種類に分けられていた。
制服の上に防具を着た者。
とんがり帽子を被り、制服の上に黒いローブを羽織った者。
法衣を着た者。
どの科を受けたか、一目でわかる。
防具を着た者は戦士科。
とんがり帽子とローブを身につけた者は魔法科。
法衣を着た者は僧侶科。
そうに違いない。
我が輩は制服の上にそれらを羽織るつもりはない。
ふと、配下のバレットのことを思い出す。
バレットは我が輩のサポートするため、この学院に潜入しているらしい。
一体、どの科を受けた設定なのだろうか。
おそらく今も、我が輩の近くにいるのだろうが、全く見当たらない。
まあ、良い。
その内、バレットの方からコンタクトを取ってくるだろう。
考えている内に、我が輩は目的地の前に到着した。
我が輩の所属するクラスの教室だ。
我が輩は教室の扉に手をかけ、勢いよく開ける。
最初は挨拶から。
「おはよう! これからこの我が輩が貴様らのクラスメイトだ。存分に仲良くしてやろう。光栄に思え。ふははははは!」
明るく爽やかな笑顔で、教室に響き渡るように言ってやった。
お近づきの印に《全回復》と《状態異常回復》の魔法も放っておいた。
何か文献でも、『人間の輪の中に入る際は、回復魔法を放てば好印象』と書いてあったため、掴みはこれでばっちりだろう。
そう思っていたのだが、我が輩は教室中の人間に睨まれていた。
一体、何故。
「な、仲良く? 仲良くなんて、出来る訳ないだろ。ま、魔族、なんかと」
席に着いていた眼鏡の男が、立ち上がりながら言った。
「おお。コレールではないか!」
その男は戦士科の入学試験のときに出会ったコレールだった。
我が輩は知り合いと会えたことに舞い上がって、コレールに近づく。
「同じクラスか! よろしくしてやろう!」
「ま、魔族と、話す気はない……!」
コレールに顔ごと目を逸らされた。
そんなに嫌がらなくても良いじゃないか。
戦士科の入学試験を一緒に受けた仲だろう?
「えー。そんな言い方酷くない?」
ボースハイトが教室の端でくすくす笑っている。
端は端でも天井の端。
《飛行》の魔法で宙に浮き、天井に張り付いていた。
「教室内の悪い空気を変えようとしてくれてるんだよ? ね、ウィナちゃん」
悪い空気……?
教室内を見渡すと、人間共が三つのグループに分かれているのに気付いた。
防具を着たグループ、とんがり帽子を被ったグループ、法衣を着たグループ……。
それぞれ、戦士科、魔法科、僧侶科に入る予定だった者達のグループだ。
三つのグループはまるでそこに溝があるかのように距離が開いている。
僧侶科のグループにグロルの姿が見えた。
「グロルも同じクラスか。これからよろしくな」
「穢れた身で気安く話しかけないで下さいませ」
グロルはそう冷たく言い放つ。
初めて出会ったときは親しげに話しかけてきたのに……。
グロルは「周り見ろ。話しかけるな」という目で我が輩を睨みつけた。
ああ、そうだった。
グロルは信心深い僧侶のフリをしているんだった。
周りの目がある今、入学試験でフラットリー教の教えを否定した我が輩とは、親しげに話せないのだ。
「全く、自分が魔法を使えないからって僻むのは止めてよね」
「だ、誰が僻むか……! ま、魔族の力なんて、必要ない……!」
「お前達の傷を癒すのは何だと思ってるの? 魔法でしょ?」
「た、頼んでない」
我が輩そっちのけで、コレールとボースハイトは言い合いを始めていた。
「くすくす。僕、お前のこと知ってるよ。勇者タイレの子孫」
ボースハイトはゆっくりと床に降り立ち、歩いてコレールに近づく。
「ご先祖様が勇者だったなんて可哀想。勇者なのはご先祖様なのに、周囲の期待に応えて、自分も恐ろしい魔王に立ち向かわなきゃいけない」
コレールの顔が強ばった。
ボースハイトはニヤニヤと笑い、コレールの顔を舐めるように見つめた。
「本当は勇者になんかなりたくないのにね?」
ボースハイトは思考を読む魔法が使える。
勇者になりたくない──これはコレールの本心だ。
コレールは震える拳を強く握った。
