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魔王自ら勇者を育成してやろう!  作者: フオツグ
第一部 勇者学院に潜入してやろう!

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19/56

夜中に抜け出してやろう!

「グロル兄!」


 怪我人達の間を縫って、少年が我が輩達の前に現れた。

 少年は傷だらけであり、背には幼い少女を乗せている。

 少女は手をだらんと垂らし、少年の背に顔をつけている状態だった。


「ピエタ!」


 グロルが少年ピエタに駆け寄る。


「知り合いか?」

「教会で一緒だった子です……。ピエタ、どうしたのです?」

「イーズが……イーズが魔物に襲われて怪我をしたんだ! 治してよ!」


 イーズというのは背中の少女のことらしい。

 グロルは少女イーズの顔を覗き込んで、顔を強ばらせた。


「他の人達はもう治らないって言うんだ。嘘だよね? イーズは治るよね?」


 グロルはハッとして、少年ピエタの顔を見た。

 ピエタの顔はこわばっており、口の端を無理矢理吊り上げている。

 おそらく、ピエタはその答えを知っているのだろう。

 グロルは頭を振った。


「……ピエタ、イーズは、もう……」

「グロル兄も治せないの!? だったら、フラットリー様の生まれ変わりにお願いしてよ! 知り合いなんだろ!? イーズを助けて!」

「ウィナ様……」


 グロルがか細い声で我が輩を呼ぶ。

 我が輩に助けを求められても困る。


「少年、その少女は誰にも治すことは出来ない」

「どうして!」

「その少女は死んでいるからだ」


 我が輩は事実を告げた。

 ピエタは首を横に振りながら、視線を下に落とす。


「そんな……」


 背の少女イーズがズルリと横にずれ、ピエタの身体から生気のない顔を覗かせる。

 死んでいる者を《回復》することは我が輩であっても出来ない。

 ただし、別の方法はある。

 我が輩はその方法を使ってやろうと、少女イーズに手を伸ばした。


「おい。おい!」


 その手は、ボースハイトに掴まれた。

 手を引っ張られ、少し離れたところに連れて来られる。


「お前、何をする気だった?」

「何って……《蘇生》だが」


《蘇生》は死んだ者を生き返らせる魔法だ。

《回復》が使えない死体にも有効な治癒魔法である。


「やっぱり。お前なら使えるかも、とは思ったけど……」


 ボースハイトは深くため息をついた。


「あのね。普通死んだ人間は生き返らないの」

「それは間違いだ。《蘇生》すれば生き返る」

「お前の中ではそうなのかもしれないけど、人間の中では違う。人間は死んだら生き返らない。決してね。もし生き返ったとしたら、それはアンデッド。魔族だ。討伐される」

「魔法使いも魔族なのだろう?」

「それとこれは比べものにならない。人間が生き返ったら、単純に気持ち悪いんだよ。生き返らせても、村八分にされるのが目に見えてる。生き返った後のあいつらのこと、ちゃんと想像したら?」


 想像と言われても困る。

 生よりも倫理観を大切にするなど、馬鹿げてないか?

