夜中に抜け出してやろう!
「グロル兄!」
怪我人達の間を縫って、少年が我が輩達の前に現れた。
少年は傷だらけであり、背には幼い少女を乗せている。
少女は手をだらんと垂らし、少年の背に顔をつけている状態だった。
「ピエタ!」
グロルが少年ピエタに駆け寄る。
「知り合いか?」
「教会で一緒だった子です……。ピエタ、どうしたのです?」
「イーズが……イーズが魔物に襲われて怪我をしたんだ! 治してよ!」
イーズというのは背中の少女のことらしい。
グロルは少女イーズの顔を覗き込んで、顔を強ばらせた。
「他の人達はもう治らないって言うんだ。嘘だよね? イーズは治るよね?」
グロルはハッとして、少年ピエタの顔を見た。
ピエタの顔はこわばっており、口の端を無理矢理吊り上げている。
おそらく、ピエタはその答えを知っているのだろう。
グロルは頭を振った。
「……ピエタ、イーズは、もう……」
「グロル兄も治せないの!? だったら、フラットリー様の生まれ変わりにお願いしてよ! 知り合いなんだろ!? イーズを助けて!」
「ウィナ様……」
グロルがか細い声で我が輩を呼ぶ。
我が輩に助けを求められても困る。
「少年、その少女は誰にも治すことは出来ない」
「どうして!」
「その少女は死んでいるからだ」
我が輩は事実を告げた。
ピエタは首を横に振りながら、視線を下に落とす。
「そんな……」
背の少女イーズがズルリと横にずれ、ピエタの身体から生気のない顔を覗かせる。
死んでいる者を《回復》することは我が輩であっても出来ない。
ただし、別の方法はある。
我が輩はその方法を使ってやろうと、少女イーズに手を伸ばした。
「おい。おい!」
その手は、ボースハイトに掴まれた。
手を引っ張られ、少し離れたところに連れて来られる。
「お前、何をする気だった?」
「何って……《蘇生》だが」
《蘇生》は死んだ者を生き返らせる魔法だ。
《回復》が使えない死体にも有効な治癒魔法である。
「やっぱり。お前なら使えるかも、とは思ったけど……」
ボースハイトは深くため息をついた。
「あのね。普通死んだ人間は生き返らないの」
「それは間違いだ。《蘇生》すれば生き返る」
「お前の中ではそうなのかもしれないけど、人間の中では違う。人間は死んだら生き返らない。決してね。もし生き返ったとしたら、それはアンデッド。魔族だ。討伐される」
「魔法使いも魔族なのだろう?」
「それとこれは比べものにならない。人間が生き返ったら、単純に気持ち悪いんだよ。生き返らせても、村八分にされるのが目に見えてる。生き返った後のあいつらのこと、ちゃんと想像したら?」
想像と言われても困る。
生よりも倫理観を大切にするなど、馬鹿げてないか?
