老人と話してやろう!
「座標ではここがブジャルドなのだが……」
周囲を見渡しても村がない。
それどころか、家の残骸や枯れた植物すらない。
荒地が広がっているだけだ。
「……どうなっている?」
我が輩はブジャルド行きを言い出したグロルを見る。
グロルはぶるぶると首を横に振った。
「いや、俺が知る訳ないじゃんか」
「それもそうか」
では、何故?
まさか、千年前にフラットリーがいたというのは嘘なのか?
それとも、ブジャルドがフラットリー教の聖地ということが嘘?
ここにバレットがいれば直ぐ調べさせるのだが、バレットは現代に置いて来てしまったからな……。
「つーか、そもそも、ここ本当に千年前なのか?」
「間違いなく、千年前だよっ!」
グロルの言葉にあの魔法を作った張本人、ラウネンが胸を張って言う。
「あの魔法陣はボクが生涯を賭けて作り上げた完璧な魔法陣! 失敗なんてあり得ない!」
「でも、あの魔法を発動したことないんですよね?」
グロルが疑いの目をラウネンに向ける。
ラウネンはそれから逃げるように目を逸らした。
「り、理論上は可能だもんっ!」
グロルが疑うのも無理はない。
初めて発動した魔法ならば尚更。
しかし、魔法の失敗はない。
我が輩がさっと見たところ、魔法陣には時を超えるための術式がちゃんと組み込まれていた。
確実に時は超えている。
ブジャルドがあった場所にブジャルドがないのが、その証だ。
「あ!」
ラウネンは目を逸らした先に何かを見つけたらしい。
ラウネンの視線の先に目をやると、そこには一人の老人がいた。
老人は岩に腰をかけて、項垂れている。
「ラッキー! 人がいるよっ! あの人に聞いてみようっ!」
「そうですね……。すみませーん!」
グロルが大きく手を振りながら老人に駆け寄る。
老人はそれに気づいて、ゆっくりと顔を上げた。
「ブジャルドって村を探してるんですんけど、何処にあるか知りませんか?」
「ブジャルド? はて……。道を間違えたのでは?」
老人の言葉を聞いて、コレールとグロルが顔を顰める。
「な、訛りが、強いな。聞き取れない……」
「訛りって言うか、言語が微妙に違うねっ。これは……古語かなっ?」
「あ、そうか。ここは、千年前だから、古語が使われてる時代なのか……」
あたかも予想のように言っているが、ラウネンも古語を使っていた側だ。
「そういや、学院で古語の勉強したっけな……。うぐぐ、記憶を頼りに翻訳するっきゃねえ」
と、言っていたグロルだったが、直ぐに頭を抱えてしまった。
「古語なんて何の役に立たねえと思って、まともに聞いてなかった……。こんなことなら、ちゃんと勉強しときゃ良かったぜ!」
やはり、言語の壁は大きい。
人間と魔族は勿論、魔族同士でも言語が違うことがある。
僻地の部下と会話するときそれはもう面倒だった。
《翻訳》魔法を作ってからは大変楽になった。
……そう考えると、我が輩とコレール達の間には言語の違いがあるだろう。
我が輩が普段から《翻訳》魔法を使っているから知らないだけで。
「聞き取れないようだのう。では……」
老人はコレール達に《翻訳》魔法をかけた。
「これで聞き取れるかのう?」
「……あっ。聞き取れる! なんで!?」
「《翻訳》魔法じゃ。そんなに驚くような魔法ではないのじゃが……」
「ふむ」と老人は自分の顎の髭に手を当てる。
コレールとグロルを髪の毛の先から足のつま先までまじまじと見た後、こう言った。
「君達はこの時代の人間ではないようだのう」
「えっ。ど、どうしてわかったんですか?」
「ふぉっふぉっ。この時代を生きてきたにしては、少々軟弱過ぎるからのう」
「な、軟弱……」
コレールはショックを受けている様子だ。
事実、コレールとグロルは弱い。
サラマンダー以上の強さを持つ魔物はこの時代にごろごろいる。
