ゾンビフラットリーと戦ってやろう!
メプリの即死魔法を受け、倒れているコレール、ボースハイト、グロル、バレット。
我が輩はその四人を《蘇生》魔法で蘇生させた。
四人は息を吹き返す。
未だに目を閉じている四人の肩を、我が輩は揺さぶった。
「おーい。起きろ」
そう声をかけると、四人は唸りながら目を開けた。
「あれ……? 僕、一体……」
ボースハイトが額に手をやる。
「ヤッベ、一瞬寝てた?」
グロルはゆっくりと起き上がった。
「みんなも寝てたのか? みんな一斉に寝るなんて、あるのかな……」
コレールは体を起こし、皆の様子を伺う。
我が輩は皆の意識が戻ったことを確認する。
だが、寝惚けている暇はない。
我が輩は大きく息を吸った。
「わー。大変だー。ゾンビが襲ってきたー」
そう叫んで、ゾンビ──ゾンビに変貌させたフラットリーを指差す。
フラットリーにはコレール達の経験値になって貰うことにした。
今更、展覧会に戻すのも手間だ。
それにしても、我ながら良い演技だったのではないか?
これには三人も度肝を抜かれたことだろう……。
そう思って、横目でちらりと三人の顔を見る。
三人の冷めた視線が我が輩に突き刺さった。
「お前、またなんかの封印解いたな?」
「封印は解いてない」
「封印『は』って言ったな?」
「あっ」
我が輩はフッと笑う。
「ボースよ、我が輩から失言を引き出すとはなかなかやるな」
「お前さあ──」
「ウオオオオオッ!」
ゾンビフラットリーの咆哮に、ボースハイトの声がかき消された。
咆哮を合図に、地面から複数の手が勢いよく飛び出す。
「ひっ!」
コレールが驚いて飛び上がる。
地面から土をかき分けて這い出てくるのは、複数のゾンビ達だ。
コレール達には、ゾンビフラットリーがゾンビ達を動かしているように見えるだろう。
ここのゾンビ達はメプリに動かして貰っている。
ちなみに、メプリは自身の棺桶の中だ。
棺桶から「なんであたしがぁ……」と微かに聞こえた。
「しまった! 囲まれた!」
いつの間にか、我が輩達は四方をゾンビに囲まれていた。
これもメプリと打ち合わせた通りだ。
そして次は、ゾンビフラットリーが我が輩に向かってくる手筈になっている。
「ウィナ! 危ない!」
ゾンビフラットリーが我が輩に突進してくる。
勿論、我が輩は危なげなく躱す。
ゾンビフラットリーは我が輩の脇をすり抜け、我が輩の後ろにいた赤い服のゾンビにぶつかった。
すると、赤い服のゾンビは黒い血液のようなものを口から吐き出して倒れた。
「ひっ……!?」
コレールは短い悲鳴を上げた。
我が輩はすかさず叫ぶ。
「これは即死魔法だー。触れたら死んでしまうー。みんな気をつけろー」
そう言うと、コレール達の顔が一層引き締まる。
ゾンビの吐血はゾンビが即死したという演出の一つであり、実際、即死魔法で黒い血は出ない。
グロルとバレットが全員に能力上昇魔法をかけ始める。
グロルはまず、俊敏性を上げる魔法をかけた。
即死魔法を避けるために重要だと判断したのだろう。
「触られそうになったら、絶対に避けろよ!」
「避ける? 必要ないね!」
ボースハイトはゾンビフラットリーに向かっていく。
奴の即死魔法を見たばかりなのに近づくなんて、勇敢な男だ。
無謀とも言える。
ボースハイトには何か策があるのだろうか。
「見えなきゃ、避けるもクソもないでしょ! 燃えろ!」
ボースハイトは炎魔法をゾンビフラットリーの顔に噴射する。
目潰しか。
悪くない戦法だ。
炎魔法の火力が強かったためか、ゾンビフラットリーの目を潰すどころか、頭ごと消し飛んでしまった。
コレールはホッとしたように笑う。
「はは。ま、まあ、頭、なくなったら、避けるも何もないね……」
「倒したんだから文句言うなよ!」
倒した?