「お、俺もお前のことを、知ってる。悪名高い魔法使い・ボースハイト」
「今そんなこと関係なくない? 僕は君の話をしてるんだよ」
「聞いてるぞ。何度も人間に、討伐されてるって。つまり、お前は、悪名だけが高い、弱い魔族なんだ」
「はあ? じゃあ、弱いか確かめてみなよ! 《水の精霊達よ、天を見上げ、我と──」
ボースハイトは詠唱とかいう長ったらしいセリフを言い始めた。
それとほぼ同時に、コレールは床を蹴った。
先手必勝、と言わんばかりのタックルがボースハイトの腹に綺麗に決まる。
ボースハイトは堪らずえずく。
「──はっ……我と結びを交わせ》……」
しかし、ボースハイトは詠唱を止めない。
想定外だったのか、コレールの動きが一瞬止まってしまった。
戦場ではその一瞬が命取りになる。
「《氷結》!」
ボースハイトの魔法が発動し、コレールの足下が一瞬で凍り付いた。
ボースハイトはすかさず後ずさり、コレールから距離を取った。
「げほっげほっ……くすくす。いい気味」
コレールは足を動かそうと身体を捩るが、凍り付いた足はびくともしない。
我が輩のように氷のブーツを作りたいなら、強化魔法を自身にかけなければならない。
が、コレールは魔法を使わないだろう。
「こ、この、魔族め……!」
コレールは唇を噛み締め、拳を震わせるしか出来ないようだった。
「コレール様!」
他の僧侶達をかき分け、グロルが前に出る、
グロルはコレールに駆け寄ってこう言った。
「今、癒します」
グロルが魔法を使うために患部へ手を翳す。
しかし、コレールがその手を払い除けた。
「ま、魔族の施しは、受けない……!」
グロルは払われた手を見つめて、目を潤ませた。
「なら、一生そのままだねえ。土下座するなら解いてあげなくもないよ。あっ、足凍ってるから土下座出来ないか! あはは! ……げほっ!」
ボースハイトは声を上げて笑うが、タックルのダメージが残っていたのか、直ぐに咳き込んだ。
「強がらないで下さいませ、コレール様」
グロルが再びコレールに手をかざす。
「《フラットリー様のご加護があらんことを》……」
グロルは詠唱なるものを呟き、コレールに《凍結回復》を使う。
みるみる内に足を固定していた氷が溶けていく。
「おお……。穢れた者にもグロル様は慈悲深い……」
僧侶グループからそういった言葉が口々に聞こえてくる。
グロルの本当の顔を知ってる我が輩には、『慈悲深いフラットリー教の信者』を演じるためのパフォーマンスにしか見えなかったが……。
僧侶共はこいつの被ってるケットシーに見事に騙されているようだ。
「よ、余計なことを……」
コレールは動かせるようになった足を摩った。
足が動くようになって安堵しているのが、表情からも読み取れる。
意地を張らずに感謝の言葉でもかけたら良いものを。
「ボースハイト様も癒します」
「僕を舐めるな」
ボースハイトがブツブツと詠唱らしきものを咳混じりに呟くと、ボースハイトの咳がピタリと止まった。
「《回復》くらい僕にも出来る。お前達の専売特許だと思うなよ」
「……そうですか。ええ。魔族にはいらぬ気遣いでしたね」
グロルはボースハイトに背を向けた。
ボースハイトも鼻を鳴らして顔を背ける。
戦士と魔法使いと僧侶は本当に仲が悪いらしい。
この調子では、人間が我が輩に勝つことなど出来やしない。
そう思ったとき、鐘の音が鳴った。
「なんだこの音は? 敵襲か?」
「いえ、予鈴ですな」
ガラリ、と教室の扉を開けた者から、そう言われる。
「ほら、皆さん、席に着いて下さいな」
その者はパンパンと手を叩き、着席を促す。
その話し方には聞き馴染みがあった。
バレットだ。
我が輩はそいつの姿を目で見た。
姿形こそ違うが、魔力は変わっていない。
そいつは高いヒールの靴をコツコツと鳴らしながら歩き、教壇に立った。
「初めまして。私はこのクラスの担任のバレットですな。今後ともよろしくですな」
そう言って、人間の女に扮したバレットは前髪を手で払った。
……学院に潜入するって、教師側だったのか。