ティムバーの森を進んでやろう!
ティムバーの森は驚くほど静かだ。
木々のさざめき、小鳥のさえずり、そして、我が輩達の足音しか聞こえない。
人間達の踏み荒らした足跡で小径が出来ていて、非常に歩きやすい。
これでは本当にただのピクニックだ。
我が輩は冗談のつもりで言っていたのだぞ。
「本当最悪。なんで冤罪被害者の僕が、冤罪加害者達と組まなきゃなんない訳?」
ボースハイトが先頭を歩きながら、ため息混じりにそう呟いた。
コレールがむっとして言う。
「そ、それは、日頃の行いが、悪いからだろう」
「出た! いじめる人じゃなくていじめられる人が悪い理論! 知ってる? 裁判では前科を考慮しないで判決を下すんだよ。客観的に見てお前らが有罪なの」
「あれは裁判ではありません」
グロルが静かに言う。
「くすくす! そうだよね。いっぱい悪いことしてもフラットリー様は許してくれるんでしょ? 良いよねえ。許してくれる奴がいてさ!」
先程からボースハイトの恨み言が止まらない。
魔法に詠唱はいらないと教えてやったのに、もう忘れたのだろうか。
それはさておき、我が輩には一つ気になることがあった。
「魔物が全然おらんな……」
思わずそう呟いた。
歩きながら魔物の魔力を探っているのだが、弱い魔物の魔力しか感じないのだ。
家畜程度の魔物ならまだしも、羽虫程度の強さの魔物は、戦うのも億劫だ。
遭遇しないように避けて通っている。
「で、出て来られても、困るだろ」
コレールが困惑して言う。
「普通森と言ったら、魔物がうじゃうじゃいるものだろう」
「ど、何処の森の話を、してるんだ?」
何処にでもある、普通の森の話だ。
一歩歩けば、普通の強さの魔物とエンカウントする、普通の森の話。
勇者を志すひよっこ達が度胸試しに来るなら丁度良いのだろうが、我が輩としては面白くない。
この際、弱くても構わん。
こちらからエンカウントしに行ってやろう。
「貴様ら、こっちに行くと面白いぞ」
「面白いって何? 宝箱でもあるの?」
「そんなもんだ」
「行く。決まり」
ボースハイトは我が輩の指差した方向に歩き始める。
「そちらは小径から外れてしまいます」
「ひ、人が通らないってことは、魔物がいるのかも。だとしたら危険だ……」
グロルとコレールが引き留める。
「なら、お前らは行かなくて良いよ。僕とウィナだけで行く」
ボースハイトは、止める二人に構わずどんどん先へと進んでいく。
コレールとグロルは慌てて、ボースハイトについていった。
ボースハイトはそれを確認して鼻で笑った。
「一緒じゃなきゃ怖い癖に。一丁前に意見するなよ」
ボースハイトが先頭に立ち、我が輩がその後ろで方向を指定しながら進む。
足場の悪い道を暫く歩いたからか、ボースハイトの歩くスピードが次第に落ちていく。
「ねえ、まだ着かないの?」
息を切らせたボースハイトが尋ねる。
我が輩はそれに「もう直ぐだ」と答えた。
言った通り、この近くに魔力の反応があった。
我が輩は周囲を注意しながら歩みを進める。
「やば……! みんな、隠れろ!」
不意に、ボースハイトがしゃがむ。
後ろの二人はよくわからない顔をしながらも、指示に従いしゃがみ込んだ。
「お、いたな」
草むらに身を潜めながら見つけた獲物を覗き見た。
木が立ち並ぶ中、一際太い幹の木が鎮座している。
幹には顔のような腐食が見られる。
樹木の魔物──トレントだ。
「と、トレント!?」
コレールが驚きの声を上げる。
「しっ。見つかったらどうするの」
「まさか魔物と会うなんて……。フラットリー様お助け下さい……」
三人はトレントを見ながら慌てている。
何を慌てているのだろうか。
森に魔物がいるは当然だろう。
特にトレントは森によく生息しているのだから、珍しい魔物でもないだろうに。
「ま、とりあえず戦うか」
「はあ!?」
グロルは低い声を出す。
コレールとボースハイトがいたことを思い出し、誤魔化すように咳払いする。
「冗談は止して下さいませ、ウィナ様。幸いなことに、私達はまだ見つかっておりません。逃げましょう」
「いやいや、折角だし、戦おうぞ」
「魔物との戦闘は極力避けるものなのをお忘れですか?」
「は? じゃあ、どうやって経験値稼ぎをするんだ?」
「けいけんちかせぎ……?」
三人に今始めてその言葉を聞いたような顔をされた。
おかしい。
ちゃんと経験値の説明は人間達にしていたはずなのだが……。
我が輩は昔、人間が我が輩に挑むように魔法を伝えた。
それと同時に〝経験値システム〟を導入したのだ。
経験値システムとは、魔物を倒せば倒すほど、〝経験値〟なるものが身体に蓄積され、魔力が増強されるシステムのことだ。
寝る間も惜しんで考えた素晴らしいシステムである。
こちらも懇切丁寧に人間達に伝えたはず。
魔法と経験値システムのおかげで人間は魔族と渡り合えるようになり、我が輩に挑む者が増えるのだ……。
千年は現れなかったがな。
「……経験値稼ぎをしないでどうやって魔王を倒すつもりなのだ……?」
「せ、戦略、人数とか」
無謀だ。
圧倒的な強さの前では小細工も人海戦術も通用しない。
……ん?
