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曲を奏でる無人のピアノ   作者: 志民 晃一
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第九話 怒りのスムージー

 ギャル男もときに電話した。

 話をするのは、しーちゃんを追いかける格好で途中で抜け出したあの合コン以来だった。

 少し気まずかったが、彼女への想いが躊躇を許さなかった。

 もときは、直ぐに電話に出てくれた。

 久し振りという挨拶そこそこに本題に入った。

「しーちゃんがいなくなった。あの時、合コンに来てた二人にしーちゃんに連絡つかないか頼んでくれないか?」

「どうした?いきなり。しーちゃんって誰だ?」

「ごめん。栞だよ。高橋栞」

「ああ、・・・で、誰だっけ?」

 焦れったくて心が荒むのを感じた。

 あ、そうか自己紹介前に飛び出たから名前知らないのか。

「あ、もしかしてお前が追いかけていった女?」

「そう」

「なに?やっぱお前ら・・」

「いなくなったんだ。何か知らないか、一緒に来てた女の子達に訊きたいんだ」

「なに切羽詰まってんだよ。訊いてみるよって言いたいところだけど、ちょっと気まずいんだよね」

「なにしたんだよ。頼むよ」

「なにって、まあ・・・。わかったよ。なんとか連絡してみるから。連絡つけばだけどな」

「ありがとう。よろしくな」

「貸し一な。てかリョウとつるんでたんでしょ?お前もチャラくなったってリョウガ喜んでたけど、なんでいまさらまたその女捜してんのよ?また三人で遊ぶべ」

 面倒なノリは本題で押し切った。

 もときとの希薄な関係を長い時間放置していたことによりどう接していたか見失っていたことと、リョウと遊んでいた日々で自分も彼らの類になったことによって、遠慮なく対等に話すことができた。前はギャル男もときに圧倒され気を使う対象だったはずだ。今の話し方、旧来の友人みたいだ。正直、もときのテンションにほっとしている自分を認めていた。


「ハル君の運転してる車乗るの初めてだ」

「普通っしょ?」

「うん。でも、もっとスピード出すのかと思ってた」

「危ないから」

「つまんね」

 赤信号で車を止めた。

「なかなか愉快な教室だったな」

「面白い人達でしょ?大好き」

「片山先生の宿題考えないとなー」

「ふっ、片山先生ほんと面白い」

「牧田先生ってのはいつ来たんだ?」

「このあたりに引っ越してきたのは二週間前くらいってたしか言ってたかな?この教室に来たのは三回目。すぐ仲良くなったー」

「へー」

「牧田先生凄いピアノ上手なんだよ」

「そうなんだ。何歳?」

「牧田先生?二十二歳」

「二十二歳か」

 信号が青に変わり車を慎重に進める。

 年上か。

 ずっと牧田先生のことが頭から離れない。


 もときからその日のうちに連絡がきた。

 合コンで一緒だった女の子二人はしーちゃんと同じ中学という繋がりで、高校は別だった。そうなると本当に高校では一人だったのかもしれない。そして、彼女たちもしーちゃんに連絡がつかないらしい。

 もときに無理を言ってしーちゃんを知る彼女たちに直接会えるよう取り合ってもらった。

 平日の学校が終わった後、彼女たちの高校の近くの喫茶店で会うことにした。

 もときに取り合ってもらってから直ぐの翌日だった。

 学校帰りで合コンの時とは違い制服を着ている。不思議と年相応に見え、合コンの時に受けた大人っぽさは影を潜めている。

 会って早々、これまでのしーちゃんとの関係から、今に至る経緯を全て話した。

 そして、なんでもいいからしーちゃんの情報を教えてほしいと頼んだ。

 最初こそ合コンで二人が飛び出したシーンを回想し楽しい思い出話をするような、冷やかすような反応をしていた二人も、状況が分かってくるうちに真剣な表情になって聞いてくれた。