 人間の倫理観は魔族には到底理解し難いものだな。

 ちらりと少年ピエタを見る。

 ピエタはその場にへたり込んでいた。


「ぼく……イーズのお兄ちゃんなのに。守ってやるって言ったのに……。守れなかった……」

「ピエタ……」

「母さんの形見のペンダント、魔王に投げつけて逃げたんだ。イーズはずっと、止めてって、言ってたのに……。ぼくは、イーズのために何も出来なかった……」


 ピエタの目からボロボロと涙が零れ落ちる。

 グロルは眉間に皺を寄せながら、ピエタの肩を摩ることしか出来なかった。


 その後ろで、コレールは拳に力を入れた。


 □


 サクリ村にいる者達は蓙を敷き、各々の場所で横になっている。

 勇者学院から派遣された者達は、長旅や救助の疲れで深い眠りについているようだ。

 その中に動く人影が一つ。

 人かげはこそこそと村の外へと向かう。


「こんな真夜中に何処に行くつもり?」


 人影が肩を飛び上がらせて、こちらを向く。

 月の明かりでかろうじて顔が見えた。

 コレールだ。

 コレールにもこちらの顔が見えたようで、目を見開いた。


「ぼ、ボース。グロルに、ウィナも……!」


 ボースハイトはコレールの驚いた様子を見て、くすくすと笑う。


「お前達、なんで、ここに……」

「魔王ルザを討ちに行くんだろ? 水臭えなあ、コレール! 俺達も連れて行けよ。俺にもイーズの仇を取らせてくれ」

「そうそう。一人だけ抜け駆けして勇者になろうなんてズルいよねえ」


「ね?」とボースハイトに同意を求められたが、我が輩は目をぱちくりさせた。


「は? お前、行くつもりないの? じゃあなんでここに来たの?」


 ボースハイトは《思考傍受》で、コレールが魔王ルザを討ちに行く決意をしたことを読み取っていた。

 真夜中にこっそりと抜け出し、魔王の元に向かおうと考えていることも。

 そのことを我が輩とグロルに伝え、先回りして驚かせようと言ったのだ。

 だから我が輩は、一人で魔王を討ちに行く無謀なコレールを嘲るだけだと思った。


「協力するとは言ってなかったぞ」

「いや、話の流れ的にわかるでしょ。行間を読めよ」


 ボースハイトは呆れる。


「ぎゃはは! ウィナに察しろってのは無理があったか! まあ、ここで引き返すなんて水を差すようなこと、ウィナはしねえだろ?」

「まあ、行くならついて行く」

「それでこそ俺様の仲間だぜ!」


 グロルがバンバンと我が輩の背中を叩く。

 結構、体に衝撃が来る。

 コレールは眉をハの字にして笑う。


「あ、ありがとう、みんな……。実は、一人じゃ、不安だったんだ」


 その顔を見て、我が輩達も笑った。


 □


 小さな火を魔法で灯し、夜の森の中を進む。

 魔王ルザは何処かの洞窟に逃げ込んだと聞いた。

 我が輩達はその洞窟を捜す。

 封鎖されているそうだから発見したら直ぐにわかるだろう。

 草を踏みつける音と虫の声が静寂を更に引き立たせている。

 静寂を埋めるように、グロルが話し出す。


「しっかし、ドラゴンにビビってたお前が魔王退治を言い出すなんてな。そんなにピエタに同情したのか?」

「ど、同情というか……」


 コレールは首を横に振る。


「……いや、同情だな。あの子の気持ち、痛いほどわかるから」

「ふうん。お前にも人の心がわかるんだ? 《思考傍受》でも使った? それで気持ちがわかるなんて、よく言えたもんだね」

「違う。お、俺にそんな高度な魔法は、使えない。ただ……」


 コレールは言葉を詰まらせた。

 コレールは口を開いては閉じ、それを数回繰り返す。

 そして、小さな声で確かに言った。


「……俺にも、妹がいたから」


 逡巡していたにも関わらず、大層な理由でもない。

 ボースハイトもそう思ったのか、鼻で笑った。


「同じく妹がいるだけで魔王に挑むくらい共感するもの?」

「妹は魔族に殺されたんだ……」


 グロルが目を見張り、ボースハイトの口角が下がる。


「その魔族は、人間の姿をして、近づいてきた。本当に人間そっくりで、魔族だなんて、思いもしなかった」


《擬態》魔法を使えば、魔族が人間の中に溶け込むことは容易だ。

 我が輩とバレットがしているように、人間の形さえしていればバレることはない。

 だからこそ人間は、魔法を使う者に対して警戒し、魔族だと言い放ち、遠ざける。


「そいつは、俺の目の前で、妹を……」


 コレールは足を止め、衝撃に備えるように目をぎゅっと瞑り、唇を噛む。

 我が輩達もそれに倣い、足を止めた。


「助けなかったの?」

「助けようと思った! 思ったけど、身体が震えて、動けなかった……」


 コレールの唇からは血が滲んでいた。


「あの子と同じだ。妹が殺されてるのに、何も出来なかった……。臆病で、弱くて、情けない。俺が、ゆ、勇者に向いてないってことくらい、わかってる。それでも、大切な人を守れるようになりたかった……」


 コレールは足を踏み出す。

 我が輩達をよりも前に出て、言った。


「だから、俺は、勇者学院に来たんだ……」

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