我が輩自ら勇者を育成してやろう!
この世界には魔王がいる。
気に入らないものを全て壊し、気に入ったものすらそのときの気分で壊す、世の中の不条理を体現したような魔王。
魔王の通った道には雑草すら生えない。
人々はその魔王を【剿滅の魔王】と呼んだ。
魔王がその名で呼ばれ初めて千年が経ったある日のこと。
「……つまらん。非常につまらん」
魔王は退屈を持て余していた。
「勇者が現れなくなって早千年……暇過ぎてやることがなくなったぞ」
最初の百年は金にものを言わせ遊ぶだけ遊び尽くした。
次に、二百年は魔王軍の軍隊を育成した。
次に、三百年は戦争に明け暮れた。
そして、四百年はただ待った。
勇者が来るまで待って待って待って待ち尽くした。
そして今日。
魔王は根を上げた。
「何故来ない!」
我が輩は声を張り上げる。
我が輩の咆哮は玉座の間に響き渡り、近くにいた我が輩の配下が吹き飛んだ。
「我が君の強さに恐れを成したのではないでしょうかな」
我が輩の配下が、吹き飛んだ体を再生しながら冷静にそう返した。
「バレット……」
奴の名はバレット。
我が輩の身の回りの世話や魔族達への伝達などを任せている。
「再生しながら喋るの、気持ち悪いから止めろ」
「そうおっしゃるなら殺すのを止めて頂きたく」
「貴様が勝手に吹き飛んだんだろう。軟弱者め」
……それはともかくとして。
「四百年は戦わなかったぞ! 人間が我が輩に恐れを成して、抵抗すらしなくなった四百年前とは違う! そろそろ我が輩の強さを忘れても良い頃合いだ!」
「では、我が君が居られることすら忘れてしまったのではないでしょうかな」
「ハッ! それはあり得る……。人間は短命であるから、当時を知っている人間はもう死んでいるはず……。では、再び暴れるか」
「それでは再び人間が震え上がるでしょうな。数百年は勇者が現れぬでしょうな」
「バレット、貴様、我が輩の配下なのにズカズカ言うよな……」
まあ、そこが好ましいと思って近くに置いているのだが……。
「どうしたら……ハッ! 閃いたぞ! 《《我が輩自ら勇者を育成してやれば良いのだ》》! 流石我が輩! よくぞ閃いた!」
「はあ」
「善は急げ。悪はもっと急げだ! 行くぞ、バレット! いざ勇者育成へ!」
我が輩はバレットを連れ、魔王城を飛び出した。
向かうは、人間が多く住まう場所だ。
□
そして、現在。
我が輩とバレットは魔法で人間の身体に擬態し、とある建物の門の前まで来ていた。
勇者学院ブレイヴ。
者にある銘板には人間の言葉でそう書かれている。
「ここは、勇者学院ブレイヴ。数ある勇者学院の中でも指折りの教育機関です。育成する勇者を捜すならここですな」
「勇者学院……こんな面白そうな名の施設、あったのなら早く教えてくれれば良かったものを。絶対に遊びに行っていた」
「ここに通うのは所詮、勇者の卵。我が君を満足させる人間はおりません」
ふむ……それもそうか。
「とはいえ、人間の中でも選りすぐりの若者が集められておりますからな」
実のところ、育てられれば誰でも良い。
強ければ育てる手間は省けるし、弱ければ育て甲斐があるというものだ。
「あ、出来れば頑丈な体を持つ人間が良いな。我が輩の咆哮に耐えられるくらい」
「人間は我々魔族と違って、直ぐ壊れますな。派手に殺したりしたら……わかってますな?」
「我が輩が魔族であるとバレ、人間の国を追い出される……ということだな。そのくらい理解している」
我が輩は鼻で笑って見せる。
そんな簡単にヘマはしない。
「我が君には生徒として潜入して頂きますな。教師だと何かとしがらみが多いですから」
「ああ、それで良い。ところで……」
我が輩は背後に感じる無数の視線に目を向ける。
人間共が我が輩を見て、何やらひそひそと話している。
「我が輩の擬態は何か不自然だろうか」
我が輩の体型は平均的な人間の子供の体型に寄せた。
髪は黒色。
ほとんどの人間は黒い色の髪をしていたと記憶している。
問題は瞳だろうか。
考えるのが面倒だからと、魔王の姿のときと変わっていない。
瞳孔は縦に長く、虹彩は赤と黄の混じった色をしている。
それがいけなかったのだろうか。
「いいえ、貴方様の擬態は完璧です」
「そうであろう。我が輩の擬態は完璧なのだ。では何故、人間共から変な目を向けられるのだ?」
「おそらく、服装かと」
「服装?」
我が輩が着ているのは、一般的な赤いスーツだ。
刺繍が施され、胸元にはヒラヒラとしたジャボがついている。
「人間の間ではこれが流行っていたと記憶している」
「失礼ですが、それは何年前の記憶ですかな?」
「四百年くらい前だ」
「我が君……」
バレットは呆れたような声を出す。
「その服装は時代遅れと言わざるを得ません。ですから、人間の視線を集めているのですな」
「今すぐ着替えるべきか?」
「いえ。ちょっとファッションが独特だなあ、ぐらいに思われるだけかと」
「その程度なら別に構わんな」
人間共に魔王だとバレなければ良いのだ。
「入学試験の準備は済ませております。あとは我が君が合格するだけですな」
「うむ。ご苦労」
人間の試験など受けたことはないが、魔王である我が輩が試験で落ちる方が難しかろう。
「勇者学院は三つの科に分かれております。戦士科、魔法科、僧侶科ですな。どちらに潜入されます?」
「愚問だな」
我が輩は笑う。
「全てだ」
「では、そのように」