仲間を鼓舞してやろう!
コレール、ボースハイト、グロルの三人は目の前に現れる魔物を蹴散らしながら、洞窟を進んでいた。
「全く、洞窟で一人はぐれるってどういうこと? 死んでるんじゃないだろうな」
「ぎゃはは! ウィナがあっさり死ぬようなタマかよ。そのうちけろっとした顔で戻って来るぜ」
「でも、心配だ。ウィナ、戦おうとしないから。何か戦えない理由が、あるのかもしれない。は、早く、合流出来れば、良いけど……」
三人にはまだ、会話をする余裕があるようだ。
だが、魔王ルザの居場所がわからずに進んでいて、いつ心が折れてもおかしくない。
引き返す前に、魔王ルザに現れて貰う必要がある。
「こっちの道は行き止まりか……」
三人は来た道を戻ろうと踵を返す。
そこに小さな魔物が飛び出してきた。
「スライム……?」
スライムはぽよんぽよんと跳ねながら、三人の前に立ちはだかる。
三人は首を傾げる。
「この洞窟、スライムなんていたんだ」
「な。全く見かけなかったよな」
「せ、生息していない、魔物……。あ、怪しい。気をつけよう」
コレールが恐る恐る近づく。
すると、スライムはぷるぷると身体を震わせながら言った。
「ふ、ふはははははあ。よく来たなあ、人間共よお。ぷるぷる。ルザは悪いスライ──じゃなかった。ルザは悪ぅい魔王様だぞう」
「は?」
三人は更に首を傾げる。
「魔王ルザ……? これが?」
「見るからに弱そうなんだけど」
「さ、流石に、その姿で魔王は、ないんじゃ……」
「ほ、本当だぞう! 本当に魔王様なんだぞう!」
スライムは憤りをジャンプで表現した。
「えーとえーと。じゃあ、見てて下さいねえ……。へーんしーん! てえーい!」
かけ声の後、ルザの身体がぶくぶくと膨張していく。
体は通路いっぱいに膨張し、弾けた。
破裂した中から現れたのは魔王の本当の姿だった。
二本の角、ギョロギョロとした魔眼、大きなかぎ爪、長い尾、大きな翼。
姿の定まらない黒いモヤがかかった身体に、
それらのパーツがツギハギのようにくっついている。
種族をごちゃ混ぜにしたその風貌は、三人に得体の知れない恐怖を与えた。
「ひ、ひいいいいい!」
コレールが悲鳴を上げ、尻餅をついた。
「マジかよ!」
「グロル、能力上昇! 早く!」
グロルはボースハイトの言葉にはっとして、直ぐさま能力上昇魔法を二人にかける。
ボースハイトは自身に能力上昇魔法がかかったことを確認すると、魔王ルザへと向かっていく。
「おい、コレール! ボースに続け!」
「た、立てない……」
「俺が死なせねーから安心しろ! 立て!」
そう言った後、グロルが気づく。
魔王ルザの視線の先。
そこにコレールがいることに。
「ヤベえっ……コレール! 避けろ!」
グロルが叫ぶ。
魔王ルザの《爆発》がコレールに向かって放たれる。
「ひいっ……!」
咄嗟に《防御》を使ったが、《爆発》をまともに食らい、《防御》が解けてしまう。
魔法を使い始めたのは最近だから、あまり強固な《防御》魔法ではなかったのだ。
むしろ今までよく破られなかったと思う。
《防御》の破れたコレールに追い打ちをかけるように、ルザが鉤爪振りかぶった。
「う、うわあああああっ!」
コレールの悲鳴が洞窟内に響き渡った。
「あれ……?」
しかし、コレールに思ったような痛みは来なかった。
咄嗟に瞑っていた目を開けると、そこにはかぎ爪に身体を貫かれたボースハイトがいた。
ズルリと身体からかぎ爪が抜かれる。
「うえっ……」
地面に血をボタボタと落としながら、ボースハイトは倒れる。
「ぼ、ボー、ス……」
呆然としているコレールに魔王ルザが再び鉤爪を振り上げた。
そのとき、魔王ルザの角にコツンと何かが当たった。
魔王ルザは何かが当たったところに鉤爪をやる。
今度は鉤爪にコツンと当たった。
「こっちだ! 魔王!」
グロルが魔王ルザにその場で拾った小石を投げている。
魔王ルザはグロルを目で捕らえ、そちらに魔眼を向けた。
「俺が気を引く! コレール! やれ!」
グロルはそう言って、再び拾った小石を投げる。
魔王ルザの目に睨まれ、グロルは震えた手から小石が零れる。
「こ、怖ぇな。コレールが腰抜かすのもわかるわ……」
グロルが引きつった笑顔を作る。
膝も笑っていて、逃げられない。
もはや笑うしかないのだろう。
グロルの前に魔王ルザが歩み寄り、長い尾で横から殴った。
吹き飛ばされたグロルの身体は壁にぶつかってから地面に落ち、そのまま動かなくなった。
□
「はあ……! はあ……!」
コレールは魔王ルザがいる場所から、逃げ出していた。
涙と冷や汗でびしょ濡れになりながら役立たずの足を引きずり、魔王から出来るだけ離れようとしている。
「逃げるつもりか」
コレールの前に我が輩が立つ。
コレールは悲鳴を上げ、化け物を見たような目で我が輩の顔を見る。
「うぃ、ウィナ……!」
「自分で言い出したことだろう。魔王を倒すと」
コレールは汗と涙を飛ばしながら、ぶんぶんと首を横に振った。
「だって、無理だ! あんなのに、敵いっこない! 俺達は、思い上がってたんだ……! ドラゴンを倒して、レックレスにぎゃふんと言わせて、今の俺達なら魔王ルザにも勝てるかもって!」
頭を抱えて、震える。
「愚かだった……! 少し考えたら、わかることだったのに!」
「だから、仲間を置いて逃げ出すのか。貴様の先祖、タイレのように」
「うるさい……うるさいうるさい! 何も知らない癖に、知ったようなことを言うなよ! タイレは臆病だって? じゃあ、自分が同じ立場だったらどうなんだよ! タイレと同じ選択をした癖に! 好き勝手言いやがって!」
いつもの吃音はなく、次から次へと言葉が出て来る。
我が輩はそれを黙って聞いていた。
「タイレにだって家族がいたんだ! 母がいて、父がいて、妻がいて、息子がいた! 守るべき家族がいた! 死ぬ訳にはいかなかった!」
コレールは頭をガリガリとかく。
「命乞いをして、生きたいと願って、何が悪いんだよっ!」
コレールは切れた息を整える。
コレールの言葉が終わったのを見て、我が輩が口を開ける。
「ボースやグロルは守るべき仲間じゃないのか?」
コレールは目を見開く。
我が輩はため息をついて、コレールに手をかざす。
コレールは手から逃れようと後ろに下がった。
「今、貴様に全ての能力を向上させる魔法をかけてやった。その力をどう使おうが、貴様の勝手だ」
そう言って、我が輩はその場から離れた。
コレールはその力を魔王に立ち向かうのに使うのか。
それとも、逃げるのに使うのか。
見ものだな。