修行の成果を見せてやろう!
翌日。
コレール、ボースハイト、グロルの様子を見るため、朝食の時間に食堂へと来た。
素早く三人を捕まえ、同じテーブルに座らせる。
「昨晩はよく休めたか?」
席に座りそう言うと、三人は疲れ切った顔をする。
「かなり疲弊していましたが、フラットリー様のおかげでよく休めました」
周囲に人がいるからか、グロルは上品にスープを口に運ぶ。
口の周りはびしゃびしゃで、全く繕えてないのが滑稽だ。
「一日で五日間の疲れが取れる訳ないだろ。馬鹿じゃないの?」
「体力、魔力共に回復してるように見えるだが、休めていないのか?」
それともあれか。
ボースハイトの言っていた精神的疲労って奴のせいか。
精神的疲労を回復する魔法を作ってやろうか……。
「──おい」
防具をつけた三人の男が、コレールに声をかける。
「コレール、なんで魔族共と一緒にいるんだよ」
「れ、レックレス……」
コレールはレックレスと呼んだ男の顔を見ると、顔を逸らした。
わざわざ話しかけてきたのだから、知り合いかと思ったが、この反応は……。
「お前、森から帰ってきたの最後だったんだってな。いくら魔族共が足引っ張ったからって遅過ぎだろ」
レックレスはゲラゲラと笑った。
人を馬鹿にしたような下品な笑い。
グロルもこのように笑うが、ここまで不快にさせる笑い方ではない。
我が輩はボースハイトににじり寄り、小声で尋ねた。
「コレールの知り合いか?」
「戦士の奴でしょ。知らないけど」
ボースハイトは気にせず、パンを食べやすいように千切って口に運ぶ。
テーブルにぽろぽろとパンくずが零れている。
どいつもこいつも食べるのが下手か。
少しはコレールを見習え。
食べこぼし一つないぞ。
「俺達か? 俺達は一日で帰ってきたぞ。誰よりも早くな。なあ?」
レックレスは後ろにいる二人達に同意を求めた。
二人はヘラヘラとレックレスに合わせて笑っている。
コレールは目線を下に落としたまま黙り込んでいる。
ふむ。
コレールは言葉が出て来ないようだから、我が輩が会話を繋いでやろう。
「早く帰ってきて何がそんなに偉いのだ?」
我が輩は正直に言った。
あんな森、一日で帰れて当然だ。
まあ我が輩達は、たっぷり五日使って経験値稼ぎしたがな。
帰るときは一日もかからなかった。
「何がって……一番早い奴が一番偉いに決まってるだろ」
「一番早い奴が一番偉い……? ……あ!」
我が輩はぽん、と手のひらに拳を置いた。
「わかったぞ! タイムアタックだな?」
タイムアタック。
一度、暇潰しのため、タイムアタックなるものにチャレンジしたことがある。
世の中には魔物を倒したタイムを計り、競わせる猛者達がいるらしい。
一度の挑戦で記録を塗り替えたことがあるが、それ以降誰も我が輩のタイムを塗り替えられなかった故、記憶の隅に追いやっていた。
ダンジョン攻略もタイムアタックが出来たのか……知らなかった。
「なるほど。あの授業はタイム競わせるものだったのだな。ならば早く言ってくれれば良いものを……。バレットめ、抜かったな」
説明してくれたら一瞬で帰ってきたのに。
「説明したとしても聞いていたかどうかは謎ですな」とバレットの声が聞こえた。
勝手に脳内へ話しかけるな。
「では、今から記録を塗り替えてこよう。貴様達は何秒で戻ってきた?」
「秒!?」
「レイコンマだったか?」
人間にしてはなかなか早いな。
まあ、我が輩には敵うまい。
「こ、この……」
レックレスは顔を真っ赤にして、わなわなと肩を震わせている。
何故か怒ってる様子だ。
「表に出ろ! どちらが上か、わからせてやる!」
レックレスは叫んだ。
□
言われた通り、我が輩達四人は中庭に出た。
レックレスは仁王立ちで腕を組み、我が輩達を待ち構えている。
「降参するなら今の内だぞ」
レックレスの後ろには取り巻きが二人いる。
我が輩達四人とレックレス達三人で決闘をするつもりらしい。
「三人だけか?」
レックレスは鼻で笑う。
「俺達はこの三人でティムバーの森を踏破したんだ。お前ら如き、三人で十分だ。まあ、ハンデだと思え」
「ハンデか。良かろう」
我が輩は頷いた。
「よし。行け、ボースハイト」
我が輩はとレックレス達をびしっと指差す。
「は? なんで? 一人ずつ戦うの?」
「全員でかかったら弱い者いじめになるだろう?」
実力的にはコレール達の方が明らかに上だ。
丁度、三人と一気に戦わせるのは大人げないと思っていたところだ。
ボースハイトは我が輩の言葉の意味を理解すると、くすくすと笑った。
「なるほど、ハンデだね」
