過去を話してやろう!
報酬が入るのは明日になった。
我が輩達は宿代を浮かせるため、野宿をすることになった。
五人で焚き火を囲み、森の探索中に採取した果実を食す。
こうしていると、ティムバーの森で修行したときのことを思い出す。
グロルが取り繕わなくなったときも、同じように焚き火を囲んでいた。
そのときは四人だったが、今はバレットが加わり、五人となった。
バレットがいるからか、グロルはまだ猫を被ったままだ。
悔しいことに、あの口の悪いグロルが恋しくなっている我が輩がいた。
「グロルくん、そろそろ演技は止めにしませんかな?」
バレットは単刀直入にそう言った。
直球過ぎて、コレールがおどおどと二人の顔を交互に見ている。
当のグロルはというと、けろっとした顔をしている。
「演技なんてしていませんよ?」
グロルは微笑みを讃えたままそう言った。
グロルはそう言って誤魔化すしかないだろう。
「私もパーティの一人なんですから、隠し事はなしにしましょう。私にはわかっています。グロルくんが本当はフラットリー教を信じていないこと……」
バレットはそう諭す。
すると、グロルは急にすくっと立ち上がった。
……かと思うと、ドカッとあぐらをかいて座り直した。
「バレちまってんなら仕方ねーですね! そうです! 俺はフラットリー教なんて信じてません! フラットリーなんざクソ食らえですよ! ぎゃははは!」
グロルは口を大きく開けて、唾を撒き散らしながら笑った。
「ぐ、グロル!」
コレールが名前を呼んでグロルを咎める。
「ば、バレット先生は、フラットリー教を、信じてるんだぞ! そ、そんなこと言ったら、怒られる!」
「平気平気! 俺様が信じてねえように見えたってこたあ、先生だって信じてねーのさ。ですよね? 先生」
グロルがバレットに同意を求めた。
バレットは静かに目を伏せる。
「前々から、フラットリー教に不信感がありました。それが、凱旋パレードの一件で、完全に信じられなくなりましたな」
バレットはフラットリー教に愛想を尽かした理由を、淡々とした口調で語り始めた。
「フラットリー文書の解釈が間違っていたことは別に構いません。古い文書の解読は難しいものですなら。ただ、間違った解釈を流布していた信者達がこぞって、私の教え子達を『魔族だ』と責め立てたのには、腹が立ちました」
バレットは額に手をやる。
「結果、ウィナくん達が責任を取らされ、国を追われるなんて、おかしな話です」
「バレット先生……」
流石、バレットだ。
器用な嘘をつく。
「ふ、不信感があったのに、フラットリー教を信じてたんですか? どうして……」
コレールがバレットにそう尋ねた。
「先生も孤児院出身なんじゃねーか」
すると、グロルがすかさず答えた。
「ど、どういうこと?」
コレールが首を傾げる。
「俺がいた孤児院はフラットリー教のものだった。多分、他のとこでもそうだと思う。孤児院では、毎日のようにフラットリー教の聖書を音読させられてた」
グロルは「へっ」と馬鹿にしたように笑う。
「子供の頃に刷り込まれた教えが間違ってたなんて、普通は考えもしねーだろ。ま、俺様は自力で気づいたけど」
グロルの言葉に、バレットは頷いた。
「グロルくんのおっしゃる通りですな。私には、フラットリー様を信じる以外の道がありませんでした」
「そう、なんですね……」
コレールはバレット達の話を完全に信じ切っているようだ。
「……結構、そういう人って、僧侶に多いんですか?」
「そういうとは?」
「その……孤児だったって、いう……」
コレールが口をもごもごさせながら、バレットにそう尋ねた。
ああ、とバレットは何か理解したような顔をした。