頭を吹き飛ばしただけで倒せると思っていたのか?
甘いな。
ゾンビは脳の指示で動いている訳ではない。
流れる魔力で動いているのだ。
脳など、死んだときに機能停止してる。
つまり、まだ倒せていない。
ゾンビフラットリーは起き上がる。
コレールはハッとした。
「ボース! 後ろ!」
ゾンビフラットリーは、ボースハイトに触れようと手を伸ばした。
コレールの言葉で、ボースハイトはそれに気づき、紙一重でそれを避ける。
俊敏性が上がっていなかったら、掴まれていたかもしれない。
ボースハイトは後ろにスキップをして、ゾンビフラットリーから距離を取る。
「おいおい、嘘だろ! 頭がないのに動いてるぜ!?」
「ふ、不死身……!?」
グロルとコレールは顔を青くさせて言う。
「不死身な訳じゃない。ほら」
ボースハイトがゾンビフラットリーの首から上を指差す。
首には焼け焦げた跡がついている。
「頭が回復する様子がない。つまり、全身を燃やせば死ぬってことさ」
鋭いな。
ボースハイトの推測通り、ゾンビフラットリーには肉体を再生する魔法を覚えさせていない。
長丁場になれば、持久力のないコレール達は勝てないだろうと考えたからだ。
しかし、簡単にゾンビフラットリーを倒せると思って貰っても困る……。
「じゃあ、ボース! も、燃やすのは、頼んだよ! 気をつけて!」
「あっちの攻撃は当たんないんだ。余裕だよ!」
ボースハイトは角度を変え、ゾンビフラットリーに向かっていく。
すると、ゾンビフラットリーはボースハイトの方に胴体を向けた。
「はあ!?」
そして、ボースハイトの頭に真っ直ぐ掴みかかる。
ボースハイトは急いで立ち止まった。
「なんでこっちを見て……!?」
驚きで跳ね上がった心拍を落ち着かせていたが、そんな時間はない。
ゾンビフラットリーはボースハイトの方向に走り出している。
「ボース! そっちに、向かってる!」
コレールの呼びかけに、ボースハイトはハッとした。
ゾンビフラットリーと距離を取るべく、反対方向に走り出す。
ゾンビフラットリーはボースハイトを追いかけた。
「頭ない癖に、なんで僕が見えてるような動きをするんだよ!」
「魔力を肌で感じ取っているんだ。貴様が死ぬまで追ってくるぞ」
「最っ悪!」
ボースハイトは既に息切れしてきている。
普段、魔法ばかりに頼っているから体力ないのだ。
「ボースハイトくん、空に逃げて下さいな」
バレットの言うが早いか、ボースハイトは《浮遊》魔法で宙に逃げる。
ゾンビフラットリーはボースハイトに手を届かせようと飛び跳ねていた。
ボースハイトが息を吐いたのも束の間、ゾンビフラットリーは標的をコレールに変えた。
「ひっ」
縮み上がるコレールにグロルが叫ぶ。
「コレールも浮け!」
コレールは震える身体をそっと浮かせた。
砂漠でボースハイトに習っておいて正解だった。
コレールはまだ浮き慣れていないようで、頭が下になっている。
手足をバタバタ動かして体勢を立て直そうとしているが、全く上手くいっていない。
やれやれ。
我が輩が上手い《浮遊》の仕方をレクチャーしてやるか。
我が輩も《浮遊》で宙に浮き、コレールの元に向かう。
その間に、ゾンビフラットリーの身体が別の方に向く。
「ヤベえ! 今度は俺とバレット先生だ!」
慌てるグロルの身体をバレットが自身に引き寄せ、身体を密着させる。
「ひょっ!?」
グロルが素っ頓狂な声を上げて、顔を真っ赤にさせた。
「浮きますよ。しっかり掴まっていて下さいな」
「浮けるんすか!?」
「先生ですからな」
バレットはフワリ、と宙へと飛んだ。
グロルはバレットにしがみつき、地上を見下ろす。
「凄え……」
グロルが感心している中、ボースハイトが炎の球をゾンビフラットリー目がけて飛ばす。
「食らえ!」
だが、防御魔法で防がれてしまう。
「さっきは食らったじゃん……!」
