決着をつけてやろう!
フラットリーがラウネンの横に立つ。
ラウネンの仲間であることを示すように。
ラウネンは両手を広げて、新しく仲間にしたグロルを歓迎した。
「さあさあさあ! 一緒にウィナを殺そう!」
「はい。殺しましょう……」
グロルはラウネンとフラットリーに歩み寄り始める。
「目を覚ますんだ、グロル!」
それをコレールは黙って見てられず、叫んだ。
「ウィナは仲間だろう!? 一緒にボースを取り戻すんだろう!?」
「思い出したんだよ。ウィナは俺の親の仇だって。だから、殺さなきゃならない」
グロルは目は座っている。
ラウネンの嘘を完全に信じきっているようだった。
こうなるのならちゃんと、ラウネンに目を光らせておくべきだった。
いや、もっと前からそうするべきだったのだ。
そうすれば、ボースハイトもグロルも……ラウネンの奴に掠め取られずに済んだ。
グロルがラウネンの前に辿り着く。
「さあ、ラウネン様。何なりとご命令を……」
ラウネンは満足そうに笑っていた。
「──なんて言うとでも思ったか!? ばあああか!」
突然、グロルはそう叫んで、ラウネンの横に立っていたフラットリーに飛びついた。
フラットリーはバランスを崩して後ろに倒れる。
「捕まえたぜ、ボース! お前が戻ってくるまで絶対離さねえからな!」
グロルはフラットリーにしたり顔を見せた。
「こいつまさか、そのつもりで……!?」
揉み合う二人の横で、ラウネンが叫ぶ。
「どういうこと!? キミには嘘の記憶を植え付けたのに……!?」
「そんなの演技に決まってんだろ!? 嘘はなあ、俺だって吐き続けてきたんだ!」
グロルは魔族だと疎外されないように、フラットリー教徒を何年も演じていた。
その演技力が生来の嘘つきのラウネンすら騙したとでも言うのか!
「それに俺の親は俺を捨てたクソ親だ! 仇なんて死んでも討ってやるもんかよ! 嘘つくんなら、もっと上手につくんだな!」
ラウネンはぐしゃぐしゃと頭をかいた。
何千年も前から嘘を吐き続けてきたラウネンにとって、その言葉は屈辱的だろう。
ラウネンはグロルから逃れようと身を捩るフラットリーを睨みつけた。
「この馬鹿フラットリー! なんで気づかなかったのっ!? 思考を読むが専売特許っていう設定だったじゃんっ!」
「すみません!」
フラットリーはグロルの頭を鷲掴み、今になってグロルに《思考傍受》を使う。
グロルはそれに臆することなく、フラットリーの手に自身の頭を押し付けた。
「読みたいならいくらでも読めよ。お前と戦ったこと。お前と旅したこと。お前と喧嘩したこと! お前が忘れちまったお前のこと、全部覚えてるからな!」
衝撃を受けたようにフラットリーは固まった。
グロルの頭の中に何が浮かんでいたのだろう。
フラットリーは驚くような何かがあったのか。
「……もう良い! 殺す!」
見かねたラウネンがグロルを手にかけようと掴みかかる。
我が輩がそれを阻止する前に、コレールがラウネンにタックルした。
「させるか!」
「ちょこざいなっ……! みんなみんな殺してやるんだからあっ!」
我が輩はラウネンの肩を掴む。
激昂するラウネンの背後に回り込むのは簡単だった。
「貴様の相手は我が輩だ」
ラウネンは顔を真っ青にして振り返る。
我が輩の顔など見る暇も与えずに殺した。
そして、また元に戻ったら殺すを繰り返す。
今度は逃がさないように細心の注意を払って。
□
グロルはフラットリーの服に顔を押しつけて微動だにしない。
フラットリーはグロルの襟を後ろに引っ張った。
「離れてくれ」
「離さねえ。絶対。戻ってくるまで」
「どうしてそこまでするんだい? 君はボースハイトのことを嫌っていたじゃないか」
「嫌いだよ」
「……はあ?」
「嫌味言うし、人が嫌がること喜んでするし、甘いもの好きだし、自己中だし、気紛れだし、本当に迷惑だった」
「だったら……」
「だけど」
「いなくなって欲しくはなかったんだ……」とグロルは震える声で言った。
グロルがバッと顔を上げる。
「戻って来いよぉ……。まだ、仲直りしてねーじゃんかぁ……」
グロルの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。
フラットリーはそれを見て、面食らったような顔をした。
嘘を疑って、何度も思考を読む。
読めば読むほどそれが嘘偽りない本当の涙だとわかったことだろう。
フラットリーはグロルが自分のことで泣いているのをちゃんと理解した。
「……ははっ。汚い顔!」
その上で、フラットリーは馬鹿にしたように笑った。
「え……?」とグロルがフラットリーの顔を見た。
彼に先程までの優しい微笑みはなく、意地の悪い笑みを浮かべている。
そこにいるのはフラットリーではなく──。
「ボース……?」
「はいはい。お前のだーい好きなボースハイトだよ」
ボースハイトは涙を指で拭いながら、いつも通りニヤニヤと笑っている。
グロルは目をぱちくりさせた。
「も、戻ったのか? どうやって……」
「君の頭の中を見てたら、ムカムカしてきて……」
「ムカムカ?」
「多分、君と喧嘩したときの怒り。それから数珠繋ぎのように記憶が蘇ってきた」
「ええ……」
「思い出し方が、感動的じゃない……」と近く見ていたコレールも呆れていた。
ボースハイトは一通り笑った後、呼吸を整えて改まったように言う。
「グロル、お前に言いたいことがある」
「俺も俺も!」
「じゃあ、先に言わせて」
「おお」
「──僕、絶対謝らないからね」
グロルはぽかんと口を開けた。
「……ん? あ? 謝るんじゃねーのかよ!? そういう流れだったろ!?」
「僕は悪いと思ってないし、元から謝る気はないもん」
「お前なあ……」
グロルは呆れていた。
コレールもこれには苦笑いだ。
ボースハイトと仲直りするために千年のときを二回も超えたり、千年前の魔王と相対して来たりしたのだ。
それなのに、この態度はない。
ボースハイトは急に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃのグロルの顔を、自分の服の袖で乱暴に拭いた。
「何すんだよ!」とグロルは怒る。
「僕は謝らない。だから、お前も謝るなよ。お前も悪いと思ってないだろ」
グロルは一瞬きょとんとした顔した後、品のない声で笑った。
「……ぎゃはは! お前、訳わかんねえ!」
□
「全く、あいつも素直じゃないな」
ボースハイトとグロルを見ながら我が輩は思う。
記憶が戻った要因はグロルへの怒りなどではないだろうに、適当に誤魔化しおって……。
まあ、それがボースハイトらしいとも言えるか。
何はともあれ、ボースハイトが記憶を取り戻して何よりだ。
「ラウネン」
我が輩はラウネンを殺す手を止める。
ラウネンは何度も殺されて疲弊しきっていて、抵抗する気力もないようだ。
「はあ……はあ……。な、何……?」
「フラットリーは──貴様の《封印》を解く者はもういない」
その言葉の意味を理解した途端、ラウネンはその場に平伏した。
「ごめんなさい。もう二度としません。何でもするから許して下さい」
我が輩はそれを鼻で笑った。
「嘘つきの言うことは信じられんな」
そう言った後、ラウネンに《封印》を施し、とどめの一発を鼻頭に食らわせた。




