【生殺王】に会ってやろう!
墓地の手前まで辿り着くと、ボースハイトが待ち構えていた。
「遅かったね」
そう言いながら、ボースハイトはグロルの方を見る。
グロルの体調はまだ万全とは言い難く、服の下に氷を忍ばせて、体温を下げている状態だ。
しかし、自力で歩けるようになっていた。
「あ、グロル、くたばってなかったんだ。あんなに死にそうな顔してたのに」
「『もう大丈夫なの? 心配してたんだよ』くらい言えよな」
グロルはボースハイトを煽る。
ボースハイトはニッコリと微笑んだ。
「絶対言わない」
お互い、軽口を言い終わり、我が輩達は墓地の探索を開始した。
砂地に墓石が乱雑に建てられている。
墓石は斜めになっていたり、倒れていたり、割れたりしており、全く管理されていないのがわかる。
それもそのはずだ。
墓地には、至る所に死体が転がっている。
人間、動物、果ては経験値になり損なった魔物まで。
おそらく、魔物が占拠してから、人間達は近寄らなくなったのだろう。
コレール達は、ゾンビが現れると聞いていたからか、死体が起き上がることを警戒していたようだ。
しかし、死体達は全く動く気配がなく、コレール達は首を傾げていた。
「ここ、本当に、依頼書の墓地なのか? 死体がやけに多いけど……」
「ここであってる」
我が輩は即座にそう返す。
コレールは察した様子だ。
ここは墓地とはいえ、死体の数が異常に多い。
この場所には死ぬ危険があるのではないか、と。
果たして、冒険者ランクEランクの自分達が引き受けて良い依頼だったのか?
コレールはそう思っていることだろう。
実はこの依頼、Sランクの依頼である。
我が輩は《認識阻害》を使い、『この依頼はSランクの依頼ではない』と認識させていた。
冒険者ギルドの受付係は勿論、コレール達にも。
そうしてまで、この依頼を受けたかった理由ある──。
「あ……?」
不意に、我が輩以外の全員が力無く倒れた。
脈を取らずともわかる。
コレール達は死んだのだ。
つまり、あいつが近くにいる……。
「いるんだな? 出て来い」
我が輩がそいつを呼ぶ。
すると、ギギギ、と木の軋んだ音がし始めた。
音の方を見ると、一つの棺桶が砂に埋もれていた。
その棺桶の蓋がゆっくりと開いた。
蓋の上に積もっていた砂が、滝のように落ちていく。
「あれぇ……。死なない……」
棺桶の中から現れたのは、藍色のくるくると巻かれたツインテール。
次に、前髪から覗く紫色の瞳。
そして、死人のような白い肌にゴシック調のドレス。
奴こそ、我が輩が墓地の依頼を受けた理由だ。
「なんでぇ……? あたしの即死魔法で死なないなんてあり得ない……」
そうブツブツと呟きながら黒い爪をかじる。
全く、出会った生者を即死させるのは昔から変わっていないな。
「久しいな。【生殺王】メプリ」
四天王の一角、生と死を意のままに操る【生殺王】メプリ。
生者を忌み嫌っており、目に入った生者を全て屍に変えてしまう。
我が輩はこいつに会いに来たのだ。
バレットの調べにより、この辺りがメプリの根城だとわかっていた。
この場所へ来る口実作りのために、《認識阻害》を使って依頼を受けたのだ。
「は……? 何処かで会ったかしらぁ……。会った人間は全員殺してるのだけど……」
「我が輩だ。魔王だ」
「魔王様……? ああ……通りで死なない訳ねぇ……。あたしの即死魔法を無効化出来るのは、魔王様ぐらいしかいないもの……」
現に、バレットもメプリの即死魔法を無効化出来ずに死んでいる。
今、バレットを生き返らせたとしても、またメプリに即死させられるだろうから、放置しておいた。
「魔王様ぁ……なんで人間なんかに成りすましてるのぉ……?」
「それには深い理由があってな。今は気にするな」
「あらそう……。なら、深くは聞かないわ……。話すのも聞くのも嫌だしぃ……」
そう言って、メプリはそそくさと棺桶に戻ろうとする。
「待て。貴様に用があってきた」
「嫌」
「ほう?」
「……と言っても、魔王様は引き下がらないわよねぇ……」
「わかってるではないか」
メプリは棺桶に突っ込んだ足を再び棺桶の外に出した。
「それで……? あたしに何をさせる気かしらぁ……?」
我が輩は《収納》魔法で収納していたものを取り出す。
聖フラットリー展で盗んだ、フラットリーの遺骨だ。
メプリはフラットリーの遺骨を目にして、笑顔になる。
「あら、イケメン……。どちら様かしらぁ……?」
「稀代の大嘘つきだ」
千年もの間、人間達を騙し続けてきた、な。
「それで、彼をどうするのぉ……?」
「メプリよ。こいつを生き返らせろ」
そのためにこいつを盗んできたのだ。
「こいつは我が輩のいる世で、好き勝手やり過ぎた。一発殴らないと気が済まない」
フラットリーは死後千年ほど経っているらしい。
我が輩も《蘇生》を使えるが、フラットリーを完璧な状態で生き返らせるのは骨が折れる。
そこで、【生殺王】メプリの出番だ。
生と死を意のままに操るメプリならば、こいつを完璧な状態で生き返らせるくらい、造作もないことだろう。
「冗談は止してぇ……。折角のイケメンを生き返らせるなんて嫌よぉ……。生きた姿なんて醜いわ……。みんな……死んじゃえば良いのに……」
再び我が輩に即死魔法を浴びせてきた。
我が輩には効かないとわかっているだろうに……。
我が輩は呆れてため息をつく。
「貴様を、貴様の言う《《美しい姿》》にしてやっても良いのだぞ」
我が輩にはそれが出来る力がある。
メプリは心底嫌そうに顔を顰めた。
「……わかったわよ」
メプリはフラットリーの遺骨に手をかざし、《蘇生》魔法を使った。
浮かび上がった遺骨が徐々に肉付いていく。
数秒もしない内に、フラットリーは人間としての形を完全に取り戻していた。
「ほう……これがフラットリーの顔」
何処にでもいそうな、普通ん人間だ。
まじまじと顔を観察している内に、身体の再生が全て終わった。
フラットリーは一千年の時を経て、生き返ったのだ。
フラットリー教の信者が見たら、卒倒ものだろう。
しかし、当のフラットリーはぴくりとも動かない。
「おい。動かないぞ」
「この子、空っぽみたいねぇ……」
「何?」
「魂が入ってないのよぉ……」
「魂が入ってない……? そんなことがあるのか?」
「普通はあり得ないわ……。生物には必ず魂が入ってるものだからぁ……。魔法で魂を何処かへ移動させれば……こうなるでしょうけどぉ……」
要するに、生きているフラットリーには会えない、と。
それは困ったな。
あいつには色んなところで思惑を邪魔されてきた。
今に呼び出して、一発殴ってやろうという腹づもりだったのだが……。
ここまで来たのに、無駄足になってしまったではないか。
「フラットリー……。何処までも腹の立つ奴だ」
我が輩は片手で顔を覆った。
「これ……どうするのぉ……?」
メプリがフラットリーの抜け殻を指差して言う。
「そうだな……」
折角だから、有効活用させて貰おうか。