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曲を奏でる無人のピアノ   作者: 志民 晃一
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第二十話 女心とかくれんぼ

 牧田先生と三回目の映画。本当は避けたかった映画だったが、また映画になってしまった。それでもよくよく考えれば、今日は一日中空いている。映画の後に話す時間は、作れるだろう。これはこれで良かった。

 今日、何を観るかは知らない。牧田先生に任せている。

 映画観終わった後に、どう誘おうか。

 お昼の時間の上映に合わせているから、もしかしたら映画を観ながら、お昼も済ますことになるかもしれない。ホットドックをメインにサイドメニューを幾つか頼めば、ランチとして成立するだろう。しかし、映画に集中したい牧田先生だから後でということも充分有り得る。そうなった時の為に、お昼の場所をある程度調べておいた。そこで、少し遅めのお昼をとりながら映画の感想を言い合い、料理美味しいねと話し、そこから普段聞けていなかったことを、お互い話すことができたらいい。そして夜の夜景も決めている。

 もうすぐ約束の時間だ。牧田先生が、エスカレーターで上がってくるのが見えた。

 濃いグレーのニット帽にカーキ色のマウンテンパーカーを羽織り、中に薄いグレーのジップアップパーカーをレイアードしている。ボトムにラインが綺麗で穿きやすそうなライトブルーのスラックスに、白のコンバースのスニーカー。カジュアルだが、カジュアルになり過ぎない絶妙なバランスが保たれていた。

 とても良く似合っている。

 良かった。スニーカーだから散歩も出来る。

「おまたせ」

「ううん。今日の服装も可愛いね。よく似合ってる」

「あら、ありがとう。随分自然に褒めるのね」

「思ってることを、口にするようになっただけですよ。今はピアノが無いもんでね」

「ふはは。すっかり音楽家ね」

「もちろん。本当はピアノがあれば、ピアノを通して想いを伝えるんだけど」

「いや、口で言えるなら口で言ってちょうだい」

「あ、はい」

「ふはは。今日はありがとうね。付き合ってくれて。チケット買いに行きましょう」

「とんでもないです。こちらこそ、誘って頂いて。今日何観るんですか?」

「青春もの」

「いいですね。チケットは各自でしたね」

「さすが。三回目」

 とても楽な気持ちだ。軽口も出るようになった。心に余裕がある。溜息ばかりついていた日々が、嘘のようだ。今日は楽しもう。楽しませよう。チケットをそれぞれ買い、飲み物とポップコーンを買った。ここは、強く願う僕に奢らせてくれた。

「牧田先生、映画観終わった後も、時間ありますか?お昼行きません?まあ、一応ここにホットドックとかはありますけど」

「全然ありますよ。んーそうね。映画終わった後に行きましょうか」

 ほっと、胸を撫で下ろした。映画を観る前に誘えて良かった。そうでなければ、映画中ずっと落ち着けずに、また感想を言えるどころではなくなってしまっていたことだろう。

「了解です。何軒かリサーチ済みです」

「やだ。出来る男じゃない」

「ピアノ弾きですから」

「ふはは。関係ないじゃない」

「じゃあ、もう中入りますか」

「そうね。行きましょう」

 週末の映画館は混んでいるが、牧田先生の選んだ映画は、少しマニアックでフランスの青春映画だった。よくこんなマイナーな映画を上映しているなと、映画館に感心した。

 館内はほぼ、貸し切り状態だった。

「ふふ。貸し切り状態ね」

「確かに。牧田先生の映画のチョイスが、世間と離れてるおかげですよ」

「それ悪口じゃない」

「いや、違いますよ。世間が追いついてないってことですよ。それに人多いの好きじゃないですし、こんな大きなスクリーン貸し切り状態で観れるの贅沢ですよ」

「狙っているわけじゃないのよ。たまたまあたしの観たい映画が、あたしの観られる時にたまたま人が少なくなっているタイミングなの」

「でもなんか話題になってる映画じゃないのが、映画通って感じしますね」

「話題か話題じゃないかで判断しないで、観たいかどうかで決めているから。だから観たいのが、話題の映画だったら、前回みたいにもちろん観るし。その逆も然り。今日みたいにね」

