魔王と交渉してやろう!
魔王城の周辺には魔物が常時目を光らせている。
侵入者を迎え撃つために、千年前の我が輩は魔物を配備していた。
近年は一切そのようなことをしていない。
勇者が我が輩の元に辿り着くことを目的としたからだ。
今は魔物達の相手している暇はないため、頭上をマッハで通り抜ける。
我が輩の早さについていける魔族は、【逃走王】ルザくらいだろう。
我が輩は勢いを殺さずに魔王城の頂点、魔王のいる玉座の間へ突撃する。
連れて来たコレールとグロルも一緒に、城へと侵入した。
着地し終える前に、ぶち破った外壁が修復されていく。
流石、我が輩の城だ。
修復の手間を省いてくれる。
「魔王城の壁までぶち破るのかよ……」
一緒に壁をぶち破ったグロルが、壁を見て引き攣った笑みを浮かべていた。
「随分と余裕だな。目と鼻の先に魔王がいるというのに」
そう言って、我が輩は玉座の方を指差す。
そちらに目線を向けても玉座は見えない。
不定形な黒いモヤにより、玉座が隠されているからだ。
その黒いモヤが千年前の我が輩である。
黒いモヤに二本の角と鉤爪、しっぽと翼がモヤにくっついていて、呼吸と共に上下している。
横にはバレットもいた。
二人共、人間に擬態していない姿であるから、コレールとグロルは我が輩達と同一人物だと気づかないだろう。
黒いモヤの中心、巨大な魔眼が開き、我が輩達を見下ろした。
「よく来たな、勇者よ」
人では決して出せない、くぐもった声が玉座の間に響き渡る。
「ひっ」と短い悲鳴を上げ、コレールとグロルが尻餅をついた。
「な、なんだ、これ……」
「震えて、立てねえ……」
あまりの威圧感に二人は腰を抜かしてしまったようだ。
我が輩は気休めとして魔王と二人の間に立った。
「我が城の壁を破った勇者は貴様が初めてだ」
魔王が魔眼をギョロギョロと動かし、我が輩達を舐めるように見回す。
我が輩達を品定めしているようだ。
取るに足る相手かどうか。
「ふむ。後ろの二人は話にならん。……が、貴様はなかなかの手練れだな。久しぶりに楽しめそうだ……」
魔王はゆっくりと前に出る。
「さあ、世界の命運を賭けて、正々堂々戦おうではないか!」
バッと、身体のパーツを広げた。
久々に楽しめそうな相手だから、かなりテンションが上がっている。
「世界の命運を賭けて」なんて、お前、言ったことないだろう──いや、言ったのか……千年前に。
「いいや、我々は戦いに来たのではない」
「……ほう?」
ギョロリと魔眼を我が輩に向ける。
「この我が輩を前に戦わぬと?」
我が輩は魔王と目を合わせる。
魔王を前に怖じ気づいたのではないことを証明するために、決して目を逸らさなかった。。
「とんだ勇者がいたものだな」
暫く観察した後、魔王は玉座に身体を戻した。
話を聞く体勢になったようだ。
「では、何をしに来た。まさか、こんなところにまで観光し来たのではあるまい」
「貴様に頼みがあってきた」
「頼み! この【剿滅の魔王】と呼ばれる我が輩に! 頼みだと!?」
魔王は身体を震わせ始める。
「や、ヤバいよ……。やっぱり、怒ってるよぉ……」
コレールがぶるぶる震えながら泣いている。
「問題ない。次、魔王はこう言うだろう。『面白い』と」
「──面白い!」
「言った……!」
予想通りだ。
この時代の我が輩は面白いことに飢えていた。
スプーンを床に落としただけで大爆笑してしまうくらいには。
故に、少しセオリーから外れれば、我が輩は興味を持つだろうと考えていた。
「聞いてやろう。人間が我が輩に何を請う?」
「発動して欲しい魔法がある。これだ」
すっと空中で指を動かし、魔法陣を玉座の間全体に描く。
魔王は魔眼を魔法陣に近づけた。
「これは……見たことのない魔法陣だな。この陣の形は時空に干渉するものか?」
「分析するのは後にしろ。いずれ、ラウネンが同じものを作り出す」
大体、千年後に。
この魔法陣は付け焼き刃だ。
一度発動したら、跡形もなく消えてしまうだろう。
しかし、昔の我が輩が必要になるときには、ラウネンが完成させているから問題なかろう。
魔法陣を大方見終えた魔王が言う。
「……して。これを発動して、我が輩に何の得がある?」
将来的に貴様の得になる──と言いたいところだが、コレールとグロルの手前、我が輩と魔王が同一人物だと明かすことも出来ぬ。
ならば、昔の我が輩にとっての得を提示する。
「対価は『我が輩との戦闘』でどうだ」
「……ほう」
我が輩にとって、我が輩と同じかそれ以上の力量の者との戦闘は渇望して止まないものだ。
それは今も昔も変わらない。
ましてや、目の前で見たことのない魔法陣を描いた者との戦闘は未知のものだろう。
我が輩は必ず首を縦に振る。
「確かに、貴様との戦闘は心躍るものがある」
そうだろう、そうだろう。
我が輩はうんうん、と頷く。
「だが、今ここで貴様の頼みを断れば、直ぐに戦えるが?」
そう来たか。
「今の我が輩は万全ではない」
今、我が輩の足下にあるこの魔法陣を発動したばかりで、魔力は半分ほどしかない。
「万全な状態の我が輩と戦いたくはないか?」
否、戦いたいはずだ。
我が輩は強敵を望んでいるのだから。
「……フッ。良いだろう。貴様の望み通りにしてやろう」
「では、交渉成立だな」
魔王は頷いた。
「万全な貴様と戦うにはどのくらい待てば良い」
「千年だ」
「千年か。では、千年後に戦おう。…・・ところで、聞きたかったんだが」
「なんだ?」
「貴様、本当に人間か?」
ドキリ、と我が輩の胸が鳴る。
千年前の我が輩の魔眼が、我が輩の後ろを見た。
魔王を前に、怯えて動けないでいるコレールとグロルの情けない姿が見えたことだろう。
「……いや、愚問であった。貴様のような腑抜けが人間でないはずがない」
そう言って、鼻で笑った。
二人の前で、余計なことを言われずに済んだ。
「貴様、名は何と言う」
「ウィナだ」
「ふむ。覚えておこう」
昔の我が輩が魔法陣に魔力を注ぐ。
魔法陣が輝き出し、魔法陣の線がじりじりと焼き切れていく。
それと共に、我が輩達は時空を超える。
「千年後、貴様と相見えるのを楽しみにしてやろう」
この後、千年は魔王の前に勇者が現れることはない。
痺れを切らした魔王は人間の学院──勇者学院ブレイヴに潜入することとなる。
最後に魔王の前に現れた勇者の名を使って……。