過去を思い出してやろう!
我が輩は窓から身を投げ、体を地面に打ちつけた。
軋む体に鞭を打ち、我が輩は起き上がって、駆け出す。
逃げる、逃げる、逃げる。
──何処へ?
我が輩の居場所など何処にもない。
魔族には『要らない』と言われた。
人間には魔王だからと恐怖された。
何処にも行けないのならば、何処か遠いところへ。
人間も魔物もいないところへ……。
「あっ……」
我が輩は石に躓いて、顔から地面に倒れた。
ぽろり、と擬態体の顔の皮膚が剥がれ落ちる。
なんて、なんて惨めなんだろう。
我が輩は手をついて起き上がり、再び駆け出した。
そうしている内に、小さな洞窟を見つけた。
我が輩は洞窟に駆け込み、岩を積み上げて入り口を閉じた。
それが終わった後、我が輩はその場に蹲った。
呼吸がなかなか整わない。
暗闇に浮かぶのは、コレールとボースハイトとグロルの顔だった。
我が輩の真の姿を見たときの彼らの顔に浮かんだのは恐怖、怯え、軽蔑だった。
胸の中で、鉛が落ちたような感覚がした。
「あいつらにだけは、あんな顔されたくなかった……」
我が輩はあの三人を、我が輩と対等に戦える勇者に育てていたはずだった。
いつからだっただろう。
あいつらと戦いたくないと思うようになったのは。
あいつらに魔王だとバレたくないと思うようになったのは。
我が輩は遠い昔──自分の生まれたときのことまで、記憶を遡った。
□
我が輩が生まれたとき、周りには草木も動物もいなかった。
いたのは我が輩と同じ、魔物だけ。
魔物達は我が輩が生まれ落ちて直ぐ、我が輩に襲いかかってきた。
奴らは魔眼をギラギラと輝かせていて、恐怖したのを覚えている。
我が輩は訳もわからないまま、必死に抵抗した。
その最中、一匹の魔物が死んだ。
すると、他の魔物達は我が輩を襲うのを止めて、その魔物の肉を喰らい始めた。
我が輩はそれを見て理解した。
奴らは飢えていたのだ。
食べるものも何もない場所で、生き残るには他の魔物を殺して、それを食らうしかなかったのだ。
我が輩もその例に漏れず。
我が輩は戦った。
生きるために、殺すために、食らうために戦った。
何度も死にかけた。
それでも、我が輩は何とか生き残ったのだ。
全ての魔物を殺し尽くし、食らい尽くして、永い時が過ぎた。
自分の体にも歯を突き立て、飢えを凌いでいたが、もう限界だった。
そんなとき、〝奴ら〟は現れた。
「──久しぶりに覗いてみたら、決着がついてるじゃんっ」
【掌握王】ラウネンと【始まりの王】クヴァールだった。
我が輩はそいつらを見て、殺して食らおうと飛びかかった。
「おっと」
しかし、空腹状態の我が輩が、ラウネンらに敵うはずもなく、風の魔法で吹き飛ばされた。
「危ないなあ。君はもう戦わなくて良いんだよっ」
再び襲い掛かろうとするも、栄養の足りない身体は全く言うことを聞かない。
我が輩はただ、よだれをだらだらと流してラウネンらを睨みつけることしか出来なかった。
「お腹空いてるの? ……あ、そうかっ! ボク達がこの空間のことを忘れた間に、魔物が全滅しちゃってたのかー」
ラウネンは何が面白いのか、へらへらと笑った。
「もう大丈夫だよっ。これからいっぱい美味しいもの食べれるからねっ」
ラウネンは「にゃぱぱ」と笑った。
「おめでとうございます。これから貴方が魔王です」
クヴァールは我が輩の前に歩み出てそう言った。
我が輩の眼を真っ直ぐ見つめて優しく微笑んだ。
「初めまして、魔王様。私は貴方を生み出した者、貴方のママです」
その後、あれよあれよという間に我が輩は魔王となっていた。
その後、ラウネンもクヴァールに言われるまま、人間達と戦うこととなる。
戦うのは好きだった。
空腹も退屈も紛らわすことが出来る。
ある日、クヴァールは我が輩に語った。
我が輩は魔王になるべくして生まれた存在なのだと。
強い魔物を混ぜ合わせたキメラ──それが我が輩だった。
いや、我が輩《《達》》だった。
クヴァールは最強の魔王を育てようとしていた。
当時、魔族と人間の力量は均衡しており、その均衡を打ち破る何かが必要だった。
その何かが最強の魔王の存在。
魔族も人間もねじ伏せる程の強さを持つ魔王。
クヴァールは魔物を創造する魔法に長けている。
それで創ったキメラ達を異空間に閉じ込め、殺し合わせ、生き残った者を最強の魔王として、魔王の座に座らせる。
それがクヴァールとラウネンの考えた〝魔王育成計画〟だった。
我が輩は殺し合いの中で、いつ死んでいてもおかしくなかった。
我が輩が生き残ったのは──魔王になったのは、ただ運が良かったのだ。
□
クヴァールは我が輩が思うように動かなくなったら、我が輩を消すつもりだったんだろう。
しかし、我が輩は強くなり過ぎた。
どんな策を講じても、我が輩を殺すには至らない。
だから、我が輩の魔力が枯渇したタイミングで、追放を言い渡した。
それがコレール達の前でだっただけ……。
心は傷つかないものだと思っていた。
傷ついても魔法で治せば良いだけ、飢餓よりマシだと思っていた。
そんなのは間違いだった。
治しても治しても痛みが和らがない。
こんなに心が傷つくことが辛くて苦しいなら、もういっそのこと──。
「消えてしまいたい……」