「ほんと、映画好きですよね」

「もちろん」

「他に牧田先生の好きなことってないんですか?」

「他にねー。あ、あるわよ」

「え、なんですか?」

「もう始まるから、後で話しましょう」

「あ、それがいいいですね。それでは後ほど」

 そう言って、席を立つ素振りを見せる。

「ふはは。ちょっと、何処に行くのよ。ここに座ってなさい」

「ふふっ、すみません」

 後で話しましょう。その言葉が何気に嬉しかった。将来を約束する言葉。これからも牧田先生の未来に僕との約束が増えたらいい。

 映画が終わったら何食べたいか訊いて、それからリサーチした店の中から選ぼう。食べ終わってから運動がてら公園行って散歩しよう。食べたいものが、カフェ系でおさまるような料理だったら公園の中にあるカフェでもいい。しまった。そこから、夜景までの時間のことを考えていなかった。計画を立てるのは元々苦手だ。綿密に考えたつもりが、酷いものである。映画が始まり一旦考えるのを中断させた。

 今は、この映画を楽しもう。感想をしっかり持てるように。

 二時間ちょっとの映画が終わった。エンドロールまで観る派の僕等は、最後まで座って観る。数人他にいたが、その人達はエンドロールが始まると、そそくさと映画館を出てしまった。

 簡単に言えば、十四歳の少年が主人公で、学校では女っぽい外見をからかわれ、家では過干渉な親にうんざりする日々を送っていた。そんな時に、転校生がやってきて意気投合。夏に全てから逃げるように、二人で旅に出る。そんな内容だ。あまりフランス映画を観ることは無かったが、青春は全世界共通なのか、子供でもないが、大人にもなりきれない繊細な十四歳を細かく表現されていて、「あーあったな」と、共感することが多かった。

 好きな映画だ。

 やがて、エンドロールも終わり館内が明るくなった。

「凄い良かったよ。この映画。好きな感じ」

「好きだと思った。良かったよね」

 簡単に感想を言い合い、映画館を出た。

「ファッションも凄いお洒な落だった。配色とか。アディダス買いに行こうかな」

「ふはは。確かにアディダス欲しくなるね。それぞれ濃さの違う色なんだけど、全体的にブルーで統一されててお洒落だった」

「これがアメリカの映画でナイキだったら、ナイキ欲しがるでしょうね」

「ふはは。アディダスはドイツだけどね。まあ、でもそうなるでしょうね」

「なんでも形から入りたがる人なんですよね。僕」

「あー、確かに。月の光全部弾けてるわけじゃないのに、弾き方とか言動とか音楽家きどるものね」

「ちょっと、悪口」

「ふはは。あんな青春時代送らなかったな」

「夏休みにこっそり旅に出る青春ですか?」

「そう。家出とかしてみたかったな」

「意外な家出願望」

「無かった?」

「うーん、無かったかな」

「どんな青春時代を過ごしたの?」

「どうでしょうね。青春っぽいって今、一番に思い出したのが、学校帰りに二人乗りで市役所行って婚姻届貰いに行ったことですかね」

「えー、婚姻届」

「僕の友達がですよ。付き合い始めた彼女の為に」

「素敵」

「あ、よく考えたらそれも映画の影響ですわ」

「待って、何の映画か当てさせて」

「クイズの逆オファー。いいですよ」

「邦画?洋画?」

「洋画っす。あ、因みに凄い話題になった映画です。牧田先生は観なかったかもしれないですね」

「観たい映画だったら観てるはずよ。うーん。あ、ハル君が十四歳の時でいいの?」

「えっと、あ、そうですね。丁度、十四です。だから今から四年前ですか」

 真剣に考え始めた牧田先生。負けず嫌いなのか、些細なクイズに本気になっているような姿が愛おしく思えた。

「あ、もしかしてさ、それあるシーンが凄い話題にならなかった?」

「あーそうですそうです。ケータイ持っている人はこぞって待ち受けとかにしてましたよ」

「分かったー。じゃあちょっと答え合わせ」

 そう言って牧田先生は、僕の耳元に手を添えて顔を近づけてきた。僕の意識が右半身に集まる。至近距離で耳の鼓膜が、牧田先生の小声を拾った。耳の毛一本一本にも意識が通ったと、大袈裟じゃなく思う。凄い勢いで血が全身に駆け巡ったのを感じ、一瞬意識が遠のいた。