「多いと思いますな。魔物に両親を殺されたり、両親に捨てられたりして、孤児院にいた子は。勿論、純粋に信じている人もいたと思います」
「そう……なんですね……」
コレールは徐々に顔を下に向ける。
「今まで、僧侶は、悪い奴だと、思ってました。魔法を使うし、胡散臭い宗教を信じてるし……」
コレールは拳をぎゅっと握り締めた。
「でも、信じざるを得ない環境で、育ったんですね……。今まで、邪険にして、申し訳なかったです……」
そう言って、コレールはバレットとグロルに頭を下げた。
「ぎゃはは! お前真面目過ぎ!」
グロルはそれを明るく笑い飛ばした。
「知らなかったなら仕方ねーって! ま、コレールは良いとこの坊ちゃんっぽいしなあ」
「い、今は、そういう話、してないだろ」
「でも、勇者の子孫だから良いご身分なんだろ?」
「爵位は、賜っているけど……」
「お貴族様かよ! じゃあ、敬語使わないとな! コレール様!」
「止めてくれ……。ご先祖様が認められたってだけで、俺は、何もしてないんだから……」
「つうか、貴族様なら家から離れるのダメじゃねーの? コレール様」
「だから、止めてくれって……。……俺は三男だから、自由にさせて貰ってるんだ。兄達も、しっかりしてるしな」
「兄? 兄がいんの?」
「うう……」
グロルの質問攻めにコレールは頭を抱えた。
「そ、そうだ、ウィナ! ウィナは、魔法の知識、誰に教えて貰ったんだ!?」
コレールはグロルの質問攻めから逃れるため、我が輩に話を振った。
我が輩に振られても困る。
バレットと違って嘘の経歴など、準備してないのだが。
「あっ! それは俺も気になるぜ!」
残念なことに、グロルが乗っかってきてしまった。
期待に満ちた目で見つめられ、答えない訳にもいかなくなってしまった。
「誰に、と言われてもな…」
生まれてから、我が輩の周囲は敵だらけだった。
戦わなければ食われる。
勝たなければ死ぬ。
我が輩は生きるため、がむしゃらに戦った。
魔法はその環境の中で、自然と身についていた。
それをなんと言えば良いのか……。
「……独学?」
我が輩はそう答えた。
「独学って……。そりゃ、無詠唱魔法なんて人からは習わねーよな」
「僕、ウィナの過去予想ついてるよ」
ボースハイトは自信がありそうな顔で言った。
「魔物に育てられたとかでしょ。正直に言って良いよ。僕、軽蔑しないから」
「うーん……」
我が輩は腕を組み、悩みに悩んで、答えた。
「あながち……間違いではない」
「やっぱりね」
ボースハイトが得意げに笑う。
「へー。そういうことってあるんだな。フィクションだけの話だと思ってたぜ」
「で、でもなんか、納得したな。……ウィナ、普通の人とは、違うから」
グロルとコレールは何処か納得した様子だった。
「魔物に育てられたのに、なんで魔王を倒すための勇者学院に来たの? 敵じゃん」
「全ての魔物が、魔王の配下という訳ではない」
これは事実だ。
魔物は強い者に付き従う。
それは魔物の本能だ。
だからこそ、「我こそが最強だ」と宣う者もいるにはいる。
千年は我が輩の前に現れなかったが……。
「人間達には魔王を倒して貰わねば困る。だが、昨今の人間は弱い。弱過ぎる! だから、我が輩は勇者を探すべく、勇者学院に来た」
「へえ。ウィナは仲間探しに来たって訳か」
つい熱くなって本音が出てしまったが、勝手に理由を補完してくれたようだ。
バレット、グロル、コレール、我が輩の話ときて、自然と皆の目がボースハイトへと向いた。
「さて次は……ボースくんのお話も聞きたいなあ?」
グロルはニヤニヤと笑いながら、ボースハイトを見た。
「はあ? 僕?」
「悪名高い魔法使い・ボースハイトになるまでの過程に滅茶苦茶興味があるぜ」
確かに、とコレールが同調する。
