時を超えてやろう!
気づけば、我が輩は地面の上に立っていた。
視界を遮るものは何もなく、広大な大地が広がっている。
「ここは……」
千年前か?
我が輩は周囲を見渡す。
破壊されて原型を留められていない建物と、枯れ果てた植物が点々とあるだけ。
ここが千年前なのかを判断出来るようなものはなかった。
「何もないな……」
何かないかと見上げれば、赤黒い空が広がっている。
……我が輩が暴れまくった世界はこんなものだったかもしれない。
我が輩が【剿滅の魔王】と呼ばれることで、周りがどうなっていたのかなんて、気にしたことなどなかった。
大陸が焦土になろうが、塩水に沈もうが、どうでも良かった。
重要だったのは、我が輩の前に勇者が現れることだけ。
「なんだよ、ここ……。ここが千年前なのか……?」
隣を見ると、コレールとグロルが見開いた目で空を見ていた。
「まるでこの世の終わりじゃねえか!」
「こ、こんなところが、千年前な訳がない……。魔法が、失敗したんじゃないか?」
何故、二人もここに……?
魔法陣の上に立っていたから、一緒に移動してきたのだろうか。
まあ、ついてきてくれて助かった。
あの城の中に置き去りにしたら、二人は城の者に拘束されたに違いない。
討伐対象が城に不法侵入した挙げ句、国王を脅した者の仲間となれば、ただで済まなかっただろう。
「ちょっとちょっと~!」
後ろから甲高い声が聞こえて来た。
振り向くと、ラウネンが顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけていた。
「なんだ。貴様も来たのか」
「近くにいたから巻き込まれたのっ! どうしてくれんのこれっ!?」
「不可抗力だ」
だからと言って、直ぐに帰らせる訳にはいかない。
《千年時空間移動》を発動したとき、魔力を半分以上持っていかれた。
今の我が輩には元の時代に帰るための魔力が残っていない。
まさか、我が輩の魔力が足りなくなるとは思っていなかった。
《千年時空間移動》……労力と結果が見合っていない。
また千年もの時を超える魔法を発動するには、同じくらいの魔力が必要になるだろう。
コレールやグロルの魔力では全く賄えない魔力量だ。
しかし、四天王の一角であるラウネンならば、かなりの魔力を有している。
ラウネンの魔力と我が輩の魔力を合わせれば、現代に戻る魔法を使えるだろう。
「ついて来い。悪いようにはしない」
「う~っ。わかりましたよぅ……」
「この暴君め」とラウネンが小声で言ったのを、我が輩は聞き逃さなかった。
だが、今はこいつに罰を与える時間はない。
我が輩達の目的を果たそう。
「フラットリーを捜すぞ」
空を見て呆けている二人に言う。
二人はハッとして、我が輩を見た。
「捜すって……。ど、何処を捜すつもりなんだ?」
「世界中を飛び回っていれば見つかるだろう」
「飛び回るって……さっきの速度で?」
さっき、というとラウネンの城に乗り込んだときのことだろう。
グロルはあのとき目を回したことを思い出したようで、顔を青くしてウッと口を塞ぐ素振りをした。
「なあ、適当に飛び回るより、まずフラットリー教の聖地、ブジャルドに行ってみようぜ」
「ふむ。確かに、聖地と呼ばれる場所なら、フラットリーの居所の手がかりがあるかもしれぬな」
運が良かったらそこにいる可能性もある。
「では、そこに──」
「向かおう」と言いかけたとき、四方から炎が我が輩達に向かって放射された。
我が輩は皆の周りに防壁魔法を張り、炎を防ぐ。
「なんだ!?」
コレールとグロルが周囲を見渡す。
しかし、炎を放射してきた者は姿を現す気がないようだ。
「この我が輩に攻撃するとは良い度胸だ……」
姿を現すつもりがないのなら、現さざるを得ない状況にしてやろう。
我が輩は壊れた建物の残骸を爆発させる。
「また攻撃された!?」とコレールとグロルは慌てて構えた。
今のは我が輩だ。
爆煙の中、炎を放射してきた者がようやく姿を現す。
「ど、ドラゴンだ……」
否、炎を司るトカゲ、サラマンダーだ。
サラマンダーはその一匹だけではなく、五匹もいた。
「た、戦わないと!」
「止めておけ。貴様らに敵う相手ではない」
立ち向かおうとするコレールを手で制する。
この時代のトカゲは、ティムバーの森に封印されていたドラゴンより遥かに強い。
「で、でも、囲まれてるよ!」
確かに、囲まれていて逃げ場がない。
走り抜けようにもサラマンダーの真下を通らなければならず、踏みつけられる恐れがある。
《飛行》魔法で空へ抜けようにも、サラマンダーの炎の息吹の餌食になってしまうだろう。
だが、今の我が輩にはこいつらを相手している時間も魔力も勿体ない。
なれば……。
「このまま、ブジャルドへ《転移》する」
一瞬で移動してしまえば良い。
「はあ?」と真っ先に反応したのはラウネンだった。
「《転移》ぃ? キミ、そんな魔力残ってないでしょっ?」
「馬鹿にするな。《転移》する魔力ぐらい残っている」
我が輩はそう言って、《転移》を使う。
次の瞬間には、我が輩を囲んでいたサラマンダーの姿は消え、別の場所に立っていた。
「あの巨大な魔法陣起動させたばっかだってのに、マジで魔力残ってるのかよ……」
ラウネンは口の端を引きつらせていた。