フラットリー教信者・グロル
「聖人フラットリー様、無力な我々にお力をお貸し下さいませ」
僧侶科の入学試験は面接試験である。
面接官四人と入学志願者四人が対面して座り、面接が行われる。
面接会場に入室した途端、法衣を身に纏った我が輩以外の入学志願者は膝をつき、指を組んだ。
何かに祈りを捧げているようだが……まあ、我が輩には関係あるまい。
我が輩は椅子にふんぞり返って座る。
一人の面接官がそんな我が輩をキッと睨みつけた。
「信者ウィナ! 何をしているのです。祈りを捧げなさい。今すぐに」
「誰に?」
「フラットリー様にです!」
「フラットリー……?」
フラットリーとは誰だ。
戦士科、魔法科と入学試験を受けてきたが、そんな名前は初耳だ。
聖人と言ってたから人間……?
人間が人間に祈ってるのか。
何故?
「我々が魔法と呼んでいるものは、本来フラットリー様のお力。我々はそのお力をお貸し頂いているのに過ぎないのです。フラットリー様に祈りを捧げるのは当然です」
人間達に嘘を教えたのは誰だ。
魔法を人間に伝えたのは我が輩だぞ。
……ん?
そうなると我が輩がフラットリーということになるのか……?
「戦士や魔法使いは魔法を使えません。それは何故ですか? 答えなさい。信者グロル」
「はい」
名指しされたグロルという小柄な男は、宙に祈り捧げたまま答える。
「祈りを忘れた戦士は、フラットリー様のお力をお貸し頂けぬ穢れた肉体の持ち主。祈りを知らぬ魔法使いは、魔族そのものです」
「よろしい」
よろしくない。
「魔法は誰にでも使える。間違いを吹聴するでない」
人間の教育にも、我が輩の勇者育成計画にも悪影響だ。
「貴方も魔族なのですね……。ああ……フラットリー様……魔族の魔の手がここまで伸びてきております……。私達にお力をお与え下さい……」
面接官はそう言いながら我が輩の首根っこを掴み、面接会場から摘み出した。
□
我が輩は校舎の出入り口に向かって歩き始める。
直ぐにでもあの異様な空間から去りたかったから、摘み出されて好都合だった。
宗教の話は興味がない。
誰が何を信じようと我が輩には関係ないが、興味のない話は単純に退屈だ。
しかし、フラットリーとは誰なんだ。
我が輩が人間共に魔法を伝えたのに、それが別の者の功績になっているというのは何だか面白くない。
苛立ちで歩く速度が自然と早くなる。
「お待ち下さい、ウィナ様!」
背後から声をかけられ、我が輩は振り返る。
息を切らせて近づいて来たのは、法衣を纏った小柄な男。
三つ編みにしたクリーム色の髪と緑色の大きな瞳には見覚えがある。
さっき面接官に指名されていた男だ。
「貴様の名は確か……グロルだったか」
今の我が輩は虫の居所が悪い。
そんな我が輩を呼び止めるなど余程死にたいと見える。
「教室にお戻り下さいませ! 今ならまだ許して貰えます! フラットリー様は寛大なお方ですから! 貴方が教室に戻り侮辱したことを心から謝罪すればお許し下さるでしょう……」
だから、フラットリーって誰だ。
魔法を人間に伝えたのは我が輩だぞ?
懇願してまであの場に戻る気はない。
我が輩が魔王だと、この場で知らしめてやろうか……。
我が輩がそう思っていると……。
「……なーんてな」
グロルの様子が一変した。
悲しげに伏せられていた目は大きく見開き、内股だった足は外に開かれ、伸ばされた背中は丸められる。
「お前、よく言ったな! 魔法は誰にでも使えるーって奴! あんときの信者共の呆けた顔見たかよ! 傑作だ! ぎゃはは!」
小さい口を目一杯開いて、ギザギザの歯を見せびらかしながら唾を飛ばして笑う。
その姿に先程の上品そうな雰囲気は影も形もない。
「擬態魔法か……?」
そう疑ってしまう程だった。
グロルは笑いで上がった息を整えながら言った。
「悪い悪い。びっくりさせちまったな!」
スッと目を伏せて口を閉じ、胸の前で手を組む。
「さっきのお淑やかな私は表の姿」
ベッと舌を出して下品に笑う。
「本来はこっちが本当の俺様! フラットリーなんざクソ食らえってんだ! あ、こう言ってたってこと、狂信者共には内緒だぜ?」
「あいつらは我が輩が言っても信じないだろう」
「ぎゃはは! この国じゃ入信してねー魔法使いは魔族扱いされるからな。裏を返せば、形だけ入信しとけば、魔法使っても魔族扱いされねーのよ」
魔法使いが魔族扱いされるにも関わらず絶滅しなかったのが不思議だったが得心が行った。
魔族だと虐げられた魔法使いにとって、人間にしてくれるフラットリー教は救いだ。
「魔法が使えるのはフラットリーの力を借りているだけで自分は魔族ではない」と言い張る。
間違いを吹聴していても、そういう輩にとって正誤など関係ない。
問題は、救われるか、救われないか。
宗教としては良いが、普通に間違いだから魔法技術は発展しないな……。
「にしても、僧侶科に来てまでフラットリー様を侮辱するなんて……ぎゃはは! 笑い堪えるのに必死だったぜ!」
「つまり、会場を出て来たのは?」
「笑うため! 我慢出来そうにねーからさあ! ぎゃはははは!」
「なかなか愉快な性格してるな、貴様」
「お褒めに預かり光栄だぜ」
グロルは片手を体に添えて頭を下げた。
「……おっと、そろそろ教室に戻らねーと怪しまれるわな。お前、勇者学院に入りてーなら僧侶科受けるより魔法科受けた方が良いぜ」
「既に受けている」
「ふーん……? まあ、良いや。また会えたら会おうぜ! じゃあな!」
グロルは踵を返し、パタパタと足音を立てながら走り去った。
グロル……嵐のような男だったな。