もしかして、人間達の魔力が恐ろしく少ない理由は……。
この経験値システムの伝言ミスだったのか?
……ミスを嘆いても仕方あるまい。
今から教えれば良いのだ。
「良いか。魔物は倒せば倒すほど強くなる。逃げずに戦った方がお得だ」
そう教えても、三人は理解出来ていない顔をしている。
説明するよりやった方が早いか。
我が輩は草むらから飛び出した。
「おーい! そこのトレントよ! こっちだ──むぐ」
三人が思い思いに我が輩の口を塞ぎ、草むらに引き戻す。
「な、な、な、何してるんだ!?」
「馬鹿!? 馬鹿なの!? 馬鹿だったね!?」
「ああ……フラットリー様お助け下さい……」
三人が恐る恐るトレントの様子を伺う。
トレントは顔の腐食を動かし、こちらを見た。
我が輩達の姿をその目で捕らえると、絶叫して周囲の木々を震わせる。
「気づくよな。そうだよな……」
グロルは諦めたような顔をした。
「あーもう! やるっきゃない!」
ボースハイトは覚悟を決めたように、トレントの前に飛び出した。
コレールは目を見開いた。
「に、逃げないのか!?」
「攻撃してくる魔物に背を向けて、生きて帰れると思うなら逃げなよ」
「うう……」
「コレール様、戦いましょう! 四人なら何とかなるかもしれません!」
グロルも覚悟を決めてトレントの前に立つ。
コレールはそれ見て、渋々草むらから出た。
三人共やる気満々だな。
「じゃあ、頑張れよ。我が輩はここでピクニックしてるからな」
「戦えよ、元凶!」
ボースハイトは我が輩に文句を言いながらも、《氷結》でトレントを攻撃を始めた。
コレールがボースハイトの後ろから飛び出て、トレントを殴った。
ボースハイトは角度を変えて、再び氷を放つ。
グロルは二人の後ろに隠れ、怪我や顔色を見ながら適度に《回復》をしてやる。
ボースハイトは《思考傍受》でコレールの思考を読みながら攻撃しているためか、お互い邪魔し合うことはない。
連携をすることもないが。
「グロル、もっと下がれ。攻撃が当たるぞ」
グロルの腕を掴んで後ろに下がらせる。
「し、しかし、離れてしまうとお二人に回復魔法が届きません」
「怪我をしたら下がらせろ」
「下がらせろって……」
「ボースハイト! 氷魔法以外も使え! 効きやすい魔法を見極めろ!」
ボースハイトは舌打ちをして炎魔法を使った。
草は火で燃えるから炎魔法が効きやすい、と推測したのだろう。
あのタイプのトレントは雷が効きやすいのだがな。
まあ、先程のアドバイス通りにすればいずれわかることだ。
次はコレールだが……少々動きが鈍くなっているようだな。
「下がって下さい、コレール様!《回復》します!」
グロルが気づいたようだ。
「だ、誰が、魔族の施しなんか……うわっ!」
疲労したコレールがトレントの根に躓き転ぶ。
トレントはチャンスとばかりに枝を振り上げた。
今のコレールでは避けられない。
そして、大怪我を負うだろう。
仕方ない。
我が輩は《転移》の魔法でコレールを強制的に瞬間移動させた。
「死にたいのか?」
「ウィナ……」
「グロル、《回復》を」
我が輩はグロルにコレールを差し出す。
「は、はい!《フラットリー様の祝福があらんことを》……」
グロルはコレールを《回復》した。
コレールは何も言わず立ち上がり、トレントに向かって行った。
全く、コレールの魔法嫌いには困ったものだ。
こんな便利なのもの、利用する他あるまいに。
□
ぐおお、とトレントが絶叫して動きを止める。
それを見届けると三人は息を荒げながら地面にへたり込んだ。
「死ぬ……」
この程度のトレントにこれほど苦戦するとは思ってなかった。
初めて組んだパーティだから、ある程度時間がかかると思っていたんだが、想像以上だった。
連携が取れるようになったらもっと早くなるだろう。
今後に期待しよう。
「良くやった。《全回復》してやろう」
「お前……それ出来るなら戦闘中にしろよ……」
それでは育成にならんだろう。
してやるだけありがたいと思え。
「それよりも。ほれ、見てみよ」
今し方倒したトレントが、まばゆい光に変わる。
トレントの光は三人の身体に吸い込まれるように向かっていく。
「な、なんだこれ!?」
「これが経験値だ。パワーがみなぎってきただろう」
三人は首を傾げた。
「いえ、わかりませんが……」
「……ふむ。では、実際戦ってみるか」
「え?」
我が輩は《転移》で近くにいた魔物を召喚する。
先程と同じタイプのトレントだ。
「よし。戦ってみよ」
「~~~~~~!」
三人は声にならないほど嬉しいらしい。
そんなに喜ばれて我が輩も嬉しくなった。