勇者科を設立してやろう!
「魔王様、魔王様、起きて下さいな」
バレットの声が遠くに聞こえる。
徐々に我が輩の意識が浮上する。
「……うーん」
「今日は合格発表の日ですな。早く見に行きましょう」
「まだ寝る……」
「そう言わずに起きて下さいな」
「……黙れ」
「え?」
「黙れ」
我が輩は寝返りでバレットを吹っ飛ばした。
「全く、バレットめ。我が輩が気持ち良く寝てたのに、無理矢理起こしおって……余程、木っ端微塵になりたかったのだな」
我が輩は二度寝の体制を取る。
状態異常無効な体質の我が輩が、わざわざ眠り状態になるのはこの瞬間のため。
頭のモヤが思考を優しく包み込んでくれるのだ……。
「ん……? 合格発表?」
我が輩は文字通り飛び起き、天井を突き破り、空を飛んだ。
向かう先は勇者学院ブレイヴ。
我が輩の合格発表を見るために。
□
勇者学院ブレイヴ、校門前。
壁に張り出された何枚もの紙に、数字が羅列されている。
その中に自分の受験番号と同じものがあれば、合格という訳だ。
我が輩とバレットは人間に擬態し、我が輩と同じく合格発表を見に来た人間達に紛れていた。
我が輩とバレットは手分けして、我が輩の受験番号を捜す。
「命令通りに起こしたのにこの仕打ち、横暴ですな」
バレットは口を尖らせる。
今朝、吹き飛ばしたことをまだ根に持っているようだ。
「そうカッカするな、バレットよ。我が輩の合格は既に決まっているだろう? だから、寝てる間に入学試験を受けたことをすっかり忘れていたのだ。許せ」
「謝る態度ではないですな。……まあ、それはもう良いのです。魔王様に吹き飛ばされるのはいつものことですしな」
慣れたものだ。
「しかし、試験から帰ってきたら即就寝とは驚きましたな。やはり、魔王様でも試験は疲れるものなんですな」
「いや、試験に疲れると言うより。話すのに疲れた」
あんなに他者と話すのは四百年ぶりだ。
ここ四百年くらい、玉座で勇者を待ちに待ってたからな。
緊張こそしなかったが、会話は頭を使うから疲れる。
初対面だと特に。
そういえば、四百年間でまともに話したのはバレットとだけだったような気がする。
四百年も城に引きこもってたツケが、順当に回ってきたと言える。
「しかし、人間共と話してわかったこともある」
「何でしょう」
「千年も勇者が現れぬ理由だ。人間は間違った知識により弱体化していた。あれでは四天王の中で最弱の【最弱王】ルザにすら、辿り着けぬだろう」
入学したらまず人間共に正しい知識を教えねばなるまい。
「ふはは。これから楽しく……いや、忙しくなりそうだな」
暇を持て余していたあの千年より充実した生活を送れそうで、我が輩はニヤケが止まらない。
「ところで魔王様」
「なんだ」
「大変申し上げにくいのですがな」
「くどい。早く言え」
「魔王様の番号がありませぬ」
「は? そんなはずはない。捜せ。我が輩が不合格など何かの間違いだ」
「では、確認してみますかな」
バレットは何処かに転移していき、直ぐに戻ってきた。
「ツテを使って調べてみたところ、魔王様は本当に不合格でしたな」
「いつの間にそんなツテを」
「ただ不合格だと言われても、貴方様は納得しないでしょう。なので、理由も調べてきましたな」
戦士科は魔法を使える魔族であるため不合格。
僧侶科は信仰が足りないため不合格。
「魔法科の筆記試験は!? 完璧な解答だったろう!?」
我が輩は《思考傍受》を駆使して解答した。
自分の知識と違うところは、正して答えた。
誤答などなかったに違いない。
「完璧過ぎたのですな。もうご存知かもしれませんが、魔王様の常識と現在の人間の常識は遙かにかけ離れております。正解が不正解になっていてもおかしくはないですな」
いや、我が輩の常識が今の人間に通用しないことは我が輩も理解していた。
だからこそ、間違いを正すべきだと……。
……いや、人間は愚かだ。
間違いを間違いだと気づかず我が輩の正答を不正解にしたとしても不思議ではない……。
「まあ、四百年城に引きこもっていた魔王様が合格出来るとは思ってなかったですな」
「馬鹿にしてるのか?」
わかりやすくバレットの目が泳いだ。
否定しろ。
我が輩の配下だろ。
我が輩の機嫌を取れ。
「というか、合格しなかったら、勇者の卵を人間共からくすねて育てる計画が進まぬではないか! どうしてくれるんだ!」
「ええ。こうなると思い、もう手は打ってありますな」
「……何?」
学院の校舎から見覚えのある巨体が現れる。
戦士科の試験を受けたときの試験官だ。
そいつが掲示板の前に立つと、合格発表の張り紙がビリビリと剥がした。
張り紙の前に群がっていた入試志願者達が響めく。
「入学志願者諸君っ! この張り紙はなしだっ! この紙に書かれた結果は忘れろっ!」
試験官は耳障りな大声で、入学志願者達の視線を一気に集める。
「これより、入学志願者は全員合格とするっ!そして、戦士科、魔法科、僧侶科を統合し……新たに【勇者科】を設立することをここに宣言するっ!」
人間達の響めきが騒めきに変わる。
「全員合格って……不合格だった私も勇者学院に入れるってこと!?」
「勇者科って?」
「統合ってどういうことだよ!」
「聞いてないぞ!」
人間達の喜びと驚きと不安の声があちこちで上がる。
我が輩は隣にいるバレットを見た。
「手は打ってあるって……これのことか」
バレットは深く頷いた。
「規則上、一人一つの科にしか入れず、魔王様の希望に添えませんでした。が、三つの科を統合することにより、それを実現させて頂きましたな」
「かなり無理矢理ではありますがな……」とバレットは小声で言った。
コネだろうがズルだろうが無理矢理だろうが、望みが叶えばどうでも良い。
合格は合格だ。
これで計画は滞りなく進む。
「ふ。大義であった」
我が輩は満足して頷いた。