レックレスは顔を真っ赤にした。
「馬鹿にしやがって! てめえら、ギッタギタになる覚悟は出来てんだろうなあ!?」
我が輩はレックレスの声量に耳を畳んだ。
「何をあんなに怒っている? ハンデを言い出したのは向こうだろうに」
「あ、煽りだと思われたんだよ……」
コレールは顔を手で覆って言った。
事実なんだがな。
ティムバーの森を踏破したと言っても、魔物を避けて進んでは経験値を稼げない。
そんな奴らが、五日間みっちり経験値稼ぎした三人に敵うはずがないのだ。
相手をするのは一人で十分……。
「手加減しろよ、ボース」
「言われなくても」
ボースハイトは《吹雪》の準備をする。
……《吹雪》は不味いな。
放たれた《吹雪》は周囲を凍らせながら進んでいき、取り巻きの一人に当たった。
そいつは取り巻き・一としよう。
「へっ?」
レックレスが素っ頓狂な声を上げた。
レックレスが恐る恐る《吹雪》の通った先を見ると、取り巻き・一は全身が凍り付いていた。
ボースハイトはしまった、というような顔をした。
「ヤバ……死んだ?」
死んではいない。
我が輩が《防御》させてやり、一命は取り留めている。
「え……え?」
ボースハイトが目をパチクリさせている。
自分でやったのに、何を驚いているのだ。
「手加減しろと言ったろう」
「いや、だって、ドラゴンに使ったときは平然としてたじゃん」
「ドラゴンは《防御》を使っているからな」
ここの戦士は《防御》どころか、魔法を一切使わない。
あと、ドラゴンと人間じゃ元々の防御力が桁違いだ。
「グロル、《回復》してやれ」
「あ。は、はい!」
口をあんぐりと開けたグロルは口を閉じると、パタパタと相手に近寄り、瀕死状態の男に《凍結回復》と《回復》を使う。
あと二人残ってるな。
ボースハイトが一番手加減が上手そうだと思って、一番に行かせたのだが、失敗だったようだ。
仕方ない。
次は確実に手加減する奴を行かせよう。
「では次。グロル、行け」
「へえ!? まだやるんですか!?」
「あと二人いるのだから当然だ」
「僧侶一人と戦えだと……? どんだけ俺達をコケにすりゃあ気が済むんだ!」
もう一人の取り巻きが前に出て来る。
そいつを取り巻き・二と呼ぼう。
取り巻き・二にレックレスは「お、おい……」と何か言いたげだった。
取り巻き・二はグロルの前に仁王立ちする。
「おら、かかって来いよ。あ?」
そう言って、取り巻き・二はグロルを挑発する。
グロルは「仕方ないですね」と肩を落とし、手を構える。
「えいっ」
グロルは目を瞑って、頬を優しく叩いた。
ぺち、と軽い音が響く。
すると、取り巻き・二の身体が後方に吹っ飛んだ。
「えーっ!?」
吹っ飛んだ身体は中庭の植木にぶつかり、ずるずると下に落ちた。
取り巻き・二は目を回しているようだ。
柔だな。
「ウィナ様! こ、これは一体どうことですか!?」
「良い手加減だったぞ、グロル」
「そうじゃなくて! わ、私、軽く叩いたんですよ!? なんで吹っ飛ぶんです!?」
「五日間の修行の成果だな」
「会話をして下さい!」
何故、と言われてもな。
経験値稼ぎで攻撃力が上がっただけだ。
《防御》の使わない相手など、吹き飛んで当然である。
攻撃力は筋力とは違う。
武術で言う〝気〟のようなもので、攻撃する際、無意識的に使われる。
筋肉のように肉体に出る成長ではないため、身体の大きさと攻撃力の強さがイコールにならない。
我が輩の人間の肉体は小さいが、これでも十分強さを発揮出来るという訳だ。
最初の修行の成果はわかりやすく出るんだが、ここから成長するのが結構大変である。
ティムバーの森ではもう経験値をあまり稼げないし……。
「ん?」
「ひっ……」
レックレスと目が合った。
「ああ……もう一人いたな」
すっかり忘れてた。
レックレスが足を震わせ、怯えたような目で我が輩達を見ている。
「コレール、最後の一人だ。やれ」
コレールに指示を出すが、コレールはその場から動かない。
「も、もうやらなくて、良いんじゃないか……?」
「何故だ?」
「れ、レックレスに、戦う意志はもう、ないだろう?」
確かにこいつは戦意喪失している。
だが、ここで見逃して報復されても迷惑だ。
「本当に一人だけ見逃すのか?」
何気なくそう聞くと、コレールの顔が強ばった。
……我が輩、何か変なこと言ったかな。
コレールは俯き、何を考えているかわからなくなる。
「わかった……」
コレールはレックレスに近づく。
怯えて後ずさりするレックレスに、コレールはゆっくりと手を伸ばし……。
鈍い音が響いた。