コレールとグロルはまず生き残れないだろう。
「して、何をしにこんな時代に来たんじゃ」
「人を捜しに来たんだ。フラットリーって奴。じーさん、知ってるだろ?」
老人は首を傾げる。
「フラットリー……? 知らぬのう」
「あれ……?」
コレールとグロルはサッと顔を寄せ合う。
「どういうことだよ? フラットリーは人間に魔法を与えたんだろ? だったら、有名のはずじゃねえのか?」
「そ、そうだよね……。魔法が使えるなら、知ってておかしくないのに……」
それはフラットリーの嘘だ。
人間に魔法を与えたのは我が輩である。
しかし、困ってしまった。
この時代はフラットリーの嘘がまだ浸透していないらしい。
つまり、フラットリーは有名人ではないということ。
名前を出しても、首を傾げられるだけだろう。
どうやってフラットリーを捜すべきか……。
やはり、飛び回って捜す他ないか。
「人捜しもほどほどにして、早く元の時代に帰った方が良いぞい。いつ【剿滅の魔王】が気紛れを起こして、世界を滅ぼすかわからぬからのう」
「そうめつのまおう……? ま、魔王メプリって、そんなに、強いんですか」
「メプリ? いやいや、メプリは魔王ではないぞい」
「え? じゃ、じゃあ、ルザが魔王ですか?」
「メプリもルザも、魔王の従えてる四天王の名前じゃ。メプリは【生殺王】とも呼ばれておる。ルザは【最弱王】……じゃったかな」
「してんのう……? せいさつおう……? さいじゃくおう……?」
千年後では聞かない単語がどんどん出て来て、コレールが混乱しているようだ。
「メプリも強いが、【剿滅の魔王】は規格外に強い。あれを止められる者など、今の時代にはおらぬじゃろう。悪いことは言わん。早く元の時代に帰るのじゃ」
「そういう訳にもいかねえんだよ。フラットリーを止めねえとボースが……」
グロルが唇を噛み、ぎゅっと拳を握り締める。
その様子を見て、老人が聞く。
「ボース?」
「そう。ボースハイトつって滅茶苦茶悪い奴」
悪い奴なのか……。
まあ、良い奴とは言えないが。
ボースハイトは意地が悪くて、自分勝手の奴だった。
「でも、俺の大事な仲間なんだ。フラットリーのせいでいなくなっちまった……。だから、それを止めに来たんだ」
「そうか……」
老人は遠くを見つめる。
しかし、直ぐ視線をグロル達に戻し、穏やかに笑う。
「なら、何も言わぬよ」
「悪い。手間取らせたな、じーさん」
「いいや、有意義な時間じゃった」
コレールとグロルが老人に背を向けて歩き出す。
我が輩も同じように歩き出そうとした。
そのとき、老人が近づいてきて、我が輩に耳打ちをした。
「君、《《【剿滅の魔王】じゃろう》》?」
ドクン、と我が輩の胸が高鳴った。
「擬態していてもわかる。魔王の恐ろしさはこの身体に染みついておるからのう」
老人は震える手を見せつけてきた。
我が輩はハッとして、コレールとグロルを見る。
二人は二人でこそこそと話していて、老人の声は聞こえていないようだった。
「フッ。恐怖が身体に染みつくとは、流石《《臆病者だ》》」
そう言うと、老人は目を丸くした。
「まさか覚えておったとは。わしのことなど、とうに忘れているものだと思っておった」
「思い出すきっかけがなかったら、忘れたままだったかもしれんな……」
再び二人を見る。
彼を思い出したのはコレールと出会ったのがきっかけだった。
同じ日に、ボースハイトやグロルと出会った。
遠い昔のように思えるが、はっきりと覚えている。
「未来はわからぬものじゃのう……」
老人は我が輩と同じように二人を見て、しみじみと言う。
何を言っておる。
《《そんな未来に貴様は託したのだろう》》?
「ではな。タイレよ」
そう言って、我が輩達は老人──タイレ・ムートと別れた。