野宿をしてやろう!
その後も何度か魔物を強制的にエンカウントさせ、三人に倒させた。
我が輩も戦いたかったが、我慢だ。
こいつらが勇者と呼べるほど成長したときまで、グッと堪えるのだ。
日が傾いてきた頃、コレールが足を止めた。
「そ、そろそろ、休もう……」
コレールが足を止めたことで、我が輩達も立ち止まる。
グロルはコレールの言葉に頷いた。
「そうしましょう。夜の森を歩くのは危険ですからね」
「お前らと同意見なのは不本意だけど、賛成」
ボースハイトも賛成する。
「誰かさんが魔物連れてくるせいでもうクタクタだよ」
「クタクタだと? さっきの戦闘後に《全回復》してやったろう」
「精神的に疲れてんだよ! 休ませろ! この魔王!」
「ままま魔王ではない!」
「いや、本気にするなよ……。冗談に決まってるだろ」
なんだ。
正体がバレたのかとヒヤッとしたではないか。
「あ、悪逆非道な人間のことを、ま、『魔王』だって、揶揄することがあるんだ。本気で言ってる訳じゃない」
コレールがそう教えてくれた。
我が輩、そんなに悪逆非道な行いをしていたか?
今日は天変地異を起こしたり虐殺したりしてないぞ。
ボースハイトは勘が鋭いのかもしれない。
気をつけよう。
「とりあえず、今日はもう休みましょう」
グロルの一声で、我が輩達は小枝や枯れ葉、薪になりそうな枝を集め始めた。
集めたそれらに、グロルが魔法で火をつける。
焚き火を囲うように我が輩達は座った。
「野宿なんて久々。入学してからずっと寮に住まわされてたし」
ボースハイトが焚き火を見つめて言う。
「野宿が好きなのか? 珍しい」
魔族は家を建てない。
家を建てても、魔王たる我が輩に直ぐ壊されるからだ。
気に入った場所を住処にする者が多い。
だが、人間は違う。
人間は何度壊されても、家を建ててそこに住む。
不思議なことに。
「魔法使いに家があると思ってるの? ……いや、お前はありそうだな」
如何にも、立派な城に住んでいる。
「何故、魔法使いに家はないのだ?」
「魔族は魔族に襲われませんから、家など必要ないでしょう? 私達人間は魔族に襲われますから、家が必要なのです」
「そうか? 魔族だってゆっくりベッドで寝たいだろう」
我が輩もそのために城を構えたし。
「フラットリー様のご加護があれば襲われずに済みます。やはりフラットリー様は素晴らしいお方ですね」
「グロルちゃんさあ、そろそろそのキャラ止めたら?」
グロルは固まる。
「……何の話でしょう? ボースハイト様」
「僕、心が読めるんだ。お前が背信者だってことは、もうわかってるんだよ」
グロルはじっとボースハイトの顔を見る。
その言葉が嘘かどうか、見極めているようだ。
ボースハイトの言葉に嘘偽りはない。
心が読めるのも事実であり、《思考傍受》でグロルの本性を把握したのも事実だ。
グロルは一つため息をつくと、こう言った。
「……なーんだ。バレてんなら無理して演じなくて良いな」
グロルは正座していた足を崩し、あぐらをかいた。
そして、ギザギザの歯を見せつけるようにニヤリと笑う。
「騙して悪かったな。信者のフリしてた方が何かと都合が良いんだよ。わかるだろ? ボース。俺様なりの処世術って奴だ」
「ボースって呼ぶな」
「つれねーこと言うなよ! パーティの仲間だろ?」
グロルはげらげらと下品に笑いながら、ボースハイトの肩をバンバン叩いた。
「ぐ、グロル……?」
コレールが声を震わせて名前を呼ぶ。
コレールは豹変したグロルを見つめながら、はくはくと口を動かしている。
「コレールはまだ気づいてなかったのかよ。鈍いねえ。じゃあ、改めてまして。俺様はグロル。フラットリーなんてクソ食らえだぜ! ぎゃはははは!」
唾を撒き散らしながら大笑いするグロル。
コレールは「ええ……」と言いながらグロルと距離を取った。
