勇者の子孫・コレール
戦士科の入学試験は、勇者学院ブレイヴの校庭で行われる。
綺麗に整地された校庭に、戦士科を受ける入学志願者達は集まっていた。
どの入学志願者も防具を身につけているが、その上からでもわかるくらいに屈強な肉体をしている。
我が輩の擬態体は人間の平均に合わせたつもりだが、これならもう少し大きくても良かったかもしれない。
身体のサイズもさることながら、奴らの魔力量にも我が輩は目を剥いた。
その図体からは考えられないほど魔力量が少ないのだ。
これでは肉体の持ち腐れだ。
おかしいな。
我が輩を倒させるため人間にも使えるようにして魔法を広めるようにもしたはず。
魔法を使っていれば、必然的に魔力量も増えるはずなのだが……上手く伝わってなかったのか?
「あ、あのう……」
「むっ」
我が輩が後ろを取られるなど不覚。
魔力量が少なくて気がつかなかったぞ。
振り向くと、そこには背の高い男が背中を丸めて立っていた。
男は水色の髪を後ろでくくっていて、金色の目を眼鏡越しにもわかるほどキョロキョロと泳がせている。
「これ、お、落としたぞ」
眼鏡の男はおどおどしながらスッと手を差し出す。
見ると、男の手の中には我が輩の受験票が握られているではないか。
バレットに落とすなと何度も念押しされていたものだ。
危なかった。
これを落とすと入学試験が受けられぬらしいからな。
「大義であった」
我が輩は受験票を自然に受け取る。
すると、眼鏡の男はきょとんとした。
その様子を見て、我が輩もきょとんとしてしまう。
今我が輩、普通の人間っぽく受け取ったよな?
ちゃんと手も使ったし……。
何か変だったか?
首を捻っていると、眼鏡の男は笑う。
「は、はは。お、面白い言葉遣いだな、君。服装も普通の人じゃなさそうだし。も、もしかして、王族だったりする?」
いかにも、魔王である。
……おっと、今は言えなかったな。
しかし、この言葉遣いは変なのか?
バレットには何も言われなかったぞ。
……まあ、面白い言葉遣いという認識程度なら、わざわざ変える必要もあるまい、
「王族ではない。我が輩の名はウィナだ」
我が輩は用意していた偽名を堂々と名乗る。
「貴様も名を名乗るが良い。後で褒美を与えよう」
「お、俺はコレール・ムート。お、お礼なんていらないぞ。あ、当たり前のことを、したまでだ」
コレール・ムートか。
謙虚な男だ。
体躯は良いが、この魔力量と自信のなさ……試験では落ちそうだな。
他の入学志願者も合格するような実力者はいないように思える。
差異はあるが、五十歩百歩と言ったところ。
だが、期待していない訳ではない。
我が輩が勇者に求めるものは心だ。
我が輩の強さを前にしても折れない不屈の精神。
その持ち主がなかなか見つからないのだが。
「そ、そろそろ試験始まるみたいだ。が、頑張ろうな、ウィナ」
「誰にものを言っている」
我が輩はフン、と鼻を鳴らした。
「──戦士科の入学志願者諸君っ!」
校庭に耳障りな大声が轟いた。
声を発したのは、身体が大きい男だった。
校庭にいる人間の中で一番大きいのではなかろうか。
人間に扮している我が輩と比べると、オーガとゴブリンくらい大きさが違う。
あれが試験官だろうか。
「待たせたなっ! 入学試験を始めるぞっ! 入学試験は単純明快っ! 試験官のこの俺を、倒すことだっ!」
試験官は足を開き、腰を落として、手を叩く。
「入学志願者全員でかかってこいっ!」
……などと大口を叩いているが、大して強くはない。
大声に相応しいほど大きい身体を持った男だが、魔力量は入学志願者に並ぶほど少ない。
我が輩は戦闘が好きだが、弱い者いじめは好かない。
……ふむ。
試験官の行く末は《《奴ら》》に任せるか。
「入学志願者だからって馬鹿にしやがって!」
「俺達を甘く見てんじゃねえぞ!」
「全員でかかってこい」なんて「貴様らが束でかかっても大したことがない」と言っているようなもの。
血の気の多い若者達のプライドを傷つけるには十分だろう。
「ウオオオオオオ!」
入学志願者達が雄叫びを上げながら試験官に襲いかかる。
………………遅いな。
攻撃が当たるまで一体何秒かかるんだ?