「勇者学院に来る前は、旅をしていたんだよな」
「まあね」
「目的は、なんだったんだ?」
「目的……」
ボースハイトは何かを探すように、目線を空にやった。
「なかったのか?」
「知らない」
「し、知らないって……。自分のことだろう?」
「僕には生まれたときの記憶がないんだ」
「それは、みんな、そうだろ? 生まれたときの記憶がない、なんて」
「じゃあ、自分の名前すら覚えてないのも、みんなそう?」
ボースハイトは素朴な疑問を口にしたような顔で言う。
コレールをからかっている様子ではない。
「それは……」
コレールが言い淀んだ。
それが答えだと言っているようなものだ。
ボースハイトはそれを理解した後、語り出した。
「僕は、僕のことが知りたくて、僕を知ってる人を捜したよ。いつの間にか使えてた魔法《思考傍受》で、片っ端から人の頭の中を覗いていった」
「どう、だったんだ……?」
コレールの質問に、ボースハイトは首を横に振った。
「僕を知っている人はいなかった。そうしている内に、お腹が空いた。でも、お金なんてなかったから、魔法を使って盗んで食べた」
我が輩は前にグロルから聞いた、ボースハイトの悪事を思い出す。
盗み、食い逃げ、恐喝の常習犯──。
「その後も、生きるのに必要なら何でもした。そうして生きてきて、ついた名前は【悪意」
ボースハイトは本当の名前ではなかったのか。
誰かに呼ばれた名前が名前になる。
名前とは、得てしてそういうものなのだろう。
我が輩の【剿滅の魔王】という呼び名も、そのようなものだ。
「人間達は僕が《思考傍受》が使えると知ると、僕を魔族だなんだと罵って、石を投げてきたっけ。そうなのかもしれないね。僕は外側だけ人間で、中身は魔族なのかも」
ボースハイトはコレールに顔をずい、と寄せ、ニヤニヤと笑った。
「僕はお前の妹を殺した奴の仲間だよ。ねえ、コレール。僕が憎い?」
「お前はまた、そうやって茶化す……」
コレールが呆れている横で、グロルは腕を組んで考え込んでいた。
どうした、と声をかけようとすると、突然、グロルが立ち上がった。
「──よし、決めた!」
「……何を?」
「旅の目的に『ボースを知ってる人捜し』を追加だ!」
「は?」
コレールが頷いた。
「い、良いね。そうしよう」
「待って。僕は賛成してない」
「グルメ旅と魔王メプリ討伐のついでだ、ついで! ぎゃはは!」
グロルは豪快に笑った。
グルメ旅、魔王メプリ討伐、ボースの人捜し……。
やることは山積みだな。
大変だが、やることがないよりはマシだ。
「魔王メプリ……な か」
コレールはポツリとそう呟き、北の空を見上げた。
「やっぱり、【魔族大陸】にいるのかな……」
「【魔族大陸】?」
我が輩は首を傾げる。
「ここから、ずーっと北の方に、魔族だらけの大陸があると、言われてるんだ。【魔族大陸】は、前人未踏の地。上陸した人間は、二度と、帰ってこないと言われている……」
「ふむ……」
北の方か……。
我が輩の城がある方角だな。
城の下は確かに、我が輩の鍛えた魔族共が住んでいる。
間違いだらけの人間にしてはなかなかやるではないか。
しかし、【生殺王】メプリは疎か、四天王は魔王城周辺にはいない。
勇者達は各地に配備された四天王を倒し、我が輩の元へ辿り着く──というシナリオを描いていたためだ。
だから、【生殺王】メプリはこの大陸にいる。
メプリが何処にいるかは、我が輩も把握してない。
「【魔族大陸】は、冒険者ランクS以上の冒険者でないと、上陸する権利を得られません。魔王メプリを倒しに行くには、ランク上げが必須ですな」
「Sランクか……気が遠いな」
楽しいお喋りの時間はあっと言う間に過ぎ、気づけば空が白んでいた。