「栞の家に行ったことありますか?」

 唐突にそう訊いてきたのは童顔巨乳の萌である。

「檸檬色の外壁の家だよね?目の前までなら送ったことがあるんだけど・・・。この前行ったら別の人が住んでいたんだ。結局嘘つかれていたのかな」

 かすみと萌が顔を合わせた。

「そこ確かに栞の家です。けど正確には違うっていうか・・・」

「え?どういうこと?」

「うんっとー、栞の両親は訳あって栞を育てることが出来なくなって、お母さんのお姉さんの家で面倒見て貰うことになって」

 初耳だった。家出しても心配されたことがないと笑ったしーちゃん。派遣会社で忙しく働くお母さんは?あまり帰ってこない父は?引き籠りの弟は?いきなり混乱する。

「一体いつ頃から?家族と一緒に住んではいなかったってこと?」

「栞転校してきた時だから、中二の夏ごろかな。ね?」

「うん。確かそんくらいだった」

 あの時確か、家族の会う頻度やお互いの関心の低さについて話してくれたが、それは嘘だったのか。

 中二の頃・・・。

 多感な時期にさぞ淋しかっただろう。想像力に足りない僕はありきたりな同情しか出来ない。

 自分に腹が立つ。

「すぐうちらと仲良くなったんだけど、段々、栞変わっていって学校もあまり来なくなった。非行少女って自分で言っていたっけ」

「ふふ。言ってた。行動言動暴力的になっていたし、男もとっかえひっかえだったよね」

 他に何人か男いたんじゃないですかね。いつかの声が蘇る。

「ちょっと、かすみ・・・」

 萌がこちらを気にしてくれたのか、かすみを制した。かすみは気まずそうにドリンクに口をつけた。

「いや、大丈夫だよ。つまり、グレたんだね」

「すみません・・・そうです」

「よくある話しと言ったら失礼なんですけど、良くある話ですよね。そう本人とも話したことがあって。あ、栞中三の夏休み明けから急に真面目になったっていうか、落ち着いて学校毎日来たし、勉強もちゃんとするようになったんです」

「そうそう。最後の方はうちらが栞に勉強教わっていたよね?」

「それ。ウケるよね」

「栞のことを預かった伯母さんは離婚していて一人で住んでいて、一人で暮らすのが精一杯っていう雰囲気をいつも出していたみたい。それが栞にとって凄いストレスで」

「あれ。なんか事件あったよね?」

「あー、おはぎ事件じゃない?」

「あ、そうそう。おはぎ事件」

「おはぎ事件?」

「栞がグレたきっかけの事件です。萌覚えてる?」

「んー、確か伯母さん料理全く作れない人だったらしく、いつも惣菜を買ってそれを食べてて、食卓に惣菜ぽつんって感じで、それを二人で食べてたって。それで、伯母さんはいつも食べられるだけ感謝って言っていて、栞は遠慮して全然食べられない。そんな日々が続いて流石に空腹で寝れなくてこっそり冷蔵庫の中に食べられる物ないか探しに行った時に、台所の流しの上に付いている小さい電気だけつけて伯母さんがおはぎを貪っているのを目撃してしまって・・・」

「四個入りのおはぎだったよね?」

「そう、四個入り。確かそう言ってた」

 おはぎの個数はどうでもよかったのだがあえて突っ込まないことにした。

「こっそり食器棚の下の引き出し開けたら凄い量のお菓子やら食べ物があったらしい。そこからもう大人は信じれないし、自分の存在も必要ない価値の無いものと思えてきたらしく、怒りや虚しさや淋しさが高速ミキサーで掻き混ぜられてそれで非行少女っていう・・ね、スムージーが出来ったっていう・・・」

「すむーじぃー・・・」

 一瞬の沈黙から、ぶはははっと笑う現役女子高生のかすみと萌。

 笑う合間の語を聞きとって繋げると「すみません」と言っていることが分かった。

 どうやら笑う状況ではない時に笑ってしまっているという認識は持っているようだった。

 箸が転んでもおかしい年頃の彼女らが笑い終わるのを暫く見る羽目になった。

 しかし、見ているうちに伝染しこちらも聊か愉快な気持ちになった。「箸が転んでもおかしい年頃」というタイトルで女子高生が笑い悶えているだけの動画は、結構な需要と効果を生むのではとそんなことを考えてしまった。

「ほんと、萌辞めてよね。なに?スムージーって」

「自分でも分かんない。なんで言ったんだろ?あの・・・すみません。ふざけているわけじゃないいです・・・」

 まだ残っている笑いをもう表に出さないように堪えようとしているのが分かった。

 今なら何を言ってもまた吹き出すだろう。

 不発弾を扱う爆弾処理班のような緊張を持って言葉を慎重に選ぶ必要に迫られた。

 それにしても、今にも吹き出しそうになりながら、ふざけているわけじゃないと言われても説得力は皆無だ。その往生際の悪さ、理解のし難い言動や状況が滑稽に思えてきて笑いだしそうになったのは僕の方だ。

 一体どういうつもりなんだろうか。

 真面目に心配して真面目に話していたはずだ。その空気は伝わっていたはずではないか。

 現に真面目に話してくれていたのに、どうして急にスムージーという語を使い気が狂ったように笑ったのか。ふざけだしたのか。全く理解ができない。

 これが未知なる女子高生の生態だというのだろうか。

 しーちゃんが消えたのは一種のこの未知なる生態故のことなのだろうか。

 その未知なる生態の中にしーちゃんの手掛かりを探すように肩だけで笑う目の前の彼女達を見ていた。

 ようやく取り戻された落ち着きは気まずさも連れてきた。

 無言で各々コップを見つめている。

 ここまでだ。

 この時間を作ってくれた感謝を込め飲み物代は奢り、解散とした。

 後ろで「てか、おはぎ事件って」と、爆笑する二人の声が聞こえる。

 後味の悪さを感じた。

 この気持ちは何だろう。と、怒りと悲しみが高速ミキサーで掻き混ぜられてスムージーが・・・。

「なんだよ、笑えないじゃんか」

 つい、そう独りごちていた。

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