仲間と一緒に戦ってやろう!
魔王城の玉座の間にて。
バレットは空になった玉座を見つめていた。
「逃げちゃったわねぇ……。あの人間達ぃ……」
メプリは柱の物陰から現れる。
「貴女が逃したんでしょう」
「言いがかりだわぁ……。あたしは何もしてないわよぉ……」
バレットは深いため息をついた。
「ええ。貴女は何もしなかった。生死を操る【生殺王】の貴女が、彼らの蘇生に気づかないはずありません。目を瞑ったとしか思えませんな」
「だったら、どうするつもりぃ……?」
「そうですな……」
メプリの周辺にだけ影が落とされる。
メプリが上を見ると、眼前にはゴーレムの巨体が迫っていた。
メプリは《転移》で逃れようとする。
しかし、いつの間にかかけられていた《封印》のせいで魔法は発動しなかった。
ぐしゃり、とメプリがその場で潰された。
「こうしましょう。【剿滅の魔王】の味方をする者は邪魔になりますからな」
バレットはメプリの遺体すら見ずに言う。
メプリにその声はもう聞こえていない。
メプリの遺体は光に変わり、空中へ霧散する。
「──メプリを手にかけるとはな」
一部始終を見ていた我が輩達は、バレットの前に姿を現した。
バレットに驚いた様子はない。
「四天王を手にかける者は必要ないのではなかったか?」
「ラウネンは魔王軍設立に大きく貢献しました。だから、特別だったのですな」
「ラウネンもメプリも死んだ。一人で我が輩を殺すつもりか? バレット──」
我が輩は笑う。
「否、こう呼ぶべきか──【始まりの王】クヴァール」
一介の魔族が、四天王のメプリをこんなにも簡単に殺せるはずがない。
それ以前から、違和感はあった。
バレットが我が輩の身の回りの世話をするようになってから、クヴァールは四天王の会議に欠席するようになっていた。
我が輩がラウネンを殺したことに憤慨しているようにも見えたのも、ラウネンと苦楽を共にしていたクヴァールだったのなら、説明がつく。
「……貴方が人間に手を貸すようになってから、貴方を魔王の座から退かせる方法を考えていました」
クヴァールはいつもと同じ、単調な話し方で言う。
「勇者を育てると言い出したとき、チャンスだと思いました。自分の育てた強い勇者と戦った後、貴方は少なからず消耗する。そこを狙えば、貴方を殺せるのではないかと」
クヴァールは肩を落として、続ける。
「まさか、こんなにも肩入れして、ラウネンを殺してしまうとは思いもしませんでしたな」
クヴァールは振り返る。
「貴方のような怪物を生み出すべきではなかった」
振り返った瞬間、擬態が解けて、真の姿を現す。
頭部には二本の角、腰のあたりから翼が生え、足部は蛇のようなものに変わる。
魔王の召使いでも、勇者学院の先生でもない、【始まりの王】クヴァールの姿だ。
「さあ、死にたがりの魔王よ。身も心も弱った貴方に何が出来るのか、見せて貰いましょうか」
「魔力はなくとも、心強い仲間がいるのでな」
我が輩の後ろには、コレール、ボースハイト、グロルが構えている。
バレットは彼らを鼻で笑った。
「ただの人間でしょう」
グロルが能力上昇魔法をかけるのと同時に、我が輩達は動き出した。
我が輩はまず、クヴァールに殴りかかった。
クヴァールは《転移》で避ける。
《転移》した先、ボースハイトが《吹雪》を放っていた。
《思考傍受》で《転移》先を読んだのだ。
「食らいな!」
クヴァールは尾で払って、《吹雪》を消し去った。
「この程度で良い気にならないことですな」
「ちぃっ! フラットリーになってた名残りで、魔法の威力は上がってるはずなのに……!」
初代魔王だっただけのことはある。
クヴァールは一筋縄ではいかない。
クヴァールはボースハイトを囲うように、複数隊のゴーレムを出現させた。
魔物を生み出す魔法《魔物創造》で創り出したものだ。
クヴァールはボースハイトに狙いを絞ったらしい。
ゴーレムの目は全てボースハイトに向き、飛びかかる。
ボースハイトは《防御》を使うが、それだけでは防ぎきれないだろう。
だが、問題ない。
ボースハイトには仲間がいるのだから。
ゴーレムがボースハイトを踏み潰し、その上に別のゴーレムが追い打ちをかける。
直ぐにゴーレムの残骸が積み上がり、山が出来上がった。
と思いきや、ゴーレムの山が一瞬で消えた。
見えたのはボースハイト、そして、コレールだった。
「生きてるか? ボース!」
「死んだかと思ったよ……。助かった」
ゴーレムに潰される直前、コレールがボースハイトに駆け寄り、ボースハイトをかばったのだ。
コレールの血管は輝いている。
タイレの血に宿った魔法の効果で軽傷で済んでいた。
心血を注いだ魔法は本当に素晴らしい。
コレールはクヴァールを睨みつけた。
「勝手に生み出され、苦痛を強いて、魔王にさせらされ、挙げ句の果てに、思い通りにならないからと捨てる……。怪物なのはそっちじゃないか!」
遠くにいたグロルがすかさずコレールの傷を癒した。
その最中、ボースハイトが先程《収納》したゴーレムの山をクヴァールの頭上に出現させる。
クヴァールは再び《転移》で避ける。
「取るに足らない人間達だと思っていましたが……」
「よく育っているだろう?」
クヴァールの背後で我が輩は誇らしげにそう言った。
驚いて振り返ったクヴァールの頬に一発食らわせた。
魔力のこもった強烈な一撃にクヴァールは目を見開いた。
「おかしいですな。魔力は残っていないはずでは?」
「《魔力回復》の存在を忘れたのか」
この魔法は体力を消費して魔力を回復する。
使い過ぎると危険な魔法だ。
いつだったか、グロルへ教えたことがある。
「グロルが身を削って、我が輩に魔力をくれたのだ」
クヴァールとの戦闘を始めてから、グロルは我が輩の魔力を回復させ続けていた。
「気づかなかっただろう? コレールとボースハイトが矢面に立ったのは、それに気づかせないためだ」
我が輩は笑う。
「魔力さえあれば、我が輩は誰にも負けない。そのように貴様が育てたのだからな」
我が輩はクヴァールの胴体に蹴りを入れた。
「くっ」
クヴァールは玉座になだれ込む。
奴は前にも後ろにも退けなくなった。
「私もいなくなれば、魔族達は人間共に淘汰されます。それは貴方も例外ではない」
クヴァールは恨みがましく言った。
「いずれ、貴方は人間に裏切られる。そのとき、私を殺したことを後悔するでしょう。人間を死滅させるべきだったと、自分を恨むでしょう」
「構わん。我が輩は我が輩のしたいようにするだけだ。我が輩は魔王! ……何にも縛られぬ」
我が輩は拳を振り上げた。
「眠れ、母なる王よ」