「至近距離での魔法だったから、防御魔法を発動する時間がなかったのだ」
「じゃあ、近づかないと駄目ってこと? 触れたら即死なのに? どうすんのこれ!」
ボースハイトは考えながらも、炎の球をゾンビフラットリーに向かって、がむしゃらに放ち続けた。
我が輩はコレールに《浮遊》のコツを教える作業に戻る。
「足を振って、勢いをつけて、頭を上にするんだ。腹筋を使え」
「や、やってるんだけど……! 上手く、いかない……。うう……頭に血が登ってきた……」
浮いているコレールの高度が徐々に下がる。
コレールが地面に近づいたその隙に、一般のゾンビがコレールを頭を掴んだ。
コレールの目の前に、ゾンビ達の顔があった。
「ぎゃああああああ!」
コレールは悲鳴を上げて、空をかいて、浮かび上がろうともがく。
しかし、コレールの下にゾンビ達が次々と集まり、コレールの頭を引っ張っているゾンビに加勢し始めた。
コレールはゾンビの頭をガンガンと殴るが、なかなか離れない。
「ウィナ! た、助けて!」
コレールが我が輩に向かって手を伸ばした。
こうなってしまったのは、上手く指導出来なかった我が輩の責任でもある。
我が輩はコレールの手を掴み、引っ張り上げる。
ずるずると、ゾンビ達がコレールにくっついてくる。
「なかなか執念深いな……」
「バレット先生! コレール達に寄って下さい!」
グロルがバレットに言った。
バレットは頷き、我が輩達に近寄って来た。
グロルは何をする気なのだろう。
「よし。俺、行ってくるっす!」
グロルがバレットから手を離し、落下する。
落下の勢いそのままに、コレールを掴んでいるゾンビの顔を踏みつけた。
流石に執念深いゾンビも、それには怯み、コレールの頭から手を離す。
コレールをつかむゾンビに引っ付いていたゾンビ達も、地面に叩きつけられた。
「助かった……」
コレールはほっと胸を撫で下ろした。
一方、グロルはというと、ゾンビの顔を踏み台にして大きくジャンプしていた。
どうやら、飛び降りる前に、跳躍力を上げる魔法を自身にかけていたらしい。
ジャンプの最高点に達したそのあとは、落ちるだけであった。
「うおおおおお! だっ、誰が受け止めてくれー!」
「わかりましたな」
バレットがグロルをすかさずキャッチした。
「は、はあー……。助かったっす」
「どういたしましてですな」
「ん……? うわわ! さ、さっきより近いー!」
「──グロル! 魔力足りない!」
そのとき、ボースハイトが叫び声が聞こえた。
ハッとして、コレールとグロルがボースハイトの方を見た。
ボースハイトはゾンビフラットリーに攻撃し続けていたはずだった。
そのおかげか、コレールがゾンビに掴まれていても、こちらに来ることはなかった。
ボースハイトは《浮遊》し、ゾンビフラットリーと距離を取っている。
それを確認した直後、ボースハイトは落下した。
魔力が枯渇し、《浮遊》魔法を続けられなくなったのだろう。
グロルが「まずい!」と魔力回復の魔法を使おうとするが、発動が遅い。
ゾンビフラットリーがボースハイトの落下地点まで走る。
走って、ボースハイトに手が届くところまで来た。
「ボース──!」
コレールとグロルがボースハイトの名前を呼ぶ。
ボースハイトの目と鼻の先に、即死魔法を使うゾンビフラットリーの魔の手がある。
もう間に合わない。
「全く、世話の焼ける……」
我が輩はボースハイトに、《魔力回復》を使ってやった。
魔力を回復させて直ぐに、ボースハイトは魔法を構えた。
その魔法は《浮遊》魔法ではなかった。
炎の攻撃魔法《火炎》。
至近距離での攻撃に、ゾンビフラットリーは避けられない。
「燃えろ!」
ゾンビフラットリーの体は一瞬にして炎上した。
炎の中、悶え苦しむゾンビフラットリーの影がある。
「助かったよ、ウィナ……」
グロルは我が輩にお礼を言った。