「正解です」

「やったー。あれは流石に観たわよ」

「あれ?他に回答者いましたっけ?耳打ちって」

「ふはは。なんとなく」

まだ右耳に熱を感じる。赤くなっていないか心配だ。

「お昼のバラエティ番組でよく採用されるやつですね」

「人と、あってメガホンくらいで済んじゃうからね。低予算」

「製作サイドの気持ち。あ、お昼どうします?お腹すいてます?」

「お腹空いてる。お昼食べましょ」

「なに食べたいです?」

「そうねー。フランス映画観たからパスタにしましょう」

「パスタいいですね。パスタはイタリアだけど」

「ふはは。気にしない気にしない」

「少しここから歩くけど、カフェでいいです?」

「全然大丈夫。お任せします」

「大きな公園の中にあるんですけど、湖もあって綺麗ですよ」

「え?湖?」

「あ、てか、池っす。池」

「湖。ふふっ」

「いや厳しい。間違えたんです。だって白鳥のボートもありますからね」

「白鳥のことばかり考えてたから、湖って言っちゃうんですよ。乗りたいんでしょ?」

「いや、そういうわけじゃなかったんですけど」

「え?乗りたくないの?」

「え。乗りたいんですか?」

「もちろん。白鳥ボートがあったら乗るしかないわよ。映画でも自作の自転車で旅に出てたでしょ?」

「なんですかそれ。確かにそういうシーンはあったけど」

 何でも楽しそうで乗り気な牧田先生の様子が、嬉しかった。白鳥ボートなんていよいよデートっぽいではないか。仕方がない雰囲気を出しながら、本当は、飛び上がりたいほどだった。

 楽しい時間だ。

「でも先に、パスタ食べましょ。ほんとお腹空いた」

「了解です。もう少しで着きますよ」

 歩くスニーカーの音が心地いい。

 午後三時、土曜の公園は散歩やランナーで賑わっている。

 近くの高校の部活動のランニングにも使われていた。高級住宅地の近くに立地されている公園なので、散歩している人達は何処か余裕と高貴な雰囲気がある。犬の散歩をする人も多いが、どの犬も毛並みが綺麗で、犬種も横文字で、それも長いような名前がついてそうな犬だ。それだけを見れば、どこか異国を思わせる。実際に外国の方も多い。

「あそこです」

「お洒落なカフェね」

「そうなんですよ。なかなか良いと思いますよ。味は正直わからんですけど」

「お腹空いているから、食べられれば問題なし」

「元も子も無いこと言うじゃないですか」

 そいうところも好きだ。

 店内はお昼のピークを過ぎているからか、空いていた。窓際の席に案内され、向かい合って座る。

「綺麗ね。大きな池。白鳥ボートはあそこね」

「そうそう。あんま乗ってる人いないですね」

「そうねー。なんか風出てきたからかな」

「白鳥ボート乗れるかな?」

「やだ、早く食べましょ」

「もう、そっちメインなんですね」

 メニューは豊富でピザ、パスタ、肉料理、魚料理、揚げ物等サイドメニューも充実している。少し悩んだ末、牧田先生はクリーミーナポリタンを、僕は大葉とシラスのぺペロンチーニを頼んだ。あと、足りなさそうだったので、マルゲリータピザとシーザーサラダも頼んだ。

「あ、飲み物も頼む?」

「ううん。水で充分。あ、気にしないで何か飲みたければ頼んでいいからね」

「あ、いや自分も水で」

「あー、お腹減った」

 無邪気な牧田先生は、本当に愛くるしい。

「あ、牧田先生の青春時代はどうだったんですか?」

「わたし?んー、あんまりなかったかなー。ずっと、ピアノ弾かされていたし。その時に、勇気持って家出していたら青春のエピソードだったのにな」

「女の子の家出は危険ですって」

「ふはは。優しいのね。ずっと一人でいたような気がするわ」

「そうなんですね。遊んだ記憶もないですか?」

「全然。ずっとピアノ。少しピアノの曲を適当にアレンジするのが息抜きになっていたから、もしかしたらそれが、遊びだったかもね」

「ちょっと、神童みたいじゃないですか。僕なんて鬼ごっことか、かくれんぼしてたのに」

「ふはは。中学生の頃、男子ってそういう遊び再発させるよね。分かんないけど」

「そうなんですよ。本気でやるからめちゃくちゃスリルあって楽しいんですよね。結局、小学生の頃の遊びが単純で面白いんですよ」

「あたしも小学生の頃は、友達と呼べる子たちとそういう遊びしてたんだけどな。でも、あたし足遅いから、どっちかと言うとかくれんぼのほうが好きかな」

「かくれんぼってさ、隠れてる時・・・」

 これから言おうとしていることが、不適切すぎて慌てて言うのを辞めた。

「隠れてる時?なに?」

「あ、いやごめん。なんでもない」

「それってさ、心因的な理由があるらしいよ」

「え?」

「隠れてる時、トイレ行きたくなる。そう言いたかったんでしょ?」

「あ、よくわかりましたね。そう言えば、ぎりぎりセーフでしたかね。具体的に言おうとしてて」

「どっちか当てようか?」

「なんでそんなに好戦的なんですか」

 んーと、目の前で考える牧田先生。好きな表情急上昇ランキング一位だ。しかし、この二択を答えさせていいものなのか。こちらが不安になってくる。聞きたいような、聞きたくないような。正確には、聞きたくないではなく、言わせていいものなのか、だ。