これでは、いくらあの《《弱そうな》》試験官でも避けてしまうぞ。
我が輩が思った通り、試験官は向かってくる拳や足を難なく躱した。
「他愛もないっ!」
「くっ……まだだっ!」
入学志願者達はめげずに試験官へ立ち向かう。
しかし、何度攻撃を繰り出しても、試験官の体に擦りさえしなかった。
「く、クソ……全然当たんねえ! 早過ぎる!」
いや、お前らが遅過ぎるんだ。
「がっはっは! まだまだだな、ひよっこ達よっ!」
あの遅さでは避けて当然だ。
その後も入学志願者達が果敢に挑むが、全て躱される。
試験は長丁場になりそうだな。
我が輩は一つ、欠伸をした。
「き、君は行かないのか?」
コレールがもじもじしながら、我が輩の横に立つ。
「我が輩が行ったら試験官は再起不能になる。他の者達の実力も試験官に見せなければ、試験なるまい」
「ウィナは、自分が強いって、自信があるんだな」
「事実、強いのだ。そういう貴様は行かないのか? 今ならおこぼれが貰えるかもしれないぞ」
「た、多勢に無勢だぞ。し、素人が何人かかっても、倒せやしない」
その試験官が素人同然なのだが……。
しかし、自分のレベルがどの程度かわかっているのは悪いことではない。
過信とは、油断である。
自分の弱さをわかっていない者ほど、足下をすくわれやすいのだ。
「《《俺がいなければ》》の話だけど」
「……ほう?」
なかなか言うではないか。
「もっと強い奴はいないのかあっ!」
いつの間にか、入学志願者達のほとんどが疲れ果て、倒れ伏していた。
暇を持て余したらしい試験官は、空へ向かって叫んでいる。
正直、うるさい。
雄叫びを上げ続ける試験官の前に、コレールが立つ。
「お、お願いします」
周囲を見ると、立っている入学志願者は我が輩とコレールだけとなっていた。
丁度良い。
コレールの実力を見せて貰おうではないか。
コレールは深呼吸を一つして、構える。
あの構え……何処かで見たような気がする。
はて、何処だったか……。
「かかってこいっ!」
「……行きます」
コレールが地面を蹴り、間合いを詰める。
早くもない。
いや、他の入学志願者と比べればわずかに早いか?
コレールの攻撃はシンプルなものだ。
勢いを上手く利用した頭突き。
それは試験官の顎に綺麗に入った。
「うごっ!」
試験官が倒れる。
我が輩は、コレールの構えと頭突きを見て、思い出した。
あれは昔、我が輩と対峙した勇者が使っていたものだ。
確か、なんちゃら格闘術の使い手って言ってたな。
自分の名前をつけてて、腹を抱えて笑った覚えがある。
えーっと、何だっけ……?
「い、今のは……!?」
「こ、これはタイレ格闘術だ」
「タイレ……!? タイレ格闘術だと!? 魔王と対峙して生きて帰ってきた、あの伝説の勇者タイレの!?」
そうだ。
タイレだ。
あの勇者の名前。
しかし、伝説の勇者って大袈裟な……。
勇者タイレは我が輩の顔を見て、直ぐに逃げ出した腰抜けだぞ。
「なんでそんな格闘術を知って……お前、まさか! 勇者タイレの子孫かっ!」
コレールがあの勇者の子孫!?