「うぃ、ウィナは知ってたのか? 驚いてないけど……」
「知ってたぞ」
「ええ……」
コレールは我が輩からも距離を取った。
何故。
「それにしても、あっさり本性現したな。てっきり隠しておきたいものだと思っていたのだが」
「三人中二人にバレてんならもうバラしても良いかなって」
良いのか。
「コレール、この間はごめんなー? ぼっこぼこにしちまって! ちょっとカッとなっちまってさあ」
「え?」
「ほら、戦士寮襲撃事件があったじゃん。ウィナの言う通り、犯人俺だったんだよなー」
「そうだったのか……」
コレールは自白されても尚、信じられない様子だった。
グロルは実際、カラッとした性格だ。
恨みで闇討ちするようには見えない。
だが、本心というのは、その人自身にしかわからないものだ。
「本当に悪かったって思ってるよ……。お詫びにこれやるよ」
グロルの法衣の中から出て来たのは大きな果実。
我が輩が受け取るのを拒否した【神聖な果実】である。
グロルはこれまた法衣の中からナイフを取り出し、果実を四等分に切った。
一人一切れ、果実を手渡す。
コレールとボースハイトはまじまじと果実を見つめた。
「な、なんか凄そうな実だな……」
「これ、フラットリー教に伝わる伝説の【神聖な果実】じゃないの」
「えっ!?」
グロルは【神聖な果実】にかぶりつきながら笑う。
「こっそりくすねてきたんだ。信者共には内緒だぜ?」
「ええ……」
「お前、滅茶苦茶背信者じゃん。僕達がバラしたら首刎ねられるんじゃないの」
「ぎゃはは! そんときはそんとき考えるわ!」
ボースハイトは果実を一口かじった。
続いて、二口、三口と口にしていく。
「……まあ、内緒にしとくけど」
ボースハイトは果実が気に入ったらしい。
我が輩も果実を食べる。
果実は非常に甘く、歯がドロドロに溶けてしまいそうな感覚がする。
これが好ましいとは、ボースハイト、大分甘党だな……。
コレールは果実をじっと見つめたまま、止まっている。
まだ食べるのを躊躇しているらしい。
「食わねえのか? コレール。普通に美味いぜ?」
「でも、大事な実、なんだろ」
「インチキ宗教の崇めてるもんなんて大したことねーよ! ほら、食え食え!」
グロルはコレールの口に果実を突っ込んだ。
コレールは口に入ったそれを恐る恐る噛んだ。
「な? 美味いだろ?」
コレールはこくりと頷いた。
□
「ふあ……」
ボースハイトが欠伸をする。
ボースハイトはハッとして慌てて口を閉じる。
「眠いのか? いつそんな魔法を食らったのだ。グロル、治してやれ」
「いや、何その発想。この時間なら普通眠くなるでしょ」
「我が輩は眠くならない」
我が輩は眠り状態に耐性があるため、眠気に襲われることはない。
二度寝の快楽や暇潰しのために寝ることはあれど、流石に野外では寝ない。
野外で眠り状態になったら、敵に襲われて死んでしまうだろう。
「なら、魔物が襲って来ないか一晩中見張っててよ。眠くならないなら良いよね?」
「よ、良くない! こ、交代で見張ろう!」
何故、コレールが反対する?
「僕、魔物との戦闘続きでクタクタ。戦ってないウィナちゃんが見張るのは当然じゃない? それとも、魔族の見張りは信用ならない? だったら、一晩中起きてなよ。僕は寝る」
ボースハイトは横になったかと思うと、直ぐに寝息を立て始めた。
寝るのが早過ぎる。
やはり、魔法を食らったのではないか?
「任せて良いんだよな? ウィナ」
グロルの問いに頷くと、グロルも横になった。
数秒経たず、寝息が聞こえてくる。
コレールは暫く起きようとしていたが、こくり、こくりと船を漕ぎ始めた。
そしてそのまま、座ったまま寝てしまった。
我が輩は夜の間、何もない時間を過ごした。
今日一日、大変騒がしかったから、この静けさが少し気持ち悪い。
みんな、早く起きないだろうか。