 そしてきっと、これはまた、耳打ちチャンスではないだろうか。考えただけで耳が熱をもっていくのがわかった。

「うんち」

「ちょーい、そのまま言うんかい。こういう時こそ耳打ちでしょうに」

「あははっ、ごめん。つい」

 そういうところも好きだ。食事処で、それもお洒落なカフェで言ってしまうところ。「うんこ」ではなく「うんち」なところもポイントが高い。自分も大概どうかしている。

「もう。びっくりした。予想だにしていなくて最初何言ってるか分からなかったから、聞き返しそうになった。もう、聞き返さんでよかった」

「ふはは。育ちが出ちゃった」

「絶対違うでしょ。そんなこと言わせないような家庭でしょ」

「まあね。お母さん聞いたら倒れるかも。このニット帽も食事中は、脱ぎなさいって言われてるわ」

「それが、大袈裟じゃなさそうなのが。僕は全然気にしないけどな」

「で、正解は?」

「うんち」

 と、僕が答えた同時に嘘のようなタイミングで、店員が料理を運んできた。まるで計ったかのような絶妙のタイミングだ。

「あ、すみません」

 つい、店員に謝る。牧田先生は、声を押し殺しながらも体を仰け反り笑っている。店員の女の子も笑ってくれたのが救いだった。

「ちょっと、タイミング悪すぎる。出禁になっちゃうかも」

「はあー。おっかしい」

 笑い疲れたように脱力している。

「完全に出禁だね」

「牧田先生のせいですからね」

「やだ、人のせいにして。ふふっ、完全にうんち野郎として認識されたよ」

「ちょっと、やめてくださいよ。そんなこと言ってないで食べますよ」

「ふはは。そうね。食べましょう」

「全然そういうの気にしないんですね」

「そういうの?」

「食事中にとか、女性だからとか」

「お腹空いてるからね。わっ、このパスタ凄く美味しい」

「なんか、牧田先生の知らないところ知れたらと思ってたけど、まさかこんな牧田先生を知れるなんて意外でした」

「そうねー。今凄く素になれてる。よく、見た目からお嬢様扱いされちゃうんだけどね」

「そりゃしちゃいますよ。なんか高貴な雰囲気ありますもん。物静かでお上品で」

「どう?がっかりした?」

「まさか。嬉しいです。なんかめっちゃ親近感」

「うんち友達ね」

「やめなさい」

 確かに凄く距離は近づいた。牧田先生が素をだしてくれているからか、僕も凄く楽になった。何を言ってもいいような、そんな安心した空気感が作り上げられていた。

「もう、なんでこんな話になったんでしたっけ?」

「あたしが、かくれんぼのほうが好きって話からよ」

「ああ、そうだった」

「それでハル君が、うんちの話ししだしたの」

「いや、その言いかた。合ってるけど微妙に違うような」

「今度してみる?かくれんぼ」

「ふははは。いい年齢してかくれんぼ。まあ、楽しいかもしれないですね」

「そうよ。大人の本気かくれんぼ」

「迷彩メイクして、獣の血を体中に塗りたくりますね」

「ふはは、それなにから隠れてるのよ。そして、何処に隠れようとしてるのさ」

「大人の本気かくれんぼって言うから」

「でも、ハル君鬼だからね」

「え、なんでですか」

「あたしが隠れて、ハル君が捜す」

「名探偵君呼ぼう。犯人は、いつも一人」

「なんでさ。それなんか違くない?複数犯に弱いじゃない」

「凄いところ、隠れそうですもん」

「獣の血なんて塗らないわよ」

「はは、でも隠れるの上手そう」

「かくれんぼってさ、見つからないのが楽しいんじゃなくて、見つけてもらうのが楽しいんだよ」

「え?そうですか?自分めっちゃ隠れますけどね」

「見つけられないなんて、淋しいじゃない」

 そう言って、窓の向こうを牧田先生は眺めた。

「だってあたし、わざと見つけられるように、少しヒントだしながら隠れるもん」

「ヒント?」

「そう。足を出すとか、近くに来たら音をわざと出すとか」

「わかんないな。その感覚」

「女心ってやつよ」

「そういうもんですか」

 そういうもんですと、彼女は頷き、またパスタを口に運んだ。


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