確かにコレールのおどおどとした挙動は命乞い勇者に似ている……気がする。
コレールが立ち上がれないでいる試験官に背を向け、我が輩に歩み寄る。
まさか、試験に落ちると思っていたコレールが試験官を倒してしまうとはな。
いや、コレールはあえて自身のことを弱く見せていたのだろう。
本来の魔力量を隠しているから魔力量が少なく見えたんだな。
相手が侮っている間に倒すとは、なかなかの策士ではないか。
「──さて……」
我が輩はコレールに歩み寄る。
コレールは我が輩に気づき、はにかんだ。
「わ、悪いね。き、君の強さ、試験官に見せられなくて」
「いいや、これからが我が輩の出番だ」
「え?」
我が輩はフッと笑う。
「相手をしてくれるだろう? コレールよ」
コレールはきょとんとした顔をする。
暫くして、我が輩の言葉の意味を理解すると、我が輩を睨みつけた。
「い、今の聞いて、よく俺に挑もうと思ったな。俺は、勇者タイレの子孫だぞ」
「臆病勇者の子孫だから何だと言うんだ?」
コレールが顔を強ばらせた。
「臆病……だって?」
「魔王に怖じ気づき、《《仲間を捨てて》》逃げ出した。これが臆病でなければ何という?」
コレールの顔が見る見るうちに赤く染まる。
事実、タイレは死にゆく仲間の目の前で命乞いをした挙げ句、仲間を見捨てて逃げ出した。
我が輩はその情けない後ろ姿に呆れ果て、とどめを刺す気すら起きなかった。
タイレはとんだ臆病者だった。
「今の言葉、撤回しろ」
「させてみよ。力尽くでな」
コレールが先程の構えを取る。
タイレ格闘術だったか?
まあ、何でも構わん。
「さっさと来い」
コレールが足を踏み出す。
足は遅いが、避けてやる義理もなかろう。
コレールのタックルを我が輩は自分の腹で受け止める。
「び、ビクともしない……!?」
「驚くのは早いぞ」
次の瞬間、コレールが血を吹き出した。
「なっ……!?」
コレールはその場に倒れる。
何が起こったのかわからぬようで、目を白黒させていた。
「な、何をしたんだ……!?」
「何。ただ、魔法で我が輩の防御力を少し上げただけに過ぎぬ。今のは貴様のタックルの反動だが……かなりのダメージになったようだな」
それだけ良いタックルだったということだ。
だが、相手が悪かったな。
今の我が輩のように魔法で防御力を上げればコレールのタックルは更に威力を増す。
増すどころか、反動のダメージすら受けなくなるだろう。
魔法を使わず魔王に挑むなど愚の骨頂だ。
それを今、コレールの身に叩き込んでやったという訳だ。
……今の我が輩、凄く勇者を育成している感が出ていたな?
この調子で我が輩好みの勇者をどんどん育成してやろう──
「お、お、お前、魔法を使ったのか」
「ん? ああ、勿論」
そう答えると、コレールの目の色が変わった。
「魔族め……!」
思わぬ言葉にドキッとする。
バレた……だと?
上手く人間に擬態しているはず……。
「何を言う。我が輩は人間だ。何処をどう見ても人間だろう?」
同意を求めようと周囲を見る。
周囲の人間の目も、コレールと同じ。
蔑むものになっていた。
これは一体……。
「魔法を使う奴は全員魔族だ……!」
確かに、魔法を人間に伝えたのは我が輩だ。
もしや、そのことが曲解して伝わり、「魔法を使える人間も魔族」と言われるようになったのか?
通りで戦士科の試験官も入学志願者達も魔法を使わない訳だ……。
……そこで我が輩の頭の中に、一つ疑問が浮かんだ。
「はて。この学院には魔法科もあったはずだが……」
「あいつらも魔族だっ! 陛下は魔族に騙されているっ! 魔族を国にいれるべきではないっ!」
試験官が地面に伏せながら叫ぶ。
それに続くように入学志願者達も叫び始める。
「そうだそうだ!」
「魔族は国から出てけ!」
「俺達が勇者だ!」
彼らは地面の砂を掴み、我が輩に投げつけ始めた。
我が輩は訳のわからないまま、校庭から追い出された。