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魔王自ら勇者を育成してやろう!  作者: フオツグ
第二部 冒険者になってやろう!

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35/56

砂漠を越えてやろう!

 我が輩は美術館の外に出て、待機していたコレールとボースハイトと合流した。

 それから数時間後、ようやくグロルとバレットが美術館から出て来た。


「おい、コレール、ボース、聞いてくれよ! 大怪盗が現れたんだ!」


 グロルは目をらんらんと輝かせてそう言った。


「大怪盗……?」


 我が輩は首を傾げた。

 フラットリーの遺骨が消えた話ではないのか?


「俺達が見てる目の前で、フラットリーの遺骨を華麗に盗んでいきやがっただよ!」

「なんかそうっぽいね」


 ボースハイトに驚いた様子はない。

 彼は《思考傍受》で周りの人間が噂しているのを聞いたのだろう。

 それにしても、フラットリーの遺骨が盗まれただけなのに、どうして大怪盗が現れたことになるのやら……。


「そんなに興奮するもの? ただの盗人でしょ」

「情緒がねえなあ、ボース。一度は憧れるだろ! 高価なものを華麗に盗み出す美しい大怪盗!」

「よくわかんない」


 ボースハイトは肩をすくめた。

 我が輩もよくわからない。

 グロルは展覧客だ。

 展覧会の目玉を途中で盗まれたなら、憤慨するものだろうに。


「グロル達は、だ、大丈夫だったのか? 怪我とか」


 コレールが尋ねる。


「おう。本当に鮮やかだったぜ。瞬きしてる間にフラットリーの遺骨がなくなってた!」

「そういう話を、してるんじゃないんだけど……」

「俺、警備隊に事情聴取されちゃったよ! 人生初の事情聴取! わくわくしたぜ!」

「ああ。だから、出て来るのが、遅かったのか」


 早めに出て来て正解だった。

 事情聴取なんて面倒臭いことこの上ない。

 犯人なら尚更。


「ウィナって、騒ぎになって直ぐ出て来たんだけど、その場にいなかったの?」

「いや? いたぜ」

「ふーん……」


 ボースハイトはじっと我が輩を見つめる。

 ボースハイトには、《収納》も《認識阻害》も見せている。

 我が輩が犯人だと勘づいたのかもしれない。

 グロルは大怪盗とやらに興奮して違和感に気づいていないようだ。

 コレールは我が輩達の心配をするのに手一杯なようだ。

 たった一人気づいたボースハイトは、こちらを見てニヤニヤ笑うだけで、我が輩を追求する気はない様子だ。

 その方が我が輩も楽だ。


「話は変わるが、次に受ける依頼を我が輩が選んでおいてやったぞ」

「え!? いつの間に……」


 コレールが驚く。


「グロルとバレットを待つ間暇だったから、散歩ついでに冒険者ギルドに行っていた」

「で、何の依頼?」


 ボースハイトが聞いた。

 我が輩はフッと笑い、四人に依頼書を見せる。


「ゾンビの討伐依頼だ」


 依頼書によれば、墓地からゾンビが出現し、近隣の村を襲っているという。

 そのゾンビを何匹か討伐して欲しい、という依頼だ。

 ボースハイトは依頼書に目を通して言った。


「場所は砂漠の真ん中だね」

「そうなのか?」

「いや、お前が選んだ依頼なんだから、下調べくらいしろよ」

「さっき選んだ依頼なのだ。下調べする時間なんてなかろう」


 ボースハイトは呆れた顔をした。


「砂漠はかなり熱いから、具合悪くなったら早めに言えよ」


 ボースハイトの忠告に、我が輩達は頷いた。


 □


 砂漠。

 照りつける日差しから我々を守ってくれるものは、この不毛な土地にはない。

 砂に足を取られつつ、我が輩達は砂漠を進んでいた。

 前を見ても、地平線が延々と広がっているだけだ。

 全く前に進んでいないような錯覚さえ覚える。


「そ、想像以上に熱い、な……」


 コレールは滝のように流れる汗を腕で拭う。


「防具、脱ぎたい……」

「こういうのって、脱いだ直後に魔物から襲われたりするんだよねえ」

「う、やっぱり、我慢する……」


 コレールの横で、ボースハイトは魔法の冷風を浴びながら、《浮遊》魔法でふわふわ浮いている。

 コレールは羨ましそうにボースハイトを見た。


「その魔法、良いな……。ボース、教えてくれないか」

「良いよ」


 そう言って、ボースハイトはコレールを宙に浮かせた。


「うわあ! 浮く魔法の方じゃ、なくて!」

「くすくす」


 ボースハイトは悪戯っぽく笑った。

 コレールを弄んでいる。

