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魔王自ら勇者を育成してやろう!  作者: フオツグ
第三部 決着をつけてやろう!
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捕食されてやろう!

 どれほどの時間が経っただろうか。

 我が輩は少し身を捩る。

 ぬめぬめとした感触を身体全体で感じた。

 これは何だろう。

 我が輩は自分の手を見る。

 手は溶けてドロドロの液体に変わっていた。

 我が輩は驚かなかった。

 なけなしの魔力で無意識に魔法を使ったんだろう。

 消えてしまいたい──そう願い、体を溶かす魔法を自分にかけた。

 我が輩は自らの意志で消えようとしている。

 ……ふと、何者かの気配を感じて、我が輩は顔を上げた。


「誰だ……?」


 洞窟を塞ぐ岩の隙間から、どろりと粘着質な液体が侵入してくる。

 我が輩はそれが何か知っていた。

 それはスライム──【最弱王】ルザだ。


「魔王様あ……」


 ルザが声を出した。


「ルザ……」


 我が輩は自嘲気味に笑う。


「笑いたければ笑え。最強と呼ばれた我が輩が、裏切られた程度で意気消沈している情けない姿を」

「笑いませんよお……」


 ルザは人間の姿に《擬態》した。

 白い色でぼさぼさの長髪。

 かさかさとした肌に、薄汚れた白いワンピースだけを着ている。

【最弱王】という名に相応しい、見窄らしく、弱々しい子供の姿だった。

 ルザは我が輩の前で両膝をつき、細腕で我が輩を抱き締めた。


「弱くて可哀想な魔王様。ルザがずっとお側にいますねえ。ルザは弱い者の味方ですう……」


 ルザの体にが我が輩の体が沈み込んでいる。

 スライムは敵を捕食して、力を得る。

 ルザは我が輩を捕食するつもりなのだ。

 最弱の魔物が、最強の魔王の力を得る。

 その後、ルザが何を為すつもりなのか、わからない。

 だが……。

 それも……それで良いか……。

 そう思って、目を閉じる。

 全てを受け入れよう。

 この世界に、我が輩の居場所などないのだから……。


「──本当にこの中にいるのかよ?──」


 岩の向こうから、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「──《思考傍受》で聞き取った感じでは、確かにこの向こうに──」

「──とりあえず、この岩を、壊せば良いんだよな?──」


 瞼を透す眩い光に驚いて、我が輩は目を開く。

 洞窟を塞いでいた岩に亀裂が次々と入り、洞窟に差す光の筋が増えていく。

 次の瞬間、積み上げられた岩は砕け、ガラガラと崩れていった。

 我が輩は久しぶりの太陽の光に、目を細める。


「──見つけた……ウィナ!」


 コレールの声が聞こえた。

 コレール、ボースハイト、グロルが我が輩の前に立っている。

 三人共、傷だらけで、服は土や血で汚れてボロボロだった。

 顔には疲労が見えつつも、目に光がある。


「貴様ら……どうして」


 いや、少し考えればわかることだ。


「我が輩を殺しに来たのか」

「んな訳ないだろ!」


 グロルが我が輩の腕を掴み、引っ張ろうとする。


「うわっ! なんでぬるぬるなんだよ!」

「それはルザが……あれ?」


 そういえば、ルザがいない。

 逃げたのか?

 流石、【逃走王】とも呼ばれるルザ。

 相変わらず、逃げる判断と逃げ足が速い。


「バレットや魔王軍はいないのか?」

「だから、殺しに来たんじゃねえんだって!」

「何故、殺さない? 我が輩は魔王だぞ。貴様ら人類の敵だ。殺せば良い」

「確かに、お前は魔王で、人類の敵かもしれない。でもな、それ以前に俺達は仲間だろう?」


 仲間……。

 我が輩にグロル達の仲間を名乗る資格はない。

 何故ならば──。


「我が輩は魔王だ。コレールの妹の命を奪った魔族と同じ」

「ウィナは、殺してないんだろ?」


 コレールがはっきりと言った。


「ボースの記憶を奪った魔族と同じだ」

「元凶はウィナじゃない」


 ボースハイトはさも当然のようにそう言った。


「我が輩は仲間で良いのか?」

「良いに決まってんだろ!」


 グロルが腕を引っ張って、我が輩を洞窟の外へと連れ出した。

 世界は酷く眩しかった。

 魔王軍にいた頃、我が輩の強大な力に恐れる者達ばかりだった。

 人間なんて呆気なく死ぬのだから、尚更、我が輩を恐れるはずなのだ。

 でも、こいつらは我が輩の正体を知って尚、我が輩を恐れない。

 それどころか、こんなにも頼もしいだなんて……。

 人間を殺したい、壊したい。

 退屈だった千年、そう思うことは常だった。

 でも、守りたい、失いたくないと思ったのは、これが初めてだったかもしれない。

 コレール、ボースハイト、グロルの顔を見回して言った。


「ありがとう……」


 目元がじんわりと熱くなる。

 三人は我が輩の顔を見て、満足げに笑った。

 ドロドロに溶けていた身体は、いつの間にか、はっきりと人の形をしていた。


「さて。魔王城に向かうか!」


 我が輩は大きな声でそう言った。


「ええ? 折角、命からがら逃げ出してきたのに?」


 ボースハイトがそう文句を垂れる。

 我が輩は首を傾げた。


「魔王城から逃げ出してきた……? どういうことだ?」

「俺達、魔王城に連れて行かれてたんだよ。バレット先生──バレットが俺達を〝魔王を討つ秘策〟だとか何とか言って」


 グロルがそう答えた。


「バレットが……そうか。やはり──」


──あいつは本気で我が輩を殺そうとしている。


「よく貴様達で魔王城を抜け出せたな」

「メプリが、脱出の手助けをしてくれたんだ……」


 コレールがそう答えた。


「メプリが?」


 意外だ。

 あいつは生者が嫌いなはず。

 人間に協力するなど、考えられない。


「【始まりの王】クヴァールを止めるために、ウィナが必要だって言ってた……」


 メプリも我が輩と同じ意見だったのか……。

 あいつも魔王育成計画で生まれた魔物だ。

 最強の魔王となる強さはあった。

 ほぼ全ての生物を即死させることが出来る魔法の使い手……先に我が輩が魔王になっていなければ、メプリが魔王となっていたことだろう。


「……無理にとは言わない。逃げたいなら、俺達も、一緒に逃げるよ」

「追っ手は直ぐに来る。秘策がクヴァールの手を離れた今、魔力が枯渇している我が輩を狙いに来るに違いない」


 我が輩は魔王城のある方角を見上げて、言った。


「決着をつけねばなるまい。全ての元凶──【始まりの王】クヴァールにな」

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