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曲を奏でる無人のピアノ   作者: 志民 晃一
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第二十七話 世界三大・・・

 白鳥の湖がない。

 片山先生は、白鳥の湖が無いのは気持ち悪いと、僕等が帰るまで言っていた。これは牧田先生からのメッセージが込められているのだろうか。白鳥の湖で思い出すのが、奇しくも牧田先生との最後の     デートで乗った、白鳥のボートだ。しかし、いくら考えても手掛かりはそれ以上、見つからない。                                                                                       悶々としながら、卒業式を迎えその後、国家資格の試験当日を迎えた。 

 もときから貰った、板書やプリント、過去問は優秀で大いに助けになった。結果はまだ分からないが、手応えは悪くない。全力は出したから、後は天命を待つのみだ。試験も終わった。が、新たに僕に襲ってきた不安があった。

 これからの進路だ。

 他の人達の示す道としては、さらに自動車整備の知識や技術を極める為にもう二年学校に通い学ぶ 道と就職の道、この二つである。

 僕はどちらも選択していない宙ぶらりんのグループに入っていた。

 考えてなかったわけじゃない。

 しかし、他のことを優先してタイミングを逃してしまった。もう、学校も面倒を見てくれない。後回しにしてたツケがまわった。

 牧田先生を探して、ピアノに全ての時間を捧げ就活をおざなりにし、卒業してしまった。これから僕はどうやって自立し生きていけばいいのだろう。こんな状態で牧田先生をもし、見つけられても、そこからどうするつもりなのだろう。自分の甘い部分を、甘党の社会の牙が容赦なく抉ってくる。


 ニート王子が迎えに来たよ。

 そして二人は末永く幸せに過ごしました。

 めでたしめでたし


 膨れ上がる不安は牧田先生を探す気力を次第に失わせていった。そして、ハローワークに通い、求人誌を見る生活に変わって行った。

 そんなある日、片山先生から連絡が入った。優子と一緒に教室に来てほしいという内容だった。優子を車に乗せ、教室に向かった。教室に入るや否や、これ。と、興奮を抑え努めて平静を装ってパソコンを見るように促した。

そこには、牧田先生からのメールが受信されていた。

「これって」

「今朝、メールチェックしていたら届いたの。無事で本当によかった」

 文面には片山先生に、このような形でピアノ教室に、そして生徒たちに迷惑をかけたことを詫びることが書かれていた。下にスクロールしていくと、優子ちゃんへと、優子へのメッセージが書かれていた。同じように何も言わず去ったことを詫びる言葉と、ピアノコンクールの入賞を祝す言葉が書かれていた。

「牧田先生、コンクールのこと知ってくれてる」

 優子の顔が、明るくなる。

 さらに下にスクロールすると、ハル君へとでてきた。そこには詫びる言葉でも、コンクールのことでも、告白の返事でもなかった。


 もういいよ。


「え・・・」

 思わず固まってしまった。

 優子は、どう声をかけていいか困っている表情を浮かべている。

「ふはははははははっ」

 思わず笑ってしまった。こんなに時間を使って、ピアノのコンクールまで出て牧田先生にもう一度会えると信じて時間を過ごしてきたのに。結果、これってあまりにも報われない。


 これで僕には何もなくなった。ピアノも中途半端で、就職に乗り遅れ、誰も迎えに行けないニート王子の出来上がりだ。そもそも迎えに行かれたら迷惑だろうが。頑張っても、フリーター王子がいいとこだろう。

 もっと早く言って欲しかった。

 流石に今回は応えた。

 これで、牧田先生を探すことは終わりだ。

 今まで、どうもありがとうございました。


 何も残らない僕に、唯一の朗報が訪れた。

 自動車整備士の国家資格試験に見事合格したのだ。これで、専門学校へ行った目的は最低限果たすことができた。これでもし、落ちていたらと考えると恐ろしい。この朗報のおかげで少し前向きになれた僕は、ガソリンスタンドでアルバイトとして採用され見事、フリーター王子に昇格した。アルバイトから正社員の道もあると面接してくれた主任に励まされ、整備士の資格を持ってることも評価された。同じ日に入社したのは、僕の他に金髪の高校三年生だった。

「よろしくっす。亀井っす。」

 へらへらと人懐こく笑い金髪の髪を露わにし挨拶をしてきた。

「あ、和山です。よろしくお願いします」

「いま何歳っすか?」

「二十一の年だね」

「あ、まじっすか。年上っすね。自分高三っす」

「へー、高校は?」

「あ、自分定時なんで夜からっす」

「なるほどね」

「いや、お金貯めて車買いたいんですよ」

「なに欲しいの?」

「フーガっす」

「おお、そこいく」

「あんま被りたくないじゃないですか。買ってめっちゃイジります」

「いいな。高三でイジったフーガ乗ってたら、鼻高々でしょ」

「わかります?間違いないっすよ。多分、俺ん家の近くに歩いて三十秒もかからな所にコンビニあるんすけど、フーガで行きますもんね」

「ふはは、分かる気がするな」

 車の話で少し盛り上がった。悪い子ではなさそうだ。初日は主に事務所で接客の方法や、接客作法そういったことを学んだ。時間が余ったので実際に外で先輩の接客方法を見ながら、窓拭き用のタオルをひたすら畳んでいた。時間になり主任がスタンドに響く声で僕等に終業を伝えてくれた。