人間の倫理観は魔族には到底理解し難いものだな。
ちらりと少年ピエタを見る。
ピエタはその場にへたり込んでいた。
「ぼく……イーズのお兄ちゃんなのに。守ってやるって言ったのに……。守れなかった……」
「ピエタ……」
「母さんの形見のペンダント、魔王に投げつけて逃げたんだ。イーズはずっと、止めてって、言ってたのに……。ぼくは、イーズのために何も出来なかった……」
ピエタの目からボロボロと涙が零れ落ちる。
グロルは眉間に皺を寄せながら、ピエタの肩を摩ることしか出来なかった。
その後ろで、コレールは拳に力を入れた。
□
サクリ村にいる者達は蓙を敷き、各々の場所で横になっている。
勇者学院から派遣された者達は、長旅や救助の疲れで深い眠りについているようだ。
その中に動く人影が一つ。
人かげはこそこそと村の外へと向かう。
「こんな真夜中に何処に行くつもり?」
人影が肩を飛び上がらせて、こちらを向く。
月の明かりでかろうじて顔が見えた。
コレールだ。
コレールにもこちらの顔が見えたようで、目を見開いた。
「ぼ、ボース。グロルに、ウィナも……!」
ボースハイトはコレールの驚いた様子を見て、くすくすと笑う。
「お前達、なんで、ここに……」
「魔王ルザを討ちに行くんだろ? 水臭えなあ、コレール! 俺達も連れて行けよ。俺にもイーズの仇を取らせてくれ」
「そうそう。一人だけ抜け駆けして勇者になろうなんてズルいよねえ」
「ね?」とボースハイトに同意を求められたが、我が輩は目をぱちくりさせた。
「は? お前、行くつもりないの? じゃあなんでここに来たの?」
ボースハイトは《思考傍受》で、コレールが魔王ルザを討ちに行く決意をしたことを読み取っていた。
真夜中にこっそりと抜け出し、魔王の元に向かおうと考えていることも。
そのことを我が輩とグロルに伝え、先回りして驚かせようと言ったのだ。
だから我が輩は、一人で魔王を討ちに行く無謀なコレールを嘲るだけだと思った。
「協力するとは言ってなかったぞ」
「いや、話の流れ的にわかるでしょ。行間を読めよ」
ボースハイトは呆れる。
「ぎゃはは! ウィナに察しろってのは無理があったか! まあ、ここで引き返すなんて水を差すようなこと、ウィナはしねえだろ?」
「まあ、行くならついて行く」
「それでこそ俺様の仲間だぜ!」
グロルがバンバンと我が輩の背中を叩く。
結構、体に衝撃が来る。
コレールは眉をハの字にして笑う。
「あ、ありがとう、みんな……。実は、一人じゃ、不安だったんだ」
その顔を見て、我が輩達も笑った。
□
小さな火を魔法で灯し、夜の森の中を進む。
魔王ルザは何処かの洞窟に逃げ込んだと聞いた。
我が輩達はその洞窟を捜す。
封鎖されているそうだから発見したら直ぐにわかるだろう。
草を踏みつける音と虫の声が静寂を更に引き立たせている。
静寂を埋めるように、グロルが話し出す。
「しっかし、ドラゴンにビビってたお前が魔王退治を言い出すなんてな。そんなにピエタに同情したのか?」
「ど、同情というか……」
コレールは首を横に振る。
「……いや、同情だな。あの子の気持ち、痛いほどわかるから」
「ふうん。お前にも人の心がわかるんだ? 《思考傍受》でも使った? それで気持ちがわかるなんて、よく言えたもんだね」
「違う。お、俺にそんな高度な魔法は、使えない。ただ……」
コレールは言葉を詰まらせた。
コレールは口を開いては閉じ、それを数回繰り返す。
そして、小さな声で確かに言った。
「……俺にも、妹がいたから」
逡巡していたにも関わらず、大層な理由でもない。
ボースハイトもそう思ったのか、鼻で笑った。
「同じく妹がいるだけで魔王に挑むくらい共感するもの?」
「妹は魔族に殺されたんだ……」
グロルが目を見張り、ボースハイトの口角が下がる。
「その魔族は、人間の姿をして、近づいてきた。本当に人間そっくりで、魔族だなんて、思いもしなかった」
《擬態》魔法を使えば、魔族が人間の中に溶け込むことは容易だ。
我が輩とバレットがしているように、人間の形さえしていればバレることはない。
だからこそ人間は、魔法を使う者に対して警戒し、魔族だと言い放ち、遠ざける。
「そいつは、俺の目の前で、妹を……」
コレールは足を止め、衝撃に備えるように目をぎゅっと瞑り、唇を噛む。
我が輩達もそれに倣い、足を止めた。
「助けなかったの?」
「助けようと思った! 思ったけど、身体が震えて、動けなかった……」
コレールの唇からは血が滲んでいた。
「あの子と同じだ。妹が殺されてるのに、何も出来なかった……。臆病で、弱くて、情けない。俺が、ゆ、勇者に向いてないってことくらい、わかってる。それでも、大切な人を守れるようになりたかった……」
コレールは足を踏み出す。
我が輩達をよりも前に出て、言った。
「だから、俺は、勇者学院に来たんだ……」