 バレットとグロルは我が輩達から一歩後ろを歩いていた。

 我が輩とバレットの体は擬態体──魔法で形作られた体であるから、魔法での体温調節は比較的簡単だ。

 ただ、砂上の歩きにくさはどうにもならない。


「グロルくん、大丈夫ですかな?」


 バレットがグロルの顔を見て尋ねた。

 グロルの顔は真っ赤で、肩で息をしている。


「へ……?」

「顔色が悪いようなので……。少し休憩しますかな?」

「これくらい何ともないっすよ! へ、へへへ……」


 とは言いつつも、グロルの足取りは重い。

 グロルに合わせるため、我が輩達の歩きも必然と遅くなる。

 ここは砂漠の真ん中だ。

 いつ砂漠の魔物とエンカウントしてもおかしくない。

 そのとき、ドン、と大きな音がして、足場が大きく揺れた。

 グロルがバランスを崩して、その場に尻餅をつく。


「じ、地震!?」

「いや、これは……」


 地中から砂をかき分け、自身の元凶は姿を現した。


「サンドワームだ!」


 砂に住まう虫の魔物、サンドワーム。

 砂漠地帯には、必ずこいつが地中に潜んでいる。

 サンドワームは長い胴体をうねうねと動かし、複数の足をバラバラと動かしている。


「グロル! 能力上昇魔法頼む!」


 コレールが体勢を立て直し、拳を構えた。

 そのとき、異変は起きた。


「あ……?」


 グロルがよろめき、後ろに勢いよく倒れた。


「グロル!?」


 □


「──熱中症ですな」


 バレットがグロルを診て、冷静に言う。

 サンドワームはグロル以外の全員で倒せた。

 しかし、グロルの体調はあまり良いとは言えない。

 グロルは顔を真っ赤にしながら、肩で呼吸を続けている。

 魔法で作った氷を頭と首に当てて、グロルの体温を下げようと試みる。

 しかし、砂漠の真ん中では、氷なんて直ぐに溶けてしまう。


「はあ~!? 熱中症!?」


 ボースハイトは足を揺らし、怒りを露わにしている。


「僕、具合悪くなったら言えって言ったよね!? ぶっ倒れるまで言わないなんて信じらんない!」

「ごめん……。みんなに、迷惑かけるって、思って……」

「ぶっ倒れられる方が迷惑なんだけど!?」

「ぼ、ボース、落ち着いて」


 コレールが嗜めようとするが、ボースハイトはますますヒートアップする。


「砂漠のど真ん中で足止め食らうなんて、本当最っ悪! 自分の健康管理くらいちゃんとしろよな! 子供じゃないんだからさあ!」

「ごめん……」

「はあ~! 早く砂漠抜けたいってのにお荷物増えちゃったじゃん!」


 グロルが何も言わないかと思ったら、ぽつりと小さく呟いた。


「そんな言い方ねーじゃん……」

「はあ? お前、自分のこと棚に上げる訳? 病人だからって怒られないとでも思ってる? 自業自得なのに?」

「ボース! 今は、文句を言ってる場合じゃないだろ!」


 コレールがボースハイトを強い口調で咎める。


「熱くて、イライラしてるのは、お前だけじゃない。今は、グロルが少しでも回復するのを、待とう」

「熱砂のど真ん中で待てだって? 嫌だね。僕は先に行くよ。依頼書の墓地前で落ち合うってことで」

「一人じゃ、危険だ……!」

「ご心配なく。僕は元々、一人で世界中を旅してたんだ。お前らがいなくても平気だよ」


 ボースハイトは背を向けて歩き出した。

 直ぐにボースハイトの姿は見えなくなった。


「本当に、行っちゃった……」


 コレールはグロルに近寄って、しゃがみ込む。


「グロル、ごめんな……」

「なんでコレールが謝んだよ……。今のはボースが悪いだろ」

「ボースは、グロルを心配して、強く言ったんだと思う。もしグロルの不調の発覚が遅れて、手遅れになったりしたら……俺も嫌だし、早く言ってくれたら、って思うから……」


 グロルは何も言わずに聞いている。

 具合が悪いからなのだろうか、それとも何か思うところがあるからなのだろうか。


「ボースのこと、許してやってくれ。あと、具合が悪くなったら、遠慮せず、言ってくれ。俺達はパーティなんだから」

「ああ……。悪ぃ」


 ボースハイトの件が一段落したのを見て、我が輩は口を開く。


「とりあえず、グロルの体を冷やしたら良いのか?」

「え? ま、まあ……」

「では、《吹雪》を浴びせてやろう」

「え!?」


 我が輩はグロルの全身に、冷風を浴びせかけた。

 真っ赤だったグロルの顔が、どんどん真っ白になっていき、ガタガタと震え出した。


「さ、さ、寒ぃー!」

「ウィナー!」


 我が輩はコレールに滅茶苦茶怒られた。

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