「和山、亀井。もう、いいよーーーー。あがり」

「おっしゃー。あがりっすよ」

「お疲れ様。フーガへの第一歩だね」

「ふはははっ、間違いないっす」

 こうして、初日が終わった。


 四回目の出勤のことだった。ほぼ毎日シフトを入れていた僕と亀井はこの日も一緒だった。二人はもう接客も任されていた。この日は亀井が先にあがる。

「亀井。もう、いいよーー。あがって」

 いつものように主任が、退勤時間を知らせてくれた。

「おっしゃ、じゃあ和山さん。お先です」

「おう。お疲れ様」

「和山さん」

 そう言って亀井はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。

「ん?どうしたの?」

「いや、いつも思ってたんすけど、主任の退勤の知らせ方、面白くないすか?もう、いいよーーって叫ぶの、なんか、かくれんぼしてるみたいじゃないですか?」

「ああ、確かに・・・」


 かくれんぼ・・・


 胸がざわついた。

 もう、いいよ・・・。まさか、もしかして。

「亀井くん。ナイスだ。かくれんぼだよ」

 興奮が抑えられない。まだ、不確かだが確信を持っている。

「まじ?じゃあ、主任見つけてきますわ。いっつも僕等鬼にしてずるいっすね」

 本当だ。僕は鬼になったつもりはないのに。

 一台、車が入ってきた。

 退勤間際に、この日一番大きい声が出た。

 バイトを終え直ぐに帰宅し、優子の部屋をノックする。

「なに?」

 迷惑そうな顔を浮かべ優子が出てきた。

「わかったんだ。牧田先生の・・・」

「居場所?」

 優子は目を丸くしている。

「いや、居場所はまだなんだけど」

「ちょっと、入って。どういうこと」

 そこで優子の部屋に入った。神妙な面持ちで優子はその場で落ち着かない様子でいる。

「牧田先生が残した物が二つあったよね」

「まってまって、もういいよって・・・」

 僕が完全に振られているのに勝手に希望を抱いて暴走していると思っているのだろう。失礼な妹だ。

「そうだね。じゃあ、そこから話そう。かくれんぼだったんだ」

「はい?かくれんぼ?」

 いよいよ可笑しなことを言い始めたと、眉間に皺を寄せている。

「そう。ちょっとやってみたら分かる。ぼくが鬼するから、優子隠れて」

「隠れてって。ほんと何言ってるの」

 そう文句を言いながらベットの下に隠れて行く優子が愛おしい。

「じゃあ数えるからね。いーち、にーい、さん。もういいかい?」

「もう、いいよ」

「それだよ」

 ベットの下から優子が出てくる。

「え?どういうこと?」

「いま、自分なんて言った?」

「もう、いいよ・・・」

 ほらと、視線を送る。

「え、そういうこと?もういいよって」

「突き放すもういいよかと思って諦めてたけど、違ったんだ。本当はもう探していいよの相図だった」

「え、なんでそう思ったの?」

「牧田先生と最後のデートの日、言ってたんだ。かくれんぼって、見つからないのが楽しいんじゃなくて見つけてもらうのが楽しいって。だから見つけてもらえるようにヒントだすって。そのヒントがあの夕日の写真と楽譜なんじゃないかって」

「うそ。なんか凄い」

「あの楽譜で無かったのは・・・」

「白鳥の湖」

「だったよね。で、この二枚の夕日の写真。バリ島とマニラ。さっき調べたんだ。そうしたらその楽譜と同じように、バリ島、マニラときたらもう一つ無いと気持ちが悪い」

「夕日で有名な場所」

「うん。それがもう一つ日本にある。多分そこに牧田先生はいる」

「夕日で有名な場所は調べたら結構日本の中でも沢山あるんだけど、さらに白鳥が訪れる湖があるとなると場所はあそこしかない」

「名探偵」

「明日、向かう」

「凄い。きっと見つけて」

「うん。鬼交代させてやる」

 これが牧田先生が言っていた、大人の本気かくれんぼなのかもしれない。


 白鳥の姿に悪魔の呪いによって変えられたオデット姫

 湖のほとりで夜の間だけ人間に帰ることを許されていた

 その悪魔の呪いはまだ誰にも愛を誓ったことのない、青年の永遠の愛の誓いによってしか解けない

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく面白い! 2人の会話での伏線がここで生きていたのかとら感動しました。 ますます、面白くなってきて、目が離